伝染るんです(3)【書評】アウトブレイク小説三題

第612章(3)伝染るんです

【書評】マックス・マーロウ『レッド・デス』(1989)The Red Death

というわけで、『ホット・ゾーン』を一気に読み終えた私は、「もっとエボラについて読みたい!熱」に取り憑かれてしまった。そこへたまたま古本屋で見つけたのがこの本。解説を読むと、「史上最悪の伝染病が世界を恐怖のどん底に陥れるパニック小説」とある。
そうか、パニック小説という分野があるのか。なんかすごいくだらなそうだが、『アウトブレイク』だって臆面もないパニック映画だったし、まあいいか。作家は無名人で、解説でも経歴不明と書いてあるが、イギリスが主な舞台になっているところからして、イギリス人らしい。

タイトルにもなっているレッド・デスというのは架空の病気だが、患者は赤血球が異常増殖し、全身から出血して死ぬので、この名がある。ってことは、やっぱり明らかにエボラを下敷きにしている。ただ、出所はザイールのジャングルじゃなくて、南極の氷の中から見つかった、10万年前のオオナマケモノの死体。その体の中に10万年前のウィルスが不活性状態で眠っていたというわけ。この導入部はまるでSFみたいでちょっとワクワクする。
それを掘り出した古生物学者が、内臓の一部を海に捨てたことから、それをオキアミが食べ、それを魚を食べ、その魚を食べた人間が感染するというわけで、病気は全世界的に同時発生する。これはえらくスケールがでかい。ヒロインはアメリカ人女性医師、ヒーローはイギリス人若手官僚、もちろん話は2人のロマンスもまじえながら進行する。

しかし、これだけの世界的危機が個人の力で回避できるものか? と思っていたら、回避できちゃうんですね。つまり物語の中盤で彼女がワクチンを開発し、その間に犠牲者は多数出たものの、それが行き渡って世界は救われる。なんだ、そりゃー! 落ちはどこにあるんだ!
そういえば、私は娯楽小説で読むものといったらSFとホラーとミステリだけなので、娯楽小説というものはラストにあっと驚く意外な真相とか、どんでん返しとか、壮大なクライマックスとかがなくちゃいけないという無意識の思いこみがあったようだ。(この後、弟と話していたら、彼もやっぱり何かの小説を読んでいて「落ちがない!」といって驚いた話をしていて、こういうのはSFファンに共通する体験らしい)

だけどこの小説は、ウィルスが発見され、蔓延し、ワクチンが見つかり、徐々に沈静化するまでを淡々と描く。要するに、病気が広まりました、ワクチンができました、病気はおさまりました、というだけ。こんな小説、どこがおもしろいわけ?
キャラクターとかに特に魅力があるわけでもなく、かんじんの主役のレッド・デスも、なんかたいしたことない。というか、致死率100%、同じ部屋にいるだけで感染する、潜伏期間2日と、『アウトブレイク』のモタバ・ウィルスより、もちろんエボラ・ウィルスよりはるかに凶悪なはずなのに、ぜんぜんその怖さが伝わってこない
だいたい、それだけ怖いもの相手にしているわりには、この人たち、やけに無防備で気楽なんじゃない? 現実にエボラでさえ、医師や研究者は宇宙服みたいなの着て扱ってるのに、こんなんでいいの?

それと、この手の小説のおもしろさ、というか怖さは、やはり患者に焦点を当てたときに生きてくる。ところが、これはなまじ世界的視野に立ってしまったために、個々の患者が見えてこない。つまり、平和な暮らしをしていた罪もない市民が、突然業病に取りつかれ死んでいくときの、本人や家族の苦悩がぜんぜん描けてないので、怖さも絵に描いたモチなのだ。

この辺、ホラー作家に学んでほしいですね。すぐれたホラー作家は、犠牲者の性格や生い立ちや日常の暮らしを淡々と描きながら(スティーヴン・キングの困ったところは、その部分が長すぎて飽きるところなのだが)、その日常が一瞬にして非日常に変わる瞬間をうまくとらえる。
名前だけの被害者には同情を覚えないし、数字だけの死をいくらつらねたところで、恐ろしさは感じないのだ。その意味でも『ホット・ゾーン』はよく書けていた。特に現在形を使った導入部の、ゾクゾクするようなスリルと戦慄は、ホラーやスリラーも顔負けだった。
というわけで、大風呂敷広げたわりには看板倒れの、ただのヘボ小説だった。

【書評】ロバート・タイン『アウトブレイク』(1994)Outbreak

『レッド・デス』がつまらなかったので、よけい飢えが強まってしまった。そういや、『アウトブレイク』の原作があったよな。と言って、また古本屋へ走る。するとどういうこと? 同じタイトルの翻訳が2種類ある。よくわからんが、1冊は原作、もう1冊はノベライゼーションだろうと見当をつけて、とりあえず2冊とも買って帰る。

そこでまずはノベライズのこちらから。私は映画のノベライズは決して読まない。どうせ映画以上のものであるはずはないし、書いてるやつもいい加減な作家に決まってるから。それで初めてノベライズというものを読んだのだが、なんかこれは、ほとんどシナリオ採録だな。よってセリフもシーンもほとんど映画のまま。
それでもいやしくも小説の形で出版するからには、映画では描けなかった、たとえばキャラクターの心理描写とか、被害者ひとりひとりの個人生活とか、後日談なんかの話も出てくるのかと思ったら、映画にないものはなんにもなし! これなら映画見た方がはるかにいいや。というわけで、特に何も言うこともない。やっぱりノベライゼーションなんか読むもんじゃないという、予想通りの結果になってしまった。

【書評】ロビン・クック『アウトブレイク』(1987)Outbreak

それにもめげず、もう1冊の『アウトブレイク』。てっきり原作かと思ったら、これはぜんぜん別の小説だった。ということは映画もオリジナル脚本か。前に書いたようにあれは事実上、『ホット・ゾーン』の焼き直しなんだけど。

しかし、まぎらわしい。というのも、これこそほんとのエボラ熱を題材にした小説で、主人公がCDCに勤める女医というところもいっしょ。結局、映画『アウトブレイク』は(タイトルも含めて)あらゆるところからのパクリでできてたんだな。
作者のロビン・クックは医学サスペンスを大量に書いている人だが、私は彼の小説は2、3冊読んだけど、まったくおもしろいとは思わなかったんだな。

この中ではこの作品がいちばん古く、1987年の作。この時点でエボラを取り上げたという、着眼の早さは評価できる。それもそのはず作者のロビン・クックは医者で、医学サスペンス専門だから、言ってみれば専門家。よって、『レッド・デス』よりは病気の描写もかなり科学的で、それだけでもほっとする。

お話はアメリカの都市で次々にエボラ熱が発生する。しかし主人公の女医は、感染経路を追ううち、奇妙な暗合に気づく。うんうん、映画でもホストをつきとめるまでが、ミステリみたいでおもしろいと思ったんだよね。その暗合というのは、なぜかどこでも最初の感染者はHMO(会員制の医療保証制度)の病院に勤める眼科医で、非WASPで、発病数日前に強盗に襲われていた。へ? それってウィルスとどういう関係があるの??
というわけで、今度は私はこれがSF(つまり科学小説)じゃなくて、ミステリだということを忘れていた。実はこのエボラ・ウィルスは、CDCから盗み出され、HMOに商売を荒らされるのを恐れた開業医の組織によって、営業妨害のためにばらまかれたものだったのだ。ちょっとー!

要するにエボラは小道具にすぎなくて、ヒロインの当面の敵はエボラじゃなく、組織が差し向けた殺し屋なのだ。犯人の武器が拳銃じゃなく、エボラ・ウィルスを仕込んだ注射銃ってあたりがいかにもだが、べつにこれ、エボラじゃなくてもなんでも良かったんじゃ‥‥
さすがに人気作家だけあって、『レッド・デス』よりは上手に書けているし、それなりにおもしろくはあるが、でも私はエボラ熱の話が読みたかったのに‥‥。ま、しょーがねーや。

わりといいなと思ったのは、ヒロインの孤立無援状態。殺し屋と警察に追われ、同僚の力も借りられず、ひとりで病気と政治的陰謀の両方と戦わなければならない。だったら、そこはやはり医学知識を用いてなんとかするのが筋だと思うが、そこの踏み込みが今一歩だった。

ミステリだからして『レッド・デス』にはないと言っていたどんでん返しもちゃんとある。ただ、これが物語半ばにして読めちゃうのが致命的欠点。
つまりヒロインがいちばん信頼していたボーイフレンドが敵の一員だってことなんだけど、これが見るからに怪しいやつなんだもん。そこで、ふんふん、こいつはきっと悪いやつで、たぶん助けを求めてきた彼女を罠にかけるんだな。それで最後は、やはり彼女に思いを寄せている、貧乏だが気のいい年下の同僚の青年が彼女を助けて、ハッピーエンドになるのだな。と思いながら読んでいたところ、悪いやつについては思った通りだったが、彼女を助けたのはなんとセクハラ上司! なんでー?!
この男は彼女の方は悪くは思ってなかったのだが、一度誘いを拒んだのを恨んで、さんざん彼女にいやがらせをしていた男なのだ。なのに、「やっぱりハンサムだから」というのでこいつと結ばれちゃうって、どういう神経してるの? こういうのはどんでん返しとは言わないよなー。単に納得できない結末っていうだけで。やっぱりたいしたことない作家だったか。この業界じゃ、たいしたことある作家の方が稀だから驚かないけど。

というわけで、エボラについて書くつもりが、行き当たりばったりにでたらめな読み方をしたために、なんかとりとめもない話になってしまった。事実は小説より奇なりという当たり前の結論だが、『ホット・ゾーン』は超大傑作、映画『アウトブレイク』は、後に読んだ小説のできからいっても、かなり練られたよくできた脚本の傑作、あとはどうでもいいやという話でした。

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