★【映画評】エターナル・サンシャイン (2004) Eternal Sunshine of the Spotless Mind

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参考記事 『ヒューマン・ネイチュア』 (2006年4月21日)

恋愛映画が嫌いだ。この日記のリビューでも恋愛物というのがほとんど登場しないのにお気づきだろう。映画じゃなくても、恋愛小説も大嫌いだ。ていうか、なんでみんな恋愛ものが楽しめるのかのほうが私は不思議だ。
そもそも町でイチャイチャしてるカップル見て楽しいか? たとえ自分が満ち足りた愛情生活を送っていて幸せの絶頂にあるときでも、あれを見ると暗黒面に墜ちそうになる‥‥というろくでもないパワーがあるんだよな、あいつらには。

もちろん映画スターはそこらの兄ちゃん姉ちゃんではない。ならばあこがれの美男美女カップルを見て楽しいかと言えば、好みの男優ならば、「キー! なんでよりによってあんなブスと!」となるし、好みの女優ならば、「あたしの○○ちゃんに触らないでよ、おっさん!」となってしまってちっとも楽しめない。
ならば両方好みだとどうかというと、私の場合、『マトリックス』のキアヌーとキャリーがそうなんだが、うーん、なんとも思わなかったな。『マトリックス』三部作は大好きな映画だが、あの2人のラブシーンは三部作の中でもいちばんいらないシーンで、早く終われと思って見てたし。

はいはい、わかってますよ。普通の人はそういう意地悪な見方はしないで、ちゃんと登場人物に感情移入して見るんでしょ?
ふーむ。私はキアヌー・リーヴスの出てる映画は喜んで見ているが、彼が主演のラブストーリーで、相手役に感情移入して見たことなんてないなー。相手がやはり大好きだったリバー・フェニックスのときでさえそうだった。単に好きな人を見ているのが楽しいだけで。特に相手役が(私基準で)ブスだと、「けっ、私はこんなブスと違うわ!」と、感情移入もはばかられる。
結局、恋愛映画に感情移入して見て興奮したのって、たまたま自分も恋愛中で、しかも映画のカップルと自分たちの境遇に重なるものがあったときだけだったなあ。まだつきあい始めたばかりの年下の彼氏とある映画を見たときはかなり萌えた。姉弟のインセストが扱われているのだが、彼と私は良く似たタイプで姉弟みたいと言われてたのよ。さらに、インセストタブーじゃないが、お互い簡単には一線を越えられない複雑な事情もあった。(ちなみに本物の弟はまったく似てないのでご安心を)
でもそんなシチュエーションってまずめったにないし、あのときは脳内がエロい妄想であふれかえっていたから気にならなかったが、やっぱり現実の恋人を連想させるものはいやだ。楽しかった頃を思い出させる映画は、過去形の時点で今はもう失われたものを思い出させるだけだし、見ていて身につまされるような映画は、過去のつらい記憶を引き出しているわけで、それもやっぱりいやだし、そもそも私が映画を見るのは現実逃避のためなのに、生々しく決して楽しいことばかりではない現実(恋愛ってそういうものでしょ? 甘く夢いっぱいの恋愛しか想像できない人はたぶん15才以下だ)を思い出させるだけでも恋愛ものは嫌い!

そのくせアクション映画の主人公とかには目いっぱい感情移入して見て、自分がヒーローになったような気になってるから変だよね。アクションなんておよそ縁のない生活しているのに。
そう、それが映画の醍醐味なんだよな。現実には決してできないことを夢見るというのが。その意味、恋愛もセックスも誰だってできるんで、まるっきりおもしろみがないと思いません?
そんなわけで、私も若いころは、ある種の恋愛映画に夢中になっていたことがあった。勝手に「死に至る恋」ものと呼んでたんだけど、例を挙げれば、『愛の嵐』(ナチ将校と収容所のユダヤ人少女のただれたSM愛)とか、『ジェラシー』(恋に狂った男がクライマックスで、自殺をはかり意識不明の瀕死の恋人を強姦する話)とか、『シド&ナンシー』(恋人を殺したとされるセックス・ピストルズのベーシストの実話)とか。(どれもインモラルでヤバい話ですが、それに耐えられる人は、映画としては超一流の映画人が撮った格調高い傑作ばかりですのでおすすめ)
ああいう映画には死ぬほど興奮したし感動した。理由はたぶん、現実世界では一生味わえない感覚を教えてくれたからだと思う。ただ、あれ以来あんまりそういう映画って作られてなくて、平凡な善男善女の砂糖菓子みたいな甘々の恋愛映画ばかりになって、このジャンルにはすっかり興味を失った。

Director:

Michel Gondry

Writers:

Charlie Kaufman (story & screenplay), Michel Gondry (story)

そこでこの『エターナル・サンシャイン』だが、監督ミシェル・ゴンドリー脚本チャーリー・カウフマンという黄金コンビの『ヒューマンネイチャー』(邦題は正確には『ヒューマンネイチュア』だが、「ネイチュア」って気持ち悪すぎるので書けない)に次ぐ作品だという。
この2人は才能こそ大いに認めるものの、必ずしも私のセンスと一致するわけではない、っていうか、むしろ正反対の世界に属する人たちで、その意味ではあまり居心地はよくないのだが、ここまで行くとむしろ気持ち悪さが一周して楽しめるし、少なくとも「変」というだけでも買っている。『ヒューマンネイチャー』がまさにそういう映画で、大いに楽しんだし、これも楽しめるんじゃないかと思ったわけ。
だけど、このお話はびっくりするほどまともだったので拍子抜けした。特にカウフマンの脚本は、『脳内ニューヨーク』とかいう最新作(と言っても2008年)だけ見てないが、それ以外は全部狂っていて最高だったのに。すごい期待された脚本家だったのに、あれ以降ほとんど仕事してないってのは、やっぱり異常すぎて干されたのか、ほんとに狂っちゃったのか? というわけで、私としてはいささか期待外れでこの後のリビューはかなり辛くなるのもやむをえない。

ここでストーリー。登場人物は少なく、お話もとても単純だ。(以下超ネタバレ注意!)

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ケイト・ウィンスレットとジム・キャリー この恐るべき髪型と色でもこれだけきれいなんだから、この人は本当に美人なんだな。

ジョエル(Jim Carrey)は恋人のクレメンタイン(Kate Winslet)と必ずしもうまく行っていたわけではないが、ある日突然、彼女が明らかに彼を知らないように振るまい始めたので驚く。
実は彼女はジョエルに愛想を尽かし、彼のことを忘れたくて、ドクター・ミュージワック(Tom Wilkinson)が経営する怪しげな研究所(病院?)で、記憶の削除を受けたのだ。それは彼女の脳からジョエルに関係する記憶だけを取り除くものだった。
ジョエルは悲しむが、立ち直るためには自分も記憶削除を受けるしかないと決意する。しかしその施術の最中、やっぱりクレメンタインの記憶を失いたくないことに気付いたジョエルは、自分の記憶の中を旅して、記憶を維持し彼女を取り戻す方法を模索する。

一方、その施術の最中に、研究所の受付の女メアリー(Kirsten Dunst)と、彼女に恋している技術者のスタン(Mark Ruffalo)とメアリーの不倫相手だった(し、今も秘かに愛している)ドクターを交えた三角関係(ドクターは既婚者だから四角関係か)が判明する。
また、技術者のパトリック(Elijah Wood)は、研究所に来たクレメンタインに一目惚れし、こっそり彼女の記憶を盗んで、ジョエルに替わって彼女に取り入ろうとしている。

そうしてすったもんだの末、ドクターのやっていることは間違っていると感じたメアリーは患者の消去された記憶が吹き込まれたテープをジョエルとクレメンタインに送る。
それを聞いて記憶を取り戻した2人は、また同じ理由で衝突し喧嘩別れしそうになるが、
「どうせきっとまた同じことになる」
「いいじゃない、それでも?」
「それもそうだね」
というわけで、よりを戻してめでたしめでたし。

は、それだけ?だよね。記憶除去とかSFチックなガジェットはただの添え物で、結局のところ、人の痴話喧嘩を見せられただけのような‥‥

もちろん映画のミソはそこにじゃなく、むしろジョエルの脳内旅行にある。(なんか脳内の話が好きなんすね) 問題はそれがあんまりおもしろくないことなのだ。子供時代の回想では、子供サイズに縮んで子供服を着せられたジム・キャリーが出てきたり、ベッタベタやん!
こういう記憶とか偽の記憶とかを扱った作品としては、いつも言うように私はクロネンバーグの『ビデオドローム』とか、フィリップ・K・ディックの一連の作品とかを思い浮かべてしまうから、よけい安っぽい感じがする。
せめて『マルコヴィッチの穴』ぐらい変なら笑えるが、ぜんぜん変でもないし。作り手としては精一杯ひねったつもりなのはわかるんだが、なんか『インセプション』に通じる安っぽさと痛さなんだよな。そうそう、脳内の話ってことでは『インセプション』にも似ている。

このたぐいの映画は他にもたくさんあるが、私の考えでは夢とか記憶とか深層意識とかには、もっとドロドロしたおどろおどろしいものがついて回るはずなんだが、この人たちの世界はまるでディズニーランド的な「夢の国」でついて行けない。
このくだりは当然ながら時間軸がでたらめに混ざっていて、見ていくにうちに、だんだんと観客には2人のなれそめから破局までの経緯がわかるようになっているのだが、案の定、コメントには「話がぜんぜんわからない」という人が多いな。悪いけど、そういう人にはゴンドリー=カウフマン映画は無理です。だってこの2人は変態と知性が売りで、徹底的に観客を選ぶ作家なんだもん。だからといって難解なところはまったくないんだけどね。

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ほんときれいだわー。と、女の話しかしていないのは映画が不満だったせい。

というわけで、せっかく期待した幻想部分はつまらなかったので恋愛の話をする。

この2人が破局にいたった理由は明白だ。性格の不一致ってやつ。まさに水と油の男女だものね。
ジョエルは内向的できまじめな堅物。髪を色とりどりの原色に染めたクレメンタインは、自由奔放なパンク少女。そのクレメンタインから見れば、ジョエルは退屈で束縛的で、おもしろみのない男だし、ジョエルから見ればクレメンタインは身勝手で子供じみた、だらしない女。あるある‥‥どっちもよくいるよねえ、こういうタイプ。
で、経験から言わせてもらうと、こういう性格の不一致は絶対に乗り越えられないし、お互いによけい苦しむだけだから、すっぱり忘れて別れたほうがいい。って、この映画の前提をあっさり切って捨てる身も蓋もない言い方だが本当だ。

またも自分語りで申し訳ないが、私自身がさんざんそれで苦しんだから。どうも私は外見と中身が著しく食い違うタイプらしくて、変な幻想持って近づいてきた男とぶつかり合うケースが多かったのだ。高校生の時に、級友に言われたセリフは今も忘れられない。私は「レースのカーテンのかかった白い部屋で白いピアノとか奏でてそうな深窓の令嬢」に見えたんだって。どこがだよ、オラ! ゆうてみい!

こういうのって、相手が嫌いなわけではまったくないし、むしろ願ってもないいい人のことも多いし(この映画の2人だってどっちもいい人だよね)、どっちに落ち度があるわけでもない。でもだからと言って、無理に相手に合わせようとしても、どっちもだんだん病んでいく。クレメンタインもそれでドクターの元を訪れるまでに思い詰めたわけだし、私なら尻蹴飛ばして「顔も見たくない! とっとと出てけ!」となるんだが。
おかげで未だに独身だが、それを悔いたことは一度もない(笑)。ほんとに合わない人間と暮らすのって苦痛でしかないんだわ。それが同僚とか友達なら十分我慢できるし、うまくやっていけるけど、恋人や家族となると別。いや、それでも長くいっしょにいれば、いずれは慣れるかあきらめるかと思って実験したこともあるけど、十年以上付き合っていても、ほんの些細な違いが気になってイライラして結局だめ。
ならば自分の双子みたいな相手がいいかというと、これは逆に鏡を見ているようで自分のいやな面を見せつけられるので、かえってむかついたりする(笑)。結論はあたりまえのことだが恋愛を長続きさせるのはむずかしいってこと。

というわけで、私にはこのラストはぜんぜんハッピーエンドに見えないし、この2人も経験から学習するということをしないバカップルにしか見えない。よってうっとりするどころか、過去の苦い失敗を思い出していやーな気持ちになっただけ。あー、だから恋愛ものは嫌いなんだって!
しかしカウフマンも、『ヒューマンネイチャー』の結末はあんなに苦くて残酷なものだったのに、なんでまた今回はこんなにお気楽なんだ? あれがよっぽど嫌われたから改めたのか(嫌う人が多いのはわかる)、それともあれの反動か? どっちにしろこんなカウフマンはいらない。

あとは役者の話。良かったのはやっぱりクレメンタインを演じたケイト・ウィンスレットだけかなあ。彼女はピーター・ジャクソンの『乙女の祈り』(レズ殺人犯の女子高生役)でデビューしたときから大好きで、ずっと追いかけている。
何が好きって私好みの美人だから。絵に描いたような典型的英国美人で、こういう女性が大好きなんだ。キーラ・ナイトリーとかとも似てるでしょ。古くはヴァネッサ・レッドグレイヴ(現在のお婆さんしか知らないだろうが、若いころは本当にきれいだった)とか、そのお嬢さんのナターシャとジョエリーもすごい好きだった。シャーロット・ランプリングやティルダ・スウィントンとかももちろん。

つまり、何が言いたいかというと、私は貴族的で知的でクールな英国美人女優が好きなのだ。可愛いと言うより美しいと言われるタイプ。若いころの美しさもいいが、こういう人たちがババアになってからがまた風格があって良い。まさにこうなりたいという私の理想です。(ヘレン・ミレンは年取ってからは好きだが、若いころはバカっぽくて嫌いだった。英国にはその手の白痴美人にもなかなかいい女優が多いのだが、それは話が別なので略)
ただ、この手の美人はどうしても冷たくて近寄りがたい感じがするものだが、ケイトはややふっくらしているせいか、美しいだけじゃなく暖かくてかわいい感じもする。まさに理想の女性だと思うのだが、なぜかあんまり人気ないね。『タイタニック』が代表作っていうのも(恋愛映画嫌いの私としては)ちょっとあれだし。

とにかくケイトは好きだから見ているだけでいいんだが、アメリカ人の役やってるのがちょっと不快だし、どこからどう見てもパンクには見えない、っていうかパンクとは言ってないんだが、ああいう髪もファッションも似合わない。その意味じゃそれこそ深窓の令嬢(笑)を演じた『タイタニック』のほうがはるかにはまり役。
むしろこの役はヘレナ・ボナム=カーターにやらせた方が、いかにもイカレただらしない女に見えて良かったかも。ケイトじゃただひたすらいい子にしか見えないんだよね。その意味じゃ完全なミスキャスト。

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子犬顔のジム・キャリー

相手役のジム・キャリーは変な顔だしうっとうしいのでずっと嫌いだったが、前髪を下ろすと意外と普通だしかわいいと言えなくもないのに気付いた。「追い詰められた子犬のような目をした」という形容もぴったりだったし。このフレーズ、私がよく使う「ぶたれた犬のような目をした」に似ていて、盗まれたようでくやしいし、やっぱり好きじゃないんだけど。

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キモ男2人

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ブスとジジイ

それでもこの2人だけだったらまだ許したんだけど、私的にはそれ以外のキャラクターがうざくて耐えられない。『ヒューマンネイチャー』のキャラは全員どうしようもないダメ人間なりに好きだったのに、そこも対照的。

まずメアリーを演じたキルステン・ダンストだけど、この子人気あるみたいね。私には「ドブス」にしか見えなくて、見ているだけでつらいものがあるんだが。
スタンのマーク・ラファロは典型的なナード(おたく)風の役作りで、なんかもうスクリーンで見るのもいや、臭いから寄らないで!って感じの外見。おかげでこの2人のラブストーリーにはまったく感情移入もできないし、見たくもねーよというのが正直なところ。
ドクターのトム・ウィルキンソンはイギリス人だし好きな役者なのだが、こんなに年の離れたジジイとの不倫というのが私には生理的に耐えられないし気持ち悪いとしか感じないので、ますますメアリーは嫌いになる。キャラクター的には悪い子じゃないんだがね。

あと、明らかな悪役だから憎々しいのは当然としても、やっぱりやめてほしいのが、パトリックを演じたイライジャ・ウッド。こいつもう映画出るなよなー。出れば出るほど『ロード・オブ・ザ・リングス』とフロドが汚されるようで。
ホビットとしてはこれ以上ない適役だったが、人間として見たら気持ち悪い目玉男でしかないわけで。だけど、見た目が変だからこういうサブカル系の監督には好かれるんだろうが、これも私は生理的にダメ。こんな男がケイトに触ると考えただけでぞっとするからやめて、本当に。

というわけで、『ヒューマンネイチャー』のあとだったからちょっと期待してしまったが、いろんな意味で残念な映画だった。ほんの少し、どこかひねってくれたら十分楽しめたと思うんだけどね。

あとがき――恋愛は妄想である

ついけなしまくってしまったが、これは私の性癖が異常というだけじゃなく、ある程度誰にでも言えることだと思う。特に女性は恋愛ものが好きだと思われているが、多くの女の子がBLとかやおいに走るのは、言ってみれば女の子が夢中になれる恋愛ものが少なすぎるというのもあるんじゃないか? (これらはどっちかというとポルノで、女性向きポルノがないという切実な理由もある)

実際、映画はほぼ作り手の大半が男性で、作家もしかり。特に大勢の人間が関わる映画は、たとえ監督や脚本は女性でもそれ以外はほとんどが男だ。だから「女性向け映画」なのに、実質的には「男が考えた女性」向けになってるわけ。
それにくらべると日本の少女マンガは独自の発達を遂げて、書き手も女性のことが多いが、ただ出版者や編集者は男だからねえ。その人たちに気に入ってもらえなければ、そもそも出版もされないわけで。そんな中で同人誌というのは女性たちが誰にも遠慮することなく自分の欲望や妄想を展開することのできたメディアなんではないか?
男はBLの妄想をバカにするが(確かにホモなのにウンコの臭いがしないのは変だと思う)、自分らが大量消費している女性像も完全な妄想だってことになんで気付かないんだろうか?

などといかにももっともらしいことを書いているが、かく言う私はBLも同人誌もチラ見したことがあるだけで、読んだことはなかったりする。私の少年愛はヘルマン・ヘッセとジャン・ジュネで養われたものなんで。おおー! こう書くと偉そうだな! でも事実。(ウンコの臭いに詳しいのもそのせい) しかし、私のころの中高生はそういうふうに背伸びしたがるものだったんだが。

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