このブログと私の日記について

あああ、こんなことしてるうちに春休みが終わっちゃう。年取ると時間がたつのが早いって言うが、私は1日が12時間ぐらいの感覚だ。しかもこの休みはなぜかパソコンに張り付いてブログばかり書いてた。
単に場所が変わっただけなのに、なんか妙に新鮮というか、自分のサイトを初めて作ったときのことを思い出すんだよね。

私が初めてインターネットに接続したのは、例によってものぐさなので、人よりかなり遅れて2000年のことだった。それで最初にしたのが自分のサイトを立ち上げることで、なぜかというと、当時気が狂うほど好きだったバンド、Mansunについて書きたかったし、人に知ってほしかったからだ。
それが縁で、国内外に友達もできたし、本当に楽しかったんだが、実はサイトを作ったとき、もうひとつの野望があって、それは自分の日記を公開したいということだった。

私が日記を書き始めたのは中学1年のときで(強制的に書かされた小学生の絵日記みみたいなのは除く)、それから還暦近い現在まで、文字通り一日も欠かさず日記を書いている。いや、正確にはここ2、3年はかなりさぼってるし公開もしてないが、私には何も書かない日というのはない。
それも中学生のころは、学校での出来事だとか、好きな男の子のことなんかを書いた、わりと普通の日記だったのだが、高校に上がるころからどんどん内省的になってきて、日常の話はほとんど書かない代わり、読んだ本とか、見た映画とか、買ったレコードの感想を書くようになった。つまり今のこのブログとほとんど同じである。今と違うのは、やっぱり若かったので社会時評とか国際問題とかについても書いてたことぐらいか。
これは膨大な数の大学ノートの山になったが、その後パソコンを買ってから、苦労してすべてワープロで打ち直した。それでも中高のころの日記はほとんどが失われてしまったが、だからこそ今あるものはなんとしても残さないとと思って。
パソコンも何台も買い換え、メディアもフロッピーディスクから様々に変わったが、そのときも大事にコピーして保存し続けた。

これはもちろん誰にも見せたことがなかったのだが、何らかの形で世間に出してやりたいとはいつも思ってた。自分で読む分にはプロのエッセイや評論よりよっぽどおもしろかったし。
若い頃は甘かったので、いつか出版したいと思って、原稿の持ち込みとかも考えて、確か1回は原稿を送ったこともあると思う。でも冷静に考えて、こういうエッセイに需要があるかと言えば、確かにないなと自分でもあきらめてた。本業である学者として発表するには軽すぎるし題材がアレ過ぎる(今でこそ、大学院の紀要に萌えアニメ論が載ったりするが、昔は考えられなかった。ロメロのゾンビ論とかどこの学会で発表しろと?)、逆に雑誌なんかに出すにはマニアックすぎるし、重すぎるし、そもそも長すぎる。

誰かに読んでほしいという欲求不満のあまり、プリントして友達に無理やり読ませたりしたこともあったが、友達だからと言って同じ趣味の持ち主とは限らないので、読まされた方もかなりの迷惑だっただろう。
だから好きなものを好きなだけ発表できるネットというのは、私には夢のような環境だった。ただ、読者を意識した結果、かえって書きたいものが書けなくなってしまったし、内容そのものも変わってしまったというのは、前にも書いた。

実は日記は今、何か所にも散乱していて、まだ公表してないものも大量にあるので、散逸しちゃう前になんとか一本化したいと思って、昔の「ひとりごと日記」を読み始めたところ、自分でも忘れてたんだが、これって昔は普通の日記だったんじゃない! 普通に友達の話とか、その日のどこへ行ったとか書いてるし! 私の日記の特徴は(ちょうど今のブログがそうであるように)現実の話は原則として書かない。私的な話は書かないというものだったのに!

それでやっと思い出したが、「ひとりごと日記」を書き始めたとき、当時日記サイトが全盛だったので、なんとなく人並みにしないとだめな気がして、意図的に形式を変えたんだった。「Mansun日記」のほうはどうせマニアしか読まないに決まってるから言いたい放題書いてたけど、自分の日記が異常だと言うことにはうすうす気付いていて、普通の人に見られたかったんだよね、なぜか(笑)。
以前、やはり日記書きが趣味だという友達と話していたとき、「日記っておもしろいよねえ。あとから読み返すと楽しいし」と言うので、相づちを打ったら、「毎晩のおかずなんて、どうってことないのに書いておくといい思い出になるんだよね」と言われて、二の句が継げずに絶句してしまった。やっぱり自分は変だと思ってちょっとコンプレックス感じてたようだ。
それともうひとつの理由は、思い上がりもいいところだが、「こんなに苦労して書いた貴重なおもしろいもの、ただで人に見せるのはもったいない」という思いがあったから。こんなものでも、特に力を入れて書いたのは1本のリビューに不眠不休で1週間以上かけてるし、その後何年にも渡って100回ぐらいは推敲しているからね。その点、日常雑記なら適当に書気飛ばすだけだからべつに惜しくないし(笑)。

それで読んでた方はご存じだと思うけど、中身はほとんどがレコードコレクター日記とレコードビジネス(Strangelove Recordsという通販ショップをやってた)の話だった。
それはそれで貴重な体験だったし、記録としてはけっこうなのだが、これ、コレクター仲間とお店のお客さん以外は読んでもまったく価値のないもので(もともとその人たちに読んでもらうつもりで書いてた)、今さら公開するのもはばかられる。
でもその中にリビューやおもしろい話も混ざってるので、そこだけ抜き出してまとめようかとも思ったのだが、そういうふうに何パターンもの日記が増えるのは整理に困るし、手間もかかるし、本当に悩んでるところ。
べつに頼んで読んでもらうものじゃないんだから、つまらなかろうがなんだろうが関係ないんだけどね。ちょっと今のと混ぜると整合性がなさすぎだし。
しかし、そんなだったひとりごと日記がどういうきっかけで今のパターンになった、というか元に戻ったのか、さっぱり記憶にない。やっぱり本能に従って書くと私はこうなっちゃうとしか。

というわけで現在持っていて、なんらかの形で発表したいと思ってる日記は、まず大学ノート時代のもの。これはほとんどが学生&プータロー時代に書いたもので、なにしろあり余るほど時間があったから、膨大な量だし、中身も濃い。
だけど、なにしろ若い頃の文章だから、そのまんまじゃたぶん恥ずかしくて、かなり書き直す必要があるだろう、というので渋っている。どっちかというとこれが私の日記のメインなんだけどね。
それからインターネット時代に入って、Mansun日記はどっちかというと黒歴史なので忘れてほしい(笑)。いやMansunは黒歴史じゃないが、日記の方があまりにガキっぽいので(笑)。
初期のひとりごと日記は、上記のようにコレクター日記。だけど、それを通じて知り合ったおもしろい人やすてきな人たちの話もたくさん入ってるから、おもしろいことはおもしろいんだが。ただやっぱり「現実の」日記は人に見せるのが小っ恥ずかしいんだよね。
それから旧サイトに放りっぱなしの現在のひとりごと日記がある。せめてこれぐらいは今のブログに統合したいと思いつつ、どんどん新しいのを書くのでまったく手つかず。
これなんかはそのまま移行すればいいんだが、前に書いたようにHTMLをブログ形式に直すのがめんどうで、先延ばしにしている。前は入れられなかった写真とかもいっぱい入れたいんだがなあ。あと昔は外国の固有名詞をすべて原語で書いてたのが、非常に読みにくいので日本語に直したいんだが、置換機能を使ってもめんどくさいのがなあ。

実はこれ以外に、まだどこにも発表してない日記が大量にあるのだ。ほとんどが書きかけて放っておいたやつで、よくできたリビューになりそうなのだが、結論が書けてないから発表できないようなやつ。
それから、仕事がらみの日記も、こちらはいちおう職業倫理があるので、むやみに公開できない。(それでも差し障りがない範囲で書いてるけどね) 仕事辞めたらあれもこれも書いてやりたいところだが、今の経済状態では辞めるに辞められないし。

それともうひとつ、私には高校生ぐらいの時から書き溜めた日記がある。それは夢日記で、自分が書いた夢を書き留めたもの。日記にする夢はかなり厳選してるし、だいたい書けるほどはっきり覚えている夢は少ないので、量的にはそんなにないんだが、何十年ものあいだにはかなりの数がたまっている。プラス、それにからめた私の夢理論も書いてる。
これは(私みたいに夢に興味のある人には)かなりおもしろくてユニークな内容で、こんなマニアックなリビューよりよっぽど受けるのは間違いないんだが、発表をためらっているのは、夢というのは人の心の最も深い、プライベートなものなので、早い話が人に見られるのは恥ずかしいというだけ。

なんにせよ、昔は書いて自分で読み返すだけで満足していたが、インターネットがすべてを変えてしまった。どうせならもっと若い時にインターネットがあったらと思わずにはいられない。
これだけの書き物をすべてネットに上げるには、100まで生きないとたぶん間に合わない。でなきゃ今誰かがお金出してくれて、仕事辞めてこっちに専念するとかね。せめてこれ買ってくれる人がいればまだなんとかなるのだが、こちらはまったく金にならないので、誰も喜ばない英語教師の仕事にほとんどの時間を使わなきゃならないのは本当に悲しい。

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