古本の値段とせどり屋のこと

bookoff しかし仕事を辞めてからと言うもの(以前は正業に就いてましたが、辞めて今はワーキングプアです)、デフレにどれだけ助けられたかわからない。こう貧乏だと、100円ショップやリサイクルショップがなかったらどうなっていたかと思うと恐ろしい。 それと同様にブックオフやAmazonの古本があるおかげで、未だに本を買うことも出来るのは助かるのだが、同時にこれが町の本屋を殺してしまったことを思うと、なんとも言えない気分だ。 実は最近、Amazonとネットオフで古本を買ったのだが、その両方がただになったという衝撃の体験をしたので書きとめておく。

【2015年4月19日付記あり】

Amazonで買ったのは、デイヴィッド・アッテンボローの『植物の私生活』。アッテンボローの“Life”シリーズのひとつ“The Private Life of Plants”の翻訳だ。前にも書いたが、私はBBCのアッテンボローの自然ドキュメンタリーの大ファンで、ビデオはもちろん全部持ってるが、本の方も集めてる。 日本のテレビ局が出すような便乗本とは違って、彼の本は番組の宣伝でも要約でもなく、番組では解説しきれなかった詳細や、テレビではカットされたエピソードがじっくりと読めるし、オールカラーの分厚い本なので、動物や植物の美しいカラー写真がたくさん入っている。(写真と動画はやっぱり別物で、じっくり見たいときはやっぱり写真がいい) すでに書いたように、この番組はほんの3分の映像を半年かけて取材したりしているので、テレビでは語りきれない話がたくさんあって当然だ。そんなわけで番組を見たあとでもおもしろいし、見てなくても十分楽しめるし、ためになる読み物になっている。 私は洋書・和書合わせて彼のほとんどの本を持っているのだが、この植物のやつだけは、あんまり植物に興味なかったので持ってなかったけどほしかったのだ。でも定価3200円もする本なので後回しになってたやつ。 その古書がAmazonで1円で売っていた。15年前の本だし、もちろん新品同様なんて望まない。でもすごいきれいな本なので、あんまり汚かったらいやだと思ったが、状態も「良」で、特に目立つ汚れもないみたいだったので注文した。 ああ、前にもAmazonの1円本買った話はしたっけ? なんでも送料の差額で儲けてるんだそうだが、差額たって100円かそこらだろうし、受注・発送の手間を考えたらどう考えても持ち出しだと思うんだが。数売るとAmazonからキックバックがあるんだっけ? 届いた本を開けると、中に手紙が入っていた。読むと、本の状態の表記が間違っていて、説明より悪い状態なので、代金1円を返金します。もし返本をお望みでしたら、送料着払いでご返送ください、といった旨のことが書いてあった。 なんと1円-1円で無料である。しかも返本の場合は送料まで負担するという。 ちなみに汚れとは、天の部分に小さい茶色いシミ(おそらく虫の紙魚によるもの)が点々と付いているというもの。これは古い本だと、かなり気をつけて保存していても運が悪いとできてしまうもので、うちのもそういう本はあるし、中まで来てる汚れじゃなく、紙面のほうはきれいそのものなので、まったく気にならない。 これだけのことで3200円の本が0円になるのか。と、うれしいようながっかりしたような気分。とりあえず、店は理系専門書の専門店だったが、本当にていねいな対応でうれしかった。

ところがそれから日を置かず、今度はネットオフ(よく間違われるが、ブックオフの通販部ではなく、ツタヤの系列)で文庫本を買った。タニス・リーの『薔薇の血潮』上下2巻。タニス・リー久々の新作なので、大いに期待して買った。値段は定価が2冊で2600円。こっちは比較的新しい本なので、買値は1400円とかそのぐらいだった。 ところが今度は手紙ではなく「サービス品(無償品)」と印刷されたしおりがはさまっていた。しおりには「ご注文いただいたこの商品ですが、一部、品質の不良が見つかりました。あいにく良品の代替品がご用意できないため、誠に勝手ながら、代金無償のサービス品として同梱させていただきます」と書いてある。 またタダかよ! しかもこっちの文庫本は、いくら調べても欠点らしきものが見つからないのだ。あえて言うなら、新本ではなく、明らかに読んだあとがあるという程度。でもページが折れたりよれたりしてるわけではなく、新品と較べれば、閉じたときにページ全体がちょっとふわっとしてるという程度。しかも2冊のうちの1冊はほぼ新品同様だ。 これで無償なのかよ! まあ、最近は神経質な人が多いから、苦情に対応したり悪い評価付けられるよりは、先手を取って最初からただにしちゃったほうがましなのかしら?

私がブックオフで買った本なんか100円だったけど一面カビまみれだったこともあったのに! ちなみに、これは承知で買った。すでに持っている絵本だったが、あまりにきれいなので額装して飾りたかったので、カビてないページだけを切り取って使うために買った。この種のカビは放置しておくと他の本にまで移るので、すぐに処置しないとならない。

この2件のできごとでつくづく思ったのは、今の人は新品同様の古本しか求めていないんだということ。逆に言えば、ちょっとでも汚れればそれはもうゴミ。どんな貴重な本、二度と手に入らないような本でも、ゴミとして廃棄されているのかもしれないと思うと、愛書家としては胸が痛む。昔の古本屋は本の目利きだったからもちろんそんなことはしなかったが、ブックオフあたりでは、本の値段は発行年だけで決めてるというし。 これが海外だとまるで事情が違う。私がeBayで買った『氷と炎の歌』の原作ハードカバーなんか、カバーが破けてたり、陽に焼けてたり、背が割れてたり、ページはぐしゃぐしゃだし、ひどいものだった。でも新古書ならともかく、読んだ本を売る場合はそれが普通だったんだよね、昔は。この本は本当に読みたくて、それでも新本を買うよりは安いから買ったんだけど。

そのせいか、最近うちの近所のブックオフにいると目立つのがいわゆる「せどり屋」。ブックオフの本から売れそうなのが安くなっているのを探して転売するのが目的らしい。 しかも、昔のせどりは古本屋以上に本の通で、自分の専門の本のことならすべて頭に入っているようなプロだったが、こいつらは明らかに雇われのアルバイトで、手に手にバーコードリーダーを持って、棚の本を片っ端から抜き出してバーコードを読んでいる。どうやらその手のデータベースができているらしい。 しかもひとりだけならまだしも数人で書棚を占有してやっているので目障りなことこの上ない。グループは見たところなんの統一性もない。ニート風の若い男や、浮浪者ふうのおっさん、家庭の主婦のように見えるおばさんなんかの連合軍。共通しているのは、誰ひとりとして本なんか読むような人間には見えないところ。 こんなに堂々と集団でやっていて、店員は注意しないのかと思ったが、見てると店員が来たときだけさっと散って本を見ているふりをしている。本当にいやらしくて気持ちが悪い。まあ、店員も気付いてないはずはないが、客は客なので見て見ぬふりということか。

いや、私がStrangelove Recordsでやっていたことだって、言ってみればせどりなんだが、私は商品知識を持った専門家だし、機械なんかに頼らず自分の目で選ぶし、国内で転売するわけじゃなく、私がいなければ買う方法がない(国外発送をしていない店から買うから)海外のお客さんのためにやっていたのだから、そこらの転売屋とは違う。 何より、本物の本屋やレコード屋なら、まず本やレコードに対する愛があるが、このせどり屋にそんなものがあるとはとても思えない。

そのため、愛書家としての私はこういう奴らには二重に腹が立つ。あまりにむかつくので私はそういうのを見かけると、近寄ってじーっと覗き込んだり、後ろで大きな音を立てて驚かせたり、できるだけいやがらせをすることにしている(冷笑)。

恐ろしいことに、この手のせどり屋は最近は私がいく古着屋にも出没している。汚いおっさんが若い人向きの婦人服を1枚1枚見ていたりするからすぐわかる。最初見たときは女装趣味の変態かと思った(笑)。あれもオークションとかで転売するんだろうな。私も金に困ったらやろう。(おいおい‥‥) いや、なぜか本とレコード以外は腹立たないのよ。やっぱり私にとっては、本とレコードは聖域に属するので。

そこで最初の話に戻るのだが、こういう奴らやネット本屋のおかげで、町の書店がどんどん消えている。西葛西は江戸川とは思えないほど本屋や古本屋がたくさんある文化的な雰囲気が気に入っていたのに、今は大手のチェーン店が1軒残っているだけだ。中古レコード屋に至っては東京中から消え失せた。 でも、それが世の移り変わりというものなんだろうと思う。本が安く買えたり、無料で買えたりするのは、もう本を愛している人がいなくなったからなんだろう。 自分は古本しか買わない(買えない)のに矛盾しているようだが、私なんかこんな貧乏してなかったら、本なんていくらでも新本で買う。前は好きな本は(読む用と保存用で)2冊ずつ買ってたし、レコードなんか同じのを十何枚も買ってたぐらいだからね(笑)。ブックオフで名著が100円で売られているのを見ると、かわいそうで全部買い占めたくなる。 たぶん本もレコードも近い将来なくなるのかもしれないけど、それでも私は死ぬまで買い続けるし、大事にし続けるつもりだ。

【付記 2015年4月19日】

さっきたまたまネットで、「亡くなった父が残した1万冊の本を売るために古本屋を呼んだらパッと見で「一万ですね」」(キスログ)というまとめを読んで、報告者もコメントもどこか見当違いなのにイライラしたので一言。
タイトル通り、1万冊もの蔵書を売ったのに全部で1万円にしかならなかったと憤慨してるのだが、これを書いた人もコメントを寄せている人も、本を知らなすぎ。

まず、報告者は「文庫とか実用書の類いではなく硬い専門書が多かった」と書いてるが、専門家でもない素人がいう「専門書」はピンキリ。というか、専門書はよほどの稀覯本でないかぎり、ほとんど値段が付かない。
そもそも専門的な本ほど少数の専門家と図書館しか買わないから、そんなに売れない。だいたいが、専門書なんて新刊を売る出版社だって儲けが出ない(文系の場合だが、理系もたいして変わらないだろう)から、著者や大学が出版費用を負担する自費出版みたいなものなのだ。それが古本になったからと言って突然高く売れるわけがない。私も5000円以上する専門書を専門書店で売って20円とか30円にしかならなかった。
しかも研究分野にもよるだろうが、専門書は内容が古くなってしまえば一文の価値もない。
逆にそれほど専門的でない一般向けの啓蒙書はたくさん数が出ているので逆の意味で安い。このお父さんという人が何をしていたのか書いてないが、専門家とは書いてないし、むしろ市井の読書家っぽい。残念ながら、そういう人が好みで集めた本も専門家からすればほとんど価値はない。たぶん、上に書いたアッテンボローの本みたいに、1円でしか売れない本がほとんどだっただろうと思うと、1冊1円という価格は妥当なのだ。
もちろん中には1000円以上の値が付く本もあっただろうが、それだけの本を輸送し、保管し、査定して売る経費や手間で相殺されてしまう。

実際問題として、大学教授が50年かけて集めた研究書のたぐいも、古本屋を呼んで売る時はこの程度の値段だとみんな嘆いている。
昔はそういう本は、売っても二束三文にしかならないので、それなら学生さんにただで読んでもらおうと、大学図書館に丸ごと寄付して、「鈴木文庫」みたいな名前を付けてもらえたのだが、図書館も無尽蔵のスペースがあるわけではない。早い話が大きな大学なら退職者は毎年何十人といるので、それをすべて受け入れていたら図書館がパンクする。同じ専門の人がいれば当然ダブりも出る。
そんなわけで、今は図書館はたいていどこも寄贈お断りになっている。いやでも古本屋に売るしかないわけだ。というのも、息子も同業とかいうんでないかぎり、家族にとっては蔵書の山は迷惑にしかならないので。原価は1万冊もあれば数千万円かかってることを考えると悲しい話だが、ほとんどちり紙交換並みの値段しかつかない。
私が1000冊単位でブックオフに売ってるクズ本は4000~5000円ぐらいにはなるから、それより安いのは気の毒だが、クズ本はまだ売れるのもあるが、専門書はまず売れないからしょうがないんだよね。なのに報告者は「ひょっとしたら何十万」って、それは夢見過ぎ。

それがあるから(あと、家にもう居住スペースがなくなってきたので)10年ばかり前から本は整理することにしている。それでもまだ売れない本がありすぎるんだが、おそらく二度と読まないような本から売ることにした。値段はただでもいい。それでも古本屋に売れば、もう一度誰かが手に取ってくれる可能性があるので、ゴミとして燃やされるよりは、本も幸せかと思って。

ところで、私は古着もよく買うんだが、なぜか古着は売る気にならない。私が持ってる服のほとんどはもともと古着で買ってることを思うと理屈に合わないが、なんか私が着た服を、見ず知らずの誰かに着られるのは気持ちが悪いような気がして。それでもシーズン毎にかなりの服を売ってるが、それは買ったけど気に入らなくて、一度も袖を通さなかった服ばかり。(ぜいたくだが、元が安いのでそういうことができる)
服と本のこの扱いと感じ方の違いって本当になんなんでしょうね? 単に私が洋服は本ほど好きじゃないせいか? それとも、本やレコードには何かが宿ってるせいか?

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