★【マンガ評】Kashmir『てるみな―東京猫耳巡礼記』(2013-15)

terminatermina2

というわけで、読んだ本についてもできるだけ書評を書こうと思ったので、私としては珍しいマンガ評。なんで珍しいかというと、なかなか私が気に入るマンガがなくて、あまり読まないというだけだけど。 若い頃はそれなりになんでも読んでたんだが、それも同居人が買ってきたのを読むのがほとんどで、自分が本当に好きで読んでたマンガってほとんどない。私はいつも本を買う金に困っていたので、「マンガなんかに使う金があるか」って感じだった。
でもその意味、私が好きなマンガ家は一言で言えて簡単だ。昔なら吾妻ひでお、今なら諸星大二郎で決まりで、それ以外は板橋しゅうほうとかねこぢるとか水野純子とか駕籠真太郎とか、その時々で変わり種にハマるぐらい。
おかげで学生とマンガの話しても話が合わないのなんのって。なにしろ今どきの子って、『ドラえもん』と『ドラゴンボール』と『ワンピース』ぐらいしか知らなくて、諸星大二郎も知らないもん。手塚賞とってるのに。

それはそうと、これは鉄オタ+萌えマンガで、副題の『東京猫耳巡礼記』通り、猫耳少女が東京近郊の鉄道を乗り歩く話。

ええーっ!??と思ってくださいね。
だいたい私はいい年して同世代のオバサンとはまったく趣味が合わず、昔からどっちかというと西洋人の若い男の子とのほうが話が合うんだが、同じ若い男の子でも日本人とはどうもソリが合わなくて、中でも鉄オタ(鉄道オタク)と萌えというのは、むしろ私が最も嫌悪するものだからだ。
萌え嫌い、少女嫌いは、いつも公言してるし。その一方で、ケモナーだということを告白しちゃったので猫耳はちょっとあれだが、私は猫が好きなだけで、猫が人間だったら一文の価値もない。(例外としてフィオナは許す。つーか彼女は人間だが。つーかあれはウサギ耳だったか)

でも私の鉄道嫌いについては書いたことなかったかも。理由はというと、私はなんの因果か、学生時代から今現在まで鉄道による長距離通勤・通学を余儀なくされていて、もう電車は乗るどころか見たくも聞きたくもない、というだけ。

特に東京育ちの者にとっては、電車=地獄の満員電車のイメージしかなく、これは近年、鉄道各社の努力と東京の人口減でかなり解消されたが、なぜか私の住む東西線だけは未だに残っているという悲劇。
なにしろ私が乗るのはラッシュのピークより1時間は早い電車なのに、すべてのドアごとに「押し屋」がいて、押し込んでもらわないと乗れないんだぜ!
なのに西武線沿線の駅とか見てると、新宿まで30分の距離なのにピークでも上りホームには人がちらほらいる程度。この違いはなんなんだよ! (千葉方面から東京への足が少ないせいと言われる) それだけ人口が違うんだろうが、だったら(増発はこれ以上はもう無理なので)路線増やせよ! 人の圧力でガラスが割れるのはもう見たくないよ!(悲鳴)

しかも、東京23区に住むようになって、これでやっと長距離通勤の地獄から解放されたかと思ったら、今度は田舎のキャンパスの仕事ばかりになってしまって、往復5時間の通勤を余儀なくされているわけ。こうなるともう、働いている時間のほうが短く、電車に乗ることで給料もらってるような気分になる。まあ(都心回帰の流れはあるものの、実際は用地買収もむずかしく)巨大な土地を必要とする大学は、辺鄙なところにあるものと昔から決まってるからしょうがないんだが。
そういや、YouTubeで大学非常勤残酷物語みたいな番組を見たら、京都から東京の大学まで通ってる講師の話をやっていた。もちろん京都からの交通費なんか出ないから自腹で、それでその日の給料は相殺されてしまう。少しでも出費を減らすため、新幹線ではなく在来線で来るのだ。働けば働くだけ赤字なのに、それでも業績にはなるし、大学は長期休暇中も給料が出るから、その差額でどうにかやっているわけ。
そういう人に較べたら、まだ家から(日帰りで)通える距離に仕事があるだけましなんですけどね。でもこの家買うために私は莫大な金を費やしてるし、それまでは長い間住所不定のホームレスしてたんですけどね。どっちみち大学教員(非常勤講師)は儲からないのだ。

私のたいていの○○嫌いは「ただし日本に限る。ヨーロッパは除く」という保留が付くのだが、鉄道嫌いはヨーロッパでも変わりないことが証明された。
アンドレのところへ行った時も、なにしろ(ヴァレリーのおかげで)毎日、列車を乗り継いではヨーロッパ中を駆け巡っていたわけで、鉄道ファンには夢のような旅行のはずが、私には悪夢でしかなかった
もう覚えていることと言ったら、また20分遅れ、30分遅れ、1時間遅れと、どんどん遅れていくスケジュールのことだけで、言葉も通じない外国でただひたすら心細いし(イギリスは外国と思ってない)、降りる駅も乗り換え駅もわからないし、アナウンスは聞き取れないし、車窓の風景を楽しむなんて余裕なかったよ!

そういや、電車に乗る夢もよく見るんだが、そういうのは決まって悪夢、というか不快夢だ。電車がいくら待っても来なかったり、遅れて乗り継ぎに間に合わなかったり、行き先が違ってたり、駅やホームの場所がわからなくて迷ったり、着いてみたら見たこともない土地だったりというたぐいの。これもほとんど現実の体験を反映しているだけなんだが。

なのに、なんでこのマンガに惹かれたかというと、まさにその夢の雰囲気が濃厚だったから。こういう夢のように不条理で、幻想的で、ちょっと残酷で悪趣味なマンガ大好きなんですよ。考えてみたら、吾妻ひでおがまさにそうだった。そもそも彼はロリコンや萌えの元祖伝道師だし、私も一貫性がないな(笑)。あと、夢のマンガとしては、つげ自身は好きじゃないんだが、つげ義春の『ねじ式』とかも。
だからいつもこういうマンガを探してたんだが、こういうのってもう受けないみたいで、本当に少ない。そもそも「ガロ」がなくなってしまってからは、どこでそういう作家を探したらいいのかわからない。たぶん同人誌とかならいるんだろうけど、同人誌をくまなく探すなんて無理だし。

そんな折、たまたまネットの紹介記事を見てKashmir(作者のペンネーム)を知った。てっきり同人誌かと思ったら、白泉社の「楽園」という雑誌に連載された作品だった。ということは少女マンガ? まあなんでもいいや。

お話は名前のない鉄道マニアの猫耳少女(年は10才ぐらい)が、東京近郊によく似てるが微妙に違う異世界で、いろいろな路線に乗って不思議な体験をするという読み切り形式。各話の間に、やはり鉄道をテーマにした短いエッセイマンガもはさまっている。現在2巻の単行本が出ているが、雑誌連載はもう終わったようなので、これで全部みたい。

それでは各話の紹介と寸評(つなぎのエッセイマンガは省略)

第1話 京王線ならぬ「京央線」で、新宿から高尾山へ。

ある朝突然猫耳が生えてきたので、「ねこみみにやさしい」京央線でお祓いをしてもらいに行く。「家が近いので民家を削りながら走る」京央線は、車掌が凶暴で、無賃乗車は容赦なく虐殺される。あと電車に食われてる乗客もいるし、「は」という駅では降りた乗客は巨大な歯で噛み砕かれる。高尾山では名物のとろろそばを食べるが、とろろの正体は天狗の鼻水で、ヒロインは天狗たちを強制労働から解放する。

車内が死体の山だったり、つり革から首吊り死体がぶら下がってたり、なんかのっけからエグい展開で、「恋愛系コミック最先端」をうたう雑誌でこれをやった勇気はすごい
ただ、最後の天狗(手塚治虫の「オムカエデゴンス」にそっくり)がかわいいのと、ヒロインの天然ボケのせいか、すさんだ描写にもかかわらず、なんとなくほのぼのマンガっぽくなってるのがすごい変で好きかも。あと、山を登れなかった電車が山麓で化け物に食われてるあたりも好き。

第2話 東武線ならぬ「東弐線」で、玉の井(現・東向島駅。かつての赤線地帯)ならぬ「玉乃井」から出られなくなる。

おばあちゃんと妹といっしょに鬼怒川温泉に行く途中、お弁当を買いに降りた「東京天空樹」駅で家族とはぐれ、各駅であとを追おうとするが、止まるのは「玉乃井」ばかりである。しかたなくそこで降りて、セーラー服の不思議な少女の案内で不思議な町をさまよう。

「東京天空樹」はもちろんスカイツリーなんだが(本物の駅名は「とうきょうスカイツリー」)、なんか『指輪物語』のサウロンの塔(バラド=ドゥア)に似て、てっぺんに目玉が付いてる不気味なもの。
現実の玉の井は知らないが、建て増しに建て増しを繰り返した閉塞空間は東京の下町育ちなら、なんとなく見慣れた感じがする。つげの『ねじ式』や、香港の九龍城砦とか、『千と千尋』の不思議の町のようでもある。

セーラー服の少女はもちろん娼婦かその亡霊だろう。彼女に連れられて案内されるうち、空間はどんどん狭くなり、しまいには布団部屋の中で身動きが取れなくなるが、そこで見た少女の姿は、最初の場面の「東京天空樹」そっくりである。
少女の「病気のお父さん」や、天井からぶら下がって、そのお父さんの体液をちゅうちゅう吸う老人たちがすごいキモい。
個人的にはこの、「どんどん進んでいくと身動きできないほど狭くなる」感じが、いかにも夢っぽい気がする。伊藤潤二のマンガにもそんなのあったな。彼のマンガは私にはぜんぜん夢っぽくなくてダメなんだが。

第3話 京急線ならぬ「鯨急線」で、三崎口ならぬ「三嵜湊」へ。

妹の臨海学校に付き添って、三嵜湊から瑠璃江(ルリイエ)線という路線に乗るが、乗客は「魚っぽい人」ばかりで、車掌の話す言葉も意味不明。しまいに妹まで魚っぽくなっていくがヒロインのキスで人間に戻る。

言わずと知れたラブクラフトねた。ネタが割れてるせいか、ここまでではいちばん健全な感じがする(笑)。魚人もなんかかわいいし。車掌の変な言語がいかにもクトゥルーっぽいし(いあ、いあ!)、地下迷宮のような駅に降りていくところが好き。ただかんじんの魚(モンスター?)がいまいちだったな。もっとキモい魚やグロい魚は現実にいっぱいいるのに。

第4話 東京都電車(都電)ならぬ「东京市電」に乗る。

市電で浅草橋に行くつもりが、途中で行き先が変わってしまい、どうしても行き着けない。料金を払い戻してもらいに行って「集中制御室」を覗くと、コードにつながれた2人姉妹が市電の行き先を決めているのを見る。しかしタコが邪魔しているので、タコを引きはがすとコードも抜けてしまう。姉妹には感謝されるが、ヒロインは代わりに制御の仕事をしなくてはならなくなり、ダイヤはめちゃくちゃに。

包帯でグルグル巻きに拘束された半裸の姉妹が変にエロくて背徳的。
これは都電が廃止されなかったパラレルワールドの話なんだが、(現実には残ったのは荒川線のみ)、車社会と折り合いを付けるために、地下にもぐったり、高架を走ったり、ビルの廊下を走ったりするのがすごくおもしろい。
私は未だに都電にだけは郷愁を抱いているので、こういうのが本当にあればよかったのに。向こうから来るのが見えて、その場で思い立ってさっと飛び乗れるところや、階段の上り下りをしないですむのが本当に便利だったんだよね。

第5話 西武線ならぬ西部線で「西部園ゆうえんち」に遊びに行った帰りみちの話。

車内でキツネ耳の少女を見かけ、自分の意思とは無関係にふらふらとあとについて行ってしまう。ヒロインはキツネに化かされたと思っているが、実は少女はお稲荷さんで、ロイコクロリディウム(BBCのドキュメントで有名になったカタツムリに寄生する寄生虫)に取り憑かれているヒロインを助けてくれただけだった。

なぜここでロイコクロリディウム!? 主人公は猫耳なだけでカタツムリとは何も関係ないし、キツネとも関係ないのに。まして西武線とのつながりがわからん! 東伏見で一時下車するから、伏見稲荷大社とひっかけてあるのかな? しかし行き着く先は田無ならぬ「田撫」だし。
巻末にはそれぞれの路線の解説が付いているのだが、元は農業鉄道として(肥料としての)糞尿の輸送に使われていたということしか書いてない。糞尿だから寄生虫? とにかく気色悪い話
ところで今初めて、田無市が保谷市と合併して西東京市という名前になったのを知ったよ。というか、田無市と書こうとしたらATOKが勝手に教えてくれた。西東京市って何それ? だっさ。それこそこのマンガに出てくる嘘地名みたい。田無や保谷ならそれなりに由緒ある名前だったのに。

第6話 川崎から南武線ならぬ「南部線」と青梅線ならぬ「青海線」経由で奥多摩に行くお座敷列車に乗る。

お座敷列車の車内はいつも通りの異世界と化しているが、着いた先は競馬場ならぬ競鉄場で、走るのは電車で賭けているのは馬。負けた電車は乗客もろとも巨大な馬に食われる。これは南武線が別名ギャンブル線と言われているせいらしい。

お座敷列車が最初のほうはまともだったのに、奥に進むにつれて異界になってきて、車内に巨大な温泉があったり、座敷牢があったり、四角いふすまの部屋が四方に無限に続いているあたりは、夢でも見慣れた風景ですごくなごむ。
しかし南武線がギャンブル線と呼ばれているのは知らなかった。というか、南武線という鉄道があること自体知らなかった。川崎と立川を結ぶ超ローカル線だからなあ。 ギャンブル線というのは府中の東京競馬場と千葉の中山競馬場をつなぐJR武蔵野線のことだと思ってたよ。他にも多摩川競艇や、浦和競馬場があるし、立川競輪や大宮競輪、船橋競馬場とも近いし。武蔵野線も田舎と田舎をつなぐ路線だが、こっちは以前通勤で使ってたから知ってた。
でも南武線も川崎競馬場・川崎競輪場・京王閣競輪場・立川競輪、それにもちろん東京競馬場と多摩川競艇場が沿線にあるというから、似たようなもんだな。ていうか、東京の外郭ってこんなんばっか

第7話(こっから第2巻) 京成線ならぬ「京戌線」で成田ならぬ戌田へ。

ヒロインは間違えて行商専用車に乗り込んでしまう。しかし昔は行商の人たちは千葉から東京へ向かったのに、この人たちは逆に成田方向に向かっている。理由は旧成田空港の上空1800mにできた新空港で、そこへおみやげを売りに行くのだ。おばちゃんたちは行商の梱にジェットパック装備で空高く舞い上がる。

これには大笑いした。というのも、私は京成沿線に10年ほど住んでいたことがあり、その後も成田空港や沿線の大学に行くのによく乗ってるので、この路線はよく知っているからだ。
通称「千葉のおばちゃん」と呼ばれていた、大きな梱を担いだ行商人は東京にいる頃から利用していたし、今はなくなった行商専用車も見たことがある。っていうか、同じホームで電車を待っていた。ああいう人たちは朝が早いのだが、私も遠距離通勤・通学だったので。
だからあのおばちゃんたちには親しみを持ってるんだが、それがジェットパックで空を飛ぶのを見て大笑い。ありがちな「図解」を見ても大笑い。しかし千葉ネタなのに落花生をからませないのは間違ってると思っていたら、燃料はちゃんとピーナツでまた大笑い。
巨大な梱に押しつぶされそうになった、小柄で腰の曲がったおばちゃんたちは、見るからにしんどそうで気の毒だったが、空飛べるならいいよね。でも空港で売るのかと思ったら、飛行機に特攻するのは、いくらなんでもやりすぎ。っていうか、おばちゃんたちの集中砲火で飛行機落ちてるし(笑)。

それを言うなら、上空1800mにある巨大な空母のような空港もすばらしい。子供時代に見た夢の未来図みたいだ。っていうか、これほんとに作ってほしい。こんな空港が本当にあったら、世界中に自慢できるのにね。ていうか、日本みたいに土地がない国で巨大空港作ろうと思ったらこれぐらいしなくちゃ。ただ、何で重さを支えているのかは謎だ。反重力装置?
ちなみに地上との行き来は軌道エレベーター。直通列車のスカイライナーはジェットエンジン搭載で時速1600キロってすごすぎ。もう「電車」ですらないよ(笑)。理論上はグアムぐらいまで飛んでいけるというので試運転が行われているそうだが、島に突っ込んで刺さってるので実用化にはほど遠いようだ。

その他小ネタだが、今は廃止されたがホームはそのまま残っていて、いい感じの廃墟になっている博物館動物園駅に、動物の白骨が転がっていたり、駅前のデパート(マルイだったか?)が西郷さんデパートになっていたり、小ネタ満載で知ってるとなお笑える。博物館動物園駅なんて鉄道マニアなら常識なんだろうけどね。

第8話 ゆりかもめ、ならぬ「むりかもめ」に乗りたかったのだが、東京臨海新交通臨海線ならぬ「東京臨界新交通臨界線ゆりくらげ」に乗ってしまう話。

「むりかもめ」の開業で客を奪われ廃線寸前の「ゆりくらげ」は、開催中止となった都市博(そういやそんなのもありました)に合わせて作られた、クラゲの発する微弱電流だけで動くエコシステム。動力が弱いので遅いが、上からむりかもめの客が落ちてきて、海の養分が増えると急に早くなったりする。

ヒロインはどう見てもクラゲにしか見えないガイドのお姉さんたちの案内で駅を巡るのだが、お姉さんたちのしつこいクラゲ推しがとにかく笑える。通る駅も、「国際展示場の地下で国際的でない物産を展示販売する」「非国際展示場駅」とか、しょうもない駅ばっかりで、臨海地区の華やかなイメージと正反対なのがおかしい。

第9話 秩父鉄道ならぬ「秩父電鐵」の話だが、ほとんどは西武線のような気がする。

秩父に紅葉狩りに行った帰り、路線や乗り換えが多すぎてどれに乗ったらいいのか迷う。横浜中華街行きの急行が早いという、通りすがりの人の声を聞いて、それに乗るのだが、付いたところは横浜ではなく「さいたま中華街」である。その後も通行人の話に従って埼玉新都市交通に乗り換えるのだが、それは単なるトロッコでどんどん地下に下っていく。

しょっちゅう道に迷う(電車でも例外ではない)私としては、「‥‥どう考えても大宮には近付いていないし、むしろ遠ざかってる気がする」というラストのセリフと、「安易に人についていかないほうがいい」という「教訓」が耳に突き刺さる。方向音痴の特性として、「たぶんこっちだろう」とか「こっちのほうが早いだろう」と思った方にずんずん進むんだけど、それがことごとく間違ってるというのがあるんだよね(笑)。

そうでなくても、現在、西武線や京成線を利用していて、路線の数の多さと急行だの準急だのの区別の煩雑さに頭にきてるんで、よけいこの話は実感がある。
勤めはじめの頃、間違って逆方向へ行く電車に乗ってしまい、気が付いて引き返したときには、うちの駅まで折り返した時点で45分遅刻していた。それで「これはいくら何でもヤバい。クビになるかも!」とあせったが、大学に着いてみたら15分ぐらいの遅刻でなんとかごまかせたことがショックだった。
つまり、30分あとの電車に乗っても、着くのは同じ時刻だったということ。いろんな電車があるからたくさん走っているようでいて、途中で待ち合わせとか、追い越しとか、時間調整とかがあって、長距離を移動するには、実際乗れるのは20分に1本とか30分に1本なんだよね。
都心に住んで、2、3分おきに電車が来てあたりまえというのに慣れちゃうと、田舎のこういうところがすごい気に障る。

そしてそれ以上に恐怖なのが、この「行けども行けども目的地に近付くどころか離れていく」ってやつ。こちらは私の悪夢そのものだ。これが現実だったら逆にトロッコ列車なんて楽しんじゃうけどね。

「さいたま中華街」というのは明らかに「さいたま新都心」への当てこすり。最初聞いた時は、なんで埼玉に都心がなきゃならないのか、かなり悩んだ。きっと埼玉は「さいたま新東京国際空港」や、「さいたま新東京ディズニーランド」もほしいに違いない。
というか、私は西武線が横浜中華街まで乗り入れていることを最近知ってショックを受けたので、なかなかタイムリー。横浜中華街にしては誰もいないのでおかしいと気付くあたりもリアルだ。なんか地方のこういう狙って作った町って閑古鳥が鳴いてるよね。
肉まんでもなんでもセメントでできているというのは、秩父が昔からセメントの産地だから。他にも私が知らないだけでネタはたくさん仕込まれてそう。

第10話 東急線ならぬ「东急線」の町田のあたりで電車が止まり、歩いて乗り換えようとする話。

しかし、歩いて行くと道はどんどん急斜面になり、しまいにはピッケルやハーケンがないと登れない垂直登攀に。ところが付近住民は急斜面を普通に垂直に歩いている。その秘密は地中に設置された重力制御装置。しかし、町田の神奈川からの独立を目標とする過激派組織「町田解放同盟」が装置を爆破してしまい、人や家は重力に従って転落し始める。かろうじて崖に張り付いていたヒロインは助かるのだが、高らかに勝利を宣言する町田解放同盟の面々に向かってひとこと、「町田市は东京都だよ」

第7話の京成線に匹敵する爆笑もののエピソード。こういうバカバカしいホラ話は好きだ。
ネタは、町田市がちょうど半島のように東京都から神奈川県に付き出した形で、実質的に神奈川にあるため、「町田は神奈川」とよく笑いものにされるため。同様の「領土問題」には、「練馬区は埼玉」とか「江戸川区は千葉県」とかいっぱいある。(そして実際そうなので何も言えない。私は江戸川区民で千葉は嫌いだが、隣接する葛飾区や墨田区といっしょにされるぐらいなら、浦安市や市川市の仲間になるほうがましだと思う)
あと、重力ネタはおそらく多摩丘陵のこのあたりの町は斜面にぎっしり家が建っているせい。確かに車でこの辺を走ってるとこういう感じの景色が多い。

しかし、町田が独立だけでも笑わせるのに、こどもの国が国境の激戦区になってたり、ラスト、宇宙に浮いた町田を背景に「町田市、地球の衛星に」というニュース画面で吹き出してしまった。独立って神奈川から独立するだけじゃなく、文字通り日本からも地球からも独立しちゃったのかよ! 衛星都市ってそういう意味だったのか。

第11話 つくばエクスプレスならぬ「ときわエクスプレス」の話なのだが‥‥

ときわエクスプレスは開業時に起きた事故のせいで廃線になっているので、話は秋葉原の中だけで進行する。なぜそうなったかというと、日本列島を覆うほどの巨大なサイクロトロン(素粒子加速装置)のトンネルを利用して作られたときわエクスプレスは、乗員乗客もろとも時空から消え去ってしまうという事故を起こしたからだ。ヒロインは秋葉原で、そのときわエクスプレスに乗ってきたというメイド服の少女に出会い、就職先のメイド喫茶を探す手伝いをするのだが‥‥

これはまた前の話に輪をかけて壮大なSFホラ話。こういうの大好き! サイクロトロンの中に電車を走らせるという発想そのものがすごいし、高速鉄道ならぬ亜光速鉄道という大風呂敷が大きすぎる! それが消えたのはやっぱり量子論で言うトンネル効果か? それともブラックホール化でもしたのか。メイドはその列車に乗っていたらしいが、未来らしいこの時代にはメイドなどは廃れてしまっており、過去の時代から来たことがわかる。

一方、秋葉原は新しい建物が古い建物の上に何度も増築された結果(おそらくJR秋葉原駅の様子をパロったもの)、古い秋葉原は地中深くに埋もれている。そして下の階層にもぐったヒロインは、周囲の店の雰囲気が違うことに気付く。店の人いわく、「昔はオーディオ製品が町のシンボルだったからね」「今みたいに電子部品が流行る前はもうステレオ一色さ」
ここで「あれれ?」と思う。逆だろ? 何言ってるんだ? そしてとどめのセリフが、「オーディオの前はパソコンだな。アダルトソフトやアニメであふれたのがその前か。爺さんの代は同人誌や同人音楽なんか扱ってたらしい」というもの。
なんと、この秋葉原は現実とは時間が逆行している世界だったのだ! SFじゃん、これ! こうなった原因はおそらくときわエクスプレスの事故で、そのとき空間と時間のねじれがどうとかしたんだろうが、その中に暮らす人間は誰ひとり時間逆転に気付いていない。
そういや最初に出てくる現在の秋葉原が、戦後の闇市みたいな部品屋だらけでおかしいと思うべきだったんだが、少しもおかしいと思わなかったのは、私の夢に出てくる秋葉原は今でもこんな感じだからだ。(もちろん部品屋は今でも少しは残ってますがね)
というわけで、SFファンで昔の秋葉原に郷愁を抱いてる私には夢のような話。鉄オタまんがにここまでは期待していなかったよ!

メイドはもちろんその事故で命こそ助かったものの、本来属していた時系列からはじき出されてしまったのだろう。ただ本人は何もわかっていないし、それを案内するヒロインも、なにしろ子供なので何もわかってなくて「まさか幽霊?」とか思ってる。
この地下迷宮と化した人っ子ひとりいない秋葉原の廃墟が圧巻。 そして2人はやっと目的のメイド喫茶を探し当てるのだが、それは崩れかかった廃墟で、もちろん人は誰もいない。でもメイドはニコニコして、おみやげを渡してくれる。開けてみるとそれは「メイドの土産」
あれだけ大風呂敷広げておいて、最後はくだらないだじゃれで落とすあたりも好き! でも前の話もそうだったけど、鉄道ぜんぜん関係なかったね。

第12話 JR中央線(なぜかここは現実のまま)の夜行急行、ムーンライト信州ならぬ「ムーンライト神州」に乗る。

ヒロインは夜行電車の中で不思議な少女ハルヨと仲良くなる。ハルヨというのはヒロイン(ここで初めてミナという名前であることがわかる)のおばあちゃんの名前で、なぜか彼女はハルヨがおばあちゃんだと信じ込む。そして昔読んだお話を思い出し、おばあちゃんは死んだんじゃないかと心配するのだが、実はおばあちゃんの膝枕で夢を見ているだけだった。

まんま宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のパロディー。それが中央線だというあたりがいささか興ざめだが、秋なのに桜が満開だったり、「夜の中央線は魂を運んでいるんだ。カーブがあると魂がこぼれてしまうから直線でないといけないんだ」とかいうセリフは不思議に美しい。
でも「もうすぐ西十字星に着くよ」と言われて、「西十字星‥‥? 西国分寺駅のことかな」とかいうヒロインのボケにはやっぱり笑ってしまうんだけど。賢治の世界とは違いすぎるわ!
というわけで、それなりにおもしろいけど、数ある『銀河鉄道の夜』のパロディーとしてはそれほど出来は良くなかった。

というわけで、最初思ったよりはずーっとおもしろかった。それこそ猫耳少女にも鉄道にも興味のない私でも楽しめるぐらいに。ひらがな4文字タイトルのマンガとか、地雷としか思えないんだがね、普通は。
ただ、これはやっぱり東京近郊在住でよく電車に乗る人でないと、意味不明の部分もあるかも。その点、私はもういやってほど乗ってますからね。ちなみに、ここで取り上げられた路線と私の関係を表にしてみた。

京王線――かつて沿線(笹塚と東府中)に住んでいた。
東武線――かつて沿線(宇都宮)に住んでいた。
京浜急行線――三浦海岸へ行く旅行でしか乗ったことがない。
都電――かつて沿線(神田淡路町)に住んでいたし、今も最後の都電荒川線の終着駅、早稲田に縁がある。
西武線――現在通勤に利用。
南武線――これを読むまで存在すら知らなかった。
京成線――かつて沿線(京成大和田)に住んでいた。現在通勤に利用。
ゆりかもめ――お台場に行く時は乗る。私は船(水上バス)で行くことも多いんだが。
秩父線――たぶん秩父に旅行に行ったとき乗ったはずだが忘れてた。
東急線――かつて部活(用賀の馬事公苑と綱島にあった青学の馬場)に行くのに利用していた。
つくばエクスプレス――秋葉原にはいろいろな思い入れがあるが、筑波には縁がないのでこれには一度も乗ったことがない。
JR中央線――何かとよく乗るし、かつて沿線(荻窪)に住んでいた。

しかしこれを書いていて重大な欠落に気が付いた。首都圏の主な私鉄はほとんど網羅しているのに、大メジャーな小田急線がない! 小田急線だって、沿線にはいろいろおもしろい場所があるし、ドラマだって作りやすいだろうに。
あと、昔も今も地下鉄沿線在住(淡路町・方南町・西葛西)だし、トータルすれば地下鉄に乗っている期間が最も長い私としては、なんで地下鉄がないのかも解せないところ。地下鉄こそ帝都東京の大動脈であり、荒俣宏の『帝都物語』でも地下鉄は重要な役割を果たしてるし、だいたいこの作者、地下迷宮とかすごい好きそうなのに。少なくとも都電なんか出すぐらいなら地下鉄だよなあ。
それを言ったらなんでJRが中央線だけなのかもわからんし、首都圏のおもしろい電車と言うことでは江ノ電とか箱根登山鉄道とかも取り上げてほしかったし、ぜひ続きが読みたかったなー、とそれだけが心残り。

「楽園」ではすでに新しい連載が始まってるようだが、パイロット版を見た感じではぜんぜん雰囲気違うし、そもそもこれはKashmirとしては本来の作風ではなかったのかも。
まあ、そんなところだろうとは思いましたけどね。だいたい私が熱狂するような作家は世間じゃ受けないんだ。諸星大二郎みたいな圧倒的な筆力の持ち主ならいざ知らず。

ほめてばっかりなので、あえて難癖を付けるとすればやっぱり絵かな。 特に私が気になったのは、ヒロインの猫耳少女を描く時の白っぽい柔らかい線(たぶんこっちが本来の画風)と、鉄道や異世界風景を描く時の、真っ黒にカケアミで塗りつぶした荒々しい絵(それこそつげ風というかガロ風)との乖離が気になった。
まあ、その違いはそれこそ世界の違いと思えばいい。でも特に黒い部分はねちっこい描き込みの細かさがこの手の絵の売りだと思うし、実際、描き込みもすごいし、無数のネタがちりばめられているのだが、絵が雑すぎて汚く感じたり、何が描かれているのか判別できないところが多いのが残念だった。こういうディテールがていねいに描き込まれていたら、それこそ何時間見てても飽きないマンガになっただろうに。
あと上のあらすじ読むと壮大な話に思えるだろうが、これは私がかなり想像力で補っているせいで、実際は絵が下手なんでそれほど壮大には見えないのももったいない。

まあ、このへんがマイナー作家のマイナーたる由縁だろうが、メジャーはつまんないマンガばっかりだしなあ。 参考までに、音楽の良否を「ロックであるか」で切って捨てるのと同様に、私が考える小説(芝居・マンガ)の基準はSFであるかどうかである。
別の言葉で言うと、センス・オブ・ワンダーや夢(または悪夢)があるかどうかってことだけど。よって、世の中のメジャー作品はほとんど不合格になる。
とにかく、薄っぺらな単行本2冊きりのわりにはすごい読み応えがある。ここでは書き切れなかったけど、各編に付いている短編マンガも趣向を凝らしていて読み応えがあるし、さらに各編に1ページの文章で、虚実取り混ぜたその鉄道の歴史と解説が付いているのだが、これがまた嘘と事実の配合が実に絶妙で、知らない人なら絶対だまされるぐらい。豪華カラー口絵と各線の路線図(半分嘘で半分現実)もすてきだ。

しかし、上を読み返していたら私もけっこう鉄オタかもしれないと思えてきた。鉄道蘊蓄の部分もけっこう楽しく読めたしなあ。まあ、そんなわけで人生のかなりの部分を鉄道に乗って過ごしてきたんだから当然と言えば当然か。

広告
カテゴリー: マンガ評, ★(おすすめ) タグ: , , , , , , , , , パーマリンク