夏なのでインド(についての)映画二題 ―― インドについて思うこと

『スラムドッグ$ミリオネア』の主人公が暮らすムンバイのスラム風景

『スラムドッグ$ミリオネア』の主人公が暮らすムンバイのスラム風景

インドという国を好きか嫌いかと言われれば、もちろん大嫌いだ。私はとにかく暑いのが嫌いなので、寒ければ寒いほど好き。それが日本みたいな亜熱帯の国に生まれた皮肉はともかくとして、インドなんて赤道直下の国は論外。(逆に言うと日本みたいな国に生まれたから暑いのが嫌いになったとも言える)
それを言うと、どこの国の話でも「でも日本みたいな湿度じゃないから暑くてもうんぬん」と言う人がいるが、湿度がどうあれ(湿度も重要だが)暑さとそれにまつわるあのギラギラヌトヌトベタベタドロドロした不潔な感じがすべて嫌いなので、暑いってだけですべて嫌い

ついでに、私は国や民族の好き嫌いを、その国の音楽が好きかどうかだけで判断するので、インド音楽のあのへろへろした感じが嫌いなので、こちらも論外。
とはいえ、私の世代はインド音楽をいやってほど聞かされて育ったんだよね。ちょうど60年代後半あたりが欧米ではすごいインド音楽ブームだったので。シタールのビヨーンビヨーンという音が今でも耳にこびりついている。

同様に、私の世代はインドに妙なあこがれと幻想を持っている人が多く、私の世代の若者はよく、インドに自分探しだかなんだかに出かけていた。(当時はまだ秘境だった中国とチベットもあり)(ただし裕福な人だけよ。日本人の海外渡航自体がむずかしい時代だったから)
大学で同じクラスだった男の子も、見るからに育ちの良さそうな優等生っぽい子だったんだが、夏休みにインドを放浪して帰ってきて、赤痢だかなんだかで隔離病棟に入れられて、数か月休んで復帰した時には、ガリガリに痩せてヒゲぼうぼうのイカレたヒッピーになっちゃってて、見かけだけじゃなく頭も吹っ飛んでて別人になっていた

それはまあそういう時代だったからいいとして、その後遺症か、我々の年になってもインドにこだわってよく行く人は多い。そういう人たちはよほどインド好きなのかと思うと、なぜかいつも悪口ばっかり言ってる。不潔だの、気候がひどいの、物乞いが多いの、ぼったくりの詐欺師ばかりだの。
だったら行かなきゃいいじゃんと思うのだが、それでも喜々として出かけていくというのは、ある意味現代日本では味わえない地獄を見て、それに優越感を覚えているとしか思えない。よく聞かされる野良犬が人の足をくわえて歩いてるとか、手や足のない子供の乞食だとか、そんなもの一生見なくても私はいっこうにかまわないし、頼まれても見たくないんだが。

でも最近はいやでもそういう話を聞かされる‥‥と言うのはインターネットのおかげで海外ニュースが身近になり、インドのろくでもないニュースや写真を見る機会が増えたからだ。おかげで私もすっかり洗脳されて、インドと言えば、レイプ天国・女性虐待・人種差別・人が鈴なりの列車と言った、人の命が牛より軽い、いかにも野蛮で未開なイメージが頭に焼き付いてしまった。
実は60年代のインドのステレオタイプは、ガンジャをくらってシタールを弾くグルだかサドゥーだかの、薄汚いけど平和的なイメージだったので、知りたくもない嫌な面を知ってしまった感じ。

だから私がインドへ行くことはおそらく一生ないと思うのだが、皮肉なことに私はインドとはわりと縁がある。少なくとも一般の日本人よりは縁があると思う。

第一に私はイギリスが専門で、なんでもイギリスが基本なんだが、インドとイギリスは単なる旧植民地というだけじゃない密接なつながりがあり、イギリスには大勢のインド人が住んでるし、私もインド系作家の小説はかなり読んでいるし、そのためインドに詳しくなってしまっている。まあ、実際、サルマン・ラシュディーとかハニフ・クレイシとかすごいおもしろかったし、論文まで書いてる。
あと、インド文化もイギリス文化に大きな影響を与えているので、イギリスかぶれの私もしっかり影響されている。具体的に言うと紅茶とカレーのことだけど。

紅茶は一日中飲んでいる(うちにはつねにイギリス風の紅茶とインド風のチャイが常備されている)ので当然だが、日本人の国民食でもあるカレーを、実は子供の頃は大嫌いだった。なのに子供はカレー大好きと決まっているので、どこへ行ってもカレーを出されるのが苦痛でたまらなかった。
だから私はカレーが嫌いだと思い込んでいたのだが、生まれて初めてインド料理店でほんとのカレー(と言っても日本での話だから、もちろん日本風インドカレーなんだろうが)を食べた時、うまいのでびっくりした。
要するに私は、いわゆるカレールーで作るドロッとした黄色いカレー、それを白くてぶよぶよしたご飯にかけて食べる、日本式のカレーライスが嫌いなだけだったのだ。それ以来、カレーも大好きになり、西葛西に住んでる今なんか週に一度は食べている。(ちなみにイギリスのカレーも、日本のとも本場のともまったく別物だがうまい)
私が(日本料理の多くを含めた)エスニック料理がまったくダメなことを思うと、私が食べられるエスニック料理というだけでも稀有な例外だ。

そうそう、何の因果か、住んでる場所も日本のリトル・インディア西葛西だ。ご存じない人のために解説すると、ここは丸の内に近い上、マンションが多くて家賃も安いので、丸の内のビジネス街に勤めるインド人ITエンジニアが住み着いたのをきっかけに、東京中のインド人が集まる場所になっているのだ。おかげで町を歩けばどこにでもインド人の姿が目立つ。
でもこの人たちに対しても悪い感じはまったくない。

うちの近くは巨大な公団住宅があるせいで、インド人以外にも、近年、中国人・韓国人・東南アジア人が大量に流入して、ここ数年は日本人は肩身が狭いほどで、どこの国かわからない感じになっている。公団は保証人がいらないので、民間の賃貸で断られた外国人がみんな流れてくるらしい。はっきり言ってこのアジア人は皆貧しい人たちで、なんかすさんでギラギラした感じで、マナーも悪いし感じが良くないんだが、インド人だけは別格
なにしろ彼らは同じ出稼ぎ外人でも、一流企業に勤めるエリートでインテリなので、見るからに金持ちそうなのだ。海外赴任でも一族郎党を引き連れて来ているので、休日や夜は家族全員で散歩したり買い物に来ているが、目にも鮮やかな豪華なサリーをひるがえして歩く様子はかっこいいし、金持ち臭がプンプンする。
ついでにこの人たちは(訛りはあるが)イギリス英語を話し、家でも英語だけで会話している。もちろん立ち居振る舞いも優雅で、はっきり言って(日本人を含めた)西葛西では(まともな英語をしゃべるというだけでも)私の目にはインド人がいちばん文明的に見える(笑)。

私はなぜか彼らと行動時間と行動範囲がかぶるんだよなあ。これがインドの習慣なのか、お父さんが会社から帰ると、たとえ夜遅くでも家族全員でお出かけというのが彼らの習慣らしい。一方の私は、特に夏は昼間は必要がない限り外出せず、出かけるのは夜だけなのだが、買い物や運動のためのサイクリングに出かけると、どこへ行ってもインド人しかいないということがよくある。
とにかく、最近流入してきた中国人らはともかくとして、西葛西じゃ日本人とインド人があたりまえのようにいっしょに暮らしているのがなんか不思議だし微笑ましい。あと、本格インド料理店やインド食材店がたくさんあって、値段も安いのが私はとてもうれしい。

しかしこの人たちが、インターネットで見るあの未開人と同じ時代の同じ人種とはとても信じられませんね。まあそういう差はどこの国にもあるし、それが階級社会ってものなんだけど、ここまで露骨に差があるのを目の当たりにすると驚く。
あとどうでもいいことだけど、インド人を観察していて気付いたのはインド人ってみんな小さいのね。顔はあの通り彫りが深くて、みるからにいかめしくて堂々としているから、てっきり体も大きいような印象があったので驚いた。
若い男性でも私(170cm)より大きい人はひとりもいないし、女性はまず155cm以下。それで気になって世界の平均身長を調べたら、インド人って日本人より平均で5cmぐらい小さいのだ。
ていうか、この資料、どこまであてになるものか知らないが、日本人は東アジアでいちばん大きいじゃない。嘘だー! 私はてっきり中韓のほうが大きいと思ってた。サッカー選手はそうだから(笑)。ふーん? 私は日本なんて小人の国だと思ってたが、いくつになっても新しく学ぶことはあるもんだ。

あ、そうだ、映画の話だったね。インドはボリウッドなんて言葉があるぐらいで、もちろん映画大国でもあり、最近日本でも少しは見られるようになってきたようだが、あのノリは私の許容範囲を超えているので、YouTubeとかでトレイラーを見るのが精一杯で、一度も見たことがない。
でも、インド映画そのものではないが、インドに関係した気になる映画が2本あるので、お次はそのリビュー。このように私のインド観は無知と偏見に満ちたものなんだが、その私の目にどう見えますか。

【映画評】ライフ・オブ・パイ(2012)Life of Pi
【映画評】『スラムドッグ$ミリオネア』(2008)Slumdog Millionaire

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