【映画評】スターシップ・トゥルーパーズ3(2008)Starship Troopers 3: Marauder

冒頭のミュージカルシーン

ポスターよりもこっちのほうがこの映画を象徴していると思う冒頭のミュージカルシーン

というわけで、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(Edge of Tomorrow)がトム・クルーズの死に方を除くと、いろいろ不満(主に敵のヘボさ)があったので、つい、そのパクリ元の『スターシップ・トゥルーパーズ』が見たくなってしまった。
それでDVD(1と2のカップリングを持っている)を探していたら、録画してあったまだ見たことのない『スターシップ・トゥルーパーズ3』がハードディスクに入ってるのに気付いたので、こっちを先に見てみることにした。そしたらあまりのひどさに憤慨して、口直しに2を見たら逆にすばらしさに感動したので、どうしても何か書きたくなってしまった。

というのも、この映画(『スターシップ・トゥルーパーズ2』のこと)、世間的にはまるで評価されてない(批評家にはもちろんだが、一般映画ファンにも)のに、私は泣くほど感動したのだ。こういうのこそ、私が評価してあげなかったら誰が評価するか。そこで、自分で書いた2のリビューを読み直したら、言ってることには同意なんだが、あまりの短さに歯がゆくなったので、再リビューをやってみることにした。
ついでに1のリビューも探したらこれが行方不明! 『スクリーム』だけじゃなく『スターシップ・トゥルーパーズ』もかよ! はっきり言って、これは私には『スクリーム』なんか目じゃなく重要な映画なので、とにかくなんか書き残しておかないと。
でも先にどうでもいい3を片付けてしまおう。

(ややこしくなったので整理。『スターシップ・トゥルーパーズ』はパート3まで制作されているのだが、まず1のリビューは行方不明。2は「ひとりごと日記」に書いたが、短すぎて不満なので改訂版を書いた。順序は3の次に2の改訂版なのでご注意)

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Writer:

Edward Neumeier

3のリビューに行く前に、予備知識として、オリジナルの『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997)について簡単に述べると、良かれ悪しかれ毎度物議をかもす問題監督ポール・ヴァーホーヴェンだが、こういう変わり者が好きなひねくれ者の私はずっと支持してきた。怪優ルトガー・ハウアーを見いだした監督というだけでも恩人だし。
オランダ時代の映画で、騎士に扮したルトガー・ハウアーがお姫様を助け出す、んじゃなくて、いきなりレイプしちゃうような狂ったところがすごい好きだった。『ロボコップ』には泣いたし。
しかし、『氷の微笑』(1992)、『ショーガール』(1995)とくると、さすがの私もほめるところを見つけるのが困難になってきて、見放しかけていたところに作られたのがこれ。SF戦争モンスターと私の好きなものが3つも入ってるじゃないか!

あと、原作がSF作家のロバート・ハインラインで、この『宇宙の戦士』はジュブナイルだし、よく言われるように右翼っぽさが強すぎるので嫌いだが、私はハインラインで育ったようなものなので、彼に足を向けては寝られない。
しかしああいう青春ど根性ドラマをどう料理するのかと思ったら、いかにもヴァーホーヴェンらしくひねりが効いて、ついでにハインラインの右翼っぽさを痛烈に皮肉ってくれたのに大笑いし、でもほんとのことを言うと、グロいバグが兵隊をザクザク切り刻むスプラッタ描写が痛快で気持ちよかっただけだったりして。まぎれもないバカ映画だけど、でも愛すべきバカだ。

それに対して、オリジナルのバグを作ったSFXの巨匠フィル・ティペットが監督した『スターシップ・トゥルーパーズ2』は、『エイリアン』もどきのSFホラーで、なおかつシリアスな戦争映画になっていたのでびっくりしたわけ。とりあえず2については次章で詳しく述べるけど。

そこで今回の『スターシップ・トゥルーパーズ3』は、先の2作で脚本を書いていたエド・ニューマイヤーが監督も兼ねる。言ってみれば『スターシップ・トゥルーパーズ』の育ての親だし、1も2も脚本の出来にはけっこう感心したので期待していた。それがなんでいきなりこうなるわけ!?

とりあえず3のストーリー紹介。

この世界では人類は、バグ(正式名称は「アラクニド」(蜘蛛)。なぜか日本では1匹でもバグズと複数形で呼んでる。「インディーズバンド」みたいで気持ち悪い)と呼ばれる宇宙からの侵略者と戦っているのだが、連邦軍は進化を続けるバグに手を焼いて戦争は泥沼化し、人々の間に厭戦ムードが漂い始めていた。とりわけ、復活したキリスト教と結びついた反戦運動は連邦政府の目の上のたんこぶで、運動家は片端から公開処刑するなど、政府は弾圧を強めていた。
そんなおり、1の主人公だったジョニー・リコ(キャスパー・ヴァン・ディーン)が指揮する惑星ロク・サンの駐屯地を、連邦軍の総司令官アノーキ(スティーヴン・ホーガン)が視察に訪れる。リコはアノーキに同行していた旧友の(そんな奴らいたか?)ハウザー将軍(ボリス・コジョー)とローラ(ジョリーン・ブラロック)との再会を喜ぶ。

しかし、そこにバグ軍が襲来し、ロク・サンはほぼ壊滅して、リコは責任を問われて死刑を宣告される。一方、アノーキとローラ、他数名は辛くも宇宙船で脱出するものの、OM-1という砂漠の惑星に不時着する。
アノーキに代わって指揮を執るフィド提督(アマンダ・ドノホー)は、アノーキらを救出することを拒み、ハウザーに真相を打ち明ける。実はアノーキは1に出てきたバグの頭脳に当たるブレイン・バグと接触しすぎて洗脳され、宗教かぶれになった上、バグを神と信じて今はバグのために働いているのだという。惑星ロク・サンの敗戦もアノーキの差し金だった。

しかし、アノーキと行動を共にしているローラを愛しているハウザーは、リコを死刑から救い、彼と少数精鋭部隊に新兵器のパワードスーツ「マローダー」を与えてOM-1に送り込む。そして、危機一髪でリコはローラを救い出す。フィドが新しい総司令官になり、他のみんなも昇進してめでたしめでたし。そして軍はアノーキの正体を隠し、あくまで殉死した英雄として讃えるのであった。ついでに宗教も取り込んで、信心はいいこと、でも反戦はダメよ、でおしまい。

意味わからん! おかしいというのはこのシリーズのトレードマークになっている政府のプロパガンダ放送を見ている時から思った。
確かにヴァーホーヴェンのあれは笑った。でもあそこで笑ったのは、未来の宇宙戦争なのにWW2そのままの、超レトロでダサい戦争プロパガンダをやってること自体がおかしいからであって、まあ、北朝鮮のプロパガンダが笑えるようなもの。でも内容自体は普通だったし、露骨に笑いを取るようなまねはしてなかった。

だいたいヴァーホーヴェン(オランダ人)はアホな映画ばかり撮ってるせいでバカにされがちだが、彼自身は戦争体験者で、子供の頃にナチによるオランダ占領時代を体験している。と同時に味方のはずの連合軍による空爆も体験したそうで、戦争は彼にとってまったく笑い事ではないばかりか絵空事でもない。(かといって『スターシップ・トゥルーパーズ』がアホ映画でないという意味ではないが)
違いがあるとすれば、元軍人のハインラインと、爆弾を落とされる側の子供だったヴァーホーヴェン、戦勝国と敗戦国(連合国は戦勝国ってことになってるが、それを言えるのはアメリカやソ連だけで、戦場となったヨーロッパの国々はみんな負けたようなもの)の違いか。そのため、映画の「連邦」には色濃くナチズムや全体主義が投影されているし、連邦の紋章はワシで、さりげなく現在のアメリカを皮肉ってるところも好き。
ところが、『スターシップ・トゥルーパーズ3』のプロパガンダは、戦争や軍隊そのものを露骨に愚弄している感じなのが気になった。ヴァーホーヴェンがすごいと思ったのは、本来戦争大好き右翼のハインラインが書いた原作を巧みにひねって痛烈な風刺を織り込んでるところであって、こんなアホな「反戦映画」を撮ったわけじゃない

なにしろ「総司令官」(Sky Marshalは辞書で調べると航空警察官のことなんだが、ここで言う総司令官がどういう位なのかは不明)のアノーキは、歌って踊る総司令官、じゃなかった、さすがに踊りはしないが、歌う総司令官として国民に大人気。CDも出してるし、アーティストグッズも売っている人気ポップスター(笑)。
演じるスティーヴン・ホーガンがなまじ歌がうまいだけに(実際に役者が歌っている)レビュー風のこの歌の気持ち悪さは格別。ついでに歌のタイトルは “It’s a Good Day to Die” (笑)。こんな戦時プロパガンダがあるか! 普通は「共に戦おう!」ってなるものじゃない。それを楽しげに「死のう」と歌い上げるなんて!〈日本には『同期の桜』という軍歌があるが‥‥〉 鬱大好きの日本人のことなんか知るか。
それ以外の映像も、戦況の不利を訴えたり、そのくせ人間側の兵士に与えられるすばらしい最新兵器は塹壕を掘るためのシャベルだったり、反戦主義者の処刑風景を見せたり、とにかくふざけすぎてるし、およそ戦意高揚にふさわしくない。
『スターシップ・トゥルーパーズ』(オリジナル)で実況放送をしている従軍記者がバグに八つ裂きにされるのがテレビに映ったのは、あくまで不覚にも偶然映っちゃったという設定だからね。ところがこの映画の政府は兵隊をミンチにするのを賞賛しているように見える
〈ISISの首切り動画は‥‥?〉 ええい、いちいちうるさい! だからプロパガンダとしてリアルじゃないと言ってるんじゃなくて、見ていて不快なだけだってこと。反戦主義者だけど戦争(映画)大好きという矛盾の塊のような私が見ても不快だ。まあ、要するに笑わせようというだけのことなんだが、この調子でいくとその戦争している主人公たちはみんな悪かというともちろんそんなことはない。

さて、今回は1の主人公のジョニー・リコが返り咲きというから、彼がまた主人公なのかというと、非常に微妙な立場。っていうか、主人公が誰なのかはっきりしないのも脚本や編集のミスだと思う。
リコは最初と最後に登場するだけで、かといってカメオ出演と言うには出番が長いし、いちおうヒロインを窮地から救うのはリコだから主人公っぽいんだが、なんか顔出ししただけという感じで、途中は完全に無視される。
その真ん中の部分はハウザーとフィド、不時着後はアノーキとローラの話になる。群像劇とか、複数のドラマが同時進行で展開するというのとも違う。なんか話の焦点がフラフラとあっちへ行ったりこっちへ行ったりして定まらない感じ。不時着した一行のサバイバルが始まるのがちょうど真ん中へんなんだが、それまで「この映画は何を見せたいんだろう?」と思っていた私は、やっと本編が始まったのかと思った。(べつにそういうわけでもなかった)

それを言うならキャラクターも定まらない。典型的脳筋一筋のリコと、最初から目がイッちゃってるのでまともな人間ではないとわかる(笑)アノーキは別として、それ以外の人物の性格がぶれすぎ!

主要キャラクター勢揃い 左から

主要キャラクター勢揃い
左からローラ、ハウザー、ホリー、アノーキ、リコ

たとえばハウザーはロク・サンでの農民(平和な星を戦場に変えられてすべてを失った人たち)に対する横柄で高圧的な態度や、それをとがめたリコを反逆罪で逮捕させるあたりを見ると、典型的な「出世のためには友達も踏みにじるタイプの血も涙もない軍人」に見えたんだが、リコをOM-1に送り込んだあたりから、なし崩しにいい人ということになる
それは自分の彼女が危機に瀕していたからでしょうが。しかも自分の女なら自分で行けよ。最大の敵が潜んでること知りながら友達(しかもリコのことは恋敵と認識していた模様)を送り出すからな。まあ、ヴァーホーヴェンならハウザーに悪行三昧させといて、イヤミでヨイショするかもしれないが。

それ以外の人物のキャラクターのブレもひどい。たとえば、ホリー(マーネット・パターソン)は偶然アノーキたちと行動を共にすることになるが、元は宇宙船のフライト・アテンダントで、軍人ばかりの中では完全に浮いてる。典型的な頭の弱いブロンドで、男に媚びを売ることしか知らない。ただし、宗教かぶれでアノーキの大ファン。
当然メソメソしたひ弱な女で、お祈りばっかりしている辛気くさいやつなんだが、アノーキの神がバグだと知ると、顔色ひとつ変えずに「だったら殺さなきゃ」と言い放つ。あまりの言いぐさに、ローラがあきれて、「なんで? あなたと違う神を信じてるから?」と言うぐらい。

そのローラはこれまた典型的なタフガールの女兵士で、自分とは正反対のホリーを最初から敵視しているし、頭からバカにしている。
ところがバグの親玉に出くわして、男たちが全員殺されてしまうと、ホリーといっしょに手を合わせて祈り始める始末。あ”あ”あ”~! 何これ?! 兵士なら戦えよ! 戦えないならせめて逃げろよ。
そうすると、奇跡的にリコと仲間たちが空から舞い降りてきて助けてくれるんですけどね。ついでに彼らが着ているパワードスーツ(マローダーという名前でこれが副題になってる)の銃口が十字型になってたりする。
はあ? 宗教かぶれのアノーキが人類の裏切り者だし、宗教でアノーキと意気投合するホリーもろくでもない女に描かれてたから、てっきり宗教=悪の構図かと思ったら、最後は神頼みで助かっちゃうのかよ?
とにかく女二人が敵の目の前で、地面にひざまずいて手を合わせて祈る姿が卑屈そのものでみじめたらしくて、いやしくも戦争映画でヒロインにこれをやらせるのはありえない!と、世界中のあらゆる宗教とそれを利用する人間を憎んでいる私は逆上した。だいたいこれじゃ、バグに祈ってるみたいじゃないか。というか、祈ったらマローダーが降りてきたんで、あれが神か?
そして、最後は宗教は許されるが、平和運動をしていた活動家は処刑される。そして、惑星丸ごと破壊する爆弾で、OM-1が宇宙の藻屑と消えるのをバックにハウザーとローラのキスシーン

ええ、ええ、わかってますよ。おそらく監督としてはこれらすべてが風刺のつもりだってことは。だけど演出力が伴わないから、全部すべってて、いやーな感じになるだけ。そもそもこの手の風刺ってのは、要所要所で使うから効くんであって、全部がそれならただのイヤミにしかならない。
そもそもいったい何を風刺しているつもりなのかがはっきりしないから、結果として一周して連邦政府のやり方を賞賛しているように見えてくる。

もうひとつ致命的なのはバグのビジュアル。いやデザインは前からほとんど変わってないのだが、CGが安い。最初出てきたとき、あまりの出来の悪さに、こんなだったっけ?と、オリジナルを見直してしまったぐらいだ。そしたら1997年のCGのほうがはるかに出来がいいじゃないか。っていうか、あのCGがよくできてると思ったから気に入ったんだが。
なのにここのバグはいかにも絵が動いてるって感じで、質感ないし、重量感ないし、合成は雑だし、手書きのセルアニメかと思ったぐらいひどい。化け物見せるしかないこういう映画でこれはひどすぎる。2も低予算だと聞いていたが、3はいったいどれだけ予算ケチったんだ?

ああ、あとかんじんのマローダーだが、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』のリビューで私、間違えてたわ。なにしろ見たのが20年近く前だし、ハインラインの原作のイメージのほうが強すぎて忘れてたが、オリジナルの『スターシップ・トゥルーパーズ』は『宇宙の戦士』を原作にしながらパワードスーツ(人が着るタイプのロボットスーツの元祖がこれ)を出さなかったんで、おたくの猛反発を食らったんだった。それを今頃になって出してきたわけ。
でも、別にかっこいいもんでもないし、見てうれしいってもんでもないわな。だいたい、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』以前にも、映画やアニメであまりにもたくさん描かれてきたので今さら感がはんぱない。

というわけで、見るべきものは何もないし、それ以上に、役者も揃いも揃って感じの悪いやつばっかりで気持ち悪いし(その意味、スティーヴン・ホーガンだけは狙った通りで名演と言えるんだが)、ストーリーやセリフはそれに輪をかけて気持ち悪いし、最初から最後まで吐きそうなぐらい不愉快、と感じた映画はほかにそうはない。その意味では画期的な映画かも知れない。
結論としては脚本だけでは映画は撮れないってことかな。同じような脚本でも撮る人によってこれだけ変わるのかと驚いた。これってもしかして、エド・ニューマイヤーが私財を投じて、ほとんど自分ひとりの自己満足のために作った映画じゃないの? 安っぽさとか適当すぎる脚本とか、そうとしか思えないんだが。

★【映画評】スターシップ・トゥルーパーズ2(2003)Starship Troopers 2: Hero of the Federation に続く。

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