【映画評】酔いどれ天使(1948)黒澤明監督特集1

drunken-angel01♣ 人物は立派で尊敬に値するんだけど世間的には負け犬ってところは、『七人の侍』の勘兵衛にも通じるね。
♦ こういうキャラクター大好き。本当にかっこいい男ってのはこうでなくちゃいけない。
♣ この映画では三船敏郎も立派な負け犬ですけど。
♦ まだまだ若いわ。かっこつけまくってるし。志村喬のかっこよさってのは、そういう見栄や虚勢や気負いとは無縁の、ノーガード戦法のかっこよさなのよ、わかる? こういう良さはさすがに自分が年を取らないとわからなかったわ。

♦ えー、この年末、BSの邦画専門チャンネルとCSの時代劇専門チャンネルの共同企画で黒澤明の大回顧をやっていて、彼の代表作が一挙に放映されたので、さすがに全部は見る気になれなかったけど、あれだけ持ち上げちゃった手前、主な作品だけでもあらためてリビューを書こうと思いました。
♣ ほとんどすでに見てるんですけどね。それも大昔のことなんで、内容もほとんど忘れてるからちょうどいいや。
♦ でもなにしろ大昔の映画だし、みんな見たやつだから、わざわざもう一度レンタルで借りるほどでもないしね。
♣ だから待ってましたという感じ。『七人の侍』を書いて、黒澤映画をもっと見たいと思っていたところだったから。

♦ あと、このシリーズはクローズドキャプション付きで、日本語字幕付きで見られるのが、例によってセリフの聞き取りづらい邦画としては助かる。
♣ それに画質もやけによくない? デジタルになったから? それともリマスター版だから?
♦ わからんけど、古い映画というと真っ暗なノイズだらけの画面でばかり見ていた私としては、技術の進歩はほんとありがたいと思います。

♣ あとね、これと同時に作られた『監督 黒澤明と歩んだ時代』というドキュメンタリーが思ったより良かった。
♦ ていうか、こういうのが作れるのはもうラストチャンスだと思ったので、よく作ってくれたという感じ。時代を追って、黒澤明の全作品を時代背景や裏話と共に紹介する番組なんだけど、黒澤組の役者はもうほぼ全員死んじゃったし、直接黒澤といっしょに仕事した人たちが語れるのって、これがもう最後のチャンスじゃない。
♣ エピソードとかはほとんどが本で読んで知ってることなんだけど、実際に見た人の証言というのは価値があるよね。主な語り手は野上照代(『生きる』以降の全黒澤映画に記録・編集・制作助手として参加したおばちゃん)と娘の黒澤和子なんだけど、この人たちもいつまで生きるかわからないし。
♦ ただ、ビートたけしだけが場違いな気がした。黒澤とは何の関係もないし、あんなやつに語ってほしくないよ。

♦ そこで私の黒澤リビューの第一弾は、『七人の侍』のリビューでも書いた『酔いどれ天使』。あそこでも書いたように、昔見た時はただひたすら、これが黒澤映画デビューとなる三船敏郎の危険な美しさと色気にしびれたんだが、話はよく覚えてもいなかった。
♣ なんか暗ーい話というだけで。
♦ 確かに脇役のはずだった新人の三船が主人公を食ってしまった映画ではあるけれど、表題の『酔いどれ天使』は志村喬演じる医師のことだし、主役は志村喬なんだよね。それで今見たら、三船よりむしろ志村が良すぎてじーんとしてしまった

♣ とりあえずあらすじ。

Drunken_Angel01物語の背景となるのは掃き溜めのような戦後の闇市。そこで診療所を営む医師、真田(志村喬)はヤクザの松永(三船敏郎)と出会う。真田は松永が(当時は死病であった)結核にかかっていることに気づき、叱咤激励して治療に努めるのだが、虚勢を張って言うことをきかない松永の病状は徐々に悪化していく。
そこへ松永の兄貴分のヤクザ岡田(山本礼三郎)が出所してくる。真田は診療所にかつて岡田の妻だった女、美代(中北千枝子)をかくまっているのだが、それを岡田に気付かれてしまう。同時に岡田は弱った松永からシマと情婦の奈々江(木暮実千代)を奪い取ろうとするが、最後の力を振り絞って岡田を殺そうとした松永は返り討ちに遭って死ぬ。

♦ あんまりうまくまとめられなかったが、こうやってあらすじを抜き出しても、真の主役は松永のほうだよなあ。
♣ タイトルになってるにも関わらず、真田の役柄って受動的で消極的なもので、死の恐怖、つかの間の栄華からの転落、捨て身の復讐といった派手な見せ場はぜんぶ松永に持って行かれてるし。
♦ ポスターなんかもぜんぶ三船の写真ばかりで、どう見たって彼が主役に見える。だけど、この年になってみると、胸にぐっとくるのは、その松永を口汚く罵りながらも、献身的に世話を焼き助けようとする真田のほうなのだ。
♣ 『赤ひげ』の中の1エピソードであってもおかしくない感じね。
♦ 確かに。
♣ そういや、なんか医者もの多くない? やっぱり三船が医師役を演じた『静かなる決闘』もあるし。
♦ うーん、特に理由はないと思うけど、医者だとヒューマンドラマが作りやすいからじゃない?
♣ 少なくとも私は三船の医師よりは志村の医師のほうにかかりたいな。
♦ 確かにこっちのほうが優しそう(笑)。

♣ ところで、この二人の関係ってなんなの?
♦ 何って?
♣ ただの医者と患者の間柄にしては、なんでここまで心配して世話焼くのかがわかりづらくない? むしろゲイ映画だと思ってみればなんの疑問もないんだが。
♦ さすがにそれはないよ! 別に松永にだけ優しいというわけじゃなく、「赤ひげ先生」だからしてどの患者に対してもそうなんでしょ。現に美代を引き取って面倒見てるし。
♣ 美代はか弱い女だし、助けが必要だったからでしょ。なのにこんな反抗的な、感謝するどころかすぐに暴力振るうようなやつ、自業自得じゃない。
♦ なんか若い頃の自分を思わせるから、みたいなこと言ってなかったっけ?
♣ そう言えばそんなセリフもあったような。
♦ 真田は自分が道を過ったと後悔しているみたいなんで、若い松永に同じ道はたどってほしくなかったんでしょ。
♣ 真田の過ちって?
♦ アル中だろ。それ以外考えられないし。
♣ 消毒用アルコール飲んじゃうぐらいのアル中だもんね。
♦ 医学校の同級生だった高浜(進藤英太郎)が、今は成功した大病院の院長なことにもコンプレックス持ってるみたいだし。
♣ 普通ならこの高浜って男はイヤミな憎まれ役になるはずだけど、実は真田のことを高く買ってて、さりげなく助けようとしているあたりがいいな。

Drunken_Angel02♣ で、ここでの志村喬が魅力的だという最初の話なんだけど。
♦ 黒澤映画の志村喬はぜんぶ魅力的だけどさ、年が年だからお爺さん役が多いし、ほとんど脇役だし、地味な枯れた役柄が多いじゃない。だけど、この映画は初期作品というせいもあって、まだ枯れきってなくてエネルギーと色気を感じさせるんで、おやっ?と思ったんだよ。
♣ 確かに彼の役柄としては、無頼の医師というのはわりと珍しいか。
♦ でもやっぱりぐっとくるのはあの優しさだなあ。特に松永がもう死んでるとは知らずに(当時は高価だったが滋養があるので結核患者にはおすすめの)卵を買って帰るあたりに泣いた。
♣ 人物は立派で尊敬に値するんだけど世間的には負け犬ってところは、『七人の侍』の勘兵衛にも通じるね。
♦ こういうキャラクター大好き。本当にかっこいい男ってのはこうでなくちゃいけない。
♣ この映画では三船敏郎も立派な負け犬ですけど。
♦ まだまだ若いわ。かっこつけまくってるし。志村喬のかっこよさってのは、そういう見栄や虚勢や気負いとは無縁の、ノーガード戦法のかっこよさなのよ、わかる? こういう良さはさすがに自分が年を取らないとわからなかったわ。

♣ これってフィルムノワールかなんか意識してるんだっけ? 戦後の闇市のくせに、なんかすごいヨーロッパ風だと思わなかった? 三船の服装とか、アパートの内装とか、町の感じとか。
♦ それはあるね。だいたい黒澤ってハイカラ好きだから、邦画なのに変にモダンで洋風なところあるよ。

♣ でもあれだけ褒めあげたんだから三船についても何か言ってよ。
♦ パーフェクトという以外に何か? 前半の見事にキザな色男ぶりも、後半の病み衰えた病人ぶりも、死ぬほど色っぽい。
♣ 結核メイクが似合いますよね。
♦ とにかく男を痛めつけるのが好き‥‥もとい、痛めつけられた男を見るのが好きな私としては、理想の男だわ。

Drunken-Angel02♣ このルックスで演技の鬼だからなあ。鬼に金棒だね。
♦ さすがにこの映画はまだ青臭いところもあるけど、そこがまた初々しくて良い。
♣ 筋肉あるし、声もいいし。特に日本人男はだいたい華奢で小さいから、声がか細くて甲高くてがっかりすることが多いのに、この美声は貴重。
♦ これで身長があと10センチあれば本当にパーフェクトガイだったのにねえ。
♣ でもスタイルはいいせいか、そんなにチビとか短足とかは感じないからいいんじゃないの?
♦ まったく監督があんなに背高い必要ないから、黒澤が足を10センチか20センチあげればいいのよ!
♣ なんだ、そりゃ(笑)。

♦ あと、今回見てたら岡田役の山本礼三郎がやけにかっこいいのよね。
♣ そうそう。ギターなんか爪弾いちゃって、ヤクザのくせにすごいダンディーなのよね。そのせいでそれほど悪い奴には見えない。なんか昔の男優のほうが今のよりかっこよくない?
♦ それは次の『生きる』で話すつもりだったんでそっちで。
♣ ただそれにくらべて女優がねえ。
♦ それも次でやるから。

♣ じゃあなんの話すればいいのよ?
♦ 松永が殴り込みかけた理由とか。
♣ それは裏切られた悔しさでしょう。特に岡田と親分が彼の死後の取引の相談してるの聞いちゃったから、自分は単なる捨て駒だってことに気付いて。
♦ でも真田と美代に対する恩返しのつもりもあったでしょう? あのままでは美代は確実に連れ戻されてひどい目に遭うし、真田もおそらく美代をかくまったせいでとばっちり食うし。
♣ でもあそこで岡田は死んでないよね。
♦ カメラが松永の死に張り付いてるからわからないけど、岡田が致命傷を負う場面はなかったな。
♣ じゃあ、松永は無駄死にじゃん。美代はおそらく連れ戻されるし、真田もヤバいじゃん。
♦ そこが社会派の社会派たるゆえんでしょ。甘ったるいハッピーエンドにしなかっただけいいじゃない。それでも美代は重要な役なのに完全に放置なので、少しは後日談を見せてほしかったとは思うけど。

♣ でも日本映画って、陰湿だから嫌いだって言ってなかった?
♦ 陰気くさくても男がいい男なら許す(笑)。それに時代も時代だし、まさに掃き溜めの人生を描きたかったんだと思うから、こうなるのはしょうがないでしょう。
♣ 私はリアリズムでもイタリアン・ネオ・レアリスモとかは平気なんだけど、こういうのはちょっと。なんかやっぱり日本てウェットでだめ。
♦ でも最後は久我美子扮する女学生を出して、「大切なのは理性だ」という希望を持たせてるじゃない。酒場の女ぎん(千石規子)も田舎に帰ってやり直す決心をするし、彼女らは敗戦から再生しようとする日本の象徴でしょ。
♣ それなんだけどさ、私、これまで久我美子が何者かなんてこともまったく知らなかったのよ。ところが今回Wikiを見て知ったんだけど、彼女、本物の公爵令嬢なのね。
♦ そんなの知らなくても、育ちの良さはわかったけどね。明らかに闇市の連中とは別の人種だってことは。
♣ あの女学生は松永のちょうど裏返しとして出てくるんだけど、見るからに金持ちで育ちの良さそうな彼女は結核が全快して幸せいっぱい、一方の松永は血を吐きながら死んでいく。結局最初から恵まれてる者は余裕で助かって、持たざる者は救われない、と言ってるみたいでなんかモヤモヤした。
♦ まあ、それが現実ってものだからね。リアリズムってそういうことだし。
♣ 居酒屋の女だって、彼女には帰るべき田舎があるし、帰ったら身を寄せる親戚もあるからまだ救われてる。それにくらべて松永や真田や美代は、金もなく身寄りもなく、一生このドブ池に捕らわれているという気がして、なんかかわいそうでやりきれない。

♣ そう言えばあのドブ池すごくなかったですか?
♦ メタンガスがボコボコわいて、画面からも臭ってきそうな不潔さで。
♣ なんか黒澤映画っていうと、ドブドロの水たまりのイメージがあるわ。
♦ そもそもなんであんなに不潔かって言うと、みんながゴミをあそこに捨てるからなんだよね。
♣ 環境意識なんてみじんもない時代ですからね。今の中国・韓国がまさにこんな感じだけど。
♦ でも東京にもこういうところがあったんだよね。いや、もちろん私はまだ生まれてない頃だけどさ。
♣ 私が生まれた頃にはさすがにこれはなかったけど、ドブ川はあったしね。ゴミなんかは川や海に捨てるのが当たり前という世界だった。
♦ 考えてみたらいつの間にか信じられないほどきれいになったよね、日本も。
♣ もうスラムらしいスラムは残ってないもんなあ。
♦ 大阪の西成あたりはまだそうらしいが。
♣ でもはっきり言ってスラムもないようなところで映画作ってもむだだよね。

♣ 当時の風俗とかもおもしろかった。カフェーとかダンスホールとか、知識では知ってて写真とか昔の記録フィルムで見たことあったけど、こんな鮮明な映像で生きた形で見るのって不思議な感じ。
♦ 三船はダンスもうまいなー。
♣ 笠置シヅ子(笑)。
♦ そう、黒澤は音楽もすごい印象的に使うんだけど、ここではやっぱり笠置シヅ子が圧巻かな。
♣ 『ジャングルブギ』は聞いたことあったけど、この映画がオリジナルってのは知らなかった。黒澤御大が作詞してるんだよ。
♦ なんというか、はあ、すごいですね。
♣ これが洋画なら、この歌をこの場面で歌う歌手は、ケバい化粧したボインボインの黒人のお姉ちゃんじゃない。ところが笠置シヅ子はいかにもモンペが似合いそうな、小さくてほっそい小学生が老けたみたいな女性なので、初めて見た時はびっくりした。
♦ それであの声量はたいしたものじゃない。
♣ 私にはやっぱりなんかのギャグに見えるけど。
♦ というわけで、この手のヒューマニズムが基本的に性に合わない私にとっては、そんな手放しに好きという映画ではないが、やっぱり三船敏郎の鬼気迫る演技と、志村喬のほっこりした魅力がたまらない作品でした。

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