★★★【映画評】羅生門(1950)黒澤明監督特集3

すばらしすぎる羅生門のセット

すばらしすぎる羅生門のセット

ここまで四重人格でやってきたが、こういうややこしい映画はペチャクチャ言われると収拾がつかなくなるので、ここは一人称で行く。
『七人の侍』のリビューで、「無条件で好きなのは芸術性の『羅生門』とエンタテインメント性の『七人の侍』」と書いたが、こういう頭を使う映画が私はすごい好き。そこで今日は『羅生門』のどこがそんなに偉いのかを語ろうと思う。


私がこの映画に特別肩入れする理由のひとつは、私が文学が商売で、なおかつ原作に思い入れがあるせいかもしれない。例によって私は文学も英国(&西洋)一辺倒で、日本文学も大嫌いなんだが、好きと言えるのは宮沢賢治芥川龍之介だけだ。

原作はもちろんその芥川の『藪の中』。ただこの短編は本当に短いので、それだけじゃ映画にならなかったらしく、同じ芥川の短編『羅生門』をからませてある。ただ、『羅生門』要素は映画にはほとんどない。最初と最後に額縁のように出てくるただの背景というだけ。下人でさえ、原作の下人とは明らかに別人だし。

せっかくだから『羅生門』のあらすじも書いておくか。

芥川版『羅生門』あらすじ

下人が羅生門の下で雨宿りをしている。主人に暇を出され、行くあてもなく、飢え死にするか盗人にでもなるしかない状況だ。下人が楼の上に登ると、死んだ女の髪を抜いている老婆を見つける。何をしているのかと問うと、髪を抜いて鬘にすると言う。老婆が言うには、この女は蛇を干し魚と偽って売っていたような女で、こうしなければ餓死するしかないと思えば、自分のことも大目に見てくれるはずだと言う。それを聞いた下人は、「では、己が引剥をしようと恨むまいな。己もそうしなければ、饑死をする体なのだ。」と言って、老婆の着物をはぎ取って逃げる。

なのに、なんでタイトルを『羅生門』にしたのかが謎だが、やっぱりこっちの方がなんとなく響きがかっこいいし、謎めいていていいのでよしとする。『藪の中』の英題“In a Grove”じゃ、映画のタイトルとしては何ともまぬけだし。羅生門の実物大セットは本当に息を呑むほどすばらしいしね。
しかし、話はほぼ『藪の中』をなぞっている。

芥川版『藪の中』あらすじ(かっこ内は映画の配役)
原作はここで読めます。

山中の藪の中で男の死体が見つかる。検非違使がこの殺人について調べるため、関係者を呼び出して証言させる。しかし、当事者である盗賊・多襄丸(三船敏郎)、死んだ侍の妻・真砂(京マチ子)、そして巫女(本間文子)の口を借りて語る死んだ侍・金沢武弘(森雅之)の証言は、それぞれに食い違う。どうやら多襄丸が山道を行く夫婦を見て妻に欲情し、夫をだまして縛り上げて妻を手込めにしたらしいのだが、誰が何のために殺したのかという真相は藪の中である。

映画では、検非違使の審問後、第一発見者の木こり(志村喬)、偶然夫婦とすれ違った旅法師(千秋実)、そして通りすがりの下人(上田吉二郎)の三人が、羅生門の下で雨宿りをしながら事件について話し合うという設定になっており、最後に原作にはない、木こりの証言が付け加えられている。

羅生門につどった下人、木こり、旅法師

羅生門につどった下人、木こり、旅法師

とにかく、これは原作のいちばんおもしろいところでもあるのだが、三者三様の証言がおもしろい。「事後」に何が起きたかについての、彼らの言い分をざっと整理してみると次のようになる。

盗賊――女に自分が欲しいなら夫と決闘してくれと頼まれ、男らしく戦って殺した。その間に女は逃げた。

――夫の目に軽蔑を見て取り、自分も死ぬ代わりいっしょに死んでくれと心中を申し出た。夫に「ならば殺せ」と言われて(実際はそう思っただけ。原作では夫は口に落ち葉を詰められ口がきけない状態。映画では夫は何も言わない)短刀で刺したが、自分は死にきれず寺に助けを求めた。

――妻は盗賊に付いていくことに決め、行きがけに夫を殺してくれと盗賊に頼んだ。しかし盗賊はそれを聞いて激怒し、「あの女を殺すか、助けるか?」と問いかけた。この言葉だけでも盗賊を許してもいいと思えた。その間に妻は逃げ、盗賊は縄を切って去った。自分は短刀で自分の胸を突いて死んだ。

言ってることがまるで違うだけではない。三人が三人とも(被害者本人!も含めて)殺したのは自分だと言い張るのが、この話のいちばんおもしろいところだろう。もちろんアガサ・クリスティーじゃあるまいし、全員が犯人ということはあり得ないので、少なくともこの中の二人は嘘をついていることになる。
しかし普通は罪を逃れるために嘘をつくだろうに、自分が犯人だと主張することに何の得があるのか? これまた推理小説の定石では、そういうときは誰かをかばっているんだが、それなら誰が誰をかばっているのか?

また、人が嘘をつくのは何かやましい部分があるからである。そう思うとこの三人は三人ともそれぞれに浅ましいところがある
盗賊はそもそも女をレイプし男を殺した(らしい)こと。侍は被害者である妻を見捨て、復讐もできなかったこと。妻は男たちをけしかけ殺し合いをさせようとしたこと。この三人はそれぞれに罪人であり、ある意味では三人とも罪人なのだ。
こういう風に考えていくと、この話の真相はいくら考えてもわからない。本当によくできた話なのだ。

これだけでもおもしろいのだが、映画はそこに原作にはない木こりの証言を付け加えたことで、よけいおもしろくなっている。普通に考えれば、この木こりの話こそ最後の謎解きになっているはずで、実際そう見える。何よりこの男はただの通りすがりで三人とは何の縁も利害関係もないし、演じてるのが志村喬だけあって(笑)、いかにも善良そうで無害な男に見えるので。

惚れ惚れするほど色っぽい多襄丸と女

それではこの木こりの話を、私が考える解釈をまじえて再現してみよう。青字部分は心中の声で、私が勝手に想像で補ったもの。

盗賊は自分の妻になってくれと女を真摯にかき口説く。
盗賊(この女マジで好き。こいつのためならなんでもする。俺って意外と純情かも)
しかし女はそれを拒否して「無理です。女の私に何が言えましょう」と答える。
妻(Noと言えばきっと殺されるが、盗賊の女房になんかなりたくない。ここはあいまいなこと言って時間を稼ごう)
盗賊(つまり強い男のものになりたいってことだな。男らしく戦って勝負を付けろと言うんだな。じゃあやってやろうじゃん)
盗賊はそう解釈して剣を抜くが、縄を解かれた夫はそれをとどめ、「こんな女のために命を賭けるのはごめんだ。欲しければくれてやる」と言う。
夫(冗談じゃない。多襄丸ったら有名な犯罪者じゃん。まともに戦ったらやられるに決まってる。ここは妻に犠牲になってもらって逃げよう)
妻(マジかよ?)
盗賊(なんだ、こいつら? もしかしてヤバいのに関わっちゃった?)
それを聞いて一気に冷めた盗賊も立ち去ろうとするが、女がすがりつく。
妻(あんな腰抜けとは思わなかった。まだこっちのほうがマシだわ)
しかし振り払われて泣き伏す妻に、夫が毒づく。「泣くな! いくらしおらしげに泣いても、もうその手に乗る者はおらぬ!」
盗賊(さすがにこりゃないだろうよ。こういうのってDVって言うんじゃないの?)
盗賊は侍をたしなめるつもりで「もういじめるな。女というやつは、しょせんこのように他愛ないものなのだ」と言うが、それを聞いた女は突然狂ったように笑い出して「他愛ないのはおまえらのほうだ!」と叫ぶ。
妻(ほんとにアホか、こいつら? 夫は敵を討つどころか、被害者の私に向かって自害しろなんてふざけたことを言うし、多襄丸なんて噂ほどもない女々しい野郎だし、もう笑うしかないじゃん)
女は続けて「女は何もかも忘れて、きちがいみたいになれる男のものなんだ。女は腰の太刀にかけて自分のものにするものなんだ」と叫ぶ。
妻(もうどうなってもかまうもんか。やれるものならやってみろ、このチンカス野郎ども!)
盗賊・夫(ちょっとここまで言われてしまっては、男としてさすがに後には引けないですよね)
というわけで、男たちは哄笑する女の前で、剣を抜いて斬り合う。やがて盗賊が侍を殺すが、女は盗賊を振り切って逃げる。

まず、あれだけ錯綜した証言をこうやってひとつにまとめた脚本に舌を巻く。しかし、木こりもまた嘘をついているかもしれないと考えると、本当に何が真相かわからなくなってくるのである。
木こりが嘘をついているという確たる証拠はない。なんとなくおどおどしてる様子なのと(志村喬だからよけいそう見えるんだが)、高価な短剣がなくなっている理由が説明されていないという事実のみ。短刀はどこへ消えたのか? おそらく木こりが死体から盗んだのだが、恥ずかしくて言えないのだろう。
そもそも『羅生門』というなら、盗みを正当化する話であってもおかしくないし、せめて盗っ人が登場しないことには始まらない。そう思うとますます木こりが怪しく思える。しかしそれならばやっぱり金に困って飢え死にしかかってるということにしておいたほうが良かったな。いや、それでタイトルが『羅生門』では、最初から落ちが丸見えか。そんな見え透いた話のはずはない。

というふうにやっぱり答は出ない。そしてこの手の物語では答が出ないのが正解なのである。これで誰もが思いつくような解答が用意されていたら、それではただの出来の悪い推理小説になってしまう。この種の「何が本当だか誰を信じていいのかわからない宙ぶらりんエンディング型ストーリー」、言い換えれば「藪の中もの」では(余談だが、日本ではこの種の話を「藪の中」というのと同じく、英語ではRashomonと呼ぶのが定例になっている)、確実に真相につながるような手がかりがあってはいけないのだ。
むしろいかにも有力そうな手がかりをいっぱいちりばめておいて、ひとつひとつ検証して行くと、それらが互いに矛盾しているので、何を信じていいのかわからなくてモヤモヤする、というのが本来のあり方。

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うつろな目がすてきな森雅之

その意味、映画『羅生門』は芥川の原作のみごとな翻案と言える。余分な証言を付け加えたことでよけい話がワヤクチャになって、ますますわけがわからなくなっているところが見事だ。
よって、ここでは野暮な謎解きはやめておこう。何とでも言えるが、それが100%正しいということはあり得ないからだ。
それよりどうでもいいような感想を少し。

芥川版も、黒澤版も、結果として盗賊がいちばん男らしいところがおもしろい。検非違使に捕まったあと、言い訳することなく素直に罪を白状し、進んで罰を受けようとしているし、本来仇であるはずの侍の言葉でも男らしくふるまったことがわかる。レイプはあれだが、それすら許すと言われるほどだからね。
だいたい、レイプと今風に言うと極悪人という感じだが、性のタブーがなく、そもそもセックスに関してゆるかった昔の日本だと、今ほどの抵抗はなかったような気がする。
それと、これは完全に私の妄想だが、悪人でもこれほどの有名人ってことは、実は民衆にとってはある種のヒーローだったんじゃないかと。それはないとしてもこれだけ若くてハンサムなんだから(平安時代の美的感覚はこの際無視して)女性にはかなり人気があったんじゃないか。女が手込めにされてもあんまりめげてなかったり、むしろ犯人に好感を持っているように見えるのは、実はまんざらでもなかったからじゃないかとか。

この説が正しければ、当然、夫を殺したのは妻のしわざ。多襄丸はそれを知っているが、惚れた弱みで女をかばうために自分がやったと主張している。夫自身が自殺だと主張してるのは、妻に捨てられた上に女に殺されたというのがあまりに恥ずべきことだから。木こりは死体を見つけた時、その胸に刺さっていた短刀を盗んだのだが、それを恥じて隠している。(以上の解釈は黒澤版の場合)
というふうに、すべてがきっちり収まるのだが、もちろん最初の前提がただの妄想なんで、これが正しいかどうかの保証はない。(けど私はそういうふうに解釈してるけどね)

ラストも人の世はすべて浅ましく醜いものという下人の哲学に対し、死んだ男に対する生命の象徴としての赤ん坊を出して、どしゃぶりの雨も上がって晴れ間が広がるという、きれいに完結したエンディング。旅法師と木こりは、人はそこまで救いがないものではないという良心の象徴ね。これは芥川の原作にはなかったものだけど、映画ということを考えるとある種のハッピーエンディングが必要なのでしょうがない。

ところで、黒澤映画は周知のように海外での評価が高いが、飛び抜けて高く評価されているのが『七人の侍』と『羅生門』だということ、特に『羅生門』は文字通り、初めて黒澤明の名前を世界にとどろかせた作品だということには意味がありそうだ。(アカデミー賞に外国語映画賞ができたのはこの映画がきっかけ)
もちろん、後で述べる役者の魅力と映像テクニックがすごいってこともあるが、それ以上に、日本文化や邦画がまだ西洋ではなじみがなかった時代、日本的な題材は外国人には理解しにくかったということがあると思う。その点、この作品はセックスと欲望という、万国共通で誰にでもわかりやすいテーマを描いているというのが大きい。そういうシモ関係のネタをすばらしく知的に処理したところも。そういう風に考えると、この映画の成功ってやっぱり芥川の原作がよくできてた証拠だけどね。
説話文学の形を借りているとはいえ、『藪の中』も『羅生門』も非常に垢抜けた現代的な印象のある作品だし、黒澤明も当時としては非常に垢抜けて洗練された作家だったことも、西洋人には受け入れやすかったはず。
そして日本人さえもやや異様な雰囲気を覚える平安朝の描写は、外人の目にはむしろ魅力的なエキゾチシズムに映っただろう。三船敏郎の問答無用の魅力は言うまでもない。

この光線の使い方に注目

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で、やっぱり三船敏郎である。つーか、最初に見た時は彼の野性味と色っぽさ以外何も目に入らなかった(笑)というぐらい、この映画の三船は印象的だった。三船の主演作としては間違いなく私のNo.1、三船一人に限って言えば、『七人の侍』よりこっちのほうが好き。
真夏のむせ返るような暑さの中という設定なので、顔一面に玉の汗を浮かべて、獣のように欲望をむき出しにした多襄丸の色っぽさと言ったら! 監督は「ライオンのような野獣のように」と演技指導をしたというが、もともとその種の獣性にあふれていた若い三船敏郎は、文字通りのアニマルと化してみせる。
ほんと不思議だよねえ。確かにハンサムだし、筋肉質のいい体はしているが、そんなに筋骨隆々っていうわけでもなく、そんなに背が高いわけでもないのに、これだけのオス臭をむんむんさせてる役者って、本当に他にいない。特に日本人男優では。

まあ三船の魅力は今さら言うまでもないが、今回見ていて気付いたのは、夫役の森雅之もかなりいい男じゃないかってこと.野獣のような三船に対し、こちらは身分の高い男らしく上品で、冷ややかな風貌という取り合わせの妙がまたたまらない。今、森雅之の画像を検索していて気付いたのだが、若い頃はちょっとキリアン・マーフィーに似ている。昔の日本の男優ってまじでハンサムの宝庫だったんじゃない?
そう思って、昔のイケメンとかそういうサイトを回ってみたんだが、あまりに古すぎて私は映画は知らないが、岡田時彦、高田稔、鈴木伝明とかってすごい美青年だったよね。それでも三船以上の美形はいないけど、森雅之はかなりいける。特に妻を突き放すように見る時の、うつろな冷たい視線にしびれた。

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いい男二人がつば迫り合い

というわけで、セックスがメインテーマの映画で、いい男二人がつば迫り合いを見せる(ついでにその二人の屈辱的な緊縛シーンも見れる!)というヨダレもんの映画なのだが、その二人が争うヒロインが京マチ子というのは、ちょっと待ってくださいという気も。
いや、もちろん大女優なのは知ってるし、もちろん演技力はすごいし、肉体派として売ってただけあってぽっちゃりして肉感的だし、その辺は何も文句ないんだけど、いわゆる美人とは違うよね。私はやっぱりきれいな人が好きなんでちょっとなあ。
ていうか、眉を剃り落としてもきれいに見える女性はまずありえないので、この真砂を見て色っぽいと思うのは私にはかなりむずかしい。男二人が不必要なぐらい色っぽいので、よけいその落差がなあ。
ていうか、この当時だとやっぱり露出って無理だったんですかね? これだけセックス(の雰囲気)に満ちた映画で、おっぱいはおろか、肌をちらっとも見せないのって、なんかだまされたような気がする。三船がこれまた不必要なぐらい裸を見せつけるのでよけい。
もちろんレイプシーンを映せとは言わないが、見えるのは馬に乗ったシーンのくるぶしだけというのは、いくらなんでも禁欲的すぎる。っていうか、だからこそ萌えるんでしょうかね、殿方は? これで彼女がもっと色っぽかったら満点だったんだがなあ。

京マチ子‥‥うーん‥‥

京マチ子‥‥うーん‥‥

え? 志村喬千秋実? これらの黒澤組は毎度おなじみなんでべつに今さらって感じ。むしろ黒澤映画では目立たない役の多い上田吉二郎のほうが目新しくて印象に残った。

ここからはテクニックの話。映画の専門家でもないし、何も知らない私でさえ、冒頭の志村喬が山の中へ入っていくシーンのすごさはわかるってぐらい、尋常でなくすごい。
だって普通、時代劇で木こりが森の中を歩いて行くだけのシーンで、ラヴェルの『ボレロ』もどきを流しながら、カメラがぐりんぐりんと前後左右に動きまわりながら木こりを追っていたかと思うと、いきなり真上に向いて、通り過ぎていく森の梢と空をえんえん映すなんて撮り方しないもの。というか、あの時代には世界中のどこにもなかった。
というのも、この映画は手持ちカメラを使った最初期の作品であり、なおかつカメラを直接太陽に向けた最初期の映画だそうなのだ。あそこだけ見ても、「なんだなんだ、何が始まるんだ?」とワクワクしたもん。

光と影の使い方も印象的。これは例のドキュメンタリーで知ったんだけど、ロケ地の森の中は真っ暗で撮影には不向きだったので、衣装部から借りた巨大な鏡で、太陽光線を直に森の中へ導いたんだそうだ。なるほど、役者のアップの時、不自然なぐらいまばゆい光が当たってると思ったが、あれがそうか? なんかあのまばゆいギラギラした光が、よけい夏の暑苦しさと欲望のうずきを実感させてよかったんだよね。

その他、黒澤映画のテクニックについてはこのビデオがわかりやすい。(英語字幕あり)

そういえばいつもながら音楽が印象的な黒澤映画だけど、あの『ボレロ』もどきにも驚いた。最初はアラビア音楽みたいに聞こえて、それと平安時代とのあまりのミスマッチにあきれたんだけど、それが『ボレロ』みたいになってきて、でも音が外れてるから変だとずっと思ってた(笑)。実は限りなく『ボレロ』みたいに聞こえるけど、『ボレロ』じゃないオリジナルスコアだったんですね。
いや、私はクラシックはあまり好かんのだが、『春の祭典』と『ボレロ』は例外で、レコードも持ってるほど好きなんで。なんかこの人の音楽センスって確かにユニークなんだけどどこか外してるんだよな。

というわけで、音楽と京マチ子(眉毛なし・裸なし)だけがちょっとあれだけど、それ以外は構成・演出・脚本・撮影・セットなどすべて非の打ち所のない名作中の名作映画でした。

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