【映画評】蜘蛛巣城(1957)黒澤明監督特集5

kurosawa_kumonosu6♦ 実はこれはたまたま縁がなくて未見だった作品。
♣ でも傑作という評判は聞いていたし、シェイクスピアの最高傑作(たぶん)『マクベス』が原作とあっては、期待しないわけにはいかなかった。
♥ 私の専門領域だし、スコットランドの話だしね!
♠ これは違うだろ! 監督によってはオリジナル以外まるでダメな人もいるが、黒澤は『羅生門』で翻案のうまさも見せたしね。
♥ 心配があるとすれば、『マクベス』の舞台を日本の戦国時代に移し、能と融合させたってところで、私は能狂言歌舞伎と言った日本の伝統芸能にまるでうとい、どころか積極的に嫌いだし。
♦ でもこういう大胆な翻案は、凡人がやったら目も当てられないけど、脂が乗りきってた時代の黒澤明だからねえ。
♠ とにかく最高に期待して見ました。

♦ どこから行く? 今さらあらすじ書いてもしょうがないし。
♥ 『マクベス』知らない人だっているんだから、あらすじが先でしょ。
♣ あらすじぐらいWikipediaにあるのに。
♠ 日本語Wikiはレベルが低すぎて、あらすじもしばしばすごい変(プロットも日本語も)なんで、そのためわざわざ書いてるんじゃないさ。
♣ これはまともだったよ。
♦ じゃあ、めんどくさいからWikipediaから引用。ただし一部の語句は省略したり、加筆訂正してあります。

蜘蛛巣城あらすじ(Wikipediaより)

戦に勝利した二人の武将、鷲津武時(三船敏郎)三木義明(千秋実)は、主君・都築国春(佐々木孝丸)に報告するため、蜘蛛巣城へ向かって馬を走らせていた。二人は雷鳴の中、慣れているはずの「蜘蛛手の森」で道に迷い、糸を紡ぐ奇妙な老婆(浪花千栄子)と出会う。
老婆は、武時はその日のうちに北の館(きたのたち)の主になり、やがては蜘蛛巣城の城主になることを、義明は一の砦の大将となり、やがて子が蜘蛛巣城の城主になることを告げる。二人はその予言を一笑に付すが、蜘蛛巣城に到着した武時と義明に主君が与えた褒賞は、老婆の予言通りのものだった。

武時から一部始終を聞いた妻・浅茅(山田五十鈴)は、その予言が国春の耳に入ればこちらが危ないと謀反をそそのかし、武時の心は揺れ動く。折りしも、国春が隣国の乾を討つために北の館へやって来る。その夜、浅茅は見張りの兵士たちを痺れ薬入りの酒で眠らせ、武時は眠っている国春を殺す。
主君殺しの濡れ衣をかけられた家臣・小田倉則安(志村喬)は殺された国春の嫡男・国丸(太刀川洋一)を擁し、蜘蛛巣城に至るが、蜘蛛巣城の留守をあずかっていた義明は開門せず、弓矢で攻撃してきたため、二人は逃亡する。

義明の強い推挙もあって蜘蛛巣城の城主となった武時だったが、彼には子がなかったため、義明の嫡男・義照(久保明)を養子に迎えようとする。だが浅茅はこれを拒み、加えて懐妊したことを告げたため、武時は盟友であった義明親子を亡き者にしようと企む。
義明親子が姿を見せないまま養子縁組の宴が始まるが、その中で武時は、死装束に身を包んだ義明の幻を見て、錯乱して剣を抜く。浅茅が客を引き上げさせた後、義明暗殺には成功したものの、息子の義照は取り逃がしたという報告が届く。

嵐の夜、浅茅は死産し、国安、則安、義照とそれを加勢する乾の軍勢が攻め込んでくる。無策の家臣たちに苛立った武時は、雷鳴を聞いて森の老婆のことを思い出し、一人蜘蛛手の森へ馬を走らせる。現れた老婆は「蜘蛛手の森が城に寄せて来ぬ限り、お前様は戦に敗れることはない」と予言する。

蜘蛛巣城を包囲され動揺する将兵に、武時は老婆の予言を語って聞かせ、鼓舞する。蜘蛛巣城は高台にあり、こちらからは敵の動きが丸見えなのに、攻め寄せる敵は身を隠す場所がまったくない。まして森が動くはずもないので、この戦には敗れるはずがなかった。
しかし野鳥の群れが城に飛び込むなど不穏な夜が明けた翌日、浅茅は発狂し、「血が取れぬ」とつぶやきながら手を洗い続ける。
そして蜘蛛手の森が押し寄せるのを見て、兵士たちは恐慌を来す。則安の計で、敵兵は矢避けのために切り倒した木を押し立てて進軍してきたのだ。持ち場に戻れと怒鳴る武時めがけて、味方から無数の矢が放たれ、武時は絶命する。
映画は廃墟となった蜘蛛巣城の城趾を映して終わる。

有名な手を洗うシーンにおける山田五十鈴の渾身の演技

有名な手を洗うシーンにおける山田五十鈴の渾身の演技

♦ まずは脚本について。『マクベス』との比較でやるのがいちばんわかりやすいかな。
♠ まあ、元の『マクベス』が最高におもしろいから、よほどひどい改悪をしないかぎり、つまんなくなるはずもないんだけどね。
♥ 配役としては、

マクベス=武時
マクベス夫人=浅茅
ダンカン=国春
バンクォー=義明
マクダフ=則安

ということ?
♠ いや、第二の予言がないから、マクダフは存在しないと考えるべきじゃない? 志村喬は妻子を殺されたりもしていないし、あくまで国春に忠実な家臣というだけでしょう。
♣ 『マクベス』との違いを挙げた方が早くない? 大きな違いとしては、

荒野の三魔女が安達ヶ原の鬼婆になっている。
マクベス夫人が懐妊する。
マクダフが存在しない。
そのため、

二度目の魔女の予言 “none of woman born Shall harm Macbeth. ” 「女の股から生まれたものはマクベスを傷つけることはない」というのがない。
マクベスがマクダフの城を襲う部分もなく、マクダフがマクベス討伐を進めるくだりもない。
もちろんラストのマクダフとの一騎打ちもなく、武時は自軍の兵士に殺される。
マクダフは帝王切開で生まれたので、例の予言にかからないというラストの落ちもない。

といったところかな。
♦ なんでマクダフをカットしちゃったんだろ? 原作ではマクベス夫妻の次に重要なキャラクターなのに。
♠ おそらく能楽部分に時間を使ってるので、これをカットしないと尺に収まらなくなるからかと。マクダフを切れば、彼に関係したシーンを丸ごとカットできるから。
♥ でもストーリー的にはおもしろさ半減だよね。なにしろマクベスの対抗馬をカットしちゃったんだから。
♣ 当面の敵の則安もほとんど画面には出ないから、誰と戦ってるのかがわかりにくいね。
♦ 元々が権力闘争の話なのに、それをほとんど画面に出さないからね。
♣ あと、マクダフはマクベス夫妻の悪と狂気に対するカウンターパートなんで、それを消しちゃうとなんか救いのないめちゃ暗い話になりそう。
♥ あとはそこに黒澤が何を付け加えるかが見所だったんだけどね。
♠ まあ、視点をマクベス、じゃなかった武時夫妻に限ったのは、映画的にはわかりやすいし、ストーリーをコンパクトにするっていう意味では悪くない。
♥ 私はそうは思わない。あの予言大好きだったし。トールキンも『指輪物語』で使ったよね。
♦ 原作通りならかっこいい志村喬がもっと見れたと思うとちょっとがっかりよね。
♠ だから時間の都合でしょうがないんでしょ。とりあえず、それ以外の原作の要素は忠実に再現してるし、戦国時代への翻案の仕方も見事だし、脚本にはいつも通り、寸分の狂いもない。

三船敏郎の演技を超えたこの表情!

♥ でも最後ぐらいは戦って死んでほしかったなあ。
♠ でもおかげであの雨あられと矢が降り注ぐシーンが最大のクライマックスとして後々まで讃えられるようになったんだから。
♣ えっ? もうラストシーンの話に行っちゃうの?
♦ 話の行きがかり上なんとなく(苦笑)。なんの話かと言いますと、最後、武時は自軍の弓兵に集中攻撃を受けて死ぬんだけど‥‥。
♥ 私は最初その話を聞いた時、弁慶の立ち往生、あるいは『指輪物語』のボロミアの立ち往生的に、ハリネズミにされてもひるむことなく戦って、かっこよく死ぬんだと思ってたんだよ。そしたら、ヒイヒイ言って逃げまどう展開だったとは
♠ それもそのはず、黒澤監督は臨場感をもたせるため、大学の弓道部員を使って本物の弓矢で三船を撃たせたからなのだ。
♦ 種明かししちゃうと、実は矢の内部が空洞で、細い糸が通ってて、その糸の端が役者のそばの壁に固定してある。放たれた矢はその糸に沿って飛ぶ仕組み。あと、もちろん射手は見かけよりずっと近くにいた。
♥ それでも本物の弓で本物の矢を撃つんだからさ、そんな糸いつ切れるかわからないし、狙いがそれたらと思えば、三船は生きた心地がしなかったと思うよ。
♠ 私、いちおう弓道習ったから知ってるけど、あの弓かなり強力なんだよね。近ければ勢いあるからよけい怖いし、弓の名人ならともかく相手は学生だし、これは確かにこわいわ。
♣ 実際、これはいくらなんでもひどすぎるとかなり監督を恨んでいた模様。
♠ おかげでもはや演技じゃない恐怖の表情がたっぷり鑑賞できるので儲けたかも。
♥ でもなんか情けない死に方でやだよ。マクベス関係ないし。
♦ 首にグサッと矢がささるところはびっくりした。これはもちろんフェイクだけど、あの当時の技術でよくあそこまでやったと思う。
♣ YouTubeで種明かしみたら、単にカットをつないだだけなんだけどね。そのつなぎ方がうまいのよね。

♠ ただ、最大の見せ場がこれだけ?とはちょっと思ったね。
♣ うん。ほとんど三船のアップだけで、そこに矢が飛んでくるだけで、「敵」と接触するわけでもなく、敵の姿が見えるわけでもないから。
♠ だいたい、いくら殿がご乱心だからって、敵が攻めてきたというだけで味方の集中砲火を浴びるってあるか? せいぜい逃げ出すか、敵方に寝返るとかじゃない?
♥ うん、私もあまり納得できなかった。あの展開はかなり無理があったよ。だって、兵隊たちにしてみれば、武時の命令を聞かずにさっさと逃げるだけで、あとは敵軍が勝手に始末してくれるのに、わざわざ主君に矢を放つほどの理由がない
♦ これがマクダフみたいな武将なら、個人的仇討ちとか、殊勲狙いとかありうるけど、どう見ても撃ってるのは雑兵だし。
♠ シーン自体も短いものだしね。
♥ そもそもそんなに悪い人と思えない。いろいろエピソードをカットしてしまったせいだけど。

♦ やっぱり黒澤が見せたかったものはこれじゃないんだと思うな。それが何かと言えば‥‥
♠ 言うまでもなく能楽のシーンだな。それはシーン自体の長さだけでもわかる。
♥ いやー、あれは意図的なものだよね。あまりにスローテンポなんで最初びっくりしたよ。森の老婆の歌の長さとか、門に近付く葬列ののろさとか。あれ、リアル時間より遅くない?
♠ いつまでたっても近付いてこないから、なんか悪夢の中に入り込んでしまったような違和感があった。ほら、いくら走っても前に進まないみたいな。
♣ そういうの好きじゃん。馬はいくら見ていても飽きないから葬列はいいけど、婆は正直きつかった。

♦ とにかく私は古典芸能の素養がさっぱりありませんのでね、正確なことは何もわからないんだけど、これはお能だなと感じたのは

キャストのメイキャップが能面
キャストの所作や動きが能
部屋の内装や背景が能舞台
随所に使われる謡
もーのーすごーくゆっくりな動き
森の老婆が能の『黒塚』そっくり

♣ ちなみにこのYouTubeの動画シェイクスピアと能についての詳しい解説があった。字幕がないのでキャプチャーだけ張っておく。

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Throne of Blood: Noh Shakespeare, No Problems! – Summer of Shakespeare (YouTube) より、登場人物のモデルになったと思われる能面

♥ なんでお能嫌いなの?
♠ 単に異次元の世界にしか見えない。なんら接点がなさすぎるし、能面が気持ち悪いし、とにかく音楽がダメ。何言ってんだかわからないし。
♦ 私の周囲はなぜか歌舞伎や能が好きな人が多いんだけどねえ。単なるファンじゃなく、習ってる人とか、それについてアメリカの大学で教えてた人もいる。年のせいか、皆さん教養ある知識人だからか。
♣ 私の感覚はだいたい日本で歌舞伎や能を見た西洋人と同じ。あの意味のわからなさと退屈さは殺人的だってことだけど。

♦ で、映画の方の感想は?
♠ 正直、本気で能をやられたらきついなと思ってたんだけど、それはあくまでフレイバーという感じで、ストーリー自体は『マクベス』だし、特に違和感なく融合していたと思う。
♣ ただ、能という枠に縛られてたせいか、いつもの黒澤映画とはだいぶ違うなと思ったけど。あの間延びしたテンポもそうだし。
♥ あんなんで時間食っちゃったから話をかなり割愛しないとならなかったんだな。
♠ 演技もせりふもすべて様式的だし。
♥ いや、様式と言えば、この映画全体が黒澤様式の集大成みたいなものですけどね。富士山麓に巨大な城のセットを組んで(御殿場の町からも見えたそうだ)、霧の中からぼーっと現れる蜘蛛巣城のオープニングシーンから始まって、雨と風と霧の使い方とか、光と影の使い方とか、コピーライトマーク付きの黒澤映画だと思った。

♠ じゃあ、引き延ばしてもしょうがないからズバリ私の結論言っていい? これって、一にも二にもスタイルありきの映画だと思うんだ。様式的というのは『羅生門』もそうだったけど、『羅生門』はそれを吹っ飛ばす大胆さも持っていた。でも『羅生門』の成功で味をしめて、またああいうのをねらったんだと思う。
♣ 私には西洋受けを大いに意識したと見えた。西洋の映画賞狙いっていうか。それでエキゾチックなオリエンタリズムを前面に押し出して、だけど話は誰でも知ってる『マクベス』だから、西洋人にもとっつきやすいし。

♦ その狙いは鋭いし、実際成功したし、映画自体もすばらしい出来だと思うけど。
♠ 映画学科の教科書としてはね。だけど様式にこだわりすぎて物語を殺してしまった感は免れない。
♥ ちょっとあまりにもわざとらしいよね。これって私が『デルス・ウザーラ』以降の黒澤映画のすべてに感じることだけど。絵は本当にきれいだけど中身が伴わない感じ。
♣ それでもまだそこまで墜ちてないし、『影武者』よりははるかにいい映画ですけどね。『乱』は見てないので知らないけど。
♠ それでもシェイクスピアの原作には遠く及ばない。『マクベス』って最初から最後までドキドキハラハラさせて、あっと驚く結末まで夢中で引き込まれる話だから。これはただきれいなだけって意味では、後の作品に通じる。
♦ シェイクスピアとくらべるとキャラクターがなあ。

♣ というところで、この映画の真の主役、マクベス夫人こと浅茅さんの登場です。
♥ 山田五十鈴はすごい! これだけは言っておきたい。マクベス夫人と言えばまさに鬼嫁、おっかない女の代名詞だけど、山田五十鈴演じる浅茅ほど怖い女はスクリーンで見たことがない!
♣ まず顔だけで十分怖いです。
♠ 京マチ子なんて、これにくらべればまだぜんぜん人間らしかった。お面いらずの能面顔
♦ おまけに眉毛剃って、白塗りにお歯黒だからねえ。不気味すぎる!

不釣り合いすぎる夫婦

あまりにも不釣り合いすぎる夫婦

♠ そうじゃなくても最初に配役聞いた時はびっくりしたよ。だって山田五十鈴ってお婆さんじゃない。なんでそのお婆さんがフェロモンむんむんの三船の妻なの?って。
♣ お婆さんなのは私がリアルタイムで知ってた頃でしょ?
♦ 三船だって知ってたけど、その頃でも彼の方がぜんぜん若かったよ。
♥ いま調べたら10才ぐらいしか違わないんだ。でも山田五十鈴のほうがずっと老け込んでたよね。
♠ なんか年上ってだけでもヤバいのに、あのメイク、あのせりふまわしのおかげで、とても夫婦には見えない。不釣り合いすぎるカップル。
♦ 三船は日本人離れした彫りの深い顔立ちなのに、山田五十鈴は白塗りの能面顔だしねえ。
♣ あの対称性は意識したものだというけど。山田五十鈴が能で、三船が狂言の動きをしているとか。
♠ 二人ともうますぎて乖離が激しい。

♣ マクベス夫人と言えば性悪だけど美人で色っぽいイメージだったのに。
♥ だから子供ができたと告白する場面では思わず「うっそー!」と叫んでしまった。あんなのと子作りできるって、武時さん豪傑すぎる(笑)。
♣ 森の鬼婆より、幽霊より、絶対奥さんの方がこわいもんね。
♦ 浅茅が狂う場面なんかは明らかに能の所作そのものなんだけど、あれも怖かった。
♠ マクベス夫人が史上最凶の悪妻なら、浅茅は史上最恐の妻だな。

♥ ただ、私はそこも不満なんだな。原作のマクベス夫人は、確かに悪女だけど哀れな女でもあって、あまりにも人間的だから悪い奴だけど憎めない。それはマクベスの方も同じで、彼の方が弱いというだけ。だからこそ悲劇なのに。
♣ ところが山田五十鈴には人間味がみじんもない(笑)。
♠ 『マクベス』のいちばんの見所って、罪を犯した二人が罪悪感に苛まれて、徐々に正気を失っていくところじゃない。なのにそこを大幅にはしょってしまったので、なんともいまいち。
♣ 最初から狂ってるみたいにしか見えないし。
♥ バンクォーの霊を見て取り乱すところと、手を洗って「血が落ちない」というところぐらいだよね。
♦ あれはあれでよくできてたんだけどね。それこそ『マクベス』を知らない人ならぎょっとするぐらい。

♣ この敗因のひとつは演出もそうだけど、そもそも日本の戦国時代って下克上の時代で、主君殺しなんて珍しくもなかったからじゃない?
♥ それ言ったらスコットランドだって血生臭い話には事欠かないよ。
♠ でもあっちはClanで結びついてるからな。領主も臣下も血のつながった血族なんだから、絆の強さと忠誠心は日本の比じゃないよ。よって王殺しはやっぱり重罪でしょ。
♦ 『炎と氷の歌』(『ゲーム・オブ・スローンズ』原作)でも、みんなあれだけむちゃくちゃに殺し合ってる世界なのに、「キングスレイヤー」(王殺し)だけは許されない雰囲気だもんね。
♠ そう思うと日本はあんなもんか。でもそれじゃ『マクベス』のいちばんいいところが!

♦ じゃあ、映画のいいところも言ってあげよう。
♠ だから絵は「パーフェクト」なんだよ。
♣ 私が「うおおおー!」となったのは、バーナムの森が動いたところだな、やっぱり。
♦ 「蜘蛛手の森」だってば。
♣ 『マクベス』の映画は何本も見たけど、どうもこの場面がいまいちだったのよ。兵隊が木の枝持って行進するぐらいで、どう見ても森が動いたようには見えないと思って。
♥ いきなり思い出したけど、『指輪物語』のエントの行進ってこれが元ネタだよね? やっぱりトールキンはかなりシェイクスピアに影響受けてるね。
♠ 英文学者でシェイクスピアに影響受けてないやつなんていねーよ。
♣ 話を戻すと、この映画では本当に森が生き物のように動くんだよ。渦巻く霧の中、たくさんの梢がゆらゆらと揺れて。
♦ なんと木を根っこから切り倒して持ってきちゃったんですね。
♠ 持って歩けるのか、あんなの?
♣ 少なくともこれはCGじゃないからね。CG抜きでこんなシーンを撮れる黒澤はほんとすごかった。このシーンとラストの矢のシーンは間違いなく映画史に残るよ。

♦ というわけで本当によくできた天才しか作れない名画ではあるけれど、期待とくらべるとなんか話のスケールも小さくて、スタイルだけが悪目立ちするきらいがあった。
♠ 日本の伝統芸能がそもそもスタイル重視だからしょうがないんじゃない?
♣ まあ1本ぐらいはこういうのもあっていいという感じ。
♥ なのに、また同じ過ちを犯してしまったね。
♦ 「絵」にこだわるあまりストーリーを殺してしまっているというのは、後の黒澤作品にも言えるね。

話とは関係ないですが、どうしても三船のかっこいい乗馬シーンを入れたかったので

話とは関係ないですが、どうしても三船敏郎のかっこいい乗馬シーンを入れたかったので。ただ、どうしても星や鼻白のある馬は使ってほしくなかったな。日本の在来馬には顔に白斑のある馬はいなかったはずなので。

【蛇足1】手塚治虫との数奇な関係

♦ せっかくきちんと終わったのに、ついまた余計なことを言いたくなってしまう。
♥ 何かというと、なんでマクベスが鷲津なのかと考えてたの。
♣ それでこの主人公は真壁六郎太(『隠し砦の三悪人』)のほうがよかったんじゃないかと思ったの。
♠ まかべ=まくべ(す)ってダジャレかよ!
♣ いや、明治時代のシェイクスピア翻訳って、人物も全員当て字の日本名を付けてたじゃん。あのノリで付ければおもしろいのにと思って。
♥ それでいつもながら黒澤の付けるキャラクター名はかっこいいなあと思いつつ、真壁六郎太、まかべろくろうた‥‥なんか、どこかで聞いたことのある名前だなーと思ってたら、いきなり、間久部緑郎(まくべろくろう)を思い出した。
♣ ちなみに間久部緑郎は手塚治虫の『バンパイヤ』の悪役の名前です。通称ロック
♦ 間久部ってのはマクベスから取ったんだろうなとは思ってたけど、緑郎までは考えてなかったわ。
♠ これって黒澤映画から取ったってこと? 六郎太は善人なのに?
♣ まあ、そのへんは別として間久部ときて、緑郎となれば、これはもう間違いなく真壁六郎太から取ってるでしょう。
♠ そういや、手塚治虫は『三つ目が通る』でも、写楽保介=シャーロック・ホームズ、和登サン=ワトソンみたいなダジャレ名を使ってるね。
♥ いや、何がショックって、『おおかみこどもの雨と雪』のリビューに書いたように、『バンパイヤ』は私の少女期のバイブルみたいなマンガだったのに加えて、ロックは(当時から悪役のほうが好きだった)私の最初の(マンガの登場人物では)アイドルだったのに、今の今までこれに気付かなかったってことなのよ。
♦ その意味でも、真壁六郎太の名前はこっちの主人公に付けて欲しかったね。
♠ 逆じゃん! おそらく名字はマクベスから取ったんだろうけど、下の名前を考える時、「まくべ、まくべ‥‥」と考えて、真壁六郎太を思い出したんだろうな。

【蛇足2】虫尽くし

♥ あと、鷲津の旗印がムカデだったけど、あれもなんでなのかなー?と思った。というのも、蜘蛛巣城に蜘蛛手の森に糸を紡ぐ妖怪と蜘蛛尽くしじゃない。なんで蜘蛛にしなかったのかと。
♠ 物語の発端では蜘蛛巣城は武時のものじゃなかったんだから、旗印も違って当然じゃない。
♣ むしろムカデが蜘蛛の巣にかかって食べられちゃったという感じ?
♦ 蜘蛛と言えば女のイメージなんで、さしずめ浅茅が黒後家蜘蛛か。
♥ まさにそれじゃん。蜘蛛のメスはしばしばオスより巨大で、交尾しようと近寄るオスを食っちゃうから。
♣ そういや浅茅はどうなっちゃったの? 手を洗ってるシーン以後出てこないよね。
♦ 原作ではマクベス夫人は自害するんだが‥‥。
♠ まあ、あの状況ではそれ以外の道はありえないが、いちおうどうなったかぐらいは言ってほしかったね。

【蛇足3】蜷川マクベス

♦ そういや、舞台で蜷川マクベスなんていうのもあったよね。あれって、この映画へのオマージュ? それとも翻案?
♣ いちおう蜷川幸雄のオリジナルじゃないの? 『マクベス』の舞台を戦国時代の日本に移すっていう設定はそのまんまだけど。
♥ まんますぎるわ! 黒澤オマージュと言ってないならパクリじゃん。
♠ あっちはセリフはほとんどシェイクスピアのままらしい。あくまで舞台装置や衣装が日本というだけで。
♥ なーんだ。
♦ バズ・ラーマンの『ロミオ+ジュリエット』が、現代劇なのに原作のセリフはそのままっていうのと同じだね。実は蜷川マクベスも見たいとはずっと思ってたんだが、こちらも今まで縁がなくて見たことがなかった。
♣ う~ん、どうなんだろ? 確かに絢爛豪華だけど、ヘンテコな着物と髪型で、私には『47 Ronin』臭がすごいするんですけど。
♠ 黒澤が能なら、蜷川は歌舞伎って感じね。やっぱり黒澤のほうが高尚なような‥‥。
♥ 役者にまるで魅力感じないからいらない。

【蛇足4】『指輪物語』と『ゲーム・オブ・スローンズ』

♣ ところでこれと『隠し砦の三悪人』を書くために、欧米のリビューや評論を見て回ってたんだけど‥‥
♠ ちなみに日本人が書いたものも読みたいが、日本のネットにはほとんどまともな評論がなくて、小学生の感想文並みなので、もう最近は最初からあきらめて英語メディアしか読まない。
♣ 驚いたのはなぜかやたらと『指輪物語』と『ゲーム・オブ・スローンズ』が引き合いに出されてるのよ。
♥ 私もじゃん。
♣ ほんと私が書いてるのかと思ったわ。
♦ どういうことかというと、同じ中世の話ってことで、日本はこうだけどヨーロッパでは‥‥という比較に使われてるの。
♠ しまいにはTRR派とGRR派に別れて議論になったりして。
♥ おおー! そう言えば名前の略し方も似ている。

♠ でもそれでいいの?! そりゃ黒澤の時代劇だってあれだけど、あっちはエルフだのドラゴンだのが出てくるファンタジーじゃないさ。黒澤時代劇はそこまで荒唐無稽じゃないぞ。
♣ ていうか、まず中世ヨーロッパですらない。完全に架空の国で。
♦ だけどなぜかミドルアースとウェステロスは中世ヨーロッパの教科書的な扱いを受けているのだ。
♥ 向こうじゃ歴史って教えてないのか?(笑)
♣ 日本人の歴史感覚だって、テレビや映画の時代劇に相当毒されてるじゃん。どこも同じだよ。
♥ まあ私の中世ヨーロッパのイメージは『氷と炎の歌』でかなり固まっちゃったから人のことは言えないけどね。

♠ しかしなんで『ゲーム・オブ・スローンズ』なんだ? それを言うなら原作の『氷と炎の歌』でしょ?
♣ やっぱりビジュアルのインパクトは強すぎるからね。恐れていた通り、テレビ版がすべてって感じになりつつあるね。
♥ あれだけできが良ければいいけど。
♠ 一部の配役はどうしても納得いかん。

♥ そういや、『氷と炎の歌』でも『ゲーム・オブ・スローンズ』でもいいけど、いろいろ書くって言ってたのはどうなったの?
♦ やる気は大いにあるんだけど、とにかく今は忙しすぎるし体調が悪すぎて、とてもじゃないけどそんな大仕事やる余裕がないのよ。
♣ 黒澤はいいんだ。
♠ 言っちゃ悪いけどこんなの息抜きよ。GRRに寄せる私の思いはこんなもんじゃないから。
♦ たまたま今テレビで黒澤の大回顧をやってるからこうなったけど、これが私の本命のコッポラやキューブリックやフェリーニだったら、こんなもんじゃないわ。
♥ でもそういう人たちに賞賛されたり比較される黒澤明ってやっぱりすごい。桁違いにすごい。
♣ ただ、好きな人ほど書きたいことがありすぎて書けないというジレンマ。

【蛇足5】ロマン・ポランスキー版『マクベス』

♠ でやっぱり本家『マクベス』も見たくなって、ポランスキーの『マクベス』(1971年)を例によってYouTubeだからざっとだけど見ちゃった。
♦ あの「血みどろマクベス」か。
♠ そう。舞台じゃできない殺害シーンをリアルに描いてるんだけど、これ、チャールズ・マンソン一味による妻のシャロン・テート殺害の直後にクランクインした映画なんだよね。
♣ ダンカン王殺害の場面も、マクダフの妻子殺しもホラー顔負けのむごたらしさで、そのまんまシャロン・テートにダブるから、おぞましくて見てられない。
♥ 子供を殺された妻や強姦される女の悲鳴が耳について悪夢を見そうなぐらい怖いっす。
♠ 私はこの通り、ホラー映画なんてどんなにグロでも残酷でもぜんぜんヘーキなんですがね、これはかなりこたえる。映画じゃなくて現実が入ってるんで。
♦ ていうか、自分が妻子(シャロンのお腹にはポランスキーの子供がいた)を惨殺された直後に、ああいう映画撮れるっていうポランスキーの正気を疑う
♠ ポランスキーは正真正銘のキチガイだもん。キチガイじゃなきゃできないよ、あんなこと。

♦ それはそうと、(マクベスを演じた)ジョン・フィンチかっこいいなあ。
♣ でも三船敏郎もかっこよさではぜんぜん負けてないのがすごい。
♥ ああいう名優に匹敵するような日本人俳優なんてもう二度と出ないに違いない。

♠ ただやっぱりこっちもシェイクスピアとくらべると、なんか違う感じだよね。
♦ そりゃ舞台をそのまま映画にしたってしょうがない。これはこれでありだと思う。
♣ いろんな解釈が成立するのがシェイクスピアのおもしろさでもあるしね。
♥ ただ見てて思ったけど、ポランスキーの方がずっと新しいのになんかすごい古くさくない?
♠ 何が?
♥ いや、画面の感じとか見た目のすべてがよ。いかにも昔の映画って感じ。それにくらべて黒澤は時間を超越した感じで、モノクロという以外、ぜんぜん古い感じがしない。
♦ それもすごいことだよなあ。
♣ まあ、上記のコッポラやキューブリックやフェリーニならともかく、ポランスキーぐらいではとてもじゃないが黒澤明の敵じゃないですからね。

【蛇足6】2015年版『マクベス』

♣ ここでまたニュース! 最近あまり作られてなかったマクベス映画だけど、2015年制作の新『マクベス』ができてるの知らなかった。
♥ 監督誰?
♣ ジャスティン・カーゼルというオーストラリア人。
♥ 知らんな。
♣ それよりマクベスにマイケル・ファスベンダー、マクベス夫人にマリオン・コティヤール、ダンカン王にデヴィッド・シューリス、マクダフがショーン・ハリスという配役がそそる。
♥ おおー! それは見たい! マイケル・ファスベンダーとショーン・ハリスって、今見ていた『プロメテウス』の配役じゃないか。
♣ トレーラー見たけど、いかにも今どきの映画らしく、きれいだったよ。個人的にはマイケルって線が細い感じなので、マクベスを演じきれるのかなとは思うけど。
♥ とりあえずイギリス資本入ってるし、そう変なものにはなるまい。これは見なくちゃ。

♠ というわけで、このシリーズいつまでやるんだよ?
♦ いや、テレビは年末年始だけの特集で、代表作を数本やるだけだろうと思ってたら、どうやら全作品を放送するみたいでまだまだ続くのよ。
♥ これから試験シーズンで忙しくなるのに、それ全部書いてる暇なんかないよ。
♦ まあとにかく録画だけしておいて、時間があって気が向いたらまた書きます。特に後期の映画については一言いってやりたいし。
♠ これがよかったから『乱』は期待できるかも。
♣ でもこればっかりだと邦画や昔の映画が嫌いな人に飽きられちゃいそうなんで、このあとしばらく通常営業に戻ります。

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