【映画評】生きものの記録(1955)黒澤明監督特集7

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♦ これは少し前なら単なる癲狂老人の話で片付けられたんだけどねえ。
♠ ところが東日本大震災と福島第一が起きてしまったからねえ。


♦ だから世代によって恐怖の対象が違うのが興味深いね。今の子ならやっぱり地震だろうし。
♠ 私は冷戦真っ最中に育ったから、やっぱり第三次世界大戦と全面核戦争が怖かった。
♦ 実際、何度もその一歩手前まで行ったもんね。そういうSFや映画を見過ぎたせいもあるけど。
♠ 人類滅亡まではいかなくても、私が生きてるうちに絶対戦争はあると思ってたし。

かんたんなあらすじ

鋳物工場を経営する中島喜一(三船敏郎)は原水爆への恐怖から、一族全員を引き連れて彼が地球上で唯一安全と考えるブラジルへ移住する計画を立てる。しかし、3人の妾とその子供たちも含めた一族郎党は全員が反対を唱え、やむなく家庭裁判所に準禁治産者の申し立てをする。調停員のうち、歯科医の原田(志村喬)だけは中島に理解を示すが、結局は家族の言い分が通る。
思い詰めた中島は、工場がなくなればみんなブラジル行きに同意するしかなくなると思い込んで、自ら工場に放火する。
責任を感じた原田は精神病院に収容された中島を訪ねる。すっかり気が狂った中島は、地球を脱出して安全な星にいると信じている。彼は病室の窓から太陽を見て、「地球が燃えてしまった!」と叫ぶ。

♠ う~ん、なんというか。
♦ これは少し前なら単なる癲狂老人の話で片付けられたんだけどねえ。
♠ ところが東日本大震災と福島第一が起きてしまったからねえ。
♦ それであの事故を起こした奴ってのは、この中島老人みたいなのに向かって、

「東北にそんな大地震なんか起こるわけないよ」
「たとえ起こったってそんな大津波が来るわけないよ」
「たとえ大津波が来たって原発が壊れるわけないよ」

と言ってた奴らに違いないからねえ。
♠ それでそういうこと言ってた奴に限って、いざ事故が起きたときは絶対に責任とらないと決まってるんだ。
♦ だから私は中島老人を笑い飛ばすことはできない。
♠ でももし親父があんなこと言い出したら、さっさと精神病院に入れるけどね。
♦ ひどい! 私はブラジル移住はぜんぜんOKだから、気にしないよ。
♠ まあ、原発に限らず、地震・台風・火山・津波といった自然災害を考えたら、どこへ逃げても日本より安全だからね。ただ南米と中東とアフリカは治安が悪すぎていやだな、私は。
♦ そういう偏見でものを言っちゃいけないよ。ブラジルなんてとてつもなく広いんだから、場所によってはすばらしい所に違いないよ。中島一族だって、もし移住してたらみんな幸せになったかもしれないよ。

家庭裁判所の関係者一同

家庭裁判所の関係者一同

♠ ところでallcinemaのコメントでちょっと気になったのがあるんだけど。中島が本当に恐れていたのは原爆なんかじゃなく、年を取ることと家長の権威が失われていくことだっていうんだけど。だから、自分が先導してブラジル移住すればもう一度、主権を取り戻せると。
♦ それはおもしろい意見だけど、うがち過ぎ。あの時代を知らない若い人だから言えることだろう。黒澤監督自身がはっきり原水爆の恐怖を訴えてるし、同時代の評論家も賛同してるでしょ。
♠ 1955年当時は、原水爆と放射能がClear and Present Danger「今そこにある危機」だったんだよ。
♦ ただね、これは日本人の欠点でもあり、逆に生きのびるための素質でもあるんだけど、日本人って忘れっぽいのよね。
♠ だってこれだけ災害だらけの列島で、いちいちビクビクしてたら生きていけないもの。
♦ だから1955年にはこれほどの脅威だった原水爆のことなんか、もうケロッと忘れている。
♠ 東日本大震災のころには地震はともかく、原発事故の恐ろしさも忘れられていたからなあ。東海村とかあったのに。
♦ どうせ十数年後には地震や津波や放射能の恐怖だって忘れ去られてるよ。べつにそれがいけないとは言わないけど。日本人はそうやって生き延びてきたから。
♠ だけど、地震学者や原発の設計者は忘れちゃ困る。
♦ だから世代によって恐怖の対象が違うのが興味深いね。今の子ならやっぱり地震だろうし。
♠ 私は冷戦真っ最中に育ったから、やっぱり第三次世界大戦と全面核戦争が怖かった。
♦ 実際、何度もその一歩手前まで行ったもんね。そういうSFや映画を見過ぎたせいもあるけど。
♠ 人類滅亡まではいかなくても、私が生きてるうちに絶対戦争はあると思ってたし。
♦ 今のガキどもはその危機感がなさすぎるね。
♠ 「(逃げるのは臆病じゃないが)目の前にある危険を見て見ぬ振りをするのは臆病者だ」という中島の言葉は胸にしみたわ。
♦ 精神病院の院長のセリフ、「狂っているのはあの患者なのか、こんな時世に正気でいられる我々がおかしいのか」というのも重い。
♠ つまり、地球外の住人になっても当然なほどのご時世だったということ。

♠ ところで、家族が反対するならなんでひとりで逃げなかったの?
♦ だって彼が恐れるのは自分の死じゃなく家族の死だもの。彼らを守りたいからこそ、いっしょに行ってくれと土下座までして頼んだんでしょ。
♠ なのに家族はみんな自分の金の心配しかしていないという皮肉。
♦ これも当然じゃない? 子供らもいい年で自分の家族がいるのに、何もかも投げ捨てて付いてこいと言われても。
♠ 嫡子より妾の方はもっと切実に生活かかってるしね。

何度見てもすごい老けメイク

何度見てもすごい三船敏郎の老けメイク

♦ 三船敏郎の老けメイクについては?
♠ あんないいケツした老人がいるか!
♦ ハハ。だけど、寝間着の胸はだけたところはあばらが浮いてたよ。あれでも相当な減量している。
♠ それでも体つき見れば若い男だってバレるよ!
♦ 腰曲げたりしていちおう作ってはいるんだけどねえ、35才に70才の役をやらせるというのはちょっと無理があったか。
♠ そういう演技は志村喬に学ぶべき。というか、なんで志村喬じゃだめだったの?
♦ ブラジルまで行こうってほどのバイタリティーがある男だから、あのギラギラした感じがほしかったんでしょ。
♠ 志村だってやればやれると思うけどなあ。
♦ でも三船のメイクは自然だったよ。ときどき、メイク技術は昔の方が上だったんじゃないかと思ってしまう。ちょっとしわ描いて、白髪にして、めがねかけただけなのに、ちゃんと老人に見えるもん。
♠ だけど、実際に年取った時の三船敏郎にはまったく似てないのが不思議。

♦ それ以外の役者は?
♠ 印象に残ったのは志村喬だけだったなあ。しかしこの役って必要? なんか取って付けたように見えたんだけど。
♦ ひとりぐらいは三船に共感する人間がほしかったんじゃないの。
♠ それは息子か娘の誰かで良かったんじゃない? あるいは奥さんでも。奥さんはいちおう彼に従うつもりだったみたいだから。
♦ それは言える。赤の他人が口はさむことじゃないもんなあ。ていうか、赤の他人だからこそ、無責任に「いいね!」できる立場にあったとしか。
♠ 私の推理では、「本来この主役はきみにやってもらうところだったんだけど、ごめんね」で埋め合わせに作った役のように見える。
♦ 三船以外のキャラが立ってないのが、映画全体が平板に見える原因かなあ。

大好きな志村喬

大好きな志村喬

♦ しかし、志村喬ってこの頃50才だったんだけどさ、脱いだらすごくいい体してるんで驚いた。(残念ながらそのスチルは見つかりませんでした)
♠ 何を見てるんだ!
♦ 真夏の暑い時の話なんで、家でランニング一枚で涼んでるシーンがあるんだけどさ、この年の男性にしちゃ、腹もぜんぜん出てないし、しっかり筋肉付いたいい体なんでびっくりしたよ。
♠ 志村喬ってなんかおじいさんっぽい役ばっかりだったからね。
♦ 確かに頬やあごがたるんでるから老け顔なんだけど、あの体ならまだまだできたのにと思っちゃった。
♠ 確か、「もう年だし主役は無理だから、これからは脇役や悪役だけやらせてくれ」って黒澤に頼んだのって、この頃じゃない?
♦ 三船が主役なのはそのせいもあるか? でも50なんてぜんぜん若いのに! 私ですら今でこそこんなだけど、50の頃なんてぜんぜん年取った気しなかったけどな。
♠ 今、Wikipediaを見てて知ったんだけど、志村って自分で馬持つほどの馬好きで馬術もうまかったんだって。
♦ おお! 三船だけじゃなかったんだ! それはますます愛してしまうわ!

♦ あと裁判所の書記の女性(宮田芳子)がすごい知的でモダンな美人だった。
♠ 脇役じゃんか!
♦ この当時の若い女性のファッションがすごい好きなんだけど。上はタイトなブラウスで胸を強調して、ウエストをギューッと絞って、下はふわっとした膝の隠れるフレアースカート。女らしいし、セクシーだし、今の若い子が着ている幼児服よりずっといいわ。
♠ 母がそういうドレス着てた写真あるし、私もそれに似た服を作ってもらって気に入ってた。
♦ 男性の開襟シャツはかんべんしてほしいけどね。
♠ えー、でも男性も白いスーツに白い帽子はすごいおしゃれだけど。なんでこういう格好した人いなくなっちゃったのかしら?
♦ 白いジャケットはあっという間に汚れるから、本気でおしゃれするつもりじゃないとなかなか着れない。でも男性の帽子が廃れたのはほんと残念。明治大正生まれの日本人は外出する時は必ず帽子かぶってたのにねえ。うちの親父も私の先生もそうだった。あれがダンディーなのに。
♠ 夏が暑すぎるからかな。これも夏みたいで、クーラーないからつらそう。
♦ でもバヤリースオレンジがおいしそう。
♠ あのビンにストロー差したやつ! なんかすごいなつかしかった。

♦ でも、もし本当に移住できてたらどうなっていたんだろうね、この人たち。
♠ 『モスキート・コースト』になる。
♦ なるほど。あ、ちなみに『モスキート・コースト』はポール・セローの小説で、ピーター・ウィアー監督、ハリソン・フォード、リバー・フェニックス主演で映画化もされてます。
♠ 近代文明のすべてを嫌悪する発明家の父親が、アメリカはいずれ核戦争で滅びると信じて、家族を守るために中米のジャングルに移住するんだよね。
♦ なんか似てるな。ハリソン・フォードは男盛りで、家族は妻と幼い子供たちだけだったから、抵抗もできずに従ったけど。
♠ だけど、行ってみたら期待と違って何もかもうまく行かなくて、父親はだんだん精神を病み、家族を何度も死ぬような目に遭わせるようになる。
♦ それで自己正当化のためか、それとも本気でそう思ってるのか、「アメリカはもう滅びた!」と言い始めるんだよね。
♠ なんか似すぎてない? これパクったんじゃないか。
♦ 私もそう思って調べたら、べつにそんなことは書いてないけど、アイディアぐらいは頂いた可能性もないではない。
♠ とりあえず、『モスキート・コースト』は小説はもちろん、映画も傑作なのでおすすめ。映画はもちろん結末が例によって骨抜きの甘い終わり方になってるけどね。
♦ ていうか、父が死んだあと、家族はやっとの思いでアメリカに戻れるんだけど、映画じゃリバー・フェニックスが「それでも父はすごい人だった」みたいに記憶を美化してるのに、小説だと息子は父親が死んで良かったと思ってるし、子供たちは父があれほど嫌ってた物質文明を目にして狂喜してるんだよね(笑)。

♠ でも中島は70才の老人だからな、たとえ行けても、「ここがブラジルか」と喜びに涙ぐんで、ばったり倒れて死ぬ結末しか思い浮かばない。
♦ それで取り残された家族は無一文で、知らない土地で、やったこともない農業をやらなきゃならないはめになる。
♠ でも、日本にいたときは役立たずだと思われていたやつ(長男?)が意外なリーダーシップを発揮して、家族を成功に導く。
♦ それだとぜんぜん違う映画になっちゃうよ。
♠ でも実際のブラジル移民には、そういう人たちもいっぱいいたと思うよ。

♦ じゃあ、結論。
♠ 淡白なリビューでおわかりのように、メッセージ性を除けばあまり中味のない映画
♦ まあ、これがコケたのはわかるな。ほんとにブラジル行って『モスキート・コースト』になればすごいおもしろい映画になっただろうけど、結局主人公は誰にも理解されず、何もできないまま終わる、アンハッピーエンディングだもの。
♠ 特に『七人の侍』のあとだからね。観客はかっこいい三船を期待してるのに、これはひどすぎる。
♦ それでも全盛期の黒澤明らしい、すっと背筋の伸びた品格のある映画ではあった。
♠ 作りようによっては、喜劇にもなった、人情話にもなった、冒険活劇にだってなったものを、あえてこういう話にしたのは、それだけこのテーマが深刻だということだと思うな。
♦ しかも1955年だよ。この年代を考えてよ。60年代以降、ベトナム戦争以降のアメリカなら、こういう暗い社会派映画が出てくる余地もあったけど、黒澤は完全に時代を先取りしていた

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