★★【映画評】悪い奴ほどよく眠る(1960)黒澤明監督特集9

kurosawa-bad_sleep_well01♠ いやー、これもだまされたわ!
♣ うん、これも『どん底』同様、食わず嫌いで見たことのなかった映画なんだよね。
♠ だって企業ものとか政治ものって、私がいちばん関心もなければ知識もない、嫌いなジャンルだし。あ、もちろん英米のなら別だがね。
♣ というより、いつも言ってるように、映画は私にとって夢の材料にすぎないんで、現実には体験できないワクワクドキドキがなくっちゃ。
♠ よって私の好きな映画はどうしてもファンタジー・SF要素が強くなる。
♣ だから政財界のドロドロした内幕ものなんか誰が見るかって感じで敬遠してたんだけど。

♠ さすが黒澤、純粋におもしろいんだわ。
♣ 今さら言うまでもないけど、とにかく脚本がうまく書けていて、長い複雑なプロットが一分の隙もなく構成されていて、まったく先が読めない展開と、スリルとサスペンスの連続でほんっとうにおもしろい。
♠ 最後はトラウマものだけどな。
♣ というわけで、これはどうしてもあらすじを書きたいんだけど、こればっかりは落ちを知っちゃうとせっかくの価値が半減するので、まだ見てない人は以下は絶対に読まないでください。
♠ 『プロメテウス』でやった実況方式がうまく行ったからまたあれでやろう。

スタッフ

監督:黒澤明
脚本:小国英雄
久板栄二郎
黒澤明
菊島隆三
橋本忍
音楽:佐藤勝
撮影:逢沢譲
編集:黒澤明

キャスト

ダイナミックな奥行きのある結婚式シーン

ダイナミックな奥行きのある結婚式シーン

(青字部分はあらすじです)

映画は架空の公団「日本未利用土地開発公団」の副総裁・岩淵(森雅之)秘書・西(三船敏郎)岩淵の娘の佳子(香川京子)の結婚式から始まる。
しかし会場には新聞記者が詰めかけ、ただならぬ雰囲気。実は公団と大竜建設との収賄汚職事件が明るみに出たばかりで、大物の逮捕者が出るのを期待して記者団が待ちかまえていたのだ。そこへ刑事が現れるが、逮捕されたのはあいにく下っぱで、公団の課長補佐の和田(藤原釜足)だった。

♣ これも映画史に残ると言われる、画期的なオープニングシーンですが。
♠ 式の様子と記者たちの会話から状況説明と人物紹介を全部一気にやってしまう形ね。
♣ コッポラの『ゴッドファーザー』が結婚式のシーンで始まるのはこれへのオマージュと言われている。
♠ ちょっとしゃべりすぎな感じはするが、ある意味、観客には親切。
♣ ギリシア悲劇のコロス古代ギリシア劇の合唱隊)を模したって言われてるよね。

♠ それより私は流れるような人物とカメラの動きがすごいと思った。決して広くないセットの中で、記者とカメラマンの大集団、大勢の式の列席者、式場のウェイターや従業員が、まるで振り付けに従っているように縦横に動き回るのを、望遠レンズで一度にカメラに収める。あれってまるでバレエの群舞を見ているようだった。
♣ 『七人の侍』でもほめた、前景・中景・後景で人々が動き回るのを一度に見せるやり方ね。これは黒澤映画の代名詞でもあるけど。
♠ あの奥行きがすごいし、もう見るものが多すぎてどこを見たらいいのか目が回りそう。
♣ こういうところが黒澤のすごさだよねえ。こればっかりは誰にも真似できない。ほんとに名指揮者が演じるオーケストラを見ている感じだった。

♠ ところで、三船敏郎と森雅之が主演だってことは知ってたんで、いったいどこにいるんだろうとキョロキョロ探してしまったのだが(笑)。
♣ マジでわかんなかったよー! 三船は黒縁眼鏡でタキシードだし、森は老けメイクだし。
♠ 三船がメガネかけてた映画ってなかったっけ? とにかくメガネひとつであれだけ変わるとは。クラーク・ケントかよ。
♣ そういやあれって、(当時のテレビ版『スーパーマン』の)クラーク・ケントがかけてたメガネそっくり! そう思ったら、本当に三船がスーパーマンにしか見えなくなってしまった。
♠ 私は三船は時代劇の方がはるかにかっこいいと思って、現代劇の三船は初期の数本を除き、おっさんっぽいし魅力ないと思ってたの。
♣ かっこいいじゃん! 少なくともクラーク・ケント並みには。
♠ 顔はずいぶんまん丸になったんだけどねえ。なんかこのときやけに福々しくなかった?

♠ 『用心棒』の前年の作品だから、そろそろ年取ったなあという感じは見えてきた頃だけど、それでもあれだけガタイがいい役者はスーツ着ても映えるよね。
♣ 背高い(当時の男性としては。もちろん黒澤御大は除く)し、胸板厚いし、肩幅広いだけで、スーツがあんなにもかっこよく似合って見えるもんねえ。あれでも白人から見ると細身なんだが、でも日本人に混じると外人みたいに見えるね。
♠ 私はそれよりメガネが気に入った。もともと私は「メガネくん」フェチなんだが、メガネくん特有の変質者っぽい冷淡さ、あれを三船が見せてくれるとは思わなかったんで超カンゲキ!
♣ ていうか、この映画、三船の目を一切映さないんだよね。一度ぐらいメガネ取るかと思ったら一度も取らないし。黒澤って目力を大切にする人で、キャッチライト(目に映る光)がトレードマークなのに、そして三船は中でもいちばん目力のある役者なのに、その目を映さないと言うだけでも冒険に思えたわ。
♠ キャッチライトはメガネのレンズに入ってたよ。だからいつもメガネがキラッと光って、ちょうど上のポスターみたいに。
♣ これはまんま『天国と地獄』の山崎努じゃありませんか。
♠ 共通点いっぱいあるもんね。どん底から独力で這い上がった青年が、天上の人々に復讐する話だし、どちらも犯罪者だし。
♣ 確かにそうだ。でも山崎努にはまったく感情移入できなかったけど、この西という青年は気の毒すぎる

西(三船敏郎)と岩淵(森雅之)

西(三船敏郎)と岩淵(森雅之)

♣ 一方、『白痴』ではキモいのなんのってひどい言われようだった森雅之ですが。
♠ キモいと言ったのは役柄! 森の演技自体はすごかった。
♣ でもあのひ弱なオカマっぽい芝居とか、あと『羅生門』でもずいぶん女々しい優男という役柄だったんで、その森雅之が極悪人を演じるってイメージがわかなかったんだけど。
♠ とりあえず、あの老け作りはすごい! 森って三船より9つ上なだけなのに、三船が息子の三橋達也と同世代って設定なんだから。
♣ しかもまったく違和感なく、本当にジジイに見えたからびっくり。
♠ 三船が若作りだったとも言えるが。
♣ メイクだって白髪にそめて少しシワ描いてるぐらいだよね。なのにあそこまで老けて見えるのって、やっぱり演技がすごいからじゃない?
♠ 『プロメテウス』見て思ったけど、最近の映画の老けメイクって、上からフォームラテックスこってり塗りすぎて、風船みたいに顔が膨れ上がってるから一目でメイクってわかっちゃう上に、人間にも見えない。なんかメイクに関してはこの時代の技術の方が上のような気がしてきた
♣ それと役者の演技。ちょっとした背中の丸め方とか、声の震わせかたとかがすごいうまくて、本当の爺さんみたいだった。
♠ ただし、爺さんとしてもすごいハンサムだよね。
♣ まさに理想の敵役じゃん。だいたい黒澤映画って三船敏郎のカリスマ性がすごすぎて、対等に渡り合えるのは志村喬ぐらいしかいないって印象だったけど(もちろん「脇役」はすごい豊富だけど)、この森雅之の堂々たる悪役ぶりは三船を食ってしまうぐらいの名演だった。

実は5年前の(都道府県名はぼかされている)庁舎新築に関わる不正入札事件でも、古谷という名の課長補佐が庁舎の7階の窓から飛び降り自殺して、事件そのものがうやむやになっていた。そのときの古谷の直属の上司が、局長の岩淵部長の守山(志村喬)課長の白井(西村晃)のトリオ。その3人ができたばかりの公団にそのまま横滑りして、また似たような事件が起きたわけで、この3人が今回の事件にも深く関わっていることが予想できた。
式は異様な雰囲気の中でぎくしゃくしながらも続き、ウェディングケーキが運び込まれてくる。しかし注文もしていないケーキがもうひとつ届いた。それは例の新庁舎をかたどった形で、古谷が飛び降りた7階の窓には赤いバラが差してあった。

kurosawa-bad_sleep_well02♣ おしゃれな演出だよね。ケーキの出来もいいし。
♠ 犯人以外にはわからない形で、犯人に心的プレッシャーを与えるっていうのがおしゃれだよね。
♣ いや犯人以外もわかるでしょ。もう岩淵・守山・白井の「悪のクリーンアップ・トリオ」(劇中のセリフ)が荷担しているのは公然の秘密みたいだから。
♠ なんか『ゴッドファーザー』の馬の首を思い出したな。視覚的な鮮烈さとか、脅迫の材料になってるところとかが。
♣ そりゃベッドに血まみれの馬の首が入ってれば誰でも悲鳴をあげるけど、こっちは一見無害なウェディングケーキというところがおしゃれだよ。
♠ あのケーキを切ると血がダクダクとか‥‥
♣ それじゃ安物ホラーになっちゃうよ!(笑)

♣ 大好きな志村喬は今回は悪役での出演ですが。
♠ 同じ役人ってことで、ダークサイドに墜ちた『生きる』って感じ(笑)。
♣ あいにく森雅之がワル過ぎて、ちょっと影が薄かったな。
♠ 中間管理職の悲劇だね。どうしても上と下が極端なんで、彼は単なる便利屋って感じ。

♣ 白井を演じた西村晃は、東野英治郎のあとを継いで『水戸黄門』をやった人だよね。
♠ 私は前に書いたように東野英治郎以外の水戸黄門は認めない。西村晃は黄門様にしちゃ若すぎたしハンサムすぎたし。
♣ とりあえず、ここでは気弱な小役人を演じて見応えがありました。特に後半の狂人演技は背筋が凍るほどリアルだった。

検察はこれが汚職事件であることは状況証拠からほぼ確定していたが、逮捕された和田はかたくなに口を閉ざして黙秘を続ける。同時に、検察にはたびたび匿名の密告が届いていることがわかる。その情報は内部の者でなくては知り得ない核心を突いた内容だった。それでも証拠不十分で和田は釈放される。

同時に、金の流れを把握しているはずの大竜建設の経理担当重役・三浦(清水元)も取り調べを受けるが、拘留期限が切れたため、いったん釈放してその場で背任横領の罪で再逮捕することになる。
釈放された三浦を拘置所前で待っていた会社の顧問弁護士は、こういう時になったら伝えてほしいと言われていた社長の言葉を三浦に耳打ちする。「あくまであなたを信頼しているからよろしく」。その言葉を聞いた三浦は真っ青になり、突然走り出してトラックに飛び込んで死ぬ。

♣ この突然の自殺シーンは予想はしてたけどショックだった。もちろん昔の映画だからはねられるところなんか映さないんだけど。
♠ しかも演じる清水元の表情がいいんだよなあ。釈放された喜びの笑顔が一瞬にして死刑宣告を聞いた男のそれに変わるあたり。黒澤組はこういうバイプレイヤーもすごいうまい。
♣ 弁護士の非情さもいいですわ。

同時に釈放された和田も姿を消していた。カメラは火山の麓にある公団の土地を歩く和田を映し出す。和田は山の頂上まで登るとそこから火口に身を投げようとするのだが、その前に西が立ちふさがる。

見るからに哀れな和田

見るからに哀れな和田(藤原鎌足)

♠ モクモク煙噴いてる火山の、石ころしかない土地買って、この公団は何を建てようとしてるんだ? もしかしてこの公団って、誰も見向きもしない「未利用土地」を転がして、金儲けするためだけの組織なんじゃ?
♣ まあまあ、そういう突っ込みはなしにして。私も最初、え?と思ったけど、本物の火山のインパクトはすごい。あれどこでロケしたんだろう?
♠ 「地獄谷」と言ってたけど、猿のいるところじゃないよな。
♣ 火口を見下ろした和田が足が震えて立ってられなくなるあたりもすごくわかる。
♠ 藤原鎌足いいよなあ。どんな役やってもうまいとしか言えないんだけど、この小心な役人も最高の演技でした。黒澤映画では主役級の次にいい役者だよね。
♣ 哀れで愚かでかわいそうでね。
♠ 西はいわば命の恩人なのに、それを知らずに岩淵の回し者だと思ってるから、命助けてもらったのに、「すみません、今すぐ‥‥」(死にますから勘弁してください)とか言い訳するのが哀れすぎる。
♣ その横っ面を思い切りバーン!と張り飛ばす三船敏郎。あれ絶対本気で叩いてるよ。痛そう。

♠ しかし、会社のために死のうというその感覚がわからん
♣ そりゃまあ、あなたにはわからんでしょうが、それ言ったら話が進まない(笑)。
♠ 自殺するぐらい追い詰められた状況って、せめて、全財産と社会的地位を失ってこのままでは一生刑務所暮らしぐらいの状況で、しかも妻子を人質に取られてて、死ななきゃ妻子は殺すけど、お前が死んだら殉教者として祭り上げてやって、妻子も一生面倒見てやると約束してもらうぐらいじゃないと、絶対死ぬ気になんかならないよね。
♣ だからあなたならそうでしょうが、世間的にはそういう人ばかりじゃないんじゃないの? 実際、未だにこの手の汚職事件というと必ずと言っていいほど下っ端が自殺するし。それが本当の自殺かどうかは知らないけど。
♠ 言われてみると確かにそうだ。男の論理だよなあ。上司に命令されたから自殺するって、アホじゃないの? 女は絶対、そんなことで自殺したりはしないから。
♣ そういやSTAP細胞のときも、下っ端じゃないけど理研の男(小保方の上司の笹井芳樹)が自殺して小保方は平然と生き延びてるね。
♠ 関係なさすぎない?
♣ いや、最近じゃいちばんキナ臭いよ、あれ。
♠ とにかく私なんか、仕事なんぞいつでも蹴って辞めてやるという気持ちだけを頼りに仕事続けてたぐらいだから。
♣ だからそういう人ばかりじゃないって(苦笑)。本気で会社命って人もいるからね。

和田の失踪は自殺として処理されるが、古谷・三浦に続いて、次々と自殺者が出たことで、当然世間の疑惑を買うことになる。
しかし和田は西の友人・板倉(加藤武)の元にかくまわれていた。なぜ自分を助けたのかといぶかる和田を、西は和田自身の葬式に連れて行き、守山と白井の密談を隠し録りしたテープを聞かせて、洗脳を解こうとする。

♠ 死体もないのにすぐに葬式?
♣ 遺書があったから自殺と推定されたんでしょ。これは日本の警察の得意技。不審死はすべて自殺で片付ける。
♠ そういや、東村山市議の転落死事件とかあったよね。それにしたってすぐに葬式はあり得ない、という突っ込みは置いといて、この辺はやっぱり藤原鎌足の独壇場。

♣ 黒澤みたいに常連役者を使う監督ってすごい好き。
♠ そんなにいる?
♣ えーと、フェリーニとマストロヤンニとか、スコセッシとデ・ニーロとか‥‥
♠ あんまいないじゃないか!
♣ そういう看板役者的な人はけっこういるけど、黒澤みたいに毎回同じ人たちが必ずセットで出てるってのはあんまりないね。
♠ 私はむしろ『モンティ・パイソン』(テレビ版)見てた頃を思い出すよ。毎回同じメンバーが、まったく違う役柄を演じるのがおもしろくて、役者の器用さと演技力のすごさがわかるから。
♣ それだよ、それが言いたかったの。
♠ というわけで、ここでの藤原鎌足は小心な小役人を熱演。
♣ 状況に付いていけずにオロオロして怯えてるだけのところがすごいかわいそうでいい。

白井は贈収賄の報酬500万を貸金庫から出そうとするが、金庫を開けると金はあとかたもなく消え、代わりに古谷が死んだ庁舎の写真が入っていた。その直後、白井のカバンからなくなった500万円が見つかる。さらに死んだはずの和田の「幽霊」をたびたび見るようになった白井は徐々に正気を失っていく。

左から、白井、西、守山

左から、白井(西村晃)、西、守山(志村喬)

♠ で、ここからが西村晃の独壇場。特にだんだんと正気を失っていく時の、あの憑かれたような目が怖い。
♣ 同時に西の思惑がわかってくると俄然おもしろくなってくるよね。なるほど、古谷の自殺に関わった人物をひとりひとり追い詰めていく復讐劇なのかと。ここまでは彼の計画通りに悪い奴らを手玉に取って踊らせてるし、すごい痛快。

岩淵の道楽息子・辰夫(三橋達也)は西の友人で、もともと西を父や妹に引き合わせた人物だが、西の挙動がおかしいことに気付き始める。西はいつも帰りが遅く、新婚なのに佳子とは寝室を分けている。佳子を溺愛している辰夫は、妹が不幸になることが耐えられない。西の様子がおかしいのは父の汚い仕事をやらされているせいだと辰夫は思い込む。

♣ でも西が足の不自由な佳子をいたわる様子を見て、彼が妹を愛していることを確信してほっとした表情を見せるんだよね。ここらで予防線を張っておくべきだったのに‥‥
♠ そのことについては最後にまとめたから。
♣ 三橋達也はどう思います?
♠ この辺の人たちは私はみんな年取ってからの印象の方が強いんで、若い頃を見ると不思議な気がするんだが、いかにも金持ちのボンボンらしくて良かったんでは? 丸々した顔が福々しいし。
♣ 毎晩クラブで遊び暮らす遊び人で、それで趣味が鉄砲撃ち。昔の金持ちの道楽息子のイメージってこうだったんだ(笑)。
♠ 別におかしくないだろ?

♣ 香川京子は? どこかで好きだって書いてたよね。こういうナヨナヨした大和撫子タイプって嫌いじゃなかったの?
♠ 普通に美人だし、演技派だし、文句ないでしょ。
♣ みんなに大切にされて育った「足の悪いお嬢様」ってめっちゃクサくない?
♠ だから現代の基準でものを言うなって! これがかつてのお嬢様のイメージだったんだよ。

♣ はっきりとは描かれてないけど、この二人、結婚後も一度もしてないんだよね。
♠ うん、それは確か。西は結婚詐欺をやるほどの悪人ではあるけど、なんの罪もない佳子を手込めにするほどのワルではなかったようで。
♣ 結婚してるんだから手込めじゃないし、佳子の方ははっきり求めてるのに。その気にさせといて放置はないよ!
♠ おかげでこれが西の命取りになるんだが。
♣ 男としてはクズだが、とりあえず、この二人の触れたくても触れあえないドキドキシーンはなかなかセクシーで良かった。

繰り返し現れる和田の「幽霊」を見て精神的に追い詰められた白井は、とうとう岩淵と守谷が自分を殺そうとしていると思い込み、すべてをばらすとほのめかすようになる。ついにたまりかねた岩淵は殺し屋(田中邦衛)を雇って白井を殺そうとするが、西が現れて邪魔をする。
西は白井を例の庁舎の部屋に連れて行き、真相を語る。彼はここで自殺した古谷の私生児で、父の復讐を果たすため、5年かけて岩淵の懐に潜り込んだのだ。守山と共に、岩淵の命令で古谷を自殺に追い込んだ実行犯だった白井を、西は窓から投げ落とそうとするが、結局殺すことはできない。しかし白井は恐怖のあまり本当に気が触れてしまう。

♠ というわけで、これが『ハムレット』であったことがわかる。
♣ よく言われるけどそんなに似てる? 父を殺された復讐をするってところ以外、ぜんぜん違う話じゃない。
♠ 幽霊や気が狂う人が出てくるところもそれとなく似てるよ。原作とか原案というほどじゃなく、あくまでイメージだけど、やっぱり『ハムレット』を連想させる。
♣ ほんとシェイクスピア好きなんだね。『マクベス』(蜘蛛巣城)『リア王』(乱)も撮ってるし、結局三大悲劇ぜんぶ撮ってるわけか。
♠ 『オセロー』入れて四大悲劇じゃなかったっけ? とりあえずシェイクスピアにはすべてがあるからね。むしろそういう人がもっと多くないのが不思議。
♣ 『オセロー』も撮ってほしかったなー。あれも好きだし、黒澤ならどんなにかおもしろい映画になっただろうに。
♠ 前にも書いたけど、黒澤明が不老不死の神じゃなかったのがつくづく惜しまれるね。

♠ ここの白井の狂いっぷりと怯えかたがすばらしいね。
♣ 正直言って『蜘蛛巣城』の三船と山田五十鈴にはこれぐらいやってほしかったよ。
♠ だからあれはお能の形式に則ってるから、あまり大げさな芝居はできなかったんでしょ。
♣ 「死んだと思わせて、出てきて幽霊と思わせる」なんて、いかにも陳腐なドラマで使いそうな手段じゃん。なのに、この藤原鎌足が本当に怖いんだよね。
♠ もともと半分死人みたいな顔してるしね。
♣ 場所もごく普通の東京の住宅街の、自分の家の近所でしょ。
♠ 夜、白井が車で帰ってくると、ヘッドライトの正面に一瞬和田が立ってるのが見えるんだよね。
♣ そういう見慣れた場所に、いるはずのない人間を見るのってすごく怖くてゾクゾクした。

♣ 西が白井を窓から突き落とそうとする場面のスリルもすごい。
♠ うん、ケチなスリラーだとこれまたものすごく白けるシーンなんだけど、なぜかというと、普通の映画なら主人公が人を殺すはずがないと思えるからなんだよね。でも西は明らかに普通じゃないし、本当に殺すかもしれないからすごく怖い。
♠ そのあと懐から出した酒を、毒が入っているから飲めと迫ったり、無理やり口をこじ開けて飲ませたりするところもサディスティックでスリリングでドキドキした。実はただの酒で毒でもなんでもなかったんだけど、あまりの恐怖に白井は気が狂ってしまう
♣ 手の中のネズミをいたぶる猫のように、白井をいたぶって楽しんでるようにも見えるけど、実は人を殺すことまではできない西の甘さと善良さを表すエピソード。
♠ その甘さが命取りになるんだがな。

一方、自分たちの敵は古谷の身内らしいと気付いた岩淵は、守山に調べさせて古谷に私生児がいたことをつきとめ、古谷の葬式の写真からそれが他ならぬ娘婿の西だったことを知る。
気付かれた西はあやうく逃げ出して、板倉と共に守山を誘拐し、軍需工場の廃墟に閉じ込める。西は守山に自分の計画を話して聞かせる。守山に決定的な証拠になるはずの通帳を隠した場所を吐かせ、記者会見を開いてすべてを明るみに出す。それから自分たちは自首して、洗いざらい警察に話すと。

廃墟の工場に拉致監禁された守山

廃墟の工場に拉致監禁された守山

♠ 隠し子だったのに父親の葬式に行って、写真に撮られるほど目立っちゃまずいなあ。
♣ あのときはまさか復讐しようなんて思わなかったんでしょ。父親に捨てられたと思っていたんだし。なのにその後父から彼宛ての手紙とお金が届いて、やっぱり父に愛されていたことと父の無念を知り、復讐に立ち上がったわけで。

♠ しかし上司の命令には「死ね」と言われても絶対服従が身に染みついてる役人に、どうやって口を割らせるのかが焦点になるんだが。
♣ おもちゃのウサギを見せる。
♠ 茶化すなよ。それで西が「俺たちには検察にはできないことができる」とすごむからどんな拷問が待ち受けてるかと思ったら‥‥
♣ 単なる兵糧攻めだったのでがっかり。
♠ ちっちっち。これだから素人は。飢えさせるのは古典的でいちばん効果のある拷問だぞ。スティーヴン・キングには無人島に漂着した外科医が自分の足切って食う話があるし、『みんなのトニオちゃん』(書いたことないが、これは私の愛読書)には、手を切って閉じ込めたらどうするかというマンガがあるし(もちろん食う)、クライヴ・バーカーにも菜食主義者を腐った肉といっしょに閉じ込める話(もちろん食う)があった。人間飢えればなんでもするってこと。
♣ おかげで守山は自分の取り分の1500万円のありかを白状する。
♠ 飯(パンだが)にありついた守山が意地汚くむしゃぶりつくところがカワイイ
♣ お代わり要求して板倉に「欲張り爺さん」なんて言われてるし(笑)。ちなみに、金は自宅の木の下に埋めてあったので。
♠ このあと、通帳のありかを吐いた時もガツガツ飯食ってる。今回の志村喬はこれをやるために出てきたようなもの。
♣ おかげであんまり悪人には見えないのが難点かな。

西の正体は岩淵にばれたものの、ここまでは計画はうまく行っているように見えたが、そこで突然、和田が西たちの隠れ家に佳子を連れてくる。やむなく、西は佳子に真相を打ち明けるが、佳子は西を気の毒に思う一方で、父の悪行を信じられずにいる。

♣ ちょっと、この和田の行動の意味がわからなかったんですけど。
♠ 彼は追い詰められて切羽詰まっていたんだよ。それでなんとかしなくちゃとあせったあげく、佳子ならなんとかしてくれると思ったんじゃない?
♣ でも、常識的に考えれば、和田が真っ先に行きそうな所は自分の家だけどな。妻子に死んだと思われているほうがヤバくない? よその夫婦の心配している場合じゃないって。
♠ 確かにそれは言える。とりあえず、西が完全に失敗したのは、和田の性格を理解していなかったこと
♣ 自殺を命じられても唯々諾々と従うような小心者の和田にとって、西が犯罪を犯すのを目の前で見ていること、それも元の上司である守山や白井を拷問するのを見せられるのはすごいストレスだったはずだよね。
♠ 「役人は上司に背くことなんかできない」と自分でも言ってたもんね。その良心の呵責と、自分が死んだことになっており、妻子にも会えないというストレスが重なって、何かしなくてはという焦燥感に駆られてた。
♣ 「あんたたちには目的があるからいい。私はどうなるんだ?」とか「自分がもう生きてるのか死んでるのかもわからない」と訴えていたよね。あの様子は本当にかわいそうだった。
♠ それで彼に考えられる最良の策がこれだったらしい。
♣ 結局和田はどうしたかったの?
♠ 西が妻を愛しているのは知ってたから、妻の言葉なら耳を傾けると思ったんじゃない? それで佳子のことは天使のような女性と思っていたから、彼女が西の暴走に歯止めをかけてくれると思ったんじゃない?
♣ すべて誤算でしたな。

♠ ここからあとは、ラストの解釈に関わってくるので、スピードアップしてラストまで行きます。重大なネタバレを含むので、見てない人はくれぐれも読まないように。

一方岩淵は普段めったに外出しない佳子があわただしく出て行ったのを見て、西に会いに行ったに違いないと考える。そこで戻ってきた佳子に、辰夫が銃を持って、西を殺してやると言ってあとを追って行ったと嘘を付き、すぐに助けに行かないと西が危ないと思い込ませる。岩淵はさらに罪を後悔しているような芝居まで打って佳子をだまし、西の居場所を言わせる。

睡眠薬を飲まされ、眠っていたところを辰夫に起こされた佳子は父にだまされたことを知る。あわてて車で工場廃墟に向かう二人は、途中で鉄道事故で大破した車を見る。
工場に着いてみるとそこにいたのは号泣する板倉ひとり。佳子を見た板倉は毒づく。「あなたですね。西がここにいることを話したのは。おめでとう! おかげで西は殺されましたよ」
板倉の話によると西はアルコールを静脈注射され、車に乗せられて飲酒運転に見せかけて列車に衝突させられたのだという。すでに死んだことになっている和田を始末するのはそれより容易だ。愕然とする辰夫と、崩れ落ちる佳子。

板倉(左)から西の死を告げられた佳子と辰夫

板倉(左)から西の死を告げられた佳子と辰夫

♠ いやもう、この急展開には本当に開いた口がふさがらなかった
♣ まさかと思ったよね。
♠ というか私はこのあとも西が死んだというのは岩淵兄妹が裏切ったと思った板倉の嘘で、彼らをはめる手段だとばかり‥‥。
♣ この間ずっと「嘘だろ、嘘だろ」とつぶやいてたぐらい。
♠ だって本当に死んだなんて信じられるかよ!
♣ 場面が変わったら主人公が死んでたというのは『生きる』でもやらかしたんだから、こうなっても不思議はなかったのだが。
♠ それにしたって、西がいつも口笛で吹いてたテーマソングが軽快な曲で、いかにも小粋なコン・ゲーム映画って感じだったじゃない。だからてっきりそういう映画かと思ってたら‥‥。
♣ でも内心では、嘘だと思いたいのは現実から逃げてるだけだ、「これが現実なんだ」と思ってるんだよね。ちょっとこういう映画って見たことないよ。
♠ こんな悪が完全勝利するシナリオだったなんて! 私、これ若い時に見なくて良かったよ。こんなのトラウマになる!
♣ 見終わっても心臓がバクバクいってたよね。怖いからっていうんじゃなく、なんていうか‥‥
♠ 無念という言葉がいちばんぴったりかな。すでにご存じだと思うけど、私は普通の人が吐くようなグロいスプラッタとかはぜんぜん平気で鼻ほじりながら笑って見てられるんだけど、このラストは本当に気持ちが悪くなった。特に大破した西の車の内部が血まみれなところとか。
♣ 血まみれと言ったって、白黒だから一見なんだかわからないんだけどね。なんだかわかったときのショックが。
♠ これが本物の映画の力、映像の力なんだろうな。映画見てこんなに動揺したのって、何十年ぶりかわからないぐらい。

♣ まして西なんてあんまり感情移入できるようなキャラクターじゃないのにね。彼自身がほとんど感情を表に表さないし、どっちかというと彼も異常者じゃない。ある意味自業自得なのに。
♠ これはやはり、古来、巨悪に挑んで虫けらのようにひねり潰されてきた庶民の、積もり積もった怨念が‥‥
♣ 諸星大二郎の『西遊妖猿伝』かよ(笑)。まあ、そうは言うけど、西だって完全な善でもなかったしさ。西が善の側だと思うとひどいけど、これが完全犯罪ものだったらと思ってごらんよ。完全犯罪成立の直前で破滅するってのが定石じゃん。『太陽がいっぱい』とか。
♠ だってかわいそうすぎる! それも計画がうまく行って、大団円を目前にして、すべてが一撃で粉砕されてしまうんだから。
♣ そこがいいんだって。計画の中の小さなほころびが、だんだん広がっていって、最後一気に瓦解するところが。そこで、

西の犯した過ち

1.和田を助けたこと。
そのため和田が佳子を連れてきてしまい、破滅につながった。
和田は西の父親殺しにはまったく関与していない。そのため西は彼を父と同じ「被害者」と見て自由にさせていたが、和田も同じ役所勤めの役人だということを忘れている。それは和田自身も指摘している。和田は必要になるまで単に監禁しておけば問題なかった。

2.白井を殺さなかったこと。
これは西自身が自分で失敗したと言っていた。あそこで白井があの窓から落下して死ねば、事態が大きく動いた可能性があった。白井が発狂したことで、「悪い奴ら」にこっちが本気だという危機感を持たせてしまった。それがなければ、ケーキや写真の脅し程度はなんとも思っていなかった可能性もある。

3.辰夫や佳子のような金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんの心情をまったく理解していなかったこと。
結婚披露宴のような晴れの場で、「妹を泣かしたりしたら殺すぞ」なんていうスピーチをするようなバカ兄を、放っておいたら何かやらかすことは容易に予想できたのにその対策をしなかった。同様に、だまして結婚した佳子に手を触れることを潔しとしなかったため、父が西にヤバい仕事をやらせていると勝手に思い込んだ辰夫が、父親に「そういうことはやめろ」とご注進して余計な疑惑を招いた。犯罪をするなら徹底的に! 「愛してる」とかうまいこと言って、抱いてやりゃなんの問題もなかったのに。

4.佳子を家に帰したこと。
彼女にとっては天地がひっくり返るぐらいショックな事実を聞かされて、佳子の挙動がおかしくなるのも容易に予想できた。結局情報が岩淵に筒抜けになることも。佳子のような甘ったれたお嬢様と父親とでは勝負にならないことも考えてしかるべきだった。どうせ翌日には全部終わるんだから、それまで佳子は手元に置いておくべきだった。

♣ 確かにその通りなんだけど、いくらなんでも佳子バカすぎない?
♠ 今どき珍しい純真無垢なお嬢さんとか、赤ん坊のような妹とか言われてたけど、あれって暗にバカだって言ってるみたいだったね。
♣ 赤子の手をひねるとはこのことか。
♠ でもいちおう岩淵がバーベキューでマイホーム・パパしてるシーンとかも見せて、佳子にとっては優しいパパだったことは見せてるから、どうしてもその父親が人殺しとは信じられなかったんでしょ。

♣ この佳子の描き方があまりに「か弱く愚かで役立たずの女」そのもののステレオタイプなんで、黒澤は女を描けないとか、女を馬鹿にしているとか言われるんですが。
♠ 確かに「お人形さんのような」という形容がぴったりの、中味のない薄っぺらいキャラクターなのは事実。女性キャラって彼女しか出ないから、よけい女が軽視されている感じがするのも事実。ただ、話の都合上これはしかたないかなあと。
♣ 確かに岩淵も西もその他も濃すぎるキャラクターなのに、ここで佳子も濃かったら収拾が付かなくなる気も(笑)。
♠ 彼女が強い意志を持って積極的に行動し始めたら、ぜんぜん別の話になっちゃう。佳子はあえてお人形さんにしたんでしょ。他の黒澤ヒロインはそんなことないし。

5.「ここは危ないから引き払おう」という板倉に、「どうせ明日の朝になればすべては明るみに出るから」と言ってゆとりかましたこと。
勝利が目前に見えたんで、つい油断したんだな。サッカーの試合ではよくあること。最後まで気を抜くな!

西の死について、涙ながらの記者会見を行った岩淵は、オフィスに戻って最後まで姿を見せない「黒幕」に電話をする。そこへ放心状態の佳子を連れた辰夫が現れる。辰夫は佳子を殺したも同然だと父を非難し、もう自分たちはあなたの子供ではないと言い捨てて去る。
電話に戻った岩淵は、ほとぼりが冷めるまで一時外遊しろという命令を聞いてほっとした様子で、外遊から戻ったあとの約束(おそらく念願の政界進出)も取り付けて笑みを浮かべる。そこへ再び『悪い奴ほどよく眠る』の巨大な題字がかぶって終わり。

♠ 何が後味悪いと言って、岩淵を動かしてる真の悪者が最後まで姿さえ見せないで逃げおおせることなんだよ。
♣ たぶん、西も黒幕の存在には気付いてないみたいだった。その話してなかったもん。
♠ つまり彼は目に見えない、絶対に歯の立たない相手と戦ってたってこと。
♣ ありそうな話なんでよけい身にしみる。ところで、その黒幕って誰だったんだろうね?
♠ 少なくとも人が死ぬぐらいの不祥事を起こしても、3人まとめて引き取ってくれるところを見つけてくれるぐらいの大物で、岩淵は政界進出を計画してるらしいから、ほぼまちがいなく大物政治家だろうね。
♣ 田中角栄?
♠ そこまではっきりは言ってないが(笑)、首相とか、首相候補とかだと思う。この汚職で得た30億円はおそらくほとんどがそいつのところへ行って、守山や白井のような下っ端は金をもらい、岩淵は政界に席を作ってもらう約束でもしてたんだろ。
♣ 結局西の命を賭けた復讐も、守山や白井のような下っ端を苦しめただけで、本当の大物には手が届かなかったんだな。

♣ でも、もし西が成功していたら、こんど詰め腹切らされるのは岩淵だったよね。守山は行方不明だし、白井は発狂しちゃったし。
♠ 芋づる式。ちゃんとそういう描写もあったでしょ。岩淵が電話で例の大物に、「使用量の注意まで添えて」「薬物を送って頂いたこと」に礼を言ってるシーンが。そこで、「万一の場合は身をもって責任を取ります」と言ってたし。
♣ 使用量の注意ってのは、万一の時はこの睡眠薬を大量摂取して死ねってことだよね。
♠ 薬が睡眠薬だってことは、佳子に飲ませたところでわかるし。
♣ でもちょっと感心しちゃった。部下に詰め腹切らせるからには自分もその覚悟はあるんだなと思って。
♠ だからなんだよ。異常な人種っていうだけじゃん。
「しかしまさかあの人が‥‥」
「人じゃない。役人だぜ、ありゃ」
という傑作なセリフもあるぐらいで(笑)。
♣ 役人は人と認めてさえもらえない。ほんとどこまで公務員嫌いなんだ(笑)。

♣ あと、岩淵は実の子供のこともどうなっていいと思ってるんだってのも、かなりショックだった。
♠ だって自分の命と将来がかかってるんだぜ。子供なんかまた作れるし。
♣ ひでー言い方。でも佳子はどうなっちゃったんでしょうね。
♠ なんかボロ人形みたいに兄に振り回されてたよね。ほんとに死んだのかと思ったら目は開けてたけど。
♣ よくある傷心で気が触れたってことでしょうか。

登場人物のその後

♣ こういう出来のいい映画は登場人物のその後を想像するのも楽しいんだけど、この人たち、このあとどうなるんだろう?
♠ 実際に狂ってるかどうかは別として、おそらく佳子は精神病院に監禁されて一生出してもらえない
♣ もし狂ってなかったら地獄の苦しみだよね。いっそ狂ってしまったほうが彼女にとっては幸福かも。
♠ でも因果応報だろ? 彼女が西を殺したも同然なんだから。
♣ だからその罪の意識を持って生きてくことが地獄なわけ。夫を愛していたからよけいかわいそう。勧善懲悪って実はすごい怖い話なんだよね。
♠ 古典的悲劇の構図じゃない。美しいね。

♣ 辰夫は?
♠ こいつがおそらく岩淵のアキレス腱になる。殺しちゃえば楽だけど、さすがに我が子にそれはできないし、やっぱりこの手のドラ息子を始末する時の定石として、金をたっぷり持たせて外国に送り出すかな。女とかドラッグとか大量に与えておけばおとなしくしてるだろうし。うまくすればそっちで死んでくれるだろうし。
♣ これもありそうだな。私は本物の金持ちで、家庭内の事情までよく知ってるほど親しくしていた家族は2組しか知らないけど、どっちの家も、手に負えなくなった子供は留学の名目で外国に出してたし、どうやらこれが金持ちの常套手段らしい。

♣ でも辰夫って妹よりは気概がありそうじゃない? ここで辰夫が生まれ変わって復讐の鬼となれば第二章が作れますね。
♠ 実際、辰夫はそれぐらい妹を溺愛してたから、ありえないことではないね。
♣ そこで、父親の前ではあくまでバカ息子のふりをしつつ、復讐の機会を狙う‥‥
♠ それじゃまんま『ハムレット』じゃないか!
♣ いいと思うけどなあ。西にそっくりな男を連れてきて幽霊見せて脅かしたり。
♠ それじゃ二番煎じだ。それより、辰夫がとうとう御しきれなくなって、思いあまった岩淵が息子を殺しちゃうのはどう? さすがに実の息子を手にかけたことで、さしもの岩淵もだんだんと気が触れて、手に付いた血が落ちない落ちないと‥‥
♣ それは『マクベス』でしょ! こういう風に見てくとシェイクスピアがいかにストーリーテラーとして一級品かわかるね。

大破した西の車

大破した西の車

♠ 画面には出ないけど和田が殺されたことはほぼ確実として、板倉はどうなるんだろう? 彼は西を殺した連中と行き違いになってかろうじて助かったんだけど。
♣ 板倉が西の復讐をしない理由はないね。そういえば板倉と西の関係について書いてなかった。これはあらすじに含めるつもりだったのにすっぽ抜けちゃった。
♠ じゃあ、ここでまとめておく。板倉と西は実は岩淵に怪しまれないように戸籍を交換したんで、本当は西が板倉で板倉が西なんだけど、面倒くさいから入れ替わったあとの名前で書くね。板倉は戦災孤児、西は私生児で、本来非常に恵まれない立場だった二人が力を合わせて戦後の混乱を生き延び、商売をやってそれなりに成功してたんだよね。
♣ おそらく多少はヤバいことにも手を出して、でも持ち前の頭の良さと度胸で乗りきってきたから、ある種の傲慢もあったと思う。自分たち二人が力を合わせればなんでもできる、みたいな。
♠ それが彼らの命取りだったかも。つまり地回りのヤクザみたいな小物ならどうとでもなったけど、本物の巨悪に立ち向かうってことがどういうことかわかってなくて、油断したのが命取り。
♣ 板倉も西に関わらなければ普通に幸せな一生が送れたはずなのに、ある意味彼も被害者。

♠ そこで板倉の運命は?ってことだけど。
♣ もちろん西なきあと、すべてを知ってるのは板倉だけだから、岩淵は血眼で探すよね。
♠ 板倉の存在も顔も守山からバレちゃってるし。
♣ これもバカだった。なんで人質に計画ぜんぶ話して聞かせるのよ?
♠ でも板倉には守山から奪った1500万があるから、それを使って南米にでも逃げればまだ何とか。
♣ そうか。あれは板倉が無事掘り出してきたんだっけ。ところで1500万て今のお金にするとどのくらい?
♠ 「お前のような奴が飲まず食わずで10年働かないと手に入らない金額」って言ってたから、守山の年収が今なら1千万ぐらいとして、1億ぐらい?
♣ 地位のある人間が人殺しておいて報酬がたった1億? 割に合わないな。
♠ あくまで上司の命令ってのがメインで報酬は余録だから。

♣ でも板倉が逃げるのってあんまり考えられない。殺されても立ち向かいそう。
♠ じゃあ板倉が勝つにはどうすればいいか。
♣ 西といっしょでもダメだったのに、ひとりじゃほとんど勝ち目ないな。
♠ 味方に付けられそうな奴っていうと‥‥辰夫しかいない。
♣ それだ! 上記のように辰夫は父に対する恨みでいっぱいだからうまく丸め込めば‥‥。
♠ 彼は基本的には善人みたいだから、普通に話も通じるよ。それに息子という立場を利用してうまく立ち回れば、まだ岩淵の弱点をつかめる立場にあるし。
♣ 辰夫と板倉が手を組んで巨悪に挑む第二部が見たかったね。
♠ ほんと、くどいようだが黒澤明がとっくに死んじゃってるのが残念でならない。

♠ というわけで、トラウマ級に恐ろしい話だったけれど、本当に恐ろしいのはこれが決して絵空事ではなく、戦後の歴史の中で何度も繰り返されてきたし、今後も同様だと思われることだ。
♣ 上にも書いたけど、大規模な汚職事件とか政財界のスキャンダルとかがあると、必ず誰か下っ端が死ぬもんね。
♠ その意味でも社会派黒澤にふさわしい問題作だった。

♣ ただふと思ったんだけど、こういう記者団ね。政治家とか渦中の人に群がってパシャパシャやるタイプの。ああいう光景って昔はよく見たものだけど、最近見ないのはなんでだろ?
♠ 災害や犯罪の被害者に群がってる光景はよく見るけど。あとスキャンダル起こした芸能人とか。
♣ ジャーナリズムの堕落だよなあ。今のジャーナリストって、こういう巨悪に挑むとか考える人いないのかしら?
♠ かんじんの新聞がもうダメだし、テレビはとっくに死んでるしなあ。あと、大衆がそんなもの求めてない。大衆が求めてるのは、野球選手の麻薬疑惑とか、タレントの浮気騒動とかの報道で。(ちょうど今、清原和博の覚醒剤使用による逮捕と、タレントのベッキーとゲス乙女とかいう男の不倫騒動で持ちきりなので)
♣ ほんとバッカじゃねーのと思う。清原は私でもまだ名前知ってるレベルの大物だけど、ベッキーとかどこの誰かも知らない。
♠ それで顔見たら、男も女もすっごいブサイクで、そんな奴らが不倫しようが何しようがほんとにどうでもいいよとしか。
♣ そしてその影で本当の黒幕はうまい汁吸ってほくそ笑んでいるんですね。
♠ マジでこの国のジャーナリズムは死んだから。そして、それがなかったら韓国や中国みたいな国になるから。
♣ もうなってるような気もする。世も末だね。

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