★【映画評】バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所(2012)Berberian Sound Studio

berberian-sound-studio01【ネタバレ注意報!】
この映画はデヴィッド・リンチデヴィッド・クロネンバーグが大好きな映画ファンにとってはかなりの掘り出し物です。ただし当然ながら、先にこれを読んじゃうとおもしろさ半減なので、そういう人は絶対に見る前は読んではいけません。(ていうか、これだけでも十分なネタバレだよな)

【それほど興味はないけどどんな映画か知りたいだけの人に】
怖い映画ですが、(役者の顔以外は)映画もリビューもグロいところや人が死んだり血が出たりするところはないので大丈夫です。ただ野菜好きの人はショックを受けるかもしれません。

Directed by Peter Strickland
Produced by Scott Page
Written by Peter Strickland

(見終わった直後)
♣ うわあああああ!
♠ なんだ、これは!
♣ おもしろかった! 最高!
♠ でもこんな映画だとは思わなかったよ。ギルデロイ(主人公)じゃないけど。
♣ あー、先に断っておくと、いつも通り、私は映画見る前は最低限の情報以外は入れません
♠ 今はもっぱらテレビの番組表で予約するかどうか決めるんだけど、録画場面の解説もわざと全部は読まない。
♣ これも「映画の録音スタジオが舞台のイギリス映画」という以外のことは知らずに見た。
♠ 映画の裏方さんの苦労話みたいなのかと思って(笑)。
♣ ある種の苦労話ではあるけれども(笑)。それじゃ、いちおうあらすじみたいなもの。

たぶん時代は1970年代。イギリス人のサウンド・エンジニア、ギルデロイ(Toby Jones)はイタリアに招かれて、サンティーニ監督(Antonio Mancino)の映画の仕事をすることになる。彼の仕事場になるスタジオが、タイトルのバーバリアン・サウンド・スタジオ

しかしギルデロイはサンティーニの映画のラッシュを見せられて、それがグロいホラー、いわゆる「ジャッロ」映画だったことを知る。ギルデロイは単に「馬の映画」と聞かされていたのだが、実際は乗馬学校の女子生徒たちが魔女の呪いで次々と惨殺される話に、過去の魔女狩りの凄絶な拷問シーンからなる映画だった。
ギルデロイはそれまで子供番組やイギリスの美しい自然を紹介するドキュメンタリーを主に手がけていたので、いきなり見せられた残酷シーンに当惑するが、やむなくここで仕事を引き受けることになる。

主演のトビー・ジョーンズについて

ひどい言われようのトビー・ジョーンズ

ひどい言われようのトビー・ジョーンズ

♠ というわけで、最初に思ったのは「こいつが主役かよ!」
♣ トビー・ジョーンズですね。なんかよく見る顔だけど何者?
♠ お父さんはもっぱら脇役だけどすごいたくさんの映画に出てる俳優のフレディー・ジョーンズで、お母さんも兄弟たちも全員俳優の役者一家なんだけど。
♣ だけど、息子はフリーク‥‥。
♠ 言うなって(苦笑)。
♣ マジで最初はフリークの人かと思った。だってほら、小人症の人ってこんな感じに顔が歪んでることが多いじゃない。
♠ 165cmだから確かに小さいけど、小人ってほどじゃないよ。
♣ 小人で、顔はちんくしゃで、小太りで、おまけに天辺ハゲ。(「ちんくしゃ」というのは、もしかして東京方言かもしれないけど、犬のチンがくしゃみをしたような顔という意味です) なんて気の毒な人なんだ!
♠ たしか誰か、「イギリス人俳優は長身の美形ばっかり」とか言ってたよなあ(笑)。逆に言うと、この手のルックスの人は映画界では確実に需要があるんだけどね。

♣ そりゃこういう人もいなけれりゃお芝居にならないのはわかりますけどね。やっぱりカジモド(ノートルダムのせむし男)やイゴール(フランケンシュタイン博士の助手)の系統だな。
♠ どっちもせむし男じゃないか!
♣ つまりフリークスってこと。
♠ まあ、トビーのいちばん有名な役は『ハリー・ポッター』のドビーだから、当たってなくもないか。
♣ でもこの顔って、ある意味、典型的なイギリス人顔のパターンのひとつでもあるよね。チャーチルとか、ヒッチコックとか。
♠ トビー・ジョーンズはテレビでヒッチコックの役やってるよ。
♣ 小さいヒッチコックね。目もほっぺたも口もぜーんぶ垂れ下がって、ブルドッグみたいになってるのよね。
♠ 私はブルドッグのたたりだと思ってるよ。(ブルドッグは英国で「牛いじめ」というひどい遊びのために作り出された犬)

スタジオについて

スタジオのプロデューサー、ギルデロイ、イタリア人技師

スタジオのプロデューサー、ギルデロイ、イタリア人技師

♣ で、どっから話したらいいかわからないんだけど、このスタジオの雰囲気が異常なのよね。
♠ 正確にはスタジオは古くてボロいだけで普通なんだけど、そこで普通に仕事してるだけなのに普通じゃなく見せるのがこの映画のギミック。
♣ とにかく全編、カメラはこのスタジオから一歩も出ない。ギルデロイが最初入ってくるところすら映さない。
♠ 舞台はイタリアってことになってるけど、ギルデロイ以外が全員イタリア人というだけで、本当にイタリアかどうかもわからない。
♣ ああ、それは謎解きに関わってくるので。

♠ しかもギルデロイのいる録音室内はスクリーンで映像を見ながら仕事するのでいつも真っ暗だし。
♣ かろうじて廊下へ出ると明かりがついてるんでほっとするんだよね。でもそれも受付の女の子と話をするために数回出るだけ。
♠ 狭くて暗くてきったない部屋に缶詰になっている、この閉塞状況が息が詰まりそうで、すでにこの時点でホラー映画として優れてる。
♣ しかもイタリアってどこもそうなのか、このビルがボロいだけなのか、しょっちゅう停電して、話の途中でいきなり真っ暗になる
♠ 暗転したテレビ画面に映る自分の姿見て飛び上がるなんて、話には聞いてたけど生まれて初めてだよ。
♣ ちなみに私はいつも深夜2時とかにひとりでホラー映画見てもなんとも思わないんですがね。

♠ どうでもいいが、スタジオの機材に明らかに見覚えのあるやつがあった。70年代よくスタジオに遊びに行ってたんで。

イタリア人について

♠ それで監督を筆頭に、このスタジオにいる奴が変なやつばっかり。
♣ この辺、カルチャーギャップもののコメディかと思ったよ。イギリスとイタリアという水と油の国民性をネタにした。
♠ 確かにその面はあるな。初対面の監督にいきなり‥‥
♣ あれ監督じゃないってば。プロデューサーのフランチェスコ(Cosimo Fusco)だって。
♠ イタリアの伊達男の違いなんかわからないよ。どっちもキザな色男でひげ生やしてるし。
♣ 確かにまぎらわしいが、あごひげがあるほうが監督
♠ とにかくそのプロデューサーに、あいさつとしていきなりハグされて、「痛くなかっただろ?」とか言われて目を白黒させているのが、いかにもイギリス人(英国人は南欧人とくらべて肉体的接触を好まない)で、この時点ですでに「ブルドッグみたいでかわいいかも」と思い始めてしまう。
♣ このプロデューサーと監督は、愛想はいいけど、何を考えてるんだかわからなくて得体が知れない感じ。それ以外の人々はギルデロイに敵意むき出しだし。
♠ 言葉の通じない外国で心細い感じはよく出てるけど、イギリス人よりはまだイタリア人のほうが付き合いやすいと思うけどな。
♣ そこがカルチャーギャップじゃない。イギリス人から見ると逆なんでしょ。仕事が適当なところとか、絶対イライラするはず。

♠ イギリスからの飛行機代をいつまでも払ってもらえないこととか?
♣ あそこはカフカ的な不条理で好きだった。
♠ ブニュエル的とも言えるな。
♣ そのうち経理の男が「そんな飛行機は存在しない。存在しない飛行機代は払えない」とか言い出して。
♠ さすがにむちゃくちゃ言うなと苦笑いしてたんだけど‥‥
♣ ‥‥あとから考えて、もしかして事実だったらと思ってゾッとした
♠ それについて主演女優に文句を言うと、「いくらていねいに頼んでも無駄よ。力で脅して言うことを聞かせるのよ」と言うあたりも、最初聞いたときは「はあ?」と思ったけど、見ているうちに納得。
♣ 確かに「暴力」が重要なテーマだけども‥‥。

♣ でもこういうコメディってよくあるし、まったく同じ状況でコメディにもできたよね。
♠ トビー・ジョーンズの顔だってむしろコメディ向きだし。
♣ むしろこれだけコミカルな状況で、よくまあこれだけ不気味にできたと思ったよ。
♠ そこが音響の腕の見せ所でしょ。

ジャッロ映画について

♠ ここでサンティーニが撮ってる映画は、あらすじに書いたようにジャッロ映画なんだけど。
♣ 監督本人は否定しているけどね。これは芸術だみたいな言い訳して。ところでジャッロって何なの?
♠ 私もよく知らんが、ジャッロというのは血みどろの残酷趣味(あとエロもたっぷり)のイタリアン・ホラーを指す言葉で、ダリオ・アルジェントとか、マリオ・バーヴァとか、ルチオ・フルチとかが70年代に撮っていたやつ。
♣ ホラーマニアのくせに、この辺ほとんど見てないのはなぜ?
♠ 主たる理由は「外国映画」だからかな。
♣ だってイタリア映画好きだったんでしょ。マカロニウエスタンすら見てるのに。
♠ イタリアの過去の栄光を知ってるからこそ、こういう下品なのは見たくなかったんだよ。あと、マカロニはクリント・イーストウッドの出てる奴だけだ。
♣ ふ~ん?
♠ それに私は心理的なホラーと、あとモンスターが好きなんで、人間の殺人鬼なんて興味ないし、切ったはったも興味ないの。同じ理由で最近のグロ映画も嫌い。
♣ これはジャッロへのオマージュなんて言われてますが。
♠ ジャッロ自体に詳しくないから知らないけど、逆なんじゃない? むしろジャッロへのカウンターテーゼに思えたけどな。というのも、この映画じゃ一滴の血も流れない、一人の人間も死なない‥‥

劇中劇について

迫真の演技で野菜を「殺す」ギルデロイ

迫真の演技で野菜を「殺す」ギルデロイ

♣ ‥‥というわけで、これは映画作りについての映画だし、ギルデロイが仕事している間はほぼずっと“The Equestrian Vortex”という題の劇中劇がスクリーンに映っている‥‥はずなんだけど‥‥。
♠ そのスクリーンは絶対に映さないで、それを見つめる作り手たちの顔しか見せないところがおもしろいと思った。
♣ 映ったのは最初だけだったよね。タイトルバックのところ。
♠ モロに70年代のB級ホラーって感じでね。ただしそれ以降はまったく見せない。(おそらく)凄惨な残酷シーンも音だけしか聞こえない。で、ある意味、見せないで想像させるほうが恐ろしいこともあるんだよね。
♣ これはもう絶対、そのシーンを見せられるより音だけ聞いてるほうが絶対怖いわ。たぶん見たらチープすぎて笑っちゃうから。
♠ 録音風景もけっこう笑えるんだけどね。

♠ というわけで、ギルデロイの主な仕事は何かというと、そういうグロい残酷シーン(観客からは見えない)を見ながら、それに合わせて野菜を拷問することなのだ。野菜を叩きつぶしたり、引きちぎったり、ナイフでグサグサ刺したり、揚げたり炒めたり(笑)。
♣ 「野菜レイパー」
♠ ぶっ!(吹き出す) 関係ねーじゃないか! 何を言い出すんだ。
♣ ごめん、つい思い出しちゃって。ちなみに「野菜レイパー」というのは昔の2ちゃんねるにいた名物男で、要するにただのお料理スレなんだけど、料理の途中で食材の野菜でオナニーする(ふりをしている)写真を上げてるので有名だったのです。
♠ それならギルデロイは野菜リッパーだ(笑)。それでカメラはかんじんの殺しや拷問を映さない代わりに、拷問される野菜とギルデロイの苦悶の表情をアップでなめるように映すわけです。
♣ やたらアップの多い映画だった。それでギルデロイもアフレコをする女たちも男たちも、すごいご面相の人ばっかりなんで、はっきり言ってそれも恐怖だった
♠ おまけに腐った野菜とかつぶれた野菜をじっくりとアップで舐めるように映すんだけど、それが妙にエロくてグロいんだよね。
♣ そういう作為的なカメラも含めてギャグのつもりなのかと思ってたわ。

音響効果について

『インシディアス』のお化けよりよっぽど怖いけど、これはただの声優さんです。ちなみにこのあと必ずカメラが寄っていって、女優の目玉とか口の中を大アップにするのがよけい怖い。

♠ というふうにハタから見てるとバカみたいな録音風景なんだけど、それに音が加わると驚くほどの効果をもたらすことがわかる。
♣ 単に野菜をつぶしただけなのは見てわかるのに、それに魂切る悲鳴が加わると、本当に女を拷問しているように見えてくるから不思議。
♠ この女が、顔もひどいし役者としては二流の大根もいいところなのに、悲鳴だけはうまいんだわ。
♣ ましてギルデロイはこの狭くて暗い部屋に閉じこもって、グロいフィルムをじっと見ながらナイフをグサグサしているわけで、それを毎日やっているとだんだんおかしくなってくる‥‥というのはよくわかる。
♠ その話は次にゆずるとして、やっぱり音響の映画なんだから音響についても

♣ ふだんホラーを見るときはそこまでに音に気をつけてるわけじゃないから、こんなにいろんな音が使われてるのかって感心したわ。
♠ 意識して聞くのはやっぱり音楽までだよな。ナイフを刺すような効果音もそうだけど、なんて呼ぶのか知らないが、雰囲気を盛り上げるための音の使い方がものすごくうまいと思った。
♣ B級ホラーによくある、静かなところにいきなりキエー!というでかい音が鳴って驚かすやつじゃないよ。そうじゃなくて、基調音みたいにずーっと鳴ってて、ヒタヒタと緊張感を盛り上げるような音
♠ これなんか、普通の映画なら鳴っててもまったく意識に上らないレベルなんだけど、これはサウンドについての映画だから、いやでも意識してしまう。それにこの映画はそういう効果音の見本市みたいに、ありとあらゆる音が詰まってて、効果音ってこんなにあるのかと感心する。
♣ 映像的には真っ暗だし、ほとんど何も起こらないし、まるで見るものがないんだけど、聞くものはいっぱいあるんだよね。

♠ それそれ。この映画のリビューを見てると、「つまらない」とか「退屈だ」という人が過半数なんだけど、そういう人ってきっと絵とお話しか見てない。それだったら確かにつまんないけど、音に敏感な人には絶対おもしろいと思う。
♣ インダストリアルとかノイズ・ミュージック好きだった人は特に。
♠ そういえば、前にそういう意味の音響に感心したのはデヴィッド・リンチだったなあ。『イレイザーヘッド』のどこからとも聞こえてくる工場ノイズ。あれにちょっと近いものがある。

♠ それにカメラも凝りに凝ってるじゃん。ほんとに見るべきものは暗い汚いスタジオと、ブルドッグ顔のトビー・ジョーンズと、破壊された野菜と、鬼婆みたいな女優の顔しかないんだけどさ、それをこれだけ飽きさせずに見せるのは撮り方があの手この手で凝ってるから。
♣ まあ、このサウンドとカメラは、あまりにこれ見よがしに懲りすぎて、自己満足と言われてもしょうがないけどね。私はおもしろかった。

♣ とりあえず、私は短気だしつまんない映画見るような時間はないせいもあって、少しでもつまらないと感じたら早送りしちゃうんだけど、その私が一度も早送りせずに見たと言うだけでも、決してそんな退屈な映画じゃないっす。
♠ ていうか、これで早送りは無理っしょ。次に何が起こるかわからないし。絶対何かが起こる感じはひしひしとするし。
♣ ホラー映画って、もうそれだけでいい気がするな。その何かが起こってみるとくだらないというのが多すぎる。何が起きるだろうとドキドキハラハラしてる時がいちばん楽しい。
♠ その意味ではこの映画の前半はほんと楽しかった。
♣ 後半はやっぱりつまらないと?
♠ んー、まあ、前半の盛り上げ方がうますぎたから。でも思ってたよりはるかにおもしろい展開だったよ。

崩壊する精神

♣ というわけで、ギルデロイはだんだん精神的に追い詰められていくのだが‥‥
♠ その前にそうなる前の彼はどうだったのかも書いておかないと。
♣ なにしろスタジオの外にはまったく出ないし、ギルデロイは何もしゃべらないから、憶測するしかないんだけど、わりと意図的な人物造形になっているね。
♠ シャイで仕事熱心でまじめなイギリス人。映像からわかるのはそれぐらいなんだけど、唯一彼と外界をつなぐ母からの手紙を読むことで、少しだけ彼の私生活がわかる。
♣ 中年になっても独身で、高齢の母親と二人で、イングランド南部の牧歌的な田舎に住んでいる

‥‥というだけで、もうイメージが固まっちゃうよね。
♠ 独身なのはおそらくこの容姿のせいだけど、特にそれを気に病む様子もなく、愛情深い年老いた母親と静かに暮らしている中年男って、もう容易に想像できちゃうね。
♣ お母さんからの手紙の内容も、「ご飯ちゃんと食べてる?」とかいう他は、「庭にチフチャフ(ムシクイ科のかわいらしい小鳥)が巣を作りました」とかいうたぐいの、ほんとのどかなものだし。
♠ 上に書いたように、それまでの仕事も子供番組とか自然番組とかの、のどかな世界だったみたいだし。
♣ そういう男がいきなり騒々しくて無神経なイタリアの、血と暴力とセックスの世界に放り込まれてしまう‥‥というところで、もう絶対何かが起きるのはわかってたんだけど。

♣ それでも途中で耐えきれなくなって、自分には無理だから辞めさせてほしいと頼むんだけどね。うまく言いくるめられてしまう。
♠ 耐えきれないと言ったって、やってることは野菜を切り刻むだけだし(笑)、残酷と言ってもただの映画だし、「何言ってるんだ、こいつ?」てなもんでしょ。
♣ それに帰るお金もなさそう。渡航費を請求してるとき、お金なくて困ってると言ってたもん。途中で辞めたら当然給料ももらえないし、飛行機の切符すら買えないんでしょう。
♠ それで無理して仕事を続けるうち、とうとう限界突破してしまうんだね。

崩壊する現実

♣ どの辺で気付いた?
♠ 意味もなく映像がにじんで二重写しになったあたりかな。それはほんの一瞬なんだけど。
♣ でもああいう方向へ行くとはまったく予期してなかった。
♠ うん、なんだかんだ言っても低予算映画には違いないから、狂ってしまったギルデロイが現実と映画の区別が付かなくなって、女優か監督を殺してしまう‥‥というのが落ちだろうと思ってたよ。
♣ それならリンチやクロネンバーグを引き合いに出すようなことはなかったんですがね。
♠ ところが実際は‥‥というわけで、私が最初に「おおおおーーー!!!」となったのはこのシークエンス

深夜、ギルデロイが狭いアパートで寝ていると、ドアのチャイムが鳴る。起き出して「誰だ?」と聞いても返事はない。それでいてチャイムだけが執拗に鳴る。ギルデロイが重ねて「誰だ? 警察を呼ぶぞ!」と叫んでも、さらにノブをガチャガチャといわせて、狂ったようにドアをガンガン叩く音がする。
たまりかねたギルデロイが包丁を握りしめてドアを開けると、そこはなぜか誰もいないスタジオである。そして勝手に映写機が回り出し、スクリーンには彼自身の姿が映し出される。
映っているのはたった今の出来事で、チャイムでギルデロイが起きて「誰だ?」と訊ねるところから始まっている。しかしなぜか彼のセリフはイタリア語の吹き替えになっている。呆然と映像を見つめるギルデロイ。
そのあとはわけのわからない画像のグチャグチャの詰め合わせ。そして最後はフィルムが燃え上がって終わる。
代わりに映し出されるのは、どうやらギルデロイが以前に手がけたものらしい、イギリスの自然番組ののどかな風景。
それが終わるとギルデロイはまた母からの手紙を読んでいる。しかしその内容はこれまでの牧歌的な話とは一変して、巣立ちを前にしたチフチャフのヒナたちが殺されたと知らせるものである。ヒナは一羽残らず首をもがれ、羽をむしられて、血まみれになって死んでいた‥‥。

♠ とまあ、このシークエンスの強力さには完全にノックアウトされて、同時に「これは私の映画だ!」と叫んでいた。
♣ 私のじゃなくリンチでしょ。
♠ うん、リンチだ。でもこういう話だとはぜんぜん思ってなかったんで、すごい驚いた。
♣ 最初のチャイムだけで十分怖いよ。お化けや魔女より「真夜中の訪問者」のほうがよっぽど怖い。これはひとり暮らしの人なら誰でもわかるはずだけど。
♠ 私、一度それでパトカー呼んだもん。夜の3時にチャイムだけならまだ我慢したけど、しばらくして戻ってきて、ドアをガンガン叩き始めたので。結局犯人は捕まらなかったけどね。
♣ 夜中のチャイムやドアガチャガチャも、一度だけなら酔っ払いが部屋を間違えた可能性があるから我慢したんだけど、1時間ぐらいしてまた戻ってきたから、これは間違いなくキチガイか変質者だと思って110番した。
♠ あれも一言も口はきかないのが怖かったよ。とりあえず、ここまで見てやっと、これはリンチやクロネンバーグみたいな、不条理な異常心理ものだと気が付いたわけ。
♠ ジャッロじゃねーじゃん、ぜんぜん。

ラストシーンについて

♣ ただこのテンションが最後まで持続するのかと思ったら、あとがわりと普通すぎて、そこがちょっと詰めが甘かったかな。
♠ 難しいところだね。ああいうわけのわからないシーンの連続じゃ、間違いなく客は逃げるし(笑)、このテンションが続いたら誰でも悲鳴をあげるし。
♣ いちおう中盤から最後までのストーリーめいたもの書いておくね。どうやらギルデロイの妄想らしい変なシーンは除いて。

主演女優のシルヴィア(Fatma Mohamed)はその以前から情緒不安定な感じだったが、ある晩、監督にレイプされたとギルデロイに打ち明ける。彼女はその復讐として、それまでに録音したテープをすべてだめにして逃亡する。
やむなく女優を替えなくてはならなくなった監督とプロデューサーは、オーディションでエリサ(Chiara D’Anna)を選ぶ。しかし彼女は演技が下手で、フランチェスコが意図するような悲鳴があげられない。
業を煮やしたフランチェスコはギルデロイに「行って、ちょっと痛めつけてこい」と命じる。最初は断ったギルデロイだが、強制されてやむなくエリサのところへ行こうとして、ふと思いつく。「こういうのはどうです?」と言ってギルデロイがやってみせたのは音による拷問。つまりエリサの付けているヘッドフォンに大音量のノイズを流し、ヘッドフォンを外すなと命令することだった。
おかげで望んだ悲鳴は得られたが、エリサは怒ってもうやめると言って出て行ってしまう。スタジオにひとり残ったギルデロイは何も映っていないスクリーンをじっと見つめる。

♠ う~ん‥‥。確かに彼が「向こう側」に行ってしまう結末ではあったけど、この話で最後まで流血なしかい。
♣ 途中まではそこがかえって品格があっていいと思ってたんだけど。
♠ 血はなくてもいいけど、とうとう一線を越えたギルデロイがやるのが「でかい音聞かせるいやがらせ」程度っていうのが、なんかしょぼくない?
♣ いちおう音が彼の武器だから(笑)。でも確かにここまでの緊迫感がすごかっただけに、拍子抜けのアンチ・クライマックスという気がしたね。
♠ ここまでの印象はリンチの『イレイザーヘッド』やクロネンバーグの『ヴィデオドローム』を彷彿とさせるものだったんだけど、『イレイザーヘッド』も『ヴィデオドローム』も、わけわかんないなりにすごいカタルシスの得られる、度肝を抜かれるようなエンディングだったので、やっぱりこれはちょっと失望したわ。
♣ じゃあ、どうすれば良かったと?
♠ なんかこうもっと派手なのをさ!
♣ でもギルデロイにはフィットしないな。これはこうでよかったのかも。

♣ そもそも血も暴力も劇中劇の中だけの話なんだよね。監督がシルヴィアをレイプしたっていうけど、そのぐらい映画界じゃよくある話だし(笑)、もともと娼婦みたいな女だし、怒りはするだろうけどそれぐらいでへこたれるような女に見えない。他に現実世界でのジャッロ要素というと、カササギによるチフチャフ殺害ぐらいで(笑)。
♠ その程度でおかしくなるようなギルデロイの神経がヤワすぎるってことか?
♣ そこの皮肉まで意図したものなら、かえって老獪な感じがするけど。

メタ映画としての『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』

♣ ただ、夢が現実じゃないのに怖いのといっしょで、映画の中に入ってしまうのはやっぱり怖い。ギルデロイはいつの間にかスクリーンの外と中の両方にいるし、観客からは見えないけど、あの映画の世界を生きることになるとしたら、それはそれで恐ろしいからいいんじゃないの?
♠ 具体的に言うと、上のスクリーンの中に自分を見るの以外に何があったっけ?
♣ 彼はまったくイタリア語を解さないはずだったのに、いつのまにかイタリア語をしゃべってる。それも下手くそな吹き替えで(笑)。
♠ ふーむ、現実世界なのにアフレコが付いてる、つまり現実と思っていたのが映画の中ということ?
♣ しかも最後でまた最初のシーンに戻るんだよね。スイカつぶすところ。ただしギルデロイの声だけが吹き替えになってる。
♠ なんかこのメタ映画っぽい演出がちょっと青臭いと思ったな。評論家に突っつかれるのもここだと思う。
♣ むしろぜんぜん意味のない変なシーンだけつなぎ合わせた方が、評論家受けは良かったかもね。

妄想としての『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』

♠ でもあの妄想シーン、というか、どこまでが妄想で、どこからが現実かわからない、クラクラする感覚は良かったわ。とにかくこういうの好き。不条理さも夢っぽくて。
♣ 夜のチャイムからあとは全部妄想のような気がする。ヘッドフォン拷問にしても、彼だけが「やってやったぞ!」と思ってるだけで、実際は何もしてないんじゃないかと。
♠ その辺はすこーしでいいから、幻想なのか現実なのかの手がかりを残しておいてくれると推理の楽しみがあるんだがな。

♣ 三通目のお母さんの手紙はたぶん存在しないんだよね。
♠ 筆跡が違うという説があるね。もしかしたら自分で書いたのかも。
♣ それまでの牧歌的な内容が、同じ口調で血みどろな内容ってところがいいわ。
♠ 殺人よりチフチャフ殺しのほうがショッキングだし。
♣ そのあとすぐに、エリサが「セリフの練習をさせてほしい」と言ってスタジオに来るんだけど、暗唱するのが三通目の手紙の内容をそのままイタリア語に訳したやつってところもゾクゾクした。
♠ しかもギルデロイはぎょっとした顔をしているということは、イタリア語がわかってるんだよね。

♣ あの航空券はどうなるの?
♠ あれか! 忘れてた。
♣ 渡航費は会社持ちという約束だったのに、レシートを渡してもなんだかんだでたらい回しにされて、払ってもらえないんだよね。それでしまいにはその日にヒースローからの到着便なんてなかったと言われる。
♠ 最初見たときはひどい詭弁だと思って、ギルデロイかわいそうとしか思わなかったんだが、後半のギルデロイは明らかにおかしくなってることを考えると‥‥。
♣ 本当にそんな飛行機なかったのかも。つまり、ここは本当にイタリアなのか?とか、本当に映画なんて撮ってるのか?とか‥‥。

♠ 考えると最初からおかしい。そもそもまったくジャンル違いの専門家をわざわざイギリスから呼ぶか? 血みどろホラー撮るからトム・サヴィーニを呼ぶとかいうならわかるけど。
♣ だいたいサウンド・エンジニア自体、映画作りでは大事だけどわりとニッチな立場だしね。わざわざ渡航費と滞在費を払ってまで外国から呼ぶほどのことはないと思っちゃう。♠ それと、行くほうもどんな映画かも知らないで、その監督がどんな映画撮ってるかも調べないで、のこのこイタリアくんだりまで行くか?
♣ そう考えると最初から全部妄想ってことになるね。
♠ まあ、映画自体が妄想だけどね。

♣ 外人にはとんでもない深読みする人いるよ。母子二人暮らしってところからノーマン・ベイツ(『サイコ』)を連想して、実はお母さんを殺してイタリアに逃げてきたんじゃないかとか。
♠ 死人からの手紙かよ! それとも自分でぜんぶ書いてたのかよ。なんかあれを想像したんだけど。ほらあの死んだ奥さんから電話かかってくるやつ。
♣ 『セッション9』
♠ それそれ! でもそれだと結局、『セッション9』みたいに実は全員殺したあとでしたとか、主人公は精神病院にいてすべて妄想でしたみたいな落ちにしかならないからな。
♣ 後者はともかく、前者は大いにありじゃない?

♣ それはそうと、『セッション9』の監督ブラッド・アンダーソンって何してるんだろ? あれとか『マシニスト』とかすごかったのに、あれ以来名前を聞かないような。
♠ (IMDbを調べて)テレビシリーズの中の1話だけみたいな仕事ばっかりじゃないか! 個人的好き嫌いは別として(私はすっごい好きだけど)監督としては天才だと思ったけどなあ。
♣ そう言えば『セッション9』のときも、allcinemaのリビューのひどさを見て♠が激怒してたね。(古い日記では♠は見づらかったので▲で表示されてます) この映画も受け悪いみたいだし、こういうのって理解されないのかしら。
♠  リンチだってクロネンバーグだって見る人を選ぶから当然じゃない。
♣ 『セッション9』でも「私は選ばれたよ」と自慢してた。
♠ そうだっけ?(苦笑) 覚えてなかった。要するに好みの問題でしょ。私はなぜか少数派らしいが。

監督のピーター・ストリックランドについて

♠ そういや、この監督は誰よ?
♣ ピーター・ストリックランドというハンガリー在住のイングランド人。長編映画は “Katalin Varga” という自主制作作品でデビューして、これが2作目。最新作が “The Duke of Burgundy”。
♠ やっぱりインディー系か。
♣ これはいちおう(イタリアのふりをしてるが)イギリスで撮ってるけど、他の2本はハンガリーで撮ってるみたいだし、出てくる役者も完全に無名な非英米人ばかりだし、かわいそうだけどこれはメジャーになるのは無理でしょう。
♠ 別にメジャーになろうとして映画作ってるとは思えないが。

♠ でも、ハンガリー在住って聞いてちょっとわかった気がするな。外国でひとりきりの孤独感とか、英米映画にはないセンスとか。
♣ 確かにそれは感じたね。あいにく英米映画を見慣れてしまうと、なんか変な感じがしちゃうんだけど。
♠ アメリカ映画なんか見すぎるとバカになるぞ。だいたいリビューで「つまらない」とか「わからない」とか書いてるアホって(日米を問わず)アメリカ映画の文法(つねにクライマックスで善と悪の戦いがあって、正義が勝って、最後は大団円)から外れた映画を見るとついて行けないだけなんだ。

♣ バカになるって言えば邦画のほうがはるかにバカになると思いますが。最近の邦画は本当にひどいらしいから。
♠ 確かにそれは言える。私はちょっと前まで、「日本のテレビがここまでつまらなくなったのは、日本人を総白痴化しようとする某国の陰謀だ!」と思ってたんだけど、さすがにテレビがつまらなすぎて飽きられた今は、日本映画がそうなってる(らしい。あくまで批評や予告編だけで判断してます)。
♣ そうでなくても、私の時代の映画ファンは日常的にイタリア映画やイギリス映画やフランス映画も見てたけど、本気で邦画しか見ない若い子なんて何考えてるんだろう?
♠ 想像もつかないね。50才ぐらいまではむしろ学生とのほうが好みが合ったんだけど。
♣ 今じゃ音楽やマンガやファッションの好みもまったく合わないけど、いちばん合わないと思うのは映画だわ。学生と話しても本当にテレビ(民放地上波)でやるような映画しか見てない。ジブリと『スパイダーマン』とかのアメコミ映画。
♠ 私は今ちょうど逆の感じ。黒澤明の映画、立て続けに見過ぎたせいで、「普通の」アメリカ映画がバカバカしくて見てられなくなっちゃった。こういうマイナーなイギリス映画を見てるのもそのせい。
♣ まあ、黒澤は別格としても、昔とはあまりに違いすぎる。

♣ 話を戻すと、そういう現実感覚がグラッと揺れる感じや細かいきしみのようなものがすごくおもしろかったので、それをもっと積み上げて行ってほしかった。
♠ でもそれだったらリンチかクロネンバーグ(いずれも全盛期の話)になっちゃうよね。
♣ 確かにあの人たちの映画で何が現実かとか論じても始まらない。最初からすべて変だから。
♠ 登場人物も狂ってるし。
♣ それにくらべて、こっちは地味で内気な職人の話と思わせておいて、すごく変というところがいいと思いました。
♠ こういうルックスの主人公使うあたり、ちょっと『イレイザーヘッド』を思い出したけどな。
♣ 少なくともジャッロ映画よりはぜんぜんいいよ。
♠ 確かにリンチやクロネンバーグには哲学があったし、だからこそ彼らは(変態だけど)一流になれた。これはそういうのは希薄だけど、それほど大それた映画じゃない。小粋な小品としてはすごくよくできた映画だと思ったよ。
♣ そういえば、この映画をけなすリビューに「アート気取りの」なんとかいうのがあったけど、これって普通にアートなんですけど
♠ 芸術ってものを知らんのだろうね。

♣ ところでピーター・ストリックランドの次の映画、“The Duke of Burgundy” だけど、ストーリー読んだらすごい気になるんだけど。
♠ どういうの?
♣ 先によけいな情報入れたくないから、なるべく読まないようにしてるんだけど、どうやら倒錯的なマスター&サーバント・プレイにふけるレズカップルと昆虫学の話らしい。
♠ なんだー、それは?
♣ それにかなりエロい。(トレーラーを見ながら)この人、絵もすごいきれいだなあ。
♠ 野菜ですら官能的だったからね。虫ってところが引っかかるんだけど、それがなければ見たいかも。
♣ 問題は主演がこの映画のエリサ役のキアラ・ダンナだってことだけかな。
♠ あれかよ! どうも役者の好みだけが合わない感じ。普通にイギリス人女優使ってくれればなんの問題もないのに、なんでこういうエキゾチックな女性ばかりなんだろう。
♣ やっぱり好みなんでしょう。それってこの手の監督の特徴かも。リンチは『ツイン・ピークス』で美少女出すまでフリーク趣味だったし、クロネンバーグの女優なんて人間として扱ってもらってなかったし。

♠ でも映像はほんとに耽美だな。この話はぶっ飛んだ幻想シーンのせいでリンチやクロネンバーグの系統かと思ったけど、この予告編なんか見てるとむしろブニュエルとかグリーナウェイみたいなタイプかな。
♣ そこまでの大物かどうかはこれ一本じゃわからないけど、どっちにしろ好みの監督なんでがんばってほしい。たぶん売れないけど。

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