【マンガ評】ますむら・ひろし『グスコーブドリの伝記』ほか

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こういうところ、キャラクターが猫なのは緩和表現としていいかもしれないと思った。これが普通に貧乏人の話なら、ただひたすら陰気くさくてみじめったらしいお涙頂戴の話になりそう(で、私は日本文学のその陰湿さが嫌い)。しかもそのかわいらしい猫ちゃんたちがかわいそうというのがよけいかわいそうで胸を締め付けるし。

ますむらひろし/宮沢賢治特集

【アニメ評】杉井ギサブロー『銀河鉄道の夜』(1985)
【マンガ評】猫と賢治とますむら・ひろし
★★【マンガ評】ますむら・ひろしと『銀河鉄道の夜』
生まれて初めてUFOを見た話(宮沢賢治番外編)
★【アニメ評】杉井ギサブロー 『グスコーブドリの伝記』(2012)
【マンガ評】ますむら・ひろし『グスコーブドリの伝記』ほか
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それでは以下はますむらひろしの『宮技賢治選集』(メディア・ファクトリー)の各巻を見ながら『銀河鉄道の夜』以外の各話について。どっちかというとマンガ評というより賢治評になってるけど。

『グスコーブドリの伝記』

最初は杉井ギサブローのアニメを見たばかりの『グスコーブドリの伝記』だ。しかしこちらが原作通りなのに対して、あの映画はほとんどますむらひろしのマンガとは無関係である。あちらに書いたように原作は驚くほど短いんだよね。私の印象じゃすごい長い感じだったから意外だった。でもそれを言ったら賢治の童話すべてそうかも。それぐらい、子供の頃は一語一句、何度も何度も暗記して噛みしめるようにていねいに読んでいたので、そりゃいつも時間に追われて、なんでも読み飛ばす癖がついた大人とは印象も違うはず。

しかし大人にならないとわからなかったこともいろいろあって、特に印象的だったのは飢饉がひどくなってブドリのお父さんとお母さんが相次いで姿を消すところ。子供にとって「親に捨てられる」というのはひどい恐怖の種なので、子供心にも何か恐ろしいことがあったというのはわかるんだけど、なんでこうなるのかは理解してなかった。(もちろん、その後何度も読み返してるから今はじめて知ったわけじゃないけど)

しかしこれって、子供らを一日でも長く生かすための「口減らし」だったのね。それに気付くとより悲劇だし心を揺さぶられるシーンなのだが、ほんの短い描写なのに、両親の言うに言われぬ心情をありありと描き出す描写は本当にすごい。
けれども春が来たころは、おとうさんもおかあさんも、何かひどい病気のようでした」とあるのは、おそらく大人たちはわずかな食べ物に手をつけず、ほとんどすべて子供に与えてしまったために栄養失調で死にかかっていたのだろう、というのも大人じゃないとわからない。

ある日おとうさんは、じっと頭をかかえて、いつまでもいつまでも考えていましたが、にわかに起きあがって、「おれは森へ行って遊んでくるぞ。」と言いながら、よろよろ家を出て行きましたが、まっくらになっても帰って来ませんでした。

というときの、妻子のために命を捨てることを決意した父親の心情の痛ましさと、それを子供が心配しないように「森で遊んでくる」と言うのがまたたまらないし、その妻のわかっていながら夫を送り出すときの気持ち、意味がまったく理解できない子供らに聞かれて答えるすべがない気持ちも、想像しただけでも切なすぎる。
その母親も次の夜には出て行くのだが、泣いて追いすがる子供たちに「なんたらいうことをきかないこどもらだ」と「叱るように」言うのは冷たいと子供の頃は思った。

masumura-hiroshi30しかし、マンガの母親(木こりの妻とは思えないほど美人)は目にいっぱい涙をためて、言ったあとは顔をおおって走って行くのを見ると、本当の意味がよくわかる。逆にお父さんの思い詰めた無表情もこわいと同時に気の毒で痛ましいんだが。
こういうところ、キャラクターが猫なのは緩和表現としていいかもしれないと思った。これが普通に貧乏人の話なら、ただひたすら陰気くさくてみじめったらしいお涙頂戴の話になりそう(で、私は日本文学のその陰湿さが嫌い)。しかもそのかわいらしい猫ちゃんたちがかわいそうというのがよけいかわいそうで胸を締め付けるし。

しかしこの話は(原作を読んだときも)ここまでのインパクトが強すぎて、あとのほうはやや退屈だった。テグスやオリザの部分はまだ楽しめるんだが、イーハトーヴで火山局に勤め始めてからは子供の私は確実に飽きた(笑)。その点、アニメはあのビジュアル・インパクトで飽きさせないから良かったんだけどねえ。クライマックスさえちゃんとしてれば。

それで最後は究極の自己犠牲へとたどり着くわけだが、この前読んだのもずいぶん昔だったので、すっかり忘れていたのはその前段階の部分。

死ぬ前の5年間、ブドリはこれまでの苦難に満ちた人生の見返りみたいに幸せな日々を過ごすんだよね。責任ある大事な仕事を任され、人々には感謝され、生き別れの妹とも再会して、ネリが元気で幸福な結婚をしたことを知る。親切にしてくれた百姓の赤ひげとはずっと交流が続いているようで仲良くしているし、森で亡くなった両親の遺体を発見して埋葬してくれた人に会って、ちゃんとしたお墓も建ててあげる。
つまりブドリとしては、やりたいことはやり尽くした、あとは冷害の問題さえ解決できれば、ここで死んでももう何ひとつ人生に思い残すことはなかったわけ。だからペンネン技師が「それはいい。けれども僕がやろう。僕はことしもう六十三なのだ。ここで死ぬなら全く本望というものだ」と言っても、自分の死後のことまで見越して、「先生、けれどもこの仕事はまだあんまり不確かです。一ぺんうまく爆発してもまもなくガスが雨にとられてしまうかもしれませんし、また何もかも思ったとおりいかないかもしれません。先生が今度おいでになってしまっては、あとなんともくふうがつかなくなると存じます」と言えたわけだ。

以前はこの場面では泣けなかったのに、そのことに気付いたらもう無性に泣けてしまった。アニメ版はブドリの死を抹消してしまっただけでなく、これら(ネリや両親のその後)をすべてカットしてしまったのでますます無意味な終わり方になってしまったのがよくわかる。

もちろん原作でもブドリの死の描写はない。「そしてその次の日、イーハトーヴの人たちは、青ぞらが緑いろに濁り、日や月が銅いろになったのを見ました」という一文があるだけ。
それだけでも十分なのだが、これがマンガだとブドリに縁のあった人々がみんな空を見上げているカットがあるだけでよけい泣けるし、結びの

そしてちょうど、このお話のはじまりのようになるはずの、たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るい薪で楽しく暮らすことができたのでした。

のところではネリと息子が楽しそうに雪だるまを作って遊んでいる場面で終わるのを見てまた泣いてしまう。

『猫の事務所』

テーマは「職場におけるいじめ」って書くと、なんか今の時代にも通じるっていうか、人の本性は変わらないだけなんだけどね
子供の頃読んだときには、唐突に出てきてすべてを終わりにするライオンに笑っちゃったけど、大人の今読み返すとこのいじめのリアリティーにちょっとぞっとする。

そもそもかま猫がいじめられるようになったきっかけって、元々の身分が低いってのもあるけれど、他の猫が落とした弁当を拾ってあげようとしたら逆に因縁付けられたというすごい理不尽なことなのも変にリアルだし、最初のうちは道理を説いてかばってくれた上司が、周囲に吹き込まれた嘘を真に受けて、かま猫を見放してしまうのもいかにもありそうな話だし、究極のいじめが仕事を取り上げて全員で無視することだってのも現実の会社とかでよく聞かされる話なので、賢治が未来を先取りしてたのか、それともこの時代から行われてたのか、どっちにしろ気が重くなる。実際そういう職場で仕事してた私としては特に。

それがすべて、かわいくてユーモラスな猫の絵で描かれてる(もちろん猫の事務所だから原作でも猫です)から、マンガはそれほど重くないのがいい
しかし、ますむらひろしの猫って基本的にみんな人間のように振る舞うのに、「猫の事務所」の猫たちはオリジナルが猫のせいか、二足歩行もするけど四足歩行もするし、香箱作ったりして寝方も猫っぽい。つまり同じ猫でも原作の人間と猫は描き分けているとしたらずいぶん芸が細かい。

ところでますむらひろしの描く『銀河鉄道の夜』のジョバンニって、今にして思うとかま猫だよね。耳と鼻が黒いってそのままじゃない。確かにジョバンニもいじめられっ子だったから、あれをかま猫にしたのもうなずける。今ならシールポイント(シャム猫のような毛色)ってむしろ高級猫の印なのにね。

『どんぐりと山猫』

こちらは子供の頃大好きだった話。これもオリジナルが山猫だが、人間と山猫との触れあいがテーマだからか、一郎は人間の子供のままである。

あらすじ

一郎は山猫から葉書をもらい、裁判を手伝ってほしいと頼まれる。山猫は誰がいちばんえらいかで言い争うどんぐりの仲裁に困っていたので、一郎は「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいとね」という頓知で解決し山猫に感謝される。

どっちかというとナンセンス童話だが、子供の頃の視点に戻って読むとすごく楽しめる。山猫から葉書をもらって一郎は「うちじゅうとんだりはねたり」するほど喜ぶのだが、私もすごくうらやましくて、うちにも山猫から葉書が来ないかと思った。
あと、

かねた一郎さま 九月十九日
あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。
あした、めんどなさいばんしますから、おいで
んなさい。とびどぐもたないでくなさい。
山ねこ 拝

という、たどたどしい葉書の文面がすごい好き。実はこれは山猫じゃなく山猫に仕える馬車別当(人間だがフリークまがいの男)が代筆したことがわかるのだが、教養のなさを恥じる別当に「さあ、なかなか、ぶんしょうがうまいようでしたよ」とお世辞を言って喜ばせてやる一郎が生意気でかわいい。
でもそれから二度と山猫から呼び出しが来なくて、もしかして生意気な口きいたのが原因かなあ(山猫に文面を訂正させた)とか悩むところがやっぱり子供でかわいい。

それにくらべると山猫はなんか威張りくさってるなと思っていた(ますむらひろしの描く山猫もなんかすごく偉そうでかわいくはない)が、それでも「そこで今日のお礼ですが、あなたは黄金のどんぐり一升と、塩鮭のあたまと、どっちをおすきですか」と訊いて、一郎がどんぐりを選ぶとほっとした様子(やっぱり猫だから)なのがかわいい。

大人になっての感想は、えーと、吾妻ひでおのパロディ(これが死ぬほどおかしい)のほうが印象が強すぎて、ついあっちを思い浮かべてしまうわ。

『カイロ団長』

masumura-hiroshi31これも『猫の事務所』同様、現代を先取りしたような風刺寓話。さしずめブラック企業の出現を予告したようなもの?

あらすじ

仲良く造園業を営んでいたアマガエルの一団が、トノサマガエルの策略にはまり、「舶来のウェスキイ」に釣られて子分にさせられる。トノサマガエルはアマガエルたちに無理難題を要求するのだが、そこはいかにも童話っぽく機知で逃れる。
しかしそのノルマはますますエスカレートして行き、しまいには死刑にしてもらったほうがましと開き直るところまで行くのだが、そこで王様からおふれが出て立場が逆転する。勝ち誇ったアマガエルたちは自分たちがやられたことをそのままやり返すのだが、その途中でなんだか寂しい気分になる。
そこへ王様の新しいおふれが来て、「すべてあらゆるいきものはみんな気のいい、かあいそうなものである。けっして憎んではならん」と聞いたアマガエルたちはトノサマガエルに親切にしてやり、トノサマガエルも改心する。

こういうお説教っぽいのは子供の頃はあまり好きじゃなくて、やっぱりナンセンスな話のほうが好きだったな。でも、粟つぶをくり抜いたコップ(どれだけ小さいんだ!)で飲むウェスキイがなんだかすごくおいしそうだと思ったのと、「首をシュッポォンと切られるぞ」というトノサマガエルの脅し文句がなんかおかしくて笑ってしまった。ノルマがこなせず、やけくそになったアマガエルが「どうか早く警察へやって下さい。シュッポン、シュッポンと聞いていると何だか面白いような気がします」というのもすごいおかしいと思った。

でもやっぱり大人の目で読むと笑えないな。無知で純朴な原住民に酒(やドラッグ)を与えて堕落させ、旧来の暮らしから引き離して奴隷にするって、白人がアメリカでアメリカ先住民に、オーストラリアでアボリジニにやったことそのままじゃないか。

マンガはもちろん動物の話なので猫は出ない。アマガエルはかわいらしいが、トノサマガエルはやけにリアルでグロテスクに見える。あのまだら模様もリアルに描くとけっこう気持ち悪いし、カエル描くとき耳までちゃんと描く人はめずらしい。
この人、ファンタジーのマンガ家として知られているけど、絵は基本的にリアリズムなんだな。アマガエルはリアルでもかわいいしね。私、子供のころ飼ってたし。
そう言えば、あのころは東京でも、あじさいの葉っぱの上とかを捜せば簡単にアマガエルが見つかったのに、とうの昔に見なくなってしまった。

『セロ弾きのゴーシュ』

あまりにも有名な話。原作には特に思い入れはない。
書かれた年代はいっしょなんだが、掲載誌のせいだろうか? 他のにくらべるとこれは絵柄がずいぶん子供っぽくて少年マンガみたいで好みじゃないし、そのせいか動物があまりかわいくない。
原作も子供の頃読んだときは動物がかわいくておかしくて笑ったんだが、今読むとなんか動物虐待っぽくてあまり好きじゃないかな。

特に最初のは確かにずうずうしいし泥棒だし自業自得なんだが、あそこまでする必要あったのかとか、カッコウには好意を持ってたのにひどいこと言って痛い目に遭わせたり、いくら追い払うためとはいえ、天真爛漫な子狸にいきなり「こら狸おまえは狸汁ということを知ってるか」という言いぐさはひどいし、(でもばか正直に「狸汁ってぼく知らない」と答える子狸がかわいい)、子ネズミも病気を治してやるためとはいえずいぶん手荒な扱いだし、結局動物たちのおかげでセロがうまくなったのに、反省するのは「ああかっこう、あのときはすまなかったなあ」というだけって、こいつ下手くそなだけじゃなく性格もかなり悪いように思うんだが。
だからといって、これが最後にみんな集まって仲良くハッピーエンドじゃ話にならないし、童話ってのはなかなかひどいやな

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