【マンガ評】ドリヤス工場『有名/定番すぎる文学作品をだいたい10ページぐらいの漫画で読む』(2015/2016)

driyasfabrik3マンガ評なら本当に書きたいものは他にまだまだあるんだが、『風の又三郎』からの流れでドリヤス工場(マンガ家の名前)である。
ドリヤス工場のことは前から知っていて、「水木しげるの絵で萌えマンガのパロディとか書いてる同人作家」というのが私の認識だった。それで水木しげるもパロディも好きなんだが、かんじんのネタを知らないし、興味がないので読んでなかった。

かろうじて私のジャンルなのはこれぐらいかな?driyasfabrik1はい、水木しげる風『アドベンチャー・タイム』!(笑) しかしフィンはあの帽子さえかぶってればどんな顔でも違和感ないな。個人的には前髪たらして鬼太郎顔にしてほしかったけど。あと、ジェイクのマズルの表現にも感心した。これじゃまるでオシラサマ(『千と千尋』の)だけど。

先日亡くなった水木しげるについては、もう偉大すぎる人なんで今さら言うまでもない。ギャグマンガ以外のマンガを読むときの私の基準は、第一にストーリーで、普通の人が気にする絵とかはわりと二の次。その点、水木しげるは天才的なストーリーテラーだったので好きだった。あの絵だから私の好みからはかけ離れてるんだけどね。(いちおう私はなんでもイギリスが基準なので)
最近も『水木しげるの遠野物語』を買ったけど、狙い通り彼の作風にぴったりですばらしかった。お話の中に「水木サン」が出てきて柳田國男と話したりするのもいかにもだし。惜しい人を亡くしましたと言いたいが、93までバリバリ仕事してたんだから、この年まで生き延びて大往生して、むしろおめでとうございますと言うべきだろう。

あと、私はマンガ家が他のマンガ家の絵やストーリーを模写したパロディも大好きだ。普通に「よくここまで似せられるなあ」と感心するし、本物とのズレが楽しめるから。
だから田中圭一(手塚治虫のまねで有名なサラリーマン・マンガ家)も好きかというと、彼の手塚絵は好きなんだけど、やっぱり下ネタに寄りすぎてる。それでも『天罰』は愛読書だけどね。

ただ、ドリヤス工場はお話もパクリだからちょっとねえ‥‥と思っていた。(実はオリジナル・ストーリーも描いている)

なのに、この本(題名が長すぎるのでいっしょにしたが『有名』のほう)を書店で手に取ったとき、なんでつい買っちゃったかというと、新見南吉の『ごん狐』が入っていて、水木しげるの描くキツネはかわいいので、あの絵の『ごん狐』がつい読みたいと思ってしまったから。(書店ではビニールがかかってて読めなかった)
買ってから、これがウェブマンガだったことを知って、「ただで読めたのにー!」とくやしがったんだが、もちろん本になった今は、古い作品はネットからは消えている。(こんなことならダウンロードしておくんだった) 新作はトーチwebで読めます。

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やっぱり水木しげる、じゃなくてドリヤス工場のキツネはかわいい

なるほど、版権ものは著作権がかかわるから同人誌で出すしかないが、とっくに版権が切れた名作文学なら商業出版で出せるわけか。しかもこれがけっこう売れてるらしい。まあ、このたぐいの名作文学のダイジェストはよくあるけど、10ページ以下というところと、良くも悪くも水木絵ってところがミソかな。

読んでの感想は、短編ならともかく、長編をこの短さにまとめるのはかなり困難なことだし、ものすごくすっ飛ばしてあるのに、ちゃんと要点は押さえてあって、いちおうストーリーもわかるようになっているところに感心した。中にはこれぐらいの短さで十分だよと思える作品もかなりあるし。

こうやって古今東西の名作を一気読みすると、自分の好みがはっきりわかるのもおもしろい。『風立ちぬ』のリビューやなんかにも書いたけど、私は原則として日本文学が大嫌い。(宮沢賢治と芥川龍之介と寺山修司を除く)(←これまでは「宮沢賢治と芥川龍之介を除く」だったけど、考えてみたら、寺山修司は歌もエッセイも芝居も映画も好きなので、彼も例外に加えることにした。競馬の縁もあるし)
それも特に私小説っぽいの、というか、リアリズム小説全般が嫌いで、幻想的であればあるほど好きという、まあ今さら驚かない結果に。(ちなみにこれでも文学屋なので、この程度の小説はオリジナルもほぼ全部読んでます)

田山花袋とか堀辰雄みたいなのは当然として、私は世間の人が大好きな夏目漱石とか太宰治の良さがまったくわからない人です。マジで彼らの何がおもしろいのか教えてほしいと思うぐらい。
恋愛ものが一切だめなので『野菊の墓』とか『たけくらべ』もさっぱり。
逆に泉鏡花江戸川乱歩夢野久作あたりの幻想派はもちろん私のジャンルだし嫌いじゃないが、西洋のその手にくらべるといまいちで、それほどすごい好きってほどでもない。
まあ、そんなわけで宮沢賢治と芥川龍之介が残るわけ。賢治については長々書いたが、芥川については今さら言うまでもないでしょう。幻想性もだけど、スケールとパワーが日本人離れしている。ここでも『羅生門』『地獄変』が読めます。賢治は『注文の多い料理店』『風の又三郎』だが、『定番』にはボーナストラックとして『銀河鉄道の夜』が入ってた! もちろんこれがほしくて買ったんだけど。(これはネットでは読めない単行本だけの特典)

他に印象に残った作品はというと、やっぱり単に原作が好きなだけだけど、菊池寛の『恩讐の彼方に』はいつ読んでも泣く。梶井基次郎(『檸檬』と『桜の樹の下には』)も好き。
意外なのは小説じゃないやつもまじってること。『徒然草』ぐらいならともかく、『魏志倭人伝』とか学問のすゝめとか描きづらいだろうに、その意欲は買う。

それで、私の専門である外国文学だが、この2冊の本に収められた作品の選択基準がさっぱりわからない

カフカ『変身』
アンデルセン『雪の女王』『人魚姫』
魯迅『阿Q正伝』
トルストイ『イワンのばか』
ポー『モルグ街の殺人』
グリム兄弟『ラプンツェル』
チェーホフ『桜の園』
ウィーダ『フランダースの犬』
作者不詳『マザー・グース』
スウィフト『ガリバー旅行記』
オルコット『若草物語』

というのが外国文学全作品のラインナップなんだが、なんで?って感じ。日本文学の方はいちおう教科書的な「名作」を集めてるのに、これはずいぶん偏ってるような。
なんか童話が多いし、日本人はロシア文学が好きだからトルストイとチェーホフはわかるが、それならなんでドストエフスキーが入らない?とか。
アメリカ文学はポーとオルコットのみ、イギリス文学はスウィフトとウィーダという人選もちょっとわからない。(ウィーダは本国ではまったく知られておらず、アニメのおかげで日本でのみ人気が高い)
ポーがなんで『モルグ街』なのか? 普通『黒猫』か『アッシャー家の崩壊』でしょ? そっちのほうがずっとおもしろいし。
スウィフトの『ガリバー旅行記』は大好きだが、なんでシェイクスピアを差し置いてまで入れる必要があったのか? つーか、普通に有名作品を選べばこの本の4分の1はシェイクスピアになっちゃうよ。
それでも英米独露文学はあるだけまし。見事に無視されたフランス文学。日本で人気があるしみんな知ってるという意味なら、サン=テグジュペリとジュール・ベルヌは外せないと思うが。あと、私が選者なら『ドン・キホーテ』は入れるなあ。
それとやっぱり水木絵で外国人を描くのは違和感があるので、無理に外国文学も入れなくてもよかったのにね。

絵について言えば、よくまあこれだけ似せて描くものだと感心した。水木しげる特有の「両手を前に突きだして走るポーズ」とかもそのままだし。ただやっぱり本物との違いは一目瞭然で、水木サンの絵はもっと線に勢いがあって荒々しいよね。ドリヤスは小ぎれいで整いすぎている。

それでもこれだけ個性的な絵が、水木サンの死で二度と見られないのは悲しいので、言うなれば伝統芸能の保存という意味で、ドリヤス工場には存在価値があると思う。なんなら巨匠マンガ家のそれぞれのそっくりさんがいてもいいよ。

P.S.
ところで、『銀河鉄道の夜』について語りながら『銀河鉄道999』の話が一度も出なかったのにお気づきだろうか? うん、松本零士は嫌いなのだ。私は『男おいどん』の頃から読んでるが、彼の哲学みたいなものがどうにも青臭すぎて合わない。

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