【映画評】私がディズニー映画を嫌いなわけ ティム・バートン『アリス・イン・ワンダーランド』(2010) Alice in Wonderland

timburton-alice1とにかく最近のバートンは見る影もない、というのも、『マーズ・アタック!』までのバートンはわりと好きだったので。何がいいかというと、童心あふれる‥‥と見せかけてブラックなところと切れの良さ。その二つが失せた近年のバートンは単に子供っぽくてアホらしいだけ
でも、そもそもバートンが嫌いだったのは元ディズニーのアニメーターというところだったのに、そのバートンが古巣ディズニーに帰ってきて、しかも題材が『不思議の国のアリス』だって? ほほう~‥‥。(英国ナンセンス文学好き) これはもう血祭り確定ですな。

とか言いながらなんで見たかというと、単にイギリス英語が聞きたかったから。大学の授業が終わって時間の余裕ができたので、また溜まった映画を見まくってるんだが、アメリカ映画ばかり見ると耳が腐って落ちてしまうので、ときどき毒抜きに「本当の英語」を聞く必要があるだけだ。
ところがバートンの女房のヘレナ・ボナム・カーターを除けば、イギリス人は端役だけじゃねーか! アリス役のミア・ワシコウスカは確かにルックスはイギリスっぽいがオーストラリア人だし。配役からして偽物かよ! アリスものにアメリカ人? シャーロック・ホームズにアメリカ人ぐらいありえねーよ。
それでも映画の冒頭、少女時代のアリスを演じる子役の「スマイリング・カアト」(smiling cat)という発音に思わずにっこりしましたけどね。(catをキャットと読むのはアメリカ発音) イギリス英語って大人がしゃべると威厳があって美しいけど、舌足らずの子供がしゃべるとものすごいかわいいんだ。

それはともかく、とにかくディズニーとキャロル(原作者)って、ある意味正反対の対極にあるもので、それをどう料理するのかちょっと興味はあったんだが、結果は原作の面影どころか、設定から何から全部違う、単に(ディズニー版の)『アリス』の、そのまたキャラだけ借りたぜんぜん別のお話だった。

ちなみに私の原作の思い出というと、幼かった私に世の中は不条理で悪意に満ちていると教えてくれた作品だった。実際社会に出てそういう不条理と悪意にさらされても、わりとへこたれることなく生きてこられたのは、そのおかげかも。
だって、この小説の登場人物って全員キチガイだし、しかもわずか7歳で、いきなり変な世界に放り込まれて、何も知らずにとまどうアリスに対して、害意はないとしても、あまりにも意地悪すぎる。私はれっきとした「幼女いじめ」の話だと思うよ。
なのに、この映画では悪役の赤の女王とその側近のハートのジャックとジャバウォッキーを除き、誰もが(バンダースナッチさえも)アリスにべた惚れで、頼みもしないのに命がけでアリスの手助けをしてくれるんだよね。こんなのぜんぜんアリス物語じゃないよ。
なるほど、こういうのばかり見て育つから、宿題をやってこなかったことを叱られたぐらいで泣いてしまうような大学生が生まれるんだな。甘い! 世の中そんな甘くないし、世界はあんたのために存在してるんじゃねーよ!
つい思い出して激昂してしまったが、大学生は手遅れとしても(笑)、子供にこういう映画を見せるのは教育上はなはだよろしくない、と教育者のはしくれ(笑)として言わせてもらう。

だいたいこの話のご教訓って、女性に権利がなかったヴィクトリア朝の若い女性がワンダーランドでの経験を通じて、人の言うなりになる人生じゃなくて、自分の意思に忠実に生きることの大切さに気付くというものなんだが、ワンダーランドでのアリスって、思い切り人の言うなりになってるだけだよね。
最初に予言の書みたいな巻物見せられて、そこにジャバウォッキー退治をするアリスの絵が描いてあるからというだけの理由で、みんなにそれを期待され、なんの疑いもなくその通りにする。ヴォーパル・ブレードでジャバウォッキーを殺すというところまで決定済みで、それもちゃんと用意してくれる。まるで日本のRPGみたいに、決まった一本道を歩いているだけ。それって現実世界で、良家の子女はお金持ちと結婚するべきという運命に従ってたのといっしょじゃん!
現実世界に戻ってからもたいして変わってない。気に染まない結婚は断ったものの、父の後を継いで事業に乗り出すって、要するに父親がすでに線路を敷いてくれてたわけだし、父のビジネス仲間が助けてくれるし、彼女が何かしたいと言えば、何もかも周囲がお膳立てしてくれて、アリスは何もしていないし、何も考えないでもすんでいる

なんでいきなり学生の話になったかというと、こういうところがまさに今どきの学生と同じだから。だけど大学に入ると誰も何もしてくれないので、いきなりつまづいて病んだりするんだよね。
これだけじゃわからないだろうから少し補足すると、今の早慶クラスの大学は、昔より確実にレベルは下がってるけど、逆に学生の親の世帯収入は昔より格段に上がっている。(単に授業料が高くなりすぎたせいだけど。でもそれは私らには一文も還元されず、非常勤の給料は30年前と変わらない)
要するに小さい頃から何不自由なく育って、教育環境も恵まれてるから大学も合格したけど、親に何でもお膳立てしてもらう生活に慣れすぎてて、困難を自力で切り開くという経験がないし、それ以前にちょっとでも嫌なこと(勉強するとか)は耐えられないし、自分の生活すらまともに送れない(朝起きられないので遅刻欠席が増える)、勉強に付いていけないなどの理由でドロップアウトしていく学生がすごい増えてるのだ。さすがに大学まで来ると、親も何も助けてやれないしね。(それでも何とかしてくれと言ってくるモンスター・ペアレントも多いんだが)

くそっ! くだらん映画のおかげでいやな現実を思い出してしまった。そうそう、アリス物語は夢の物語でもあって、これもちっとは期待したんだがムダでした。原作のナンセンスも皆無なら、夢らしいところなんか皆無。あくまでアリスのキャラだけ使った、いつもながらのバートン映画、ていうか、ディズニー映画というべきか。
しかし、よくまあ臆面もなく、あの頭がトリップしてるとしか思えない異常な話「アリスが楽しい仲間達といっしょに悪と戦ってワンダーランドに平和を取り戻す」という、これ以上考えられないほど陳腐な物語に変えられたもんだ。
よって、マッド・ハッター(きちがい帽子屋)はぜんぜんマッドどころか(ジョニー・デップの化粧を除けば)正義の味方そのものだし、ドーマウス(眠りネズミ)は眠ってばかりいるどころか、元気に走り回ってるし、バンダースナッチはただの犬ころだ。原作とはあまりにも違いすぎる!

じゃあ、ついでだからクリーチャー評。

すべてがみすぼらしいこの映画の中で、Michael Kutscheが描いたクリーチャーのコンセプト・デザインだけはかっこいいとほめておこう。特にジャバウォッキーはかっこいい。ジャバウォッキーとバンダースナッチは詩の中で言及されるだけで、どんな姿をしているのかもわからないんだが、ジャバウォッキーはジョン・テニエルの挿絵が有名なので、だいたいドラゴンっぽく描かれるのが普通だ。それはここでも同じだが、オリジナルだしかっこいいし、動きも無理がない。
それに引き替え、バンダースナッチは本当にどういう姿かわからない。ただ、従来は首の長い鳥のような姿で描かれることが多かったので、私もなんとなくそういうイメージでいたのに、ここではハイエナのような模様の太った犬で論外。

ホワイト・ラビットは服を着たウサギそのまんまなので問題ない。しかし、世間ではウサギってかわいいイメージだけど、私はこの小説のせいで、なんか気味の悪い動物ってイメージが先行していた。その気持ち悪さは出ている。
そういえば、三月ウサギも重要なキャラなのに、他2名(帽子屋とネズミ)は出ずっぱりなのに、なんでか三月ウサギだけはほとんど出なかったのはなんでだ? ホワイト・ラビットとかぶるからか?

そして『不思議の国のアリス』のクリーチャーでは最大のスターであるチェシャ猫だが、これも「猫なき笑い」と言った不可思議なものを見せてくれるほかはただの猫なんで造形はむずかしいはずないのに、なんとも微妙。かわいくもないし不気味でもないし、ただのデブ猫というだけだな。私はディズニーのアニメの方のピンクのチェシャ猫も嫌いなんだが、このブルーの蛍光色のチェシャ猫もひどい。(もちろんテニエルの挿絵では普通のトラネコ)
あと、やっぱりCG猫だからか、『シュレック』のプスの劣化版のようにも見える。いつあの「お目々うるうる」をやるかと気が気じゃなかった。ドーマウスもいかにも愛嬌たっぷりで『シュレック』に出てきそうなキャラだったな。

いも虫はえーといも虫だった。声がアラン・リックマンなので、何を言ってもスネイプにしか見えないのが欠点。顔もアラン・リックマンに似せてる?
トランプの兵士は二次元じゃないので(これこそCGならできたのに)まったくトランプに見えず、チェスの駒かと思った。それともわざと『鏡の国のアリス』を混ぜてるのか? そういえば戦場がチェス盤だったし。
個人的に『アリス』ですごい好きだったのは、お仕着せを着たカエルと魚の召使い。こちらもテニエルの挿絵で有名ですごい変なので好きだったが、あれがリアルなCGだと挿絵以上にキモくて良かった。ただカエルはどうしても『千と千尋』のパクリに見えちゃうんだけど、こっちのほうが宮崎駿より150年先です。

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主要キャスト 左上からアリス、帽子屋、赤の女王、白の女王

マッドハッター役のジョニー・デップ。もうこいつに関してはどの映画を見ても「うざい」以外の言葉が思いつかない。昔のジョニー・デップはそれなりにいい役者だったのになんでこうなったのか? どう考えてもバートンとつきあい始めてからこうなったとしか言いようがないのだが。確かに彼をスターにしてくれた監督ではあるけど、あーあ。『シザーハンズ』まででやめておけばね。

赤の女王のヘレナ・ボナム=カーター。彼女もデビューしたときから見てる。気持ち悪いブスだしチビだから嫌いだったが、演技派としてはそれなりに評価していたのはジョニー・デップと同じ。『ファイト・クラブ』とか良かったし。なのに彼女もバートンとくっついてから、うざさが百倍増しになった感じ。確かにバートンはうざい監督だが、うざさの拡大再生産が起こってる?

白の女王のアン・ハサウェイは、映画で見るのは初めてだが、あまりに変な顔なので覚えていた。この白の女王は赤に対する正義の側で、出で立ちのせいもあってLOTRのガラドリエルみたいな感じなんだが、アン・ハサウェイはどっちかというと、シンデレラの意地悪な継姉のタイプなんで、悪そうにしか見えない。
だいたいこの人が美人扱いってどういうことよ? 確かにひとつひとつのパーツだけ取り出せば美人のようなんだが、そのパーツのサイズとか並びがおかしくて、私の目には女性版スティーヴ・ブシェミにしか見えないんだが。(ブシェミだってあれほど変じゃなければイケメンだった)(この写真はまだいちばんきれいに見えるやつなんでわからないかもしれないが、変顔のスチルも多数あり)
おまけにこれはこの人の特徴なのか、それともバートンの演出なのか知らないが、意味不明のくねくねした動きがすごい気持ち悪い。マジでキモさでジョニー・デップと張れるだけでもすごい。

原作では気の毒なハートのジャックが、なぜか映画だと赤の女王の側近の悪役なんだが、それを演じたのがクリスピン・グローヴァーはハンサムだけど爬虫類的な特異な容姿が気になって、私の好きな映画にちょこちょこ脇役で出てたから顔だけは知ってたが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のお父さんだってことを知って驚いた。昔は普通のハンサムだったんだが、いつのまにか異常者役に。そういうの好みなんでがんばってほしい。
彼はもともと背が高くてひょろっとしているが、それをバートン風に(彼の描くイラストにそっくり)細長く引き延ばしたデザイン。ていうか、ヘレナの大顔(これは湯婆かと思った)もそうだし、生きた人間をデフォルメしちゃうところが、マンガっぽくてちょっとおもしろいかも。デップとハサウェイはデフォルメされていないのは元がフリークだからか?と思ったが、単に正義側だからか。

それでかんじんの主役のアリスを演じたミア・ワシコウスカはオーストラリアの女優さん。ああ、言い忘れたが、お話は19歳になったアリスがワンダーランドを再訪するというもの。最初見たときエミリア・フォックスかと思ったが、彼女よりは若いし美人。イギリス人っぽいし、ビクトリア朝っぽいし、この人選には何も異存はないんだが、周囲がアクの強い役者ばかりでかすんじゃったのがかわいそう。
原作だと子供と言うだけで異界の住人だからわりと無理なく溶け込むんだが、普通の若い女の子をファンタジーに放り込んでも、常識的な行動しかしなくておもしろくないことに気付いた。(同様に、この世界から行った普通の男女がファンタジー世界に入り込むという設定の小説も嫌い。ただし『ナルニア国物語』を除く) まあ、この映画はルックスこそ異常だが、その異常な連中が常識的な行動しかしないからつまんないんだけどね。

おわり

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