★★★【アニメ評】ひぐらしのなく頃に/ひぐらしのなく頃に解 (2006-2007) 第一部

なにを今さらという感じの10年前のアニメだが、知ってるつもりだったのに全編を一気に見たら、思ってたのとまるで違って感動したという話。
と言ってもアニメ嫌いの私の常で、ほめてるんだか鞭打ってるんだかわからないリビューだけど、それなりの愛着は持ってるらしい。長いので二部に分けましたがつながってます。

「事実は小説より奇なり」とは言うけれど、「素人はプロより奇なり」を私に実感させた、前代未聞の怪作同人ゲームのアニメ版リビュー。

「まさにこれは萌えアニメ版ワイド・スクリーン・バロック!」

ちなみに作品の性質上、一部残酷表現(画像と文章)を含みます。ただ、最初私が思っていたようなグロアニメではまったくなかった。

『ひぐらしのく頃に』のアニメ全50話が期間限定でニコニコ動画で無料だったので一気見した。

『ひぐらしのく頃に』についてはもちろん知っていた。原作は竜騎士07という人が2002年から2006年にかけて発表した同人ゲームで、ゲームもアニメもすごく人気があったし。
このゲームはサウンド・ノベルと称するやつで、簡単に言っちゃうと電子紙芝居。言うまでもなく私はこういうゲームをバカにしていたし、そもそも日本製ゲームはやらなかったのでやってない。
だいたい、そんな素人の書いた「小説」を読むぐらいならまともな小説読む方がはるかに楽しいから。小説との違いは音(しゃべらない)と絵(動かない)が付いてることだが、その絵がこれ↓だしねえ(笑)。

ゲーム版 『ひぐらしのなく頃に』のプレイ画面

ちなみに、動かないしゃべらないというのは最初のやつの場合で、その後は多少は動くししゃべるようになったみたいだけど、基本的にテキストゲーム。でも絵はこれと変わってない。

ちょっとこれだけ見ると、このゲームを金出して買う人がいたと言うこと自体信じられないが、ただ、あれだけ次々と続編が出て、アニメ化もされたってことは、何かしら売れる要素があってファンがいるんだろうなあとしか思ってなかった。まあ、その人気要素ってどうせ萌えグロだろうと思ってたけど。

こちらの動画は『ひぐらしのく頃に』主題歌。次の記事で書いてるように、この主題歌が意外と良くてびっくりしたので、BGMにどうぞ。絵はやっぱり何度見ても慣れないけどね。これはフルバージョンなので、前半はアニメのオープニングで、後半は適当なマッシュアップ。

なれそめ

そんな私が『ひぐらしのく頃に』をちょっと気にし始めたのは実は『マイ・リトル・ポニー』 (リビューはこちら)のおかげ(笑)。ああ~、MLPが出てきた時点でおたくをバカにできない‥‥〈自分がすでに十分おたくだって理解したら?〉
何かというとMLPにハマってYouTubeでファン・ムービーを見まくっていたときに発見したのが、以前のリビューではわざとはっきり書かなかったCupcakesという猟奇ビデオだったんで。ピンキーが発狂してレインボーダッシュを監禁拘束し、拷問して生きたまま解剖して、その死体を切り刻んでカップケーキに入れるというひどいビデオで、それが『ひぐらしのく頃に』のパロディらしいと聞いたから。

今見たら本当にひどいアニメで、ただひたすら残酷なだけで『ひぐらし』とはほとんど関係がないので、ひぐらしファンもMLPのファンの人も見る価値はありません。バージョンもたくさんあるので、おそらく原作はファン・フィクションだろうと思う。
あと、タイトルを忘れたので検索できないんだが、おとなしいフラッターシャイに凶暴な別人格があって、見るなと言われた秘密の小屋を開けたら中は死体の山というのもあった。これもちょっと『ひぐらし』っぽい。

しかし向こうのおたくはほんと日本よりタチ悪いな。ていうか、日本だと「普通の人」もロリとか平気で手を出すが、向こうでこういうのにハマるのはほぼキチガイだから。〈つまり日頃から「私は外人」と公言している私は‥‥〉 黙れ。こういうのを野放しにしているYouTubeもどうだかな。子供が間違って見る可能性もあるのに。(MLPそのものはあそこにも書いたように、少女や元少女だった人には胸キュンの良作です。ただああいうのに大人の男がハマることには、向こうは日本ほど理解がないので)
とにかくこのビデオ自体はつまらないのだが、あのかわいらしい絵柄で猟奇殺人をやるってところがインパクトありすぎで、印象に残ってた。その記憶がなかったらこんなアニメ見ようとも思わなかったんで、怪我の功名ってやつですか。

というわけで、私は単なるグロ目当てに見始めた。と言ってもべつに邪(よこしま)な目的じゃないよ。かわいいポニーだとかわいそうで見てられないけど、なにしろあの奇怪な生物――MLPのリビューに書いたのを引用すると、「目玉が頭骨に収まりきらないほどでかかったり、鼻がなかったりする」化け物(ついでに言うと口も顔にあいた穴にすぎないというキモさ)が殺されようと解剖されようと、人間じゃないからちっともかわいそうに見えないし、怖くもないし。
おまけに、こいつらと来たら、まともに人語を話すこともできなくて、「みー」だの「にーにー」だの「にぱー」だの「むー」だの「ふにゅー」だの、変な声で鳴くし、その気持ち悪い生物をザクザク切り刻むのを見て溜飲を下げようという魂胆。〈十分邪だわい!〉

でもそういう邪な期待がなかったら、おそらく第一話の初めの10分でギブアップしたのは確実。キャラはあれでも、ストーリーは普通のサイコホラーだと思ってて、ここまで露骨な萌えアニメだとは知らなかったので。

日常編

お話は主人公(いちおう)の圭一が岐阜県の雛見沢(ひなみざわ)という山村に引っ越してきたところから始まる。だいたいどのエピソードも、前半はもっぱら圭一と新しい学校のクラスメートたちとの交流が描かれるのだが、これがまるでハーレムアニメ。しかも圭一を取り巻くのは小中学生の女の子だけ! いちおう圭一も中学生だが、15歳ぐらいに見えるし、この年で小学校低学年の女の子と遊んでる男って完全に変態! もしくは頭の弱い人じゃん。まあ、ハーレムと言っても前述の通りのエイリアンばかりだからエロい雰囲気はゼロなんですけども。
いちおう弁護しておくと、過疎の村の分校で小中合同クラスで、しかも同年代の男子がいないという言い訳は付いてるが、それでもいつでも女子小学生とつるんでる男の子って‥‥。あと、いちおうこの連中は学校の部活のメンバーなんだが、その「クラブ活動」も、トランプだとか鬼ごっこだとかのゲームしてるだけだしね。やっぱり特殊学級の子供たちとしか‥‥。しかもその中に思い切り溶け込んでいじられてる圭一って‥‥。

いちおう圭一の「ハーレム」を紹介すると、

前原圭一(まえはら けいいち) 転校生。
竜宮レナ(りゅうぐう れな) 両親が離婚して父と二人で暮らしている。かわいいものを見ると「お持ち帰り」せずにはいられないぶりっこ。
園崎魅音(そのざき みおん) 村の有力者(ほぼヤクザ)の園崎家の跡取り娘。男まさりの女の子。一人称が「おじさん」。両親が当主の祖母に勘当されたあとは、祖母と二人暮らし。
園崎詩音(そのざき しおん) 魅音の双子の妹だが、双子に対する禁忌から家を出てひとり暮らしをしている。
北条沙都子(ほうじょう さとこ) 小学生。両親と叔母は死亡、兄と叔父は失踪して、ひとりぼっちになり、今は梨花と二人で暮らしている。「○○でございますわ」というお嬢様口調。
古手梨花(ふるで りか) 小学生。村の古手神社の神主の娘だが、父は死亡、母は失踪して、今はひとり暮らし。一人称が「僕」。

後列左から、魅音、レナ、圭一(この子たちは中学生。詩音は途中から登場するので写ってない)
前列左から、梨花、沙都子(この二人は小学生)

なんかこのプロフィルだけでも闇が深すぎてすごいが(現実的な闇も萌えの痛さという闇も)、とりあえず彼らの学校生活を描く「日常」部分はそんな不幸が嘘のように、ふざけたギャグタッチの幼稚なほのぼのコメディーが続く。
でも親たちがほとんど死んでたり、失踪してたり、逆に勘当扱いだったり、天涯孤独の幼女二人が、誰にも保護されず二人だけで暮らしてたり、さすがに素人っていうか、プロならここまで破綻したキャラ設定はできない。とほほ‥‥。

とりあえず私の感想としてはどんなグロビデオよりグロい、とても正視できないので、この日常パートは全部飛ばして見たぐらい。
この日常部分はアニオタでも引く人はいるみたいだから、普通の男性や女性はまずここで見るのをやめると思う。でもそれはあまりにももったいない。このアニメの真価は全50話すべて見ないとわからないんで‥‥。

崩壊する日常

でも私はグロ見たさにがんばった。〈←明らかに普通の人じゃない〉 特にこのウザいガキどもが切り刻まれるのが早く見たくて。ところが待望のゴアシーンに行く前に「あれれ???」と思い始めた。

ちょっと待って!!! おもしろいじゃん、これ!

つまりそういうほのぼのした(見る人によっては身の毛がよだつほどグロい)日常に、じょじょに亀裂が入り始めるところの演出が秀逸なのだ。ええー! それって私がいつも絶賛している「狂気に侵食されて崩壊していく現実」そのものじゃない。しかも、その表現が際立っていい。
えー、どうなってるの! バカにするつもりで見始めたのに‥‥

もらったおはぎを食べたら針が入っていたとかね。もちろん贈り手が敵ならわかるが、持ってきたのは彼に好意を寄せるかわいい女の子というのは、なんかぞっとする。学校を休んだ圭一を見舞いに来たレナが、帰ってくれと言われているのに、言葉は優しいんだけど、ドアチェーンを外からいきなりむんずとつかんでガチャガチャ揺さぶるのはすごい怖いし、恐怖のあまりその手をドアではさんでしまうばかりか、「やめて! 痛い!」という悲鳴を無視して、何度も何度もレナの手にドアをガンガン叩き付けてしまう圭一も怖い。
こういう「日常」の範囲内の恐怖の方がお化けや殺人鬼よりよっぽど怖いが、この作者はよくわかっている。
そして最後、家にやってきた女の子二人、魅音とレナに怪しい注射を打たれそうになった圭一は、錯乱して金属バットで二人を撲殺してしまうのだが、なぜかその後、警察に電話をかけながら自分の喉を爪で掻き破って死んでしまうのも意味がわからなくて怖すぎる。電話の相手は刑事なんだが、その刑事が圭一の姿が見えるわけでもないのに、「あなた、まさか自分の喉をかきむしったりしてないでしょうね?」とか言うのも怖い。

狂った圭一による惨劇の現場

というのが最初のエピソード「鬼隠し編」の結末なんだが、最初のいくつかのエピソード(アニメの4~6話で原作ゲーム1本ぶんのエピソードをやる)では、次々と惨劇が起こるだけで、なぜなのかはまったく説明されない。「真相」は後の解答編を見ないとわからないようになっている。先に述べたように原作はただの紙芝居で、ゲームではまったくないのだが、いちおうその辺推理ゲームっぽくなっているようだ。

ホラーとしての『ひぐらし』

ここでネタバレしてしまうと、雛見沢には雛見沢症候群と呼ばれる特有の風土病があり、原因は解明されてないが、一種の寄生虫病らしい。雛見沢の人間はほとんどがそのキャリアーらしいのだが、雛見沢を離れるか、極度のストレスにさらされないと発症しない。(寄生虫みたいにでっかいものがなんで発見できないのかとか、発病のメカニズムも謎だらけだが、そこらへんは突っ込まないでおいてあげる)
とにかくこれが発症すると精神が冒され、初期症状としては疑心暗鬼に駆られたり、幻覚を見たりするのだが、最後は自分の喉をかきむしって出血多量で死ぬ

つまり圭一(やその後の犠牲者たち)はこの病気を発症しただけ。彼らは幻覚を見ただけで、これはいわゆる「あてにならない語り手もの」だったのだ。

おはぎに針が入っていて、誰かが圭一を殺そうとしているというのは、実は彼らのゲームのひとつで、普通のおはぎにひとつだけタバスコ入りのおはぎをまぜたロシアンルーレットの一種だった。その辛さを狂った脳は痛みと認識し、存在しない針が見えてしまっただけ。拘束されて得体の知れない注射をされそうになったというのは、罰ゲームとしてマジックで圭一の体に落書きをしようとしていただけだった。
つまり無邪気な遊びが狂った圭一の目には恐ろしい陰謀に見えていたわけで、ホラーと言うよりは精神病が生んだ恐ろしい悲劇だったことがわかったときはすごいカタルシスを感じた。

この悲劇はその後も繰り返される。

『ひぐらしのく頃に』はいわゆる「タイムループもの」でもあり、次のエピソードでは時間が巻き戻り、死んだはずの人間は生きていて、同じことを繰り返しているように見えて、何かが少しずつ違っており、発狂するのも別の人間である。
その発狂のきっかけも、妄想の内容も、それぞれの事情によって違い、親の離婚や浮気の悩みとか、双子の姉妹に対する嫉妬とか、リアルでありそうなものばかりだし、何も奇妙な風土病なんか持ち出さなくても普通に統合失調症でいいんじゃないかとは思うが、それはまあいいとしよう。

ループものというのは日本のアニメや小説では人気らしくてよく耳にするが、ホラーでループというのはちょっといいと思った。つまりプレイヤー(観客)は必ず怖いことが起きるのを知っていて、だけどどうしてもそれから逃げられないというのは悪夢みたいで怖い。

とにかくこれで終わらせておけば、それで最後に種明かしのフラッシュバックでも付けておけば、この作品は歴史に残る傑作ホラーになったかもしれないと思う。竜騎士のつまづきはやりすぎたことだけだ。そこがいかにも同人だし、素人の限界なのかもしれないが、おかげで『ひぐらしのく頃に』は稀代の怪作となった。

ファンタジーとしての『ひぐらし』

梨花と羽入

雛見沢で起きる奇妙な出来事は奇病の発症だけではない。まずループする時間だが、「前世」の記憶を持ち、ループに気付いているのは幼い古手梨花のみ。彼女は「オヤシロさま」と呼ばれる神を祭る神社の巫女で、毎年6月に行われる「綿流し(わたながし)」の祭りのあとに、必ず正体不明の何者かに殺される運命にあるのだが、死ぬたびにオヤシロさまの化身らしい少女(実は梨花の遠い祖先で神に捧げる生け贄にされた巫女。幽霊みたいに梨花にしか見えない)羽入(はにゅう)によって、死ぬ前の過去に戻されていたのだ。

そのため雛見沢では綿流しの祭りを中心とした梨花の死と再生の間で時間が止まってしまっている。ループものの定石として、梨花はなんとかして歴史を変え、死を免れようとするのだが、すでに百年もの長きにわたってそれに失敗し続けているため、すっかり疲れ果て、あきらめそうになっている。
一方、羽入も徐々に能力を使い果たしているらしく、ループできる間隔はどんどん短くなっている。(昔は何年も前に戻れたのに、今は死の数日前) そのため、近いうちにやり直しは不可能になることが予想できる。
しかし観客はループの内容が毎回同じではないことに気付いている。梨花もそれに気づくが、もう時間がない

そこに救世主として登場するのがよそ者の圭一(=プレイヤー)で、彼の介入が急速に仲間たちを、さらには雛見沢を変えることになる。さらに圭一は梨花以外で初めて前世の記憶を思い出し、それがきっかけとなって、他の仲間たちも覚醒する。彼らの助けを借りて、どうやらこれが最後のループと思える世界で、梨花は最後の賭けに出る。

ええー? これもすごい感動的だしおもしろいじゃん!! もはやまったくミステリーではなく、ファンタジーだが。ここで終わっていればこの作品は歴史に残る傑作ファンタジーに(以下同文)。だがこの作者の暴走はまだ止まらない。

ミステリーとしての『ひぐらし』

綿流しの祭りの夜には、(梨花たちは別として)毎年一人が死に、一人が行方不明になる。人々はこれをオヤシロさまの祟りだと考えている。もちろん梨花はそうでないことを知っているが、彼女にも理由や犯人はわからない。
この殺人が始まったのは4年前で、当時、雛見沢はダム建設により水底に沈むかどうかの瀬戸際だった。住民たちはダム反対派と賛成派に分かれて争っていた。ダムの建設は中止されたが、このときの争いがその後も住民の間にしこりを残している。というのが背景事情。

1年目の死者はダム工事の現場監督(バラバラ殺人)で、失踪者はその下手人の建設労働者(前科あり)。
2年目の死者は沙都子の両親(転落死)。(失踪者どうなった? 片方の死体が見つからないとかだったかも)
3年目の死者は梨花の父(病死)で、失踪者は梨花の母(遺書あり。おそらく入水自殺)。
4年目の死者は沙都子の叔母(撲殺)で、失踪者は沙都子の兄の悟史
5年目(この物語の現在)の死者はカメラマンの富竹(とみたけ)(自分の喉を引き裂いて死ぬ)、失踪者は富竹と付き合っていた診療所の看護婦、鷹野三四(たかのみよ)(ドラム缶に詰められ焼死死体で見つかる)。

この一連の事件を追う地元の刑事、大石は、これらの殺人を雛見沢の村ぐるみの犯罪、特に首謀者はダム反対派のリーダーだった園崎家ではないかと疑い、執拗に関係者を追求している。しかも圭一のグループの関係者に被害者が多いことから、彼らにもつきまとう。大石にとっては最初の犠牲者の現場監督が彼の恩人だったという個人的事情もある。

あれれ? ファンタジーなのかと思ったら、この部分は完全にミステリーっぽい。そして当然のように様々な手がかりがばらまかれ、怪しい人物が往来し、偽の犯人が捕まったり、偽装工作が行われたりする。

これもネタバレをしてしまうと、見るからに怪しい園崎家は完全にシロ。犯人もそれぞれ違っていて、一連の殺人にはなんの関連もない。最初は単なる偶然から、たまたま祭りの晩に殺人が続き、あとからは「オヤシロさまのたたり」ということにして隠蔽しようとする意図的な工作だったのだ。失踪者が実は死んでたり、逆に死んだと思われた人が死んでなかったりするトリックも多数。
これもうまいと思ったね。明らかに連続殺人と見せかけて、実はまったく無関係というトリックはおもしろい。この部分だけ取り出せばミステリーとしてもよくまとまっているし、結果的に間違ってたとはいえ、大石(定年間近だが、何が何でもやめる前にこの事件の真相を解明しようとしている)も探偵役としては実にはまり役で有能だし。
いっそ雛見沢症候群とかオヤシロさまとかループとか抜きにして、そういう推理ものにしてしまえば、それなりに傑作になったかもしれない。だけど‥‥(以下略)。
というわけで、ここまでは私もぐいぐい引きつけられたんだけど、この後はさすがに‥‥。

陰謀ものとしての『ひぐらし』

実は雛見沢には、雛見沢症候群の軍事利用をたくらむ政府の秘密機関があって、村の診療所はそのカモフラージュだった。診療所の地下には入江機関と呼ばれる巨大なラボがあり、診療所の医師入江京介(いりえきょうすけ)はその所長(実は傀儡でただの研究者)、看護婦の鷹野三四がその黒幕だった。梨花をはじめとする雛見沢の住人はすべて、入江機関の実験台だったのだ。

(うん、うん、それはまあいいよ。でも‥‥)

入江機関は「東京」と呼ばれる組織の司令で動いており、「山狗(やまいぬ)」と呼ばれる特殊部隊がそれをガードしている。

(はあ‥‥そうですか‥‥)

しかし鷹野は幼児期のトラウマ――両親の事故死、孤児院での虐待、そこから救ってくれた祖父(養父。雛見沢症候群の研究者)の失脚――のおかげで、もう雛見沢症候群なんて目じゃないほど狂っており、祖父の汚名をすすぎ、彼の(もちろん自分のも)研究を認めさせるために、どころか、最後の方ではこの世界の神になるために(夜神月かよ)、雛見沢を滅ぼそうとしている。

(ええー?!!! なんでそうなるの?)

実は(これが多い)雛見沢症候群には女王感染者というものがあり(もしかして寄生虫を昆虫だと思ってる?)、感染者は女王感染者から離れると発症してしまう。その女王が梨花なのだ。梨花が死ねば雛見沢の住民二千人は発症して殺し合いのすえ自滅する。そうなった場合、「山狗」は村民を狩りたてて殲滅する権利を与えられている。実際、村が壊滅したシナリオも多数存在する。(その時には梨花は必ず死んでいるので、そういうことがあったのを知らない)

(ひいー!)

二千人が死ぬような事態になれば、さすがに証拠隠滅はできないはずで、そうなれば自分の研究にスポットが当たる、という理由で鷹野は「山狗」を買収し、買収できない者は殺した上で梨花を殺そうとしている。彼女の「焼死体」は単なる偽装工作だった。

(‥‥)

さらに(これも多い)入江機関そのものも中央政府の政治抗争の道具のひとつに過ぎず、入江機関が失敗したと見なされると新たな制圧部隊「番犬」が送り込まれてくる。

(‥‥ははは‥‥)

というわけで、最後のエピソード「祭囃し編」(本編の最後という意味で、原作のゲームもアニメもこの後も続編やら番外編がたくさん出ているし、そのつど違ったエンディングや解釈が付け加えられている)はバトルものの様相を呈してくる。うわー! さすがにこれはやりすぎ! あれもこれも盛り込みすぎて、これは絶対収拾がつかなくなるパターンじゃないの。
と、思ったが、驚いたことにこれが誰も死なない大団円のハッピーエンドにつながってしまう。もちろんでかいアラはゴロゴロあるよ。政府の特殊部隊が小学生の女の子にやられて敗走するとか(笑)。

しかしそういう嫌味に対しては、「祭囃し編」の直前に「皆殺し編」をはさむことでかろうじて切り抜ける。「皆殺し編」では、「みんなが力を合わせればきっと運命は打ち破れる」の信念の元に、もう少しですべてうまく行く、と思わせたところで情け容赦もないどんでん返し(と言うには、タイトルだけでネタバレしているが)。金属バットやナタやテーザーガンだけで武装した子供が銃にかなうはずもなく、部活仲間は全員あっさり捕まって銃殺、梨花は鷹野の手で腹を割かれて生け贄にされ、何も知らない村民は一箇所に集められて毒ガスによるホロコーストでThe End。

腹を裂かれカラスにつつかれる梨花(死体) 「皆殺し編」だけじゃなく、最終回以外、最後はいつもこれで終わります。

おいおい、うまいじゃないか。

希望を持たせておいて一気にどん底へ叩き落とすところも、さんざん絶望させておいて、最後の最後でまさかのハッピーエンドに至るところも。(普通の物語ならこれは普通なんだけど、ここまでやるともう鬱エンドしかないんじゃないかと思わせるので)

特にここまでとっちらかった物語を、力業で一気にまとめ上げたところは(ここまで穴だらけじゃなければ)神業と言ってもいいぐらい。ここではわかりやすいように要素ごとにまとめたけど、実際のところ視聴者は、こういった異なる要素がぐちゃぐちゃに詰め込まれた話の、そのまた断片をちょっとずつ見せられるだけ。

しかもこの、後から思いつきだけで作っていったとしか思えないストーリーだが、実は第一話からちゃんと全部の伏線は張られてるんだよね。するとこれを最初から構想してたのか? それは純粋にすごい。
なにしろ、ホラーで、ミステリで、ファンタジーで、SFで、心理サスペンスで、政治サスペンスで、萌えで、日常学園ものだからね。ちょっとここまで欲張った作品って思い出せない。こういうプロなら絶対書けないものが書けるのも、素人の強みかも。
プロでも英国SFだとクリストファー・プリーストとかクリス・ボイスとかいるけどね。まさにこれは萌えアニメ版ワイド・スクリーン・バロック!(SF用語。面倒なので説明は省略するが私はすごい好きだった) って、めちゃめちゃほめてるじゃん、私!? どうなってるの?

とにかく全部見る前は、私はラノベに毛の生えたようなのを想像してた。ループするたびに主人公が少しずつ学んで、最後はみんなで力を合わせて敵をやっつけるみたいなの。(『オール・ユー・ニード・イズ・キル』がまさにそういう話だったね)
これもまあそうなんだけどね。でもここまで錯綜した複雑なプロットだとは思ってなかった。あとディテールが細かすぎリアルすぎ! だいたい猟奇殺人とか、偽の現実とか、まさに私のジャンルじゃない! 単なるグロホラーだと思っていた私の印象は完全に間違っていた。

ただ、残念ながら期待したグロはぜんぜんグロくない。やっぱりアニメだからか、殺人シーンも、バットやナタを振り下ろす→視点が変わって壁に血が飛び散る程度だから。はらわたもちらっと見える程度だし、話題を呼んだ拷問シーンも生爪剥がしぐらいどうってことない。(私はしょっちゅうタンスの角につま先ぶつけて足の爪剥がしてます)
だいたいはらわたやバラバラ殺人ぐらい今どきの映画やアニメなら腐るほど見られるのに、なんでこの作品が残酷って言われたのかな? やっぱり幼女のだからか。まあ、梨花は幼女に見えるだけで中味は老女に近いんだが。

雛見沢症候群に冒された圭一の見るレナ。この猫目になるのが幻覚の印なんだが、これだけで下手なグロ描写より十分怖い。

マンガ版はグロいと聞いて見てみたけど、まあグロといってもしょせんマンガですし。
設定そのものはかなりグロいんだけどね。「綿流し」は実は「腸流し」だったとか、オヤシロさまの祭具殿には古今東西の拷問具コレクションが集めてあったりして、どうやら昔は生け贄を拷問して殺し、そのハラワタを川に流す祭りだったらしい。そこで鷹野は梨花に同じことをするわけ。

あと、どのエピソードだか忘れたが、梨花が進んで拷問を受けるシーンが印象に残った。梨花は毎回殺され、それまでの記憶はすべて覚えているのだが、自分の殺人者の顔だけは見ていない。そこで殺人者(鷹野)の顔を目に焼き付けて忘れないようにするために、普通なら殺されたあと腹を裂かれるのを、生きたままやらせるように仕向けるのだ。見かけ通りの子供じゃないとはいえ、これはなかなかできるもんじゃないよね。こういうのすごい好き。究極の自己犠牲。

でも怖くはない。そんなのより最初に述べたような心理ホラー要素とか、現実の残酷さの方がよっぽど怖い。特に児童虐待のリアルすぎる描写は荒唐無稽なグロなんかよりよっぽど怖い。

たとえば沙都子という子は、両親の死後(と言ってもこの子が殺したらしいんだが)、叔母に虐待され(兄はその叔母を殺して失踪)、その後は叔父に虐待され、あまりにひどい虐待のせいで、悪いのはすべて自分だと思い込み(虐待被害者によくある話)、あらゆる助けを拒否しているので、児童相談所を呼んでも何もできない。って、いかにもありそうな話でつらい。こんなふざけたゲームのネタとしては重すぎて、私はグロよりこういうほうが気分が悪い。
その解決法も、子供の力では何も動かせない、周囲の大人を巻き込み、住民運動を盛り上げて無理やり役所を動かすことで、沙都子を叔父から引き離すという現実的すぎるぐらい現実的なもの。

ニコニコのコメントを見てるとこのエピソードはある種のハッピーエンドなので人気あるみたいだが、私はこういうのはちょっと好きじゃないな。
この児童虐待エピソードは鷹野の少女時代の話でも出てきて、なんで鷹野があんな化け物になったかを印象づける。
特にすさまじいのは孤児院時代のエピソードで、養鶏場殺人事件を思い出す。(残酷すぎるせいかアニメではカットされていたが、原作では子供を鶏に食わせるシーンがあったそうで、マジで養鶏場殺人事件をモチーフにしたのかも)

しかし、児童虐待をここまで真剣に考えている人が、なんでこんなあからさまなロリコンゲームを作れるの? いや、私の目から見てロリコンというだけじゃなく、はっきりロリコンを自称する大人キャラ(しかも善人側)まで出てくるし。作中での描写はないが、明らかに性的虐待が行われたことを示唆しておきながら、ロリコンをふざけたギャグとして扱う作者の気が知れない
まあ、そんなわけで、この児童虐待エピソード(これがまた長いんだ)は、私には典型的「偽善者」としか思えなくて気色悪くて好きでない

あと、沙都子の両親という人はダム賛成派のリーダーだった人で、彼らの死後、孤児になった沙都子を住人が村八分にしていじめ抜く描写もすごいリアルでおぞましくていやだった。私はこういう閉鎖的な村社会(村だけじゃなく都会にもあるよ)が死ぬほど嫌いなので、これまた猟奇殺人よりゾッとする。
村八分と言っても相手は幼い子供だから、単に無視するとか商品を売ってやらないというレベルなところもリアルだし、それも沙都子が憎くていじめるんじゃない、内心ではみんな同情してるんだが、沙都子にちょっとでも優しくするところを見られたら、今度は自分が村八分のターゲットになるのが恐ろしくて誰も踏み出せないというあたりのディテールもリアルすぎ!
でかい穴はあるが(たとえば村人全員から大事にされる梨花や魅音が沙都子の親友だという事実はどうすんの?みたいな)竜騎士という人、確かにこういう基本的な筆力はあるんだよな。

第二部に続く

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