【映画評】エクスポーズ 暗闇の迷宮(2015)Exposed

これもキアヌが出ているという以外、何も知らずに見たんだけど、ちょっとだまされたというか、キアヌはほんのちょい役でした。同じように引っかかった人多数なんじゃないかな。予告編でもキアヌの映画みたいな宣伝されてるし。

というのも映画を見ればわかるのだが、これってレイプとチャイルド・アビューズ(幼児虐待)についての話だし、舞台になるのも登場人物のほとんどもニューヨークのヒスパニック・コミュニティーだからだ。なのに、まるでキアヌ扮するNYPDの刑事が主人公のクライム・サスペンスみたいに宣伝してるから違和感を覚えて当然。
それでちょっと調べたら、原作は確かにチャイルド・アビューズをテーマにしたちょっとシュールな話で、それをあえてキアヌの映画にしようとしたのは映画会社の戦略であると。しかし、この映画の監督・脚本のジー・マリク・リントン(Gee Malik Linton)はそれを快く思わず、クレジットからも自分の名前を外せと要求し、結果、Declan Daleという偽名でクレジットされているそうだ。
それは大変いさぎよい立派な態度でえらいと思うが、そんなに心配しなくても、完成した映画をちゃんと最後まで見れば、レイプについてのまじめな映画だってことはわかりましたよ。キアヌ目当てのアホにはわからないかもしれないけど。〈自分は何なんだ?〉

ここでストーリー(完全ネタバレ注意)

刑事スコッティ(Keanu Reeves)は同僚のカレン刑事が地下鉄駅で殺された事件を追っている。カレンはスコッティにとっては恩人なのだが、実は男も女もレイプしまくるような、かなりヤバい悪徳警官で、警察も彼の妻(Mira Sorvino)も下手に叩いて埃が出ることを恐れている。しかし、もちろんスコッティは犯人追求をあきらめない。

しかしこっちはあくまでサブプロットで、本当の主人公はヒスパニックの若い女性イサベラ(Ana de Armas)。彼女はイラクに派兵された夫ホセの実家に住んで、彼の親兄弟に家族同様にかわいがられているのだが、ある日、深夜の地下鉄で不思議な体験をする。アルビノの男(Stephen Thompson)が宙に浮かぶのを見たのだ。信心深いイサベラはそれを神の啓示と考え、その後もたびたび町で白塗りの人物(天使だと思っている)を見るようになる。

アルビノの男を見るイサベラ

イサベラはこれが何かの吉兆だと期待するのだが、その後は彼女の身に不幸ばかりが起きる。まず夫がかわいがっていた飼い犬(またもピットブル! なんでアメリカ人はあんな醜くて凶暴な犬が好きなんだ!)が事故死する。その後追い打ちをかけるように、夫の戦死の知らせが届く。
悲しみに沈むイサベラだが、自分が妊娠していることに気付く。彼女はこれを天からの授かり物と喜ぶのだが、ホセはもう1年も帰省していなかったため、ホセの家族には浮気女と決めつけられ、家から追い出されてしまう。
やむなく両親の住む実家に戻ったイサベラだが、両親との関係はギクシャクしている。それというのも彼女は幼児期に父親に性的虐待をされていたらしいということがわかってくる。(しかも母親は亭主を恐れてかばってくれないという最悪のパターン)
イサベラは保育園で働いているのだが、園児のエリサの様子を心配している。エリサは母親の帰りが遅い日は家に帰りたがらない。当然ながら父親による虐待が疑われる。
とうとうイサベラはエリサを実家に連れ帰る。しかしエリサは「男が!」と泣き叫んでイサベラの元へ逃げてくる。父親が(自分にしたのと同じように)エリサをレイプしようとしたのだと思ったイサベラは父親を包丁で刺す。
同時に彼女は思い出す。あの日、地下鉄でイサベラはカレン刑事にレイプされた。そのショックで彼女は記憶を捏造し、代わりに不思議なアルビノの男の記憶を作り出したのだ。「天使」を見るようになったのもそのせい。そもそもエリサなんて少女もいなかった。エリサはまさに少女時代のイサベラそのものだったから。
あるいは、彼女が正気を失ったのはもっと以前だったのかもしれない。幸せな結婚をしたおかげで隠蔽されていた記憶が、地下鉄でのレイプで甦っただけだったのかも。それを解き明かすのは、事件を担当するスコッティの役割だが、映画は父親の遺体のそばで放心状態のイサドラを映して終わる。

というわけで、これはサイコ・スリラーでありながら、女性や子供への性的暴力のおぞましさを訴える立派な社会派映画で、『ジョン・ウィック』なんかよりはるかに良心的に作られたまともな映画なんだが、かっこいいキアヌ見たさに見たアホには肩すかしもいいところだ。〈なんかそこの所をやけに強調しますが、それって実はあなたのことなんでは?〉
とにかく、ヒロインとキアヌが顔を合わせるのは最後の最後。彼が事件を解明したわけでもないし、ちょい役と言ったのはそういうこと。だいたい、スコッティもそれほどまともな人じゃないって証拠に、カレンの妻と浮気なんてしてるし。むしろサイドストーリーとしては、ヒスパニックのギャングとイサベラの義弟の話の方が物語的には比重が大きい。

ただ、そういう映画と知ってみても、なんだかなーという気持ちは残る。ヒロインのイサベラがただただひたすら哀れでかわいそうな被害者ってところとか。いや、実際被害者だしかわいそうなのは当然だが、ここまで徹底的にやっつける必要あるのかなとか。特に夫の死で死ぬほど落ち込んでるところに、妊娠して夫の子供を神様が授けてくれたと喜んでるのに、実はレイプ犯の子供だったとかね。まあ、イサベラのような善人が殺人を犯すほど気がふれるには、これぐらいの動機がなくちゃってことか。
カレンも上記のように男だろうと女だろうと見境なくレイプしちゃうような盛りのついた狂犬で、しかもみんなそれを知ってるのに、NYPDはこんなやつなんでクビにしないのかとか。この手の映画では被害者をひたすら汚れない天使にして、男を化け物のように描くのが定石だが、それもちょっと飽きたし、ここまで身も蓋もないと白ける。
むしろヒロインはアバズレだと思われてたのに、実際はそうじゃない普通の女の子だったとか、誰が見ても愛情深い理想の父親に見えたのに、実はその父親にレイプされてたとかいうほうが、もっと救いがなくて話としてもおもしろいのに。〈それって『ツイン・ピークス』じゃないですか! リンチに完全に脳を冒されてるな〉

ここで役者評。

主役のイサベラを演じたアナ・デ・アルマスは、ご覧の通りの美少女で、精神的に不安定な若き人妻を好演した。個人的にこういうお人形さんみたいな女の子に興味ないのでどうでもいいが。
それ以外の役者もなにしろヒスパニックに興味ないので名前も顔も覚えられなかった。

ただ、いちばん印象的だったのは、イサベラが幻覚の中で見る、空中浮遊するアルビノの男で、てっきりメイクだと思っていたが、調べたらこの人はスティーヴン・トンプソンというアルビノのスーパーモデルだった。

なぜか日本では(おたくだけかもしれないが)アルビノ(ただし若い娘のみ)を神聖視する風潮があるが、私は大学の同僚にアルビノのおっさんがいるので、べつに珍しいとも感じないし、アルビノだからって美しくもないことは知っている。
ただ、アルビノってことを除いてもモデルになれるぐらい顔もスタイルもいいと、おっさんでもやはりそれなりに神話的な神々しさがあるんだね。ただしこの写真は明らかにファンデーション塗ってるけど、地肌はピンクマウス(蛇の餌にするハツカネズミの生まれたての赤ちゃん)みたいな色です。(肌は真っ白だけど血の色が透けて見えるため)
あと目に色がない(スティーヴンは薄いブルーだが、私の知ってる人は完全にピンクで眼底が透けて見える)とものがよく見えないらしく、文字を読むには本に顔をべったりくっつけないと見えないみたい。そういう生まれつきの障害にも関わらず大学教授までなったんだから、あの人もすごい苦労したんだろうな。

それでかんじんのキアヌは役柄もひどいが、写真貼る気もしないぐらい魅力がなく、こんなキアヌを見たのは初めてなので正直ゾッとした。上のポスターの写真はこれでもまだかなり手を加えてあるんで、現物はもっとひどい。
なんか顔が腫れぼったいんだが、太った感じではなく、なんかいかにも不健康なむくんだ感じ。肌も弾力がなく革みたいでごわごわした感じだし。いちおう役柄からするとこれぐらいスサんでいてちょうどいいんですがね。
そりゃ彼ももう年なんだから、いつまでも若くはいられないことぐらいわかってるが、変わらないことが取り柄の人だっただけに、この豹変ぶりはショックだ。爺になるのはやむをえないが、元が端正な顔立ちだったから品のいい爺になるのを期待してたのに、なんかうさん臭い小汚いオヤジなのがすごいいや。
でも彼のお父さん(中国とハワイ原住民の混血)ってほんとにこういう感じだった。男って年取ってくると父親に似ることが多いが、これだけはやめて! 違いはキアヌはまだ痩せてて長身というだけ。
というわけで、私がそろそろキアヌともお別れかと思い始めたのはこの映画から。まあ、これだけ尽くしたんだからもういいよね。

と、ひどい言われようだが、ルックスがだめになっても役者としてのキアヌ、人間としてのキアヌはまだ尊敬している。あれだけのスターが、こんな映画、と言ったら失礼だが、こんな無名監督の(ジー・マリク・リントンは黒人監督だが、これが唯一の劇場映画。それでこういう騒動を起こしてしまったのだから、二度と撮らせてはもらえないだろう)、こんな地味な社会派映画の、こんな端役に喜んで出るようなハリウッド・スターがキアヌのほかにどこにいる?! 当然ギャラだってはした金しかもらってないだろうし。
実際、キアヌは昔からこの種の反骨精神の持ち主で、そこが単なるきれいな顔したかわいこちゃんじゃないから好きだったんだが、その精神は年を取っても変わらないようで安心した。

そんなわけで、楽しい話ではまったくないし、見て良かったと思えるような映画でもないんだが、なぜか嫌いになれない映画である。

おまけ(ネタバレ注意)

砂上の法廷(2016)The Whole Truth

本当はこれも入れて5本立てにするつもりだったんだけど、あまりにつまらなくて話もつまらなかったので除外した。ただ、書いておかないとまた見たのを忘れて見てしまうので備忘のため。

これは今回取り上げた5作の中でいちばん新しいんだが、またかって感じの弁護士役で法廷もの。彼は父親を殺した罪に問われた少年の弁護を、母親に頼まれて引き受けるんだが、実は彼自身が犯人でしたという、絶対やっちゃならない禁じ手でどっ白け。なんでか、けっこう好評なようだけど、キャラクター浅い、プロットでたらめ、役者も魅力がなく、私にはまったくおもしろさもいいところも見つけられなかった。
監督は『フローズン・リバー』でサンダンスのグランプリを取ったコートニー・ハントだが、「なんだ、女か」で終わり。(今さらだけど私は性差別主義者でもあって、たいていの女性クリエイターの作品がだめ)

日頃、悪口雑言リビューばかり書いてるように見えるかも知れないけど、本当につまらないし興味もない映画の場合はこの調子で何も書くことがない。つまり悪口に見えてあれはあふれる愛情のしるしなんだからね!

それでキアヌだが、やはり直前の『エクスポーズド』と似たような印象。前のやさぐれ刑事と違ってこっちは弁護士でスーツ着てるぶん、薄汚いという印象は薄れたが、なんとなくくたびれてもっさりした感じはそのまま。やっぱりこれが現在形のキアヌか。

そのわりに、次に取り上げる『ノック・ノック』や『ジョン・ウィック』ではわりと魅力的に見えたので、違いは何だろうと考えたら、無精髭とくしゃくしゃの長髪とだらしない服装だということに気が付いた。それに対して、これと『エクスポーズド』はスーツにタイで短髪なんだよね。
ちなみに、キアヌがなんでオフだといつも浮浪者みたいな格好なのかもちょっとわかった気がする。こういうラフな格好の方が格段に若く見えるしかっこいいのだ。それはいいが、やっぱりちょっとショック! キアヌはスーツにオールバックがいちばん似合うと思っていたので。

 

キアヌ4本立て もくじ

【映画評】ディアボロス/悪魔の扉(1997)The Devil’s Advocate

★【映画評】ジョン・ウィック (2014)John Wick

【映画評】エクスポーズ 暗闇の迷宮(2015)Exposed

★★【映画評】イーライ・ロス『ノック・ノック』Knock Knock(2015)

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