★★【映画評】ビル・コンドン『Mr. ホームズ 名探偵最後の事件』(2015)Mr. Holmes

これは主演イアン・マッケランだけで見たが、本当に心温まるいい話だった。
イアン・マッケランのような名優は話がどうあれ、(たとえあれほどの醜男であっても)見ているだけで目の保養だし、彼が出る映画ならそれほどくだらないものはないだろうし(アメコミ原作を除く)。ここに書いたようにホームズは私の初恋の人だし、とにかくもういつ死んでもおかしくない年だから(ひどい)、生きてる間に一本でも多く見ておきたいと思って。(ただしアメコミは死んでも見ない)

参考(にはならないが、私のホームズに寄せる熱い思いが書かれているので)
★★【テレビ評】『Sherlock』BBCTV(2010-2014)

お話は、93才という高齢で、さすがにボケてこそいないものの健忘症に悩まされているホームズ(!)が、30年前の引退直前に最後に手がけた事件の真相を思い出そうと苦しむというもの。

この事件についてはワトソンが書いた「創作」とは違っていたということと、アンという女性のおもかげだけは覚えているのだが、ホームズはかんじんの結末を思い出せない。調べていくうちに、どうやらこの事件のせいで、ホームズは引退を決意したという事情もわかってくる。
その事件とは若い紳士トーマス・ケルモット(パトリック・ケネディ)が、妻のアンハティ・モラハン)の行動が不審だということで調査を依頼してきたものだった。実はアンはホームズが謎を解いたあと、鉄道自殺をしたのだが、どうやら、ホームズが探偵業をやめて田舎に引きこもったのは、彼女の死に責任を感じていたかららしい。

このミステリ部分である「過去編」はちゃんと謎解きもあって、まあまあよくできている。でもそっちだけの話だったら、ああ、なるほどね、で終わる普通の映画になっていただろう。ところが思わぬ収穫だったのはサブプロットの「現代編」のほう。

ホームズ(Ian McKellen)はこの年まで独身を通し、イングランド南部の海岸のコテージで、ミツバチを飼いながら一人住まいをしている。当然、この頃には親友のワトソンはもちろん、現役時代の知人はすべて世を去っており、彼の面倒を見るのは住み込みの家政婦マンロー夫人(Laura Linney)と彼女の幼い息子ロジャー(Milo Parker)だけ。

とにかくこの母子を演じた役者二人が良すぎて、そのため私の評価もBランクからSランクに引き上げという感じ。ちなみにローラ・リニーはアメリカ人だが、舞台出身の実力派。マイロ・パーカーは当時12才のイングランド人子役。

93歳になったホームズの暮らしぶり。右が家政婦のマンロー夫人。やっぱりイギリス映画はいいわあ。こういう部屋の調度ひとつ、服の柄までなつかしい。

謎解きのある「過去編」と異なり、こっちの「現代編」はべつにたいした事件が起きるわけではない。

未亡人のマンロー夫人は献身的な働き者だが、ちょっと堅くて冷たい感じのする女性で、姉(妹かも)がいるポーツマスのホテルに転職するため、辞職を願い出ている。
息子のロジャーは年のわりに利発な子供で、養蜂に興味を持っている。ホームズもこの子に目をかけて、いろいろ教えたりしてかわいがっているのだが、ポーツマスに引っ越したらロジャーはホテルの下働きとして働かされることになっている。

つまり教育を受ける機会もなく、一生肉体労働者として生きることが確定してるってこと。
ホームズはなんとかして母子をとどまらせたいのだが、もちろん無理に引き止めることは出来ない。給料を上げると言っても、マンロー夫人の決意は変わらない。彼女の立場を考えればそれも当然。なにしろホームズはいつ死んでもおかしくない年で、彼が死ねば親子は失業して路頭に迷うことになるので、安定したホテルの仕事に就きたいのだ。

事件らしい事件はホームズが倒れて入院したり、ロジャーがハチに刺されてアナフィラキシー・ショックを起こしたことぐらい。それでもかなりショッキングだった。とにかくロジャーがいい子すぎるので、彼が死んだと思ったときは「やめてー!」と叫んだし、ホームズはロジャーが死んだら自分の責任だと思ってひどい自責の念に駆られるし、一人息子を失うかもしれない母親の動揺とかすごいわかるし。
さいわいロジャーは命を取り留める。それに彼を刺したのはミツバチではなく、スズメバチだったこともわかる。ロジャーは大事なミツバチをスズメバチから守ろうとして刺されてしまったのだ。これにはホームズさんもじわー。

この二つのプロットとは別にホームズにからむのは、なんとウメザト(真田広之)という日本人。映画の冒頭、ホームズは人生最後の旅となるはずの日本旅行から戻ってきたところなのだが、なんで日本に行ったかというと、日本に自生する山椒が健忘症の特効薬になるということを知ったからなのだ。
例によって怪しい勘違いニッポンが出てくるが、そのわりにエキストラの衣装と広島駅(たぶんCGだが)だけがすごいリアルで、戦後の日本の雰囲気はよく出ていた。まだ焼け野原のままの広島の爆心地のそば(原爆ドームが見える)で山椒探しをしたりはしてたが(笑)。

ホームズとウメザト。終戦直後の日本人が絵に描いたような英国紳士ルック‥‥まあ、似合ってるから許す。

まあこれもジャポニズムとして悪くない、とつい思ってしまうのは、真田広之がすごく知的でかっこよかったから。ほんと見るたび思うけど、年取ってこれだけ魅力的になる日本人も珍しい。私は彼がアクションスターだった若い頃はまるっきり興味がなかったんだが、最近は何を演じてもステキと思ってしまう。とりあえず、英語で普通に芝居ができる日本人俳優というだけでも立派。惜しむらくはもうちょい背があればねえ。
ここでの真田はただでさえ地味な映画の中の、見せ場らしい見せ場もない地味地味な役柄だが、それでもなんとも言えずいい。ついでにウメザトのお父さんというのは、日本人でありながら大英帝国の密使として植民地で活躍したという、なんかかっこいい設定なのでなんとなくうれしい。

で、この映画の見所はと言うと、イアン・マッケランとローラ・リニーの火花が散りそうなぐらい激しい演技合戦。イアン・マッケランがいいのは想定内だが、ローラ・リニーが死ぬほどよかった。助演女優賞をあげたいと思うほどの迫力で、子を思う母親を演じた。ちゃんとすればきれいな人なのに、生活に疲れた田舎の未亡人の感じがよく出ていたし。
と言っても、もちろん大げさなオーバーアクションも、大仰なセリフもなし。ここまで抑えた演技でここまで深みを感じさせるのは、まさに芝居の醍醐味。二人ともうまいが、やっぱりこの年になってこれができるイアン・マッケランってすごいわ。素顔は本当にチャラい年寄りオカマなのに(笑)。
そう言えば、ここでは80才近くになったイアン・マッケランが60才から90才のホームズを演じるというのも売り物のひとつ。60才は若作りにも関わらず今とたいして変わらないが、シミだらけの90才のヨボヨボ演技はすごい迫真で、近い将来の姿と思うとけっこう胸が痛んだ。もちろん素顔のイアンはかくしゃくたるもので、まだまだ長生きしそうだけど。

ホームズとロジャー。かわいい。食べちゃいたいほどかわいい。

この映画の役者は数は少ないけどみんないいんだが、大人たちを食ってしまうほど良かったのが、ロジャー役のマイロ・パーカー。私はそうじゃなくてもイギリス人の子役に弱いんだが、この子は特別にいい。演技力はもちろんだが、子役はベッタベタにかわいい子より、こういうちょっとファニーフェイスの子のほうが、大人になって大成するという持論の持ち主なので。逆にダニエル・ラドクリフ(ハリー・ポッター)みたいに、子供の頃は天使のようだった美少年は、大人になるとブサイク、と言ってはかわいそうだが、使えない場合が多い。エドワード・ファーロングもそのクチか。
とにかくこの子がこのまま演技の道を進んでくれることを切に願う。(実際問題として、子役が大人になってもスターの道を歩む例は少ないんだけど)

ここらでこの映画のテーマの話をしよう。明らかなテーマはというと、「孤独の恐怖」と、「人はひとりでは生きられない」ということ。並行して進む3つのエピソード――最後の事件、ウメザワと彼の父親の話、現在のマンロー母子の話――に共通して流れているテーマもそう。

ここからがネタバレだが、アンは両親を亡くした孤独な身の上で、どうしても欲しかった子供も二度続けて流産してしまい、もう子を産むのは不可能と宣言されていた。しかし夫は彼女の苦悩をまったく理解してくれないばかりか、彼女の悲嘆ぶりを異常とみなし、子供の墓を作ることも許さず、唯一の慰めだった音楽も取り上げようとしていた。
それでも妻を愛しているらしい夫は、妻の「奇行」の原因の調査をホームズに依頼するのだが、賢いアンはそれに腹を立て、夫殺しを画策しているような素振りをしてホームズをだまそうとさえする。しかしホームズはアンの嘘を見抜き、彼女の奇行の原因は誰にも理解してもらえないという孤独であることを見抜き、彼女が自殺をしようとしていることを知る。

ここでのホームズとアンのやりとりも示唆に満ちていて絶妙だ。どうやら、ホームズはアンの中に自分との共通点を見いだして、彼女に共感しているらしい。どころか、明らかに彼女に惹かれているらしい。でも彼自身は孤独を愛する人間だから、彼女の本当の苦しみはわからない。

ホームズとアン

アンは孤独のつらさを訴え、ここから助け出してほしいさえと哀願するのだが、ホームズは彼女には夫がいることを思い出させ、夫の元に戻るようにうながす。アンは素直にそのアドバイスを受け入れたように見えたが、その足で鉄道に飛び込み自殺する。
ホームズが引退を決意したのは、わかっていながらアンを救えなかったという自責の念からだった。

それより少し前、ホームズは兄のマイクロフトを通じて、英国政府のために働いていたウメザトの父を知る。彼は仕事に生きがいを見いだしていたのだが、日本に残してきた妻子のことも気にしていた。そこでアドバイスを求められたホームズが英国に留まることを勧めたために、ウメザトは母子家庭で育つことになり、内心、仕事のために自分たちを捨てた父とホームズを恨んでいた。
そこで彼は嘘をついてホームズを日本に呼び寄せ、母に会わせて彼がしたことを思い知らせるのだが、結果としては仇を恩で返すことを選び、ホームズのために山椒を見つける手助けをしてやる。

ホームズは晩年になってようやく、残された家族のことを思いやれなかった自分を反省し、ウメザトの父がいかに家族思いだったかを手紙に記して日本に送る。そうする気になったのはやはり彼がこの年になって初めて孤独の意味を理解したからである。

そして現在では孤独に苦しんでいるのはホームズ自身である。特にマンロー親子が去ったら、自分は完全にひとりきりになってしまうことに気付いて、これまであえて人と関わらずに生きてきた自分の人生を振り返る。
一方のマンロー夫人もまた孤独である。夫に先立たれた彼女は息子を失うことを何より恐れている。
(以上はあくまで映画を見ての私の解釈であり、原作――原作は小説――は違うかもしれない)

なんかこのまま不幸な幕切れ(ホームズは失意のうちに死に、マンロー夫人は息子も仕事も失うみたいな)になるのも想像できたが、最後は切なく美しいハッピーエンドで終わる。

ホームズはマンロー夫人に自らの弱みも孤独もすべて打ち明け、自分が死んだら家も財産もすべて譲るからいっしょにいてほしいと頼んで、感謝とともに受け入れられる。ホームズはアンに対する罪滅ぼしとして最後の事件の真相を本に書き始め、ロジャーが将来養蜂業を継ぐことがほのめかされる。
そしてラスト、英仏海峡を見下ろす白い崖の上で、ホームズは広島の焼け跡で見た日本人に倣って丸い石を並べる。それは彼の人生において大事だった人々を表すものだった。(日本には地面に丸石を並べて死者を悼む習慣があるらしい) ワトソン、レストラード警部、ハドソン夫人、そしてアン‥‥。彼らは彼の人生を形作った人たちだ。やっぱり彼はひとりぼっちではなかったのだ。

というわけで、感動的な美しい物語だったが、あえて言わせてもらえば、私はやっぱりホームズには孤高を貫いてほしかったな。そこが彼の魅力なんで、最後の最後で変心するなんていやだ。まあ、これは私自身のことでもあって、この年までひとりで生きてきた私としては、今さら宗旨替えしたくないってのもあるけど。
それ(と変なニッポン)を除けば、いい話だった。

まあ、全体にあんまりホームズっぽくないが、これは単に同姓同名なだけの別のお爺さんの話だと思えば問題ない。だいたいホームズがオカマじじいだなんて思いたくないし。(ファンじゃないのかよ!) いや、ゲイを差別する気は毛頭ないし、もちろんホームズがゲイだったなんて作中ではまったくほのめかされてもいないんだけど、この人ゲイ・アピールが強烈すぎるんで。
今もこの映画の写真を探していたら、出てくるのはプレミアでの一コマで、イアンとパトリック・スチュワートががっちり抱き合ってキスしてる写真ばかりで(笑)。いやー、爺さん同士(おまけに二人ともSir付き)のディープキスってけっこう応えますわ。(パトリック・スチュワートはノンケなんだが‥‥)

同様に映画の日本は架空のワンダーランドなんだから、これはこれでいいんじゃないでしょうか。しかし真田広之は(『47 Ronin』とか)こんな勘違い映画ばっかり出て頭がおかしくならないのか?
日本はあれだが、オール英国ロケの風景も美しい。上記のように、舞台は白亜の崖(このあたりは土地全体が白亜=チョークでできているので、断面は純白なのだ)が連なるイングランド南岸。私はセブン・シスターズからブライトンまで行ったが、緑の芝・白亜の崖・青い海の組み合わせが本当にきれいなところだった。

この映画の舞台となったセブン・シスターズの白い崖

ところでこれを見ながら私が何度も思い出していたのは、同じイアン・マッケラン主演の『ゴッド・アンド・モンスター』Gods and Monsters(1998)という映画。自宅で変死したゲイの映画監督ジェームズ・ウェイルの晩年を描いた作品だったが、ここに書いたように、地味だけどしみじみいい映画だった。なんかあれと雰囲気が似ている。
どっちにしろやっぱりイアン・マッケランってすごいわと思っていたのだが、いま調べたら監督のビル・コンドンは『ゴッド・アンド・モンスター』の監督でもあった。なーんだ。道理で似てるわけだ。

それに道理でいいわけだ。コンドンは『トワイライト・サーガ』みたいなアホ映画も撮ってるが、やっぱりいい監督だと認めないわけにはいかない。ちなみに、このあとの作品はエマ・ワトソン主演の『美女と野獣』! おえー! いや、エマにおえーと言ってるわけじゃなくディズニーだから。まあおそらく、「ハート・ウォーミングな映画が撮れる」ところを買われたんでしょうな。
でもここでもイアン・マッケランを声優に使ってる。よっぽど好きなんだな。ていうか、この人もゲイ確定でしょ。『美女と野獣』には例によってのルーク・エヴァンスなんかも出てるし。クライブ・バーカーとの関係もあるし。だいたい、『美女と野獣』と言われて私が思い浮かべるのは、ジャン・コクトー(彼もゲイ)版だし。と思って調べたらやっぱりそうだった。
うむ、私はやおい趣味なんて毛頭ないが、昔からゲイとは趣味が合うんだよね。エマの『美女と野獣』も見たくなったぞ。ディズニーじゃたぶん見るだけむだだけど。

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