★★★【映画評】ジャスティン・カーゼル『アサシン クリード』(2016)Assassin’s Creed (Part1)

真なるものは存在せず
許されざるものも存在しない
“Nothing is true; everything is permitted”
――ハサン・サバーフ(ニザール派の開祖)

かんじんのゲームの方は一度もプレイしたことがないくせに、よくまあこれだけ熱中できると思うぐらいの、私としては珍しい溺愛リビュー

      • 「中東のどっかでアサシンがパルクールやる話」かと思ったらぜんぜん違った。
      • 同じオープンワールドの中世ゲームであるSkyrimにハマってるし、西洋史にも理解があるので、一般映画ファンより背景も理解しやすいはずだし、難なく物語に入れるはず、と思ったらぜんぜん違った。
      • アサシンの敵はテンプル騎士団だというから、イスラムの暗殺者集団がキリスト教徒と戦う話かと思ったらぜんぜん違った。
      • あとここまでヘボいSF仕立てだというのも知らなかった。

    これだけ失望要素が揃っていながら熱狂したのは、それほどアサシンとマイケル・ファスベンダーを愛してるからなんだけど。

    あとハイになって書いているので文体がちょっと変です

『アサシン クリード』もくじ

パート1

見る前に考えていたこと
見たら思ってたのとぜんぜん違って驚いた
『アサシン クリード』やっぱり長くてわかりにくいあらすじ
ここがだめだよ、アサシンズ・クリード――脚本
ここがだめだよ、アサシンズ・クリード――SF設定
ここがすごいよ、アサシンズ・クリード――Leap of Faith
アサシンは鷲か猫かマトリックスか?
ここがすごいよ、アサシンズ・クリード――ホース・アクション
ここがすごいよ、アサシンズ・クリード――パルクール

パート2

ここがすごいよ、アサシンズ・クリード――美術、コスチュームと小道具
ここがすごいよ、アサシンズ・クリード――マイケル・ファスベンダー
映画とゲームの主人公の話
配役について
ここがすごいよ、アサシンズ・クリード――多国籍性と言語について
ここがだめだよ、アサシンズ・クリード――拷問なしってマジ?!
映画やゲームの暴力描写について
監督のジャスティン・カーゼルについて
Assassin’s Creed the Movie 2 について
ゲームAssassin’s Creedについて
おまけ

見る前に考えていたこと

マイケル・ファスベンダー特集の最後は、以前ここで予告してたゲーム『アサシンズ・クリード』の映画化作品。日本版の正式名称は『アサシン クリード』だけど、そんなん知ったことか。あと、最近なんでカタカナ語に中黒(・)を使わないのか? おかげでつい中黒を入れて検索してしまって「見つかりません」になることが多い。分かち書きって日本語の書き方じゃないんですけど!
ところでゲームと映画を区別するため、ここではゲームはAssassin’s Creed、映画は『アサシンズ・クリード』で統一するよ。(実はSkyrimでも、あの国の名前はスカイリム、ゲーム本体はSkyrimで区別している)

いやー、実はこれ、私はめっちゃ死ぬほど期待してたんですよ。というのも、このゲームは一度もやったことがないにも関わらず、

1.コスチュームがかっこいい

というただそれだけの理由で以前から好きだった(Skyrimのキャラにも自分やフォロワーにはみんなAssassin’s Creedのコスチュームを着せてるぐらい)のと、

2.ポスターやスチルのマイケルが死ぬほどかっこよかった

ので。その写真見る前にSkyrimで作ったキャラがマイケルそっくりなぐらい元から好きだったし。
あそこにも書いたように、共演陣も一流だし、監督のカーゼルも『マクベス』はつまらなかったとはいえ、いちおうちゃんとした映画が撮れる監督なことはわかったし、これはいやが上にも期待が盛り上がるでしょ。

しかしその一方で、ゲーム原作の映画なんかが成功するはずがないのも知っている。

つまりゲームのほうのファンは、当然映画はゲームと同じようにはいかないので怒るし、ゲームを知らない映画ファンはさっぱりわけがわからなくて怒るというのが目に見えているのだ。

もうちょいくわしく解説すると、今どき2時間で終わるゲームなんてない(少なくともこのレベルの大作ゲームでは)。このゲームは知らないが、RPGなんか元のストーリーが何10時間か何100時間ぶんあるのに、それを2時間枠に詰め込むなんてとうてい不可能。だからゲーム映画は単なるゲームのプロモビデオに終わるか、あるいはまったくオリジナルの(ゲーム本体よりずっと短い簡略化された)ストーリーにするしかない。
同時に、このレベルのゲームは歴史から背景から小道具や細々としたお約束まで細かく作り込んであるのが普通。これまた2時間じゃそれをすべて見せて説明し尽くすのは不可能だから、どうしても説明不足で、ゲームをやってない人にはさっぱり意味がわからんということになってしまう。それで結局どっちも「くだらん」「つまらん」で終わってしまう。
実際、世評を見るとそういう印象持った人が多かったみたいね。

私はその中間かな。つまり元のゲームはやったことがないけど、ゲーマーだからいちおうゲームに対する理解はあるし、ちょうど同じオープンワールドの中世ゲームであるSkyrimにハマってるし、西洋史にも理解があるので、一般映画ファンより背景も理解しやすいはずだし、難なく物語に入れるはず。と思ってたんだが甘かった(笑)。

見たら思ってたのとぜんぜん違って驚いた

まず、そもそもAssassin’s Creedというゲームをまったく知らなかった。Skyrimのリビューの中で、「中東のどっかでアサシンがパルクールやる話」と書いたがぜんぜん違った(笑)。

いや、パルクールは合ってるんだが、中東じゃなくて、映画の舞台は中世スペイン「まさかのときのスペイン宗教裁判!」(モンティ・パイソン)の時代だった。
なんで私が中東の話と思い込んだかというと、アサシンと言えば普通、十字軍と戦ったイスラム教ニザール派のことなんで、てっきりあの辺が舞台かと。

それにこれがSF仕立ての物語だということも知らなかった。なんと主人公(つまりプレイヤーだよね)はアニムス(ユングだね)という機械を使って先祖の記憶の中に入って、歴史上のいろいろな国や時代に行くんだって。
なんかいきなり足をすくわれるような大胆な設定(笑)。いや、タイムトラベルものでは珍しくない話だけど、ここでそれが出てくるとは思わなかったんで。
今風に言うとヴァーチャル・リアリティかい。VRゲームには大いに興味あるけど、ゲームの中でVR体験してもあまりおもしろくなさそう。

でもって主人公が属するアサシン教団の敵はテンプル騎士団。これを知ったときは、なるほどキリスト教対イスラム教で宗教戦争なのね、と思ったが、これもぜんぜん違った(笑)。
イスラムまったく関係ないし、テンプル騎士団もよくオカルト陰謀論でネタにされるようなインチキ臭いやつで、要するに歴史はまったく関係ない。
そりゃまあよくよく考えれば、今のアメリカやヨーロッパでキリスト教徒と戦うイスラム戦士が主人公ってのはまずいよなあ(笑)。でも本当にそうなんだけど。ゲーム内でもハサン・サバーフ(ニザール派の開祖)の言葉(”Nothing is true; everything is permitted” )がモットーになってるぐらいだし。

とりあえず、私が理解したのはこれは完全に虚構の世界のアサシンでありテンプル騎士団なんだなと。ちょうど映画における日本の忍者みたいなものと思った方がいいかも。まあ、忍者もアサシンだけどね。この人たちはぜんぜん忍んでないね。派手な衣装着て派手な武器背負って、白昼堂々街中でパルクールやってるから(笑)。

ちなみに、本物のテンプル騎士団は14世紀に異端宣告されて解散させられている。本物のアサシンは13世紀ごろにモンゴルに滅ぼされたはず
と書いてから、念のためWikipediaを見たら、

現在ニザール派信徒はインド、パキスタンを中心にアフガニスタン、中国、タジキスタンなど中央アジア・インド方面、タンザニアを中心とする東アフリカ、ミャンマーを中心とする東南アジア方面、そして欧米に数百万人を数える。(Wikipedia日本版)

と書いてある! 生き残ってるじゃないかアサシン! じゃあ、テンプル騎士団はフリーメイソンに形を変えたということにすれば、まんざら嘘ばっかりでもないじゃん!(もちろんこれは「忍者の伝統はまだ日本に生きている」というレベルの嘘話です)

そんなわけで、最初に見たときは頭が混乱し、それこそ「何これ? 何がどうなってるの?」状態だった。
だって中世ものだと思っていたのに、話はいきなり中世スペインから1986年のメキシコでの主人公の少年時代に飛んで、母親がアサシン姿の父親に殺されたかと思うと、いきなりどこの誰かもわからない組織に追われるし、かと思うといきなり話は30年後に飛んで主人公がアメリカで死刑になるし、死んだかと思ったら今度はスペインで変な研究所に監禁されてるし、話が飛びまくり、ジェットコースター過ぎてもうわけわからん
いちおうわかった範囲でストーリーをまとめておこう。

これは映画のオフィシャル・トレーラーだが、おもしろくなるのは1分過ぎからなので、前半は飛ばしてもいいです。

『アサシン クリード』やっぱり長くてわかりにくいあらすじ

これはアサシン教団とテンプル騎士団が現代まで存続して争っている世界。主人公のカラム(カル)・リンチ(Michael Fassbender)は家に帰ると、父ジョゼフ(Brendan Gleeson)が(Essie Davis)を殺したのを見つける。実はジョゼフはアサシンの一員で、襲ってきた一団は、ジョゼフを捕らえに来たアブスターゴ財団(日本語版では「アブスターゴ社」になっていたが、Foundationは会社ではなく社会事業団体である)の手先なのだが、もちろんこのときはまだカルは何も知らない。
父はカルを逃がし、その後カルは里親の元を転々として結局は殺人犯としてアメリカで死刑になる。

しかし死んだはずのカルは、スペインにあるアブスターゴ財団の施設で目覚める。ここは財団のCEOのアラン・ライキン(Jeremy Irons)(日本では「リッキン」と書いているが、はっきり「ライキン」と名乗っていた。ああ、またこれかよ!)が運営する研究施設で、アランの娘の主任科学者ソフィア(Marion Cotillard)が、人間の暴力性をなくす研究をしているところだった。
ソフィアの説明によると、そのためには「エデンのリンゴ」と呼ばれるものが必要で、それが隠されている場所を知るためには、最後にエデンのリンゴを手にした中世スペインのアサシン、アギラール・デ・ネルハの記憶を探る必要があるのだが、カルはそのアギラールのたったひとりの直系の子孫なのだと言う。
アニムスと呼ばれる機械につながれることによって、カルは祖先の遺伝的記憶を現実のように追体験する。

アニムスにかけられたカル

アギラールが生きたのは15世紀スペイン。彼を初めとするアサシンたちは、異端審問所長官であり、この時代のテンプル騎士団のグランドマスターであるトマス・デ・トルケマダ(Javier Gutiérrez)が、グラナダ王国のスルタンの王子を誘拐して、スルタンが持っているリンゴを要求しようという計画を阻止するために戦っていた。
この日のセッションは、アギラールと仲間のマリア(Ariane Labed)が、王子奪還に失敗して騎士団に捕まるところで終わる。

カルは研究所で他のアサシンの子孫たちに出会うが、彼らはカルが教団を裏切ってソフィーに協力するんではないかと疑っている。
ソフィーは自分の母親もアサシンに殺されたと打ち明け、母を殺した父を憎悪しているカルを味方に引き入れようとする。協力を拒否し、自発的にではなく強制的にアニムスにかけられると、正気を失って廃人化してしまうらしい。
カルはここでまさにその状態になっている父と再会する。父によると母もアサシンで、捕まるよりは夫の手で殺されることを選んだのだと言う。カルはその言葉を信じず、リンゴを取り戻してアサシンに復讐することを誓う。

15世紀ではアギラールとマリアが火刑に処せられるところである。しかし彼らはあわやというところで逃げだし、街中のチェイスの果て、Leap of Faith(信念・信仰のジャンプという意味だが、日本語版では「イーグルダイブ」と訳されている。アサシンの必殺技らしい)によって追っ手を逃れる。

現代ではアランが騎士団のグランドマスターであるエレン・ケイ(Charlotte Rampling)から、成果が上がらないので資金援助を打ち切るという警告を受けている。この辺からソフィアは父の意図に疑念を抱くようになってくる。

トルケマダ(小さい方)とオヘア(大きい方)

アギラールとマリアは息子を人質にとられたスルタンとトルケマダの取引現場を襲い、リンゴを奪うことに成功する。しかし戦闘中にマリアがトルケマダの執行官オヘダ(Hovik Keuchkerian)に捕まってしまう。リンゴを渡さないとマリアを殺すとオヘダが言うと、マリアは自らオヘダの剣で自害する。
アギラールはリンゴを持って、再度Leap of Faithで逃れ、クリストファー・コロンブス(Gabriel Andreu)に「墓まで持っていくように」と言ってリンゴを託す。

リンゴがコロンブスの墓所にあることを知ったアランはソフィーを連れてヘリで脱出する。その間、研究所ではアサシンの子孫たちが暴動を起こし、警備員たちと戦闘になる。ジョゼフはその最中に死ぬ。

その間、現実に戻ったカルは壊れてしまったアニムスの前で、過去のアサシンたちの亡霊に囲まれる。その中には彼の両親もいる。母の語る言葉を聞いて、カルはアサシンとして目覚め、生き残った二人の仲間、ムーサ(Michael K. Williams)とリン(Michelle H. Lin)とともに脱出する。
コロンブスの墓からリンゴを回収したアランは、ロンドンにあるテンプル騎士団の本営でそれを披露する。しかしそこに現れたカルとアサシンたちがアランを殺してリンゴを奪い返す。ソフィーは父の復讐とリンゴを取り戻すことを誓い、映画は屋根の上で夜のテムズ川を見下ろすアサシンたちを映して終わる。

ここがだめだよ、アサシンズ・クリード――脚本

あー、疲れた。2回見て、IMDbとかWikiとかちらちら見てやっとこれだけわかった。正直言って最初見たときは誰が誰の側なんだか、誰が味方で誰と戦ってるのかさっぱりわからず混乱した。
もちろん映画の始まる前に、タイトルカードで簡単な背景説明は出るのだが(これは映画じゃやってはいけないことだと思う。映画なら映像で見せろよ!)、あまりに簡単すぎ荒唐無稽すぎて(笑)「はあ?」と思ってるうちに始まってしまうので、ほとんど助けになってなかった。
現代(さらに現代編の過去の回想)と過去の話が同時進行するだけでも混乱するのに、これじゃ初見の観客は置き去りだ。IMDbのリビューとか見ても、「話がさっぱりわからん!」とか「脚本がひどい」とか言って低評価付けてる人が多いのはさもありなん。向こうの方が当然原作ゲームをプレイしている人が多いはずなのにこれである。

ちなみにこのストーリーはカルやアギラールといったキャラクターを含め、すべて映画のオリジナル。やはり上に書いたような理由で、ゲームを再現するのはやめたようだ。これは当然で、こうやって書いてみるとそんなにわかりにくい話でもないし、ちゃんと筋は通ってるんだが、あんなにわかりにくいと感じるのは、やはりあまりにも突拍子もない基本設定(これはゲーム世界のすべてに共通するもの)だからだろう。

まず、歴史の知識はなんの役にも立たないし、なまじわかる人の方が混乱するかも。とにかくこの映画の世界では(ゲームはまた多少は違うのかも知れないが、やってみないとわからない)、アサシンは時代を超えて自由と自由意思を守るために戦う集団ということになっている。もうこの時点で頭が????だ。
アサシンがイスラムの暗殺者集団じゃアメリカやフランス(これはフランスのゲーム)では受け入れられなかっただろうが、フリーダムのために戦う(笑)んなら、もちろんOKだよね。
テンプル騎士団はその逆で、人間から自由意思を取り上げて支配するのが目的で、エデンのリンゴはそのための武器になるらしい。だからなんで?!!! 聖書では知恵の木の実は‥‥とかいう突っ込みはなしね。
名前はあれでも聖書ともなんの関係もなく、「かつて来たりし者」が残した超常パワーを秘めたアーティファクトということらしい。こんなん説明されてもわからんわ! ゲーマーならこういう強引な説明でもそういう「設定」なんだってわかるが、一般の人には説明聞いても「なんだ、そりゃ?」だろう。

監督の弁によると、アサシン教団とテンプル騎士団は、あえてどちらかが善でも悪でもない拮抗する勢力として描いたというのだが、これはアサシンの映画で主人公がアサシンなんだから、誰が見てもテンプル騎士団とアブスターゴ財団が悪役でしょう? 教義から言ってもあきらかに騎士団が悪いし。
『ゲーム・オブ・スローンズ』ならどの陣営も悪でも善でもないというのは言えるけど、悪いけどこの話にそこまでの深みはないよ。まあ、あえて好意的に見れば、アサシン教団はアナーキスト、テンプル騎士団がファシストってことか。どっちもダメじゃん!!
ちなみにロンドンでテンプル騎士団が集まる建物はUnited Grand Lodge of Englandで、英国フリーメイソンのメインロッジだそうだ。よく撮影許可したな、フリーメイソン! 確かにテンプル騎士団とつながりがあるみたいに主張しているとは言え、どう見たって悪役なのに。

もうひとつわかりにくいのは説明がほとんどないせい。確かにこういうのをくどくど説明するのは脚本的にダサいし、絶対やってはいけないこと。だから映画の文法としては正しいんだが、これで理解しろというのはあまりに不親切な感じはぬぐえない。
上で「タイトルカードで背景説明をするのは邪道」と書いたが、映像で見せられてもさっぱりわからなかったから、やむをえないか。

いきなり思い出したが、私が最初に劇場で見たとき、とにかく冒頭からラストまで、意味がわからなくてキツネにつままれたみたいな気がした映画、特に「誰が誰の側なんだか、誰が味方で誰と戦ってるのか」さっぱりわからなくて悩んだ映画の筆頭は『ビデオドローム』だった。(『イレイザーヘッド』も同じぐらいわけわからなかったが、あそこまで狂ってるとそれが狙いというのが明らかだったので悩まない。でも『ビデオドローム』はサスペンス映画調だったので混乱した)
なんでかというと、やっぱり脚本が、というか監督のクロネンバーグの頭が狂っていたからだが、結局あの映画は私のベスト20に入る傑作という評価に落ち着いたところを見ると、この映画もけっこう有望かも。
もうひとつ思い出したのは、クリストファー・ノーランの『インセプション』(リビューではこき下ろしているように見えるが、もちろん好きじゃなきゃあんなに熱入れて書かない)。あれは私はわからないことはなかったが、やっぱり「わからない」という人多数だったが、あそこでも『マトリックス』に例えていたように、あれも脳内VR映画だったな。(後述するが、やっぱりこれも『マトリックス』に似ている)
『インセプション』は夢の映画だったが、基本理念はC・G・ユングで、ここでも「アニムス」なんてのが出てくるのは明らかにユングを念頭に置いている。
それでクロネンバーグの『危険なメソッド』でユングを演じたのはマイケル・ファスベンダーというわけで、なんか全部がうまくつながった! これが共時性(英語ではシンクロニシティー。ユングの概念
)ってやつ? 前に書いたようにもうユングは信じてはいないが、なんかこうつながると気持ちいいね。

ってなんかだんだん脚本も容認する気になってるぞ。

ここがだめだよ、アサシンズ・クリード――SF設定

専門家じゃないせいか、私は歴史的な間違いや矛盾はまだ見逃せる。でもSFのほうは私の専門なのでやっぱり許せない感じ。

DNAに先祖の記憶がすべて記録されていて、それがVRで再体験できるって何それ? どれだけ記憶容量でかいんだよ、DNA? というかたぶんDNAってものが何かを理解していない。

これはCinema Sinsでも突っ込まれてたが、祖先の記憶はいいとして、記憶というものは簡単に忘れたり偽造されるものなので、かんじんの部分を忘れちゃってたり、記憶が間違ってたりしたらどうなるの? 特に記憶力に自信のない私だったら絶対あり得ると思うんだが。膨大な記憶のほとんどはどうでもいいことのはずで、その中からどうやって必要なものを探すのかも謎だ。
その意味で記憶ってのはやっぱり夢に似てるんだよな。それで夢があれだけむちゃくちゃなのを見ると(くわしくは私の夢日記に書いてます)アニムスが見せる記憶も夢みたいなものになるはずだと思うんだが。
あ、余談だけど今、リンクを貼るため「夢千夜一夜」を開いたら、トップにあるのが「第209夜 セントラルパーク」で、いきなり「私は死んで目覚める」という文から始まっている。カルとおんなじー! またシンクロニシティーだ!(もちろんこの映画を見てからは、毎晩のようにこれにちなんだ夢を見ているのだが、この夢を見たのは映画を見る前だ) こういうのって本当に意識し出すと連続するんだよね。だからユングを信じちゃう人がいるのも納得する。

アニムスの形状も仕組みも???だ。あのライトみたいなのは何?
脊椎(?)にケーブルを差すやつはまだ『マトリックス』で見慣れたから理解できるが、クレーンで持ち上げる必要は? これはゲームには登場しないみたいで、ゲームのファンにも評判が悪い。私の目には、なにしろ脳内旅行なんで視覚的には地味だから、ビジュアルを盛り上げるために、スタント撮影用に作ったクレーンを流用しただけに見えるが。(たぶんそれが事実だと思う)
あれリアルタイムで過去と連動した動作してたけど、走ってるときは浮かせておけばいいとして、高い建物に登るところやLeap of Faithはどうやってたの? 実際にクレーンによじ登ったり飛び降りていたけど、それじゃたちまち天井や床にぶつかるんでは?

それと、アニムスにかける前にアギラールのものだったというガントレットを付けさせるのはなぜ? まさか人の持ち物には魂が宿ってるというオカルト? それとも自分の持ち物を身に付けるとカルの中のアギラールの記憶が目覚めるの? どっちにしろオカルトだな。

過去でカルがLeap of Faithをやると、現代のアニムスが壊れる理由もさっぱり。過去と言ったって、あくまでヴァーチャル体験で、本当に行ってるわけではないんだから。過去で衝撃を受けたら精神力でぶっこわれたみたいに見えたけど、ミュータントかよ。

副作用でお化けが見えるのはなんで? 単なる幻覚にしちゃ意思を持ってるみたいだし、話もできるし、明らかに亡霊だよね? それともすでに精神が壊れ始めて幻覚を見ているの?

アニムスで見るのは祖先の記憶だとしたら、過去にいる間は見てるだけで自分の意思では何も行動できないんだよね? 映画ではそうみたいだったが、それじゃゲームにならないんじゃ?と疑問だらけだ。
もちろんそれじゃゲームにならないんで、ゲームじゃ自由に動けるらしいが、どうやってそれを説明してるんだろう? それに付随するタイムトラベルのパラドックスについては、もう考えるだけむだだからやめるけど。

こういうでたらめさってゲームならではかも。Skyrimでさえあれだけ矛盾だらけなんで、ゲームというのはこういうめちゃくちゃな設定を無理やり押しつけてくるものなのかも。日本のラノベや漫画がまさにそうなのは、やっぱりゲーム世代が書いてるからか。でもまともな小説とか映画じゃ許されないんだよな。

というわけで、まあ、映画としては脚本がひどいというのは認める。細かいアラは別として、私がいちばん気になったのは、現代部分の話のほうが長いこと。当然この部分は単なる話のマクラなんだと思ったら、そっちがメインで完結してしまったので驚いた。
この映画見る人は誰だってアサシンの活躍が見たくて来るのに、話の主眼は現代にあったというのは詐欺に近い。ゲームがこうだったら絶対売れないと思うんだが。
モロに続編ができそうな終わり方だったので、ここはまず人物紹介のつもりだったのかな。

私は映画は脚本が第一と考えるので、普通なら本がダメという時点で見放すところだが、実を言うと私はこの映画、最初から最後まで1分1秒のすべてを楽しんだし、鼻血が出るほど興奮した(笑)。
だってこんなかっこいい映画ないでしょー! それではここからベタぼめ大会始まるよ。

ここがすごいよ、アサシンズ・クリード――Leap of Faith

私はアクション映画が嫌いでめったに見ないのだが、昔はけっこう好きで見てた。それがなんでこんなに見なくなったのかなと考えて、要するにカンフーアクションが流行ったあたりから嫌いになったんだと気が付いた。あのワイヤーで吊られてピョンピョン跳ね回るやつね。あれ見ると白けてしまってどうしてもダメ。
それからCGの時代になったら、今度はなんでもかんでもCG。CGのおかげで映画の可能性は広がったが、同時にあまりにも多くのものを奪っていったというのはいつも嘆いている通り。

でもこの映画はほとんどCGでもしょうがないと思っていた。だって元のゲームがすべてCGなんだし、人間にゲームみたいな動きしろと言っても無理でしょう。でも元がアクションゲームだからアクション抜きでは成立しないし、CGに頼るほかない・と思ってた。

ところが驚いたことに、監督のジャスティン・カーゼルはできるかぎりCGを使わないことを宣言して、難しいアクションシーンもすべて実写で撮ったんだって。映画の80%がCG抜きの実写だそうだ。えらい! えらいよ、ジャスティン! ついでにマイケルとマリア役のアリアーヌ・ラベドは90%のスタントを自分でやったそうだ。あんたらもえらい!
しかもいちばんの見せ場であり、いちばん難しいと思えるLeap of Faithこれをスタントマンによる実写で撮ったってマジかい? YouTubeに撮影風景があるから本当なんだが、スタントの歴史に残る離れ業らしい。上の予告編の2:10からのやつです。これ命綱なしでこの高さから飛び降りること自体怖くてすごいんだけど、上から見ると着地点のマットが豆粒みたいに見えないのが怖いんだよね。

これだと人が豆粒のようにしか見えないので、ぜひ予告動画で見てください。この風景はCGだけど、人間は本物ってウソー!としか思えない。ちなみにトップのポスターもこれを下から見たところ。

そしてその効果は私が期待した以上! 特にLeap of Faithなんかゲームよりぜんぜんかっこいい。まあゲームは絵だけど(笑)。
あらすじにも書いたように、これは高いところから真っ逆さまに身を投げるという技なんだが、この人たちはなんでいつも屋根のてっぺんに登ってるのか、高いところから飛び降りるのがアサシンになんで必要なのかよくわからんが、これだけかっこよければなんでもいい。

だいたい高いところから飛び降りるのはすごい気持ちいいし楽しいと気付いてしまったのは、やはりゲームでSkyrimのおかげ。「世界のノド」(この世界の最高峰)の頂上から飛び降りるのは誰でもやるよね。Skyrimだと途中で岩に当たって死ぬけど(笑)。あとこれは必ずしも意図してやるんじゃないけど、しょっちゅう馬でダイブするし、町の中でもやたらといろんなところから落ちるし、巨人にぶっ飛ばされて空飛ぶし、ドラゴンにつかまれて空から落とされるし。
Skyrimでは屋根には登れないからやったことないけど、この屋根のてっぺんから飛び降りるのもおもしろそう! というか、これがやりたいがために、もうほとんどゲームも買う気になっている。

アサシンは鷲か猫かマトリックスか?

このLeap of Faith(リープ・オブ・フェイス 信念・信仰のジャンプの意味)を日本語版だと「イーグルダイブ」と訳してるみたいなんだけど、最初わけがわからなかった。でもこれを書いていてなんでかわかった。これって「スワンダイブ」のもじりか! アサシンのシンボルは鷲らしいので、なかなかうまい命名と言いたいが、やっぱり違うだろ!

スワンダイブはダイビングの用語で「空中で腕を肩の高さに広げ,足をまっすぐそろえた姿勢を取り,入水の際に腕を頭上にまっすぐに伸ばす飛び込み方」(小学館ランダムハウス英和大辞典)の意味。手を広げたところが白鳥のように見えるからこう言う。確かにLeap of Faithのポーズはスワンダイブそのものだが、鷲は違うだろう!
イーグルダイブというものがあるとしたら、両手を脇にピタッと付けて、頭から真っ逆さまに飛び込まないとならない。獲物を襲うときのワシタカはすべてそうだ。そうじゃないとスピードでなくて獲物に逃げられちゃうし。
よって動物学的に間違ってるので、私はイーグルダイブという訳語は使わない。(これだけ荒唐無稽な話でも、どこまでも正しさにこだわるのは学者のサガなんで)
ついでにスワンダイブというのは米語で、本当の英語ではスワローダイブ(swallow dive)と言う。白鳥じゃなくてツバメ! スワンダイブ自体がアメリカ人があとから勝手にでっちあげた言葉なんで。だいたい白鳥がダイブするところって想像が付かないんだが。あれって水の上に浮いてるものじゃん(笑)。ただ、ツバメも高速飛行するんで、やっぱり翼はピタッとたたんでることが多く、スワローダイブも考えてみると意味不明。

どっちにしろ人間は飛べないのに鳥にたとえるのはやや無理がある。でもあの屋根の上に留まってるのもちょっと鳥っぽい。そう言えば、あのコスチュームも裾がヒラヒラして、ちょっと翼みたいに見える。ガッチャマンだったのか?(笑)
ちなみに主人公の名前アギラール(Aguilar)はラテン語由来の言葉で、「鷲の住むところ」の意味。名前までかっこいいね。ただしスペインじゃ名前じゃなくて名字なんだけど。なんか微妙に間違ってるんだな。

ただ、アサシンのあの動きは、鷲と言うよりは猫だよなあ、とずっと思いながら見ていた。特に高いところで隠れて待ち伏せて、上から飛びかかるというアサシン特有の戦法は、まるっきり猫のやり方でしょ。ポーズも完全に猫だし。
というわけではい、証拠写真。

アハハ、かわいー! これはYouTubeにあるAssassin’s Creedのパロディ動画の一場面で、子猫にアサシンの衣装着せて、すべて実写で撮っている。かわいいんだが、妙にリアルなところがおもしろいと思っていたが、それはアサシンの動作がもともと猫っぽいからなんだよね。でも猫にしちゃ俊敏さも優雅さも足りないから、子猫ぐらいでちょうどいいや(笑)。
ビルからビルへ飛び移るパルクールも壁登りも、猫なら普通にやることだし。ただしやっぱりご先祖さまが猿なので、人間がこれをやるとどっちかというと猿の移動法に似て見える。
高いところから飛び降りるときも、猫は(おそらく本能的に空気抵抗を増すために)手足を水平にピーンと伸ばしてジャンプするから、これもアサシンのLeap of Faithのアクションと同じ。
あと、ジャキーン!と手首から飛び出る飛び出しナイフ、じゃなかったアサシンブレードでいいの?(上の映画のキャプチャにもはっきり映ってますね) あれも猫の爪を連想するよね。なるほど猫はみんなアサシンだったか。って、実際生態がそうなんだけど。
もう、鷲じゃなくて豹か何かをシンボルにすれば良かったのに。

ついでだから猫パロディをもうひとつ。これは私がAssassin’s Creedを知るよりずっと前、Ⅲ(絵柄からしてアメリカ独立戦争ものか)の発売時に誰かが描いたパロディなんだが、あまりによくできててかわいらしいので保存してあったもの。

ハハ! すっごいかわいいのに、猫(アサシンも)の残酷さがうまく表現されててうまいと思ったよ。よく見るとフードの鷲のシンボルは子猫の顔になっているし、斧はお魚だし、ウサギの銃はニンジンになってるのがおかしい。
しっかし絵うまいなあ。ディテールまで全部再現されてるし。これ、オフィシャルのイラスト描いたイラストレーターが描いてるんじゃないの? いつも思うがこういうののファンダムの職人芸はすごい。今回も映画のコスチュームの写真を探していたら、ファンの手作りのコスプレ衣装が精巧すぎて、違いがわからなくて困った。

話がそれたが、何が言いたかったかというとLeap of Faithが本当にかっこいいという話なんだが、これも映画を見ていて気付いたんだけど、あのポーズ(上の子猫動画の写真参照)って『マトリックス』のトリニティ・キックだよね。これこれ。

私はトリニティのこのキックが『マトリックス』のシリーズ全体の中でいちばん好きなシーンなんだけど、あれこそ「鷲のポーズ」じゃない。とにかくアサシンの動きがあれにそっくりで、すてきすぎて私はうれし涙にくれた。
実をいうと、『マトリックス』を思わせるところは随所にある。仮想現実に入るときに首の後ろにケーブルを突っ込まれるというのがまんまパクりだし、ソフィアを演じるマリオン・コティヤールの髪型やメイクがトリニティそっくりだし、もしかしてこれってわざと?
考えてみたら、一般人が仮想現実に入ることで超人的な能力を得るというテーマ自体が『マトリックス』そのもので、もしかしたらオリジナルのゲームが『マトリックス』をパクってたのかもしれない。(まあよくあること)

そして私が最後に好きだったアクション映画は『マトリックス』であったことを思うと、私がこの映画に惚れ込むのも当然だったような。(あと、内緒だけどいちばん好きだったキアヌにそろそろ衰えが見えてきたので、マイケルに浮気している最中だったというのも)

ここがすごいよ、アサシンズ・クリード――ホース・アクション

驚きはそれだけではない。過去に行って最初のアクション・シーンが馬と馬車のチェイスだったのには狂喜乱舞した。そりゃ、中世だから馬が出るのは期待してたけどさ、パルクールのゲームだと思ってたから馬の出番はあまりないかなーと。

ど迫力の馬車チェイス

私は車が嫌いなのでカーチェイスには興味ないけど、ホースチェイスは大好き! 絶対その方がスリルがあるしかっこいいから。でも西部劇でないかぎりめったに見られないんだよね。それがのっけからこれだからもうテンション上がりまくり。
それもよくある偽馬じゃなくて本当の馬で、スタントマンじゃなくてマイケル・ファスベンダー本人がやってくれるなんて感動! はい、証拠写真。

イイイイイ! かっこよすぎ! だから、フード姿で馬に乗るのってかっこいいって言ったでしょう? 『スロー・ウエスト』の乗馬姿より一千万倍かっこいいわ。まあ、私はアメリカより中世ヨーロッパが好きだからあたりまえだけど。馬+フード+いい男って、私のフェティシズムが3つも重なったらもう死ぬ!

さすがに鞍の上に立ち上がって馬車に飛び乗るのはスタントマンだと思うけど、最近の映画じゃ馬さえ乗らない乗馬シーンが多いのに乗れるだけでもえらい。
なんか気になったので、Michael Fassbender horseで検索してみたら、これまでもほとんどの映画で乗馬シーンがあるじゃない。どうも得意らしい。うん、今度は本格的な馬映画に出てほしいなあ。
崖から落ちる馬車から飛び降りるシーンもすごい迫力だった。とにかくブルーレイ買うのはもう確定ね。どうしてもメイキングが見たいから。

ここがすごいよ、アサシンズ・クリード――パルクール

英語だとフリー・ランニングと言うんだけど、これはフランス語を使うのはフランス発祥だから。そういえばこのゲームってフランスのゲームだったんだ。だからパルクールなのか?
パルクールはかなり好きで、よくYouTubeで見てる。それも、衣装を着けてやるのが好きで、海外の有名なトレイサー(パルクールをやる人をこう呼ぶ)が日本の日光江戸村だかどこかで江戸時代にタイムスリップした設定で忍者とパルクールチェイスをやったのがすごい好きだったから、こういうのも大好き。(今YouTubeでのビデオを探してたら、Assassin’s Creedのコスチューム着てパルクールしているビデオもたくさんあった)

ただ、パルクール自体は本当に命綱なしで素人がすごいことやるのをいっぱい見ちゃってるから、映画だからと言って特に驚くことはないかなと思ってた。ゲームなら自分でできるわけだからおもしろいのはわかるけど。
でもやっぱりこれも感動した。YouTubeのパルクール・ビデオと何が違うって、プロはカメラと編集が段違いに違いすぎる。パルクール・シーンは実は意外と短いんだが、その圧倒的なスピード感と流れるような編集には目を見張った。動きやカット割りが速すぎて、スロー再生も入れて欲しいと思うぐらい。こういうの撮れる人だったんか。
GoProとドローンのおかげで、最近は素人でもプロみたいな動画が撮れるようになってきて、なまじそういうのをいっぱい見てるから、あらためて映画で同じようなのを見ると、違いに圧倒されてしまう。やっぱりプロはすげーわ。って何年映画見てるんだって感じだけど、ちょうどフィギュアスケートでトップ選手ばかり見てると超絶テクが当然に思えてくるけど、下手ではない素人が同じことやってるのを見ると、あらためてメダル取るような人のすごさがわかって感動するのと似てる。(平昌の記事ももうすぐ上げます)

あと、動きがかっこいい。やっぱりCGじゃなくて人力ってのはいいなあ。もちろん、ワイヤもCGも使ってるけど、中に人が入ってるスタントは重みが違う
個人的にいちばん好きなシーンは屋根から飛び降りながら振り向きざまに追っ手にナイフを投げるところ。(予告編のいちばん最後のシーン) キャプチャを撮ろうとしたんだが速すぎて撮れなかった。本編でもこの一瞬しか見えないんだが、しびれるほど美しい。ゲームだと本当にこれができるの? だったらやっぱり買わなくちゃ。

パート2に続く

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