【テレビ評】『ナルニア国物語』The Chronicles of Narnia (1988) (BBC TV) 

BBC版『ナルニア国物語』から――左からエドマンド、スーザン、アスラン、ピーター、ルーシー

ひとりごと日記から転載 再録に当たっての覚え書き

イギリスの作家C・S・ルイスの『ナルニア国物語』(The Chronicles of Narnia)は子供時代の私の人格形成に最も大きな影響を及ぼした小説であり、その他の幾多の英国児童文学とともに、現在の私を作ったと言っていい。(いつも並び称されるJ・R・R・トールキンの『指輪物語』はあいにく子供向けではないので、初めて読んだのは高校生のときである)

ただ、その映像化作品については、『ロード・オブ・ザ・リングス』と『ホビット』はなんとか書き上げた(『指輪』のほうはこっちにまとめてないが)というのに対して、『ナルニア』は主としてディズニーのおかげで完全にやる気を失って、ほとんど書いてなかった。それで、今後このシリーズがどうなるのかは知らないが、せめて今できている3作ぐらいはちゃんとリビューを書こうと思って、古いリビューもこちらに再録することにした。


続いては子供向け映画行きます。今みたいに疲れてると疲れるような映画は見たくないし、ましてや、つまんない映画なんか見てる暇はないので、ついキッズ・ムービーを借りてきてしまう。なぜかというに、

子供向けはそれなりに心を込めて作られている。

ということに尽きる。ビデオ屋の棚なんか見ていると、見るからに心のこもってない映画が大量にありすぎるからね(笑)。でも子供にはあんまりひどいものは見せられないから、誰でもある程度ていねいに作るし、それなりの質は保っていると思って。けっこう前に見たものも含まれてるので、記憶もあいまいだけど。

実は映画はまだ見てない。どうせDVDボックスセット買うんだから、もういいかと思って。「映画は劇場で」主義の映画ファンからすると邪道だろうけど、私は最近映画館行く気がしない。なぜかというと、寝転がってタバコ吸いながら見られないというのもそうだが、DVDに慣れてしまうと字幕があるのが邪魔で気になってしょうがない。
翻訳小説を読むのはぜんぜん気にならないのだが、映画は耳からは原語が聞こえてくるだけに、それと目から入る日本語がぶつかりあって、頭が混乱するし、うるさくてしょうがないのだ。マジな話、私は最近、字幕よりは吹き替えのほうがまだいいです。

そうそう、「英語脳」なんてよく言われるが、私、DVDで映画見るようになってから、(映画見るときだけだが)英語脳になっちゃったよ。ふだんは(聞き漏らしがあるといやなので)英語字幕で見ているのだが、こないだ字幕を出し忘れてるのに、ずいぶん時間がたってから気が付いて、自分で驚いた。
さらに、ディズニーというのがやっぱり気に入らなくて、つい二の足を踏んでいたのだが、ビデオ屋に80年代にBBCで制作されたテレビドラマ版のDVDが入っていたので、「見るならこっちが先!」と思って借りてきた。私はBBC信者なもんで。

しかし大きな誤算があった。「ドラマのBBC」には定評があるが、これだけSFX要素の多いファンタジー、しかも80年代では当然ながらCGは使えない――ということをすっかり失念していたのだ。
そんなわけで、「もの言うけもの」がすべて着ぐるみなのを見たときは、ショックでかなり引きました。この人たちは知性があるっていうだけで、あくまで本物の動物なんですよね。それが着ぐるみ! 等身大のビーバーさん夫婦! おかげでどう見ても、頭の変な人たちが遊んでるようにしか見えん(笑)。

ビーバーさん夫婦(!)とピーターとルーシー

それにくらべてフォーンやセントールのような半人半獣のクリーチャーは人間にメイキャップするだけですむからまだまし。でもセントールは人間と本物の馬を合成しているのだが、走ると上半身と下半身がガタガタずれる! さすがにアスラン(アスランか、アズランか? ビデオではアズランと言っていたが、とりあえずここは旧来の呼び名で通す)は着ぐるみじゃなくてパペットで、これの出来はけっこういい。困らないのはドワーフだけ。なにしろ「大人でも身長がとても低い人」俳優を使えばいいからね。
しかしネズミのリーピチープが着ぐるみなのには目まいがした。だってネズミだよ! 確かに原作でも身長30センチの大ネズミという設定だけど、それにしても巨大すぎる。とはいえ、それでも小さい子供よりずっと小さいということは、「身長が極端に低い人」が中に入ってるんだな。そんな役者がいるというだけでもびっくりしてしまう。

おまけにそれをフィルム撮りじゃなく、鮮明なビデオ撮りしているものだから、よけいチープさが目立つ。ブルーバック合成の輪郭がくっきり見えてるし! ワイヤで吊られて飛ぶシーンでは本当にぶら下がってるようにしか見えないし! 動物の前足が(人間が入ってるせいで)逆方向に曲がってるし!
まあ、テレビだし、時代が時代だからしかたないとは言えるが、それを思うと驚異の出来だったのは、前にも書いたジム・ヘンソンの『ストーリーテラー』。あれもテレビで明らかに低予算だし(背景なんてほとんど絵だし)、すべて着ぐるみとパペットで作ってるにも関わらず、安っぽさをまったく感じさせないばかりか、クリーチャーが生きてるみたいに見えた。今さらながらジム・ヘンソンのすごさを思い知らされる。これもジム・ヘンソンズ・クリーチャー・ショップに頼めば良かったのに。
良かったのはやっぱり役者と衣装。それに城なんか実物を使っているし、ロケが多いのもお金がかかってる証拠。そういうところが重厚にできてるのに、クリーチャーがあれだから一気に冷める。

が、それでもなお! 原作読んで泣かされたところではちゃんと泣けるあたり(たとえば『朝びらき丸』のリーピチープの口上)、原作の力というものを思い知らされる。

(以下は映画版『ナルニア』の予想も含めて)

『銀河ヒッチハイク・ガイド』のところでも書いたように、思い入れのある作品、長いこと親しんでいる作品ほど、映像で見てギャップに苦しむことになる。特に、この小説はポーリーン・ベインズの挿絵があらゆる読者の脳裏にしみついてしまっているので、それと少しでも違えば、猛反発をくらうことは必定だ。その点、『指輪物語』に感動したのは、映画のシーンがどこを取っても「挿絵そっくり!」というせいだった。はたして映画はどうなってるやら。

特に四兄弟。エドマンドは絶対、テレビ版のほうがよかったな。ブロンドにソバカス顔で。ベインズの挿画ではブロンドだったエドマンドが、映画版だと黒髪になってるのは違和感がある。
でもテレビはユースタスがブロンドだったからやっぱり違う。こんな金髪肥満児、ユースタスと違う!(けっこう美少年なんだけど) むしろ映画版のエドマンドがユースタスの感じなのに。
ルーシーはテレビ版ではBis(そういう英国のバンドがあったんです)のマンダみたいなすごいブスの女の子だった(なんでこの子が選ばれたのか、テレビ界の闇を感じる)ので、映画の方がちょっとまし。確かに姉のスーザンほど美人じゃないという設定だけどねえ。一方のスーザンはテレビ版の子のほうが美人だ。
でも子供たちは成長するし、「代替わり」するので、まだいい。大人になるとナルニアには行けないという設定なので、毎回主人公の子供が替わるのだ。しかしピーターたちがまだ子供のうちに七部作完成するのかしら?
しかし「王子様」はやっぱり美形でないと気がすまない私としては、カスピアンとリリアンとティリアンを映画じゃ誰が演じるのかが、今から気にかかる。ちなみにテレビ版では、カスピアンは金髪巻き毛のガキでゲー! リリアンは私好みの男の子で良かったのだが。

次はディズニー版の映画の話です。

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