★★★【マンガ評】小池ノクト『蜜の島』(2013-2015)

!!ネタバレ注意!! この作品はミステリです。このリビューは思いっきりネタバレしてますので、気にする方は絶対に先に読まないで下さい。私は何度読み返しても「おおー!」となるからぜんぜん平気だけどね。あと、根本的な謎に関わるネタバレに入る前にいちおう警告が出ます。

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小池ノクト『ひぐらしのなく頃に』竜騎士07『蛍火の灯る頃に』のマンガ化作品(これはあまり気に入らないんだが)を描いていたので名前を知った。それでオリジナル作品のこれのあらすじをふと見たところ、おもしろそうだと思ったので読んだら完全にツボにはまった。

あらすじだけ見たときは、いわゆる「本当は恐ろしい田舎」もの、奇妙な習慣のある孤島を舞台にした、諸星大二郎の『妖怪ハンター』シリーズみたいな民俗学ホラーだと思ってた。実はこの手のマンガは腐るほどあるんだけど、クズも多いんでぜんぜん期待していなかったんだが。(考えてみたらそもそも『ひぐらしのなく頃に』が「本当は恐ろしい田舎」ものだった)

ちなみにあらすじがやたらと長いですが、これを書かないとあとの謎解き編が(読んでない人には)意味不明になっちゃうので、やむを得ずです。あらすじ自体もおもしろいから(本編読む気のない人は)我慢して読んでください。

『蜜の島』 あらすじ

終戦後、占領下の日本。復員兵の南雲(なぐも)は、大陸で戦死した戦友、貴船(きふね)のたったひとり残された遺児ミツを母方の実家へ送り届けるために、九州沖の孤島、石津島(いわづしま)に足を踏み入れる。

貴船は昔、海で難破して偶然この島に流れ着き、そこで出会った娘に一目惚れして駆け落ちしたのだ。「あいつらは今の日本じゃ生きていけない」と貴船は言い、今際の際に妻子を必ず石津島に連れて行くことを南雲に約束させる。(ミツの母は出てこないが、焼け跡にミツがひとりでいたところを見ると、戦災で死亡している)

石津島に上陸した南雲は、調査のために派遣された政府の役人たち、高圧的で冷たい瀬里沢(せりざわ)と、気さくで人のいい今村と知り合う。

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主人公の瀬里沢(左)と南雲

地元民ですらその存在を知らない石津島は、本当は「言わず島」。地図にも載っていない島で、公的には日本には存在しない島であり、公的記録も定期航路もなく、長年にわたって外界から完全に孤立した社会が営まれていたらしい。
しかも、ここが古事記に出てくる原初の島、オノゴロ島ではないかという話まで出てくる。

島に住む人々はまるで江戸時代のような素朴な暮らしをしている(洋服を見たことがなくて、ミツのワンピースを「変な着物」と言う)のだが、土地は肥えて実り豊か、マグロが釣れるほど海も豊かで、人々は親切で人なつこく、一種のユートピアのように見える。少なくともここに一足先に赴任していた今村の目にはそう映っているようだ。金というものを見たこともなく、身分差もなくて村長もおらず、原始共産制の共同体のようにも見える。

しかしミツの実家を探し当てた南雲は、そこでミツの祖父母らしい2体のミイラを見つけて腰を抜かす。ミイラの前にはまだ新しい食事の用意が。
さらに誰か長老と話をしようとした瀬里沢たちは、400年前のことを見てきたように話すミイラのような老人と会う。

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今村(メガネ)とハナ(左)トヨ(下)の石津島ガールズ

この謎だらけの島で、南雲と瀬里沢が着いたとたんに殺人事件が起きる。死んだのは今村と恋仲だったらしい娘ハナである。瀬里沢は嘆き悲しむ今村を、彼女はお前が殺したようなものだと責める。彼女が死んだのは不用意に村人に近づきすぎた今村のせいだと。
ところがその直後、今度はハナを埋葬するための墓穴を掘っていた今村が殺され、彼の切断された腕だけがその場に埋められているのが見つかる。

とにかく見るからに楽園のような牧歌的な村に着いたとたんに始まる連続猟奇殺人は、謎のてんこ盛りで、ジェットコースターみたいなスピードで展開するので、頭がクラクラする。やっと見つけたミツの祖父母はミイラになってるし、微笑ましいカップルだった今村とハナはあっという間に死体になってるし、その合間に、南雲はトヨという娘に夜這いをかけられるし(笑)。もちろん夜這いは全力で拒否。だって、仏さんとミツの目の前なんだもん。

この変の怒濤の展開は、普通なら単行本にして12巻ぐらいの内容をたったの4巻に収めているとしか思えない。話はものすごい密度とスピードで進む。ただ、そういうマンガにありがちな、あらすじかダイジェスト版を見ているみたいな感じはなく、緩急も巧みで、ここまで読んだだけでも描ける人だなとわかる。

立て続けの殺人事件、それも一連の殺人は南雲たちの到着を合図にしたかのように始まっている。さらに次の船の到着は1か月後で、それまでは誰も島から出られないという、ミステリにはつきもののお決まりの舞台設定もワクワクさせる。
瀬里沢は「この島で我々の想像を超える何かが起こっている」と言って、南雲に警戒するように言うが、村人はまるで殺人なんかなかったかのように、いつも通り明るくのんきに振る舞っているのも不気味だ。

そこでとにかくこれらの死体をどうにかしなくてはならないのだが、この村には墓地もなければ、そもそも死人を埋葬する習慣もないらしい。死者が出ても家に放置して腐るに任せるだけだ。

消えた今村の遺体を捜す瀬里沢は、村人から「死んだ人は山のてっぺんに行く」と聞き出して山(島の中心の活火山)に登る。
そこで出会ったのは、古いが立派な神社と世捨て人のような年老いた宮司と、その世話をしている知恵遅れらしい大柄な若者、虫太郎(むしたろう)。
神道の宗派争いに敗れた宮司は明治時代からなんと80年間、ここに島流しになっているのだと言う。彼も最初は村人たちを教え諭し、近代技術を教えようとしたが、彼らは決して自分たちの生活習慣を変えようとしない。
家に死体を放置する習慣を持っているばかりか、宮司は村人が何の理由もなく楽しげに人を殺しているのを見たという。真偽はともあれ、彼は島民をおぞましい野蛮な原始人と見て、人を避けてずっと山頂にこもって暮らしているようだ。

一方、瀬里沢に「誰が来ても絶対に開けるな」と言われてミツといっしょに閉じこもっていた南雲は、アンジという若い男に襲われる。おびえながらも必死でミツを守ろうとする南雲に、アンジは「お前たちはここにいてはいけない」とだけ言って去る。

かと思うと、その晩、島を襲った大嵐で南雲が寝泊まりしていた海辺の小屋は家ごと海に流され、南雲はミツを見失ってしまう。この辺がまたジェットコースターですごい。
溺れかけた南雲を助けたのはアンジだった。アンジは顔は怖いがぶっきらぼうで無口なだけで、実はいい人であることがわかる。昼間、南雲の家に押しかけたのも、嵐を心配して警告に来たらしい。ここでトヨはアンジの妻であることもわかる。

自分の落ち度でミツを死なせてしまったと思って悲嘆に暮れる南雲の前に、死んだ戦友の貴船が現れ、「ミツのことは心配するな。いつでも会える。ほら見てみろ、オレだって生きてる」、「ミツやオレだけじゃない。この戦争で死んだ人間なんて誰もいやしないのさ」と謎めいたことを言う。
常識的に考えて幽霊か幻覚なんだけど、「オレの顔憶えてないだろうなあ。急にお父さんだって言って嫌われないだろうか」と心配する貴船は、怖いと言うより、あまりに人間らしすぎて切なく不思議な感じ。

やはり住むところを失って虫太郎の世話になっていた瀬里沢は、村の農具小屋で今村の死体を発見する。両腕のない今村の死体は、まるで何かの儀式のように、女物の着物を着せられ、遺品に囲まれて座っていた
瀬里沢は村の真ん中で今村を火葬にしようとして、逆上した村人たちに襲われるが、虫太郎のおかげで助かる。それでも虫太郎は燃える死体を見て「今村がかわいそうだ」と泣く。
どうやら重大なタブーを破ったらしい瀬里沢は、就寝中に今村を慕っていた少女キクに襲われて腹を刺される。あまりに簡単に人が死ぬマンガなので、ここで瀬里沢も死んだのかと思ったが、彼はどこからともなく現れたミツに介抱されて生き延びる。それに瀬里沢はキクが来ることを予期していたらしい。

だいたいこの辺で結末の予想が見えてきたんだが、やっぱり墓がないというところがミソだろうな。つまりこの島の人は死なないというわけ。それにしちゃやたらと殺人が起きるのが不思議だし、辻褄が合わないが、この辻褄をどうやって合わせるんだろう?という期待がふくらむ。

私が真っ先に思い浮かべたのは、諸星大二郎の「おらといっしょにぱらいそさいくだ!!」というセリフはすぐに出てくるのに、なかなかタイトルが出ない『生命の木』
全員が白痴で、誰も死なない隠れキリシタンの村が出てくる。実は彼らは知恵の木の実を食べたイヴではなく、生命の木の実を食べた人の子孫という落ち。だから知恵遅れだが、代わりに永遠の命を得て、死ぬことができない。
あと、やっぱり諸星大二郎の短編で、タイトルは忘れたが、ここみたいな孤島で殺人事件が起きるんだけど、調べていくうちに、なぜか殺人なんてなかったことになっていく話もあった。
もうひとつ思い出したのは、奇想SFの天才R.A. ラファティの『九百人のお祖母さん』。ここでも誰も死ぬことがないと言われる人々の住む星を調査員が調べに行って、驚くべき事実を発見する。

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やけに南雲に優しいアンジ

一方、なぜか漁師のアンジに気に入られたらしい南雲は、アンジの死んだ弟の代わりにされそうになるが、それよりミツを見つける責任があると言って断る。
アンジと南雲が捕ってきたマグロを村人に振る舞う宴会で、南雲はすっかり村の「若い衆(ワカイシ)」の一員として受け入れられ、和気あいあいと過ごす。
ところが、南雲が夜中に水を飲みに行って戻ると、アンジの生首が囲炉裏の中で焼かれているのを目にする。首を切られた死体は天井から吊されていた。アンジを迎えに来て死体を発見し嘆き悲しむトヨ。

それでもミツの捜索をあきらめない南雲は、ミツは山にいるという情報を得て山に登る。するとミツは神社で保護されていた。やっと島から出られるという喜びに有頂天の宮司は二人を歓迎する。ところが、神社に泊めてもらった翌朝には、宮司は死体になっていた。さらにアンジのライバルだった漁師のロクがアンジとまったく同じやり方で殺される

一方、瀬里沢はミツが口ずさんでいる歌が暗号になっていることに気づき、火山の火口の奥の洞窟におそらく数千年前からあったと思われる祠を見つける。ミツの家は縄文時代から代々続く村の巫女だったのだ。(ここだけ稗田礼二郎風)

ここからがクライマックスなのだが、まもなく火山が噴火することがミツの予言でわかる。瀬里沢は村人たちを説得して島から脱出させようとするが、今村の火葬で瀬里沢に不信感を抱いている村人は彼に耳を貸さない。
そればかりか、噴火は瀬里沢たちのせいだと思い込んだ村人たちが、深夜、神社にいる瀬里沢と南雲を襲い、瀬里沢を守って戦った虫太郎が殺される。しかしその最中に噴火が始まり、人々はミツに導かれて断崖絶壁の上から海に飛び込む
これまでも何度も噴火を生き延びてきたはずの村人の知恵を信じると言って海に飛び込む瀬里沢、島民の中ではただひとり、死ぬのが怖いと言って動かないトヨと、アンジに対する義理立てからトヨを置いてはいけないと言ってとどまる南雲。

海に飛び込んだ瀬里沢は海流に巻き込まれて天然の洞窟に吸い込まれる。ここは島民が噴火の時に避難する場所だったのだ。しかし今回の噴火は規模が違うのでここも危険だと主張する瀬里沢に、ミツは「島と共に生まれ、島が消えるときは共に消える。これは決められた事」という決意を述べる。島民たちも口々に島を離れるのはいやだと訴える。
瀬里沢は必死にミツを説得するが、「ミツの事も、村人の事も、セリザワが覚えていてくれ。そうすればみんな、ずっと」というミツの言葉を聞いて洞窟を出て、船で島を離れた南雲とトヨとともに、救助に来たアメリカの軍艦に救われるが、島は溶岩に呑まれて消える。

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瀬里沢とミツの別れのシーン。「セリザワはもっと怖い人かと思っていた」というミツのセリフが泣かせる。

ここで終わっていたとしても、『蜜の島』は十分読み応えのある伝奇ホラーだっただろう。しかし、このマンガが圧巻なのは、どう考えても理不尽と思える謎が理詰めで解明されていく、このあとの「謎解き」部分である。


ここから壮絶なネタバレ始まります。

 

 

 

 

 

 

 

いやー、ほんとに驚いた。とにかくこのラストのクライマックスまで、私はこれが普通に『妖怪ハンター』みたいな伝奇ホラー、民俗学ホラーだと思って読んでいたのだ。ただ諸星大二郎は必ず事件の背後に超常的な存在がいるが(もちろんそれが好きなんだが)、これは代わりに生きた人間が犯人でミステリ風になっているだけかと。そういう亜流もたくさんあって、そういうのを読み過ぎてたから。

ところがこれってミステリ風じゃなくて、本格ミステリだったのね。話があまりにおもしろすぎ急展開すぎて、犯人捜しのことなんてすっかり忘れてたわ。というか、犯人も誰であれ島とともに沈んだからもう終わりなのかと。
ところが、これまでの殺人の「真相」を、最後に船上で瀬里沢が名探偵よろしくすべて解説してくれるのだ。なんと彼は戦後日本のシャーロック・ホームズだったのだ。(内閣調査室勤務という彼の地位から言うとマイクロフトに近いが)

それ以前に、私は瀬里沢がこの漫画の主人公だということにここまで気付かなかった。てっきり南雲が主人公だと思って。でも主人公なのにドジばっかりやってだめな人だなあと(笑)。だってタイトルが『蜜の島』で、そのミツを父親から託された保護者なんだから、当然南雲が主人公だと思うじゃない。
それにくらべて途中から出てきて役人風を吹かす瀬里沢なんて、普通なら主人公と対立する悪役、そうじゃなくてもせいぜい殺され役だと思うじゃない。ところが本当の主人公はすべてを見通していた瀬里沢で、南雲はよくいる「真っ正直な善人だけど、ちょっと抜けてる脇役」だったなんて! これだけでもまんまとだまされた感じで気持ちがいい。

それでその謎解きもあっと驚く意表をつくものだった。つまり、あれだけバタバタ人が死んでるにも関わらず、殺人事件なんて起こらなかった、というのが真相。というのも石津島では誰も死なないから。
いやー、それはわかってたし予想もしてたけど、こういう解釈とは思わなかった

瀬里沢の説明によると、石津島の島民にとって肉体の変化は死ではない。腐ってもミイラになっても、人は人に変わりはないのだ。だから今村を火葬にしようとしたとき、全員が狂ったように反抗したわけ。彼らにとって今村は生きているので、生きている人を丸焼きにするのを見たようなものだから。
土葬も同じことで、今村を殺したのはハナの両親である。彼らにしてみれば、今村は大事な娘を生き埋めにしようとしていたわけで、どうしても止める必要があった。だけど彼らの観点では今村も決して死なないから、悪いことをする両腕を切り取って埋めたわけ。
死を死と思ってないから、殺人に対するタブーも存在しない。だからごくつまらない理由や、もののはずみで簡単に人を殺してしまう。

島民が死を信じない理由は、死者の声が聞けるからである。死人が生前と同じように語りかけてきたら、その人が死んだと思うのはむずかしい。これは「心の声」であって、一種の幻聴だが、南雲が死んだ貴船の声を聞いたのと同じだ。「あの人が生きていればきっとこう言うはず」というのは、大事な人なら誰でも想像できるから。
だから、石津島では生とは記憶のことである。故人を記憶している人がいるかぎり、その人は死なない。ミツが島と心中することを決意するのは、瀬里沢と南雲が彼ら全員のことを覚えていてくれるのを確信したからだ。
だから石津島の人もいつかは死ぬ。記憶が薄れ、その人のことを覚えている人が誰もいなくなったら死ぬのだが、死体は故人を思い出す最も重要な要素だから、死体を埋めたり燃やすのはタブーなのだ。


これだけでも十分おもしろいし、「なるほど!」と感心したのだが、この漫画はそれだけではまだ終わらない。

石津島の住民は決して私とか俺という一人称を使わない。代わりに自分をアンジとかハナという名前で呼ぶ。
「私」という概念が存在しない種族、というのは実はSFではなじみのあるもので、そこは別に驚かない。サミュエル・R・ディレイニの『バベル-17』がそうじゃなかったっけ?(記憶があいまい)
それで私=自我がないということは、SFではたいてい一種の集団意識ということになるのだが、このマンガはそれを「この島の住人には「心」がないんだよ」と説明する。

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出たー! 哲学的ゾンビ!【注】 もちろん作中にはそんな言及はないけど、そのものズバリでしょ。

【注】哲学的ゾンビ
哲学の思考実験のひとつで、「物理的化学的電気的反応としては、普通の人間と全く同じであるが、意識(クオリア)を全く持っていない人間」のこと。

(以下Wikipediaより引用)仮に“哲学的ゾンビが存在する”として、哲学的ゾンビとどれだけ長年付きあっても、普通の人間と区別することは誰にも出来ない。それは、普通の人間と全く同じように、笑いもするし、怒りもするし、熱心に哲学の議論をしさえする。物理的化学的電気的反応としては、普通の人間とまったく同じであり区別できない。もし区別できたならば、それは哲学的ゾンビではなく行動的ゾンビである。
しかし普通の人間と哲学的ゾンビの唯一の違いは、哲学的ゾンビにはその際に「楽しさ」の意識も、「怒り」の意識も、議論の厄介さに対する「苛々する」という意識も持つことがなく、“意識(クオリア)”というものが全くない、という点である。哲学的ゾンビにとっては、それらは物理的化学的電気的反応の集合体でしかない。

なんとこれは哲学マンガでもあったのだ。うわー、こういう思弁的作品大好き。っていうか、これはもうSFだ(SFではけっこうよくある話なので)。
一人称がないだけじゃなく、みんなが人の名前を「ナグモ」みたいに不自然なカタカナで言うのを見て、おかしいとは思っていたんだけど。突き詰めて言えば、個人というのは単なる記号なんでしょうな、この島では。

瀬里沢の説明によると、普通に働いたり、考えたり、恋愛にさえ心は不要だ。むしろ心があるほうが逡巡が生じて邪魔になることが多い。特にこんな小さな孤立した共同体が生き延びるためには。ここで変にオカルト的な理由に逃げるんじゃなくて、あくまで生き残るための方便だったとするのがすごくいい。

これに対し南雲は「もっと込み入った、よく考えないと出来ない行動だってあるじゃないですか! そういう時、島の人はどうやって自分の行動を決めているんですか」と、もっともな疑問を呈する。それに対して、瀬里沢はなんとホメロスの『イーリアス』を引用して答えるのだ。うひゃー! かっこいいー!
つまり古代ギリシア人が「神の声」に従ったように、村人は「先祖の声」、または「(巫女を通した)神の声」に従ってるんですね。その声の元締めがミツの一族というわけ。

そういう島民の中で、トヨは有史以来初めて(おそらく南雲たちの登場と、夫を焼かれたショックがきっかけになって)「心」を得て、「トヨの中のトヨ」つまり「私」に気付く

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トヨが初めて「私」という言葉を使った歴史的瞬間

彼女が見捨てられたと思っているのはもう「声」が聞こえなくなったからである。そして自我が芽生えたトヨは、人並みに死を恐れるようになる。という経緯もすごく納得が行く。だから彼女は島とともに滅びることもできず、瀬里沢といっしょに本土に行くしかなかったのだ。

こういう話、すごーい好き!!! やっぱりSFのファースト・コンタクトものに多いんだけど、ある未開の星で、きわめて平和的で友好的と思われた宇宙人が、突然すさまじく暴力的になって猟奇的な殺人を犯し、主人公がその真相を突き止めると、地球人には想像もできない文化的(あるいは身体的)背景のせいだった‥‥という小説、例によってすぐにタイトルが出ないんだけど、10篇は読んだ。
だから、これはSFだと言い切ってもいいんだけど、やっぱりこのマンガは根がミステリなのだ。


もういちいち細かくは書かないけど、この調子で瀬里沢はこれまで起きた「殺人」事件の犯人と動機をひとりひとり解明していく。一見、ひとりの猟奇殺人鬼による連続殺人と見えたものが、全部違う「犯人」の仕業で、動機もさまざまだった、というのはいかにも本格ミステリらしいし、きちっと論理的に説明される。動機や論理自体は狂ってるけど。

たとえばみんなに好かれていたアンジが殺されたのは、彼が優秀過ぎたから。ろくな道具もなく、粗末な手こぎのボートに乗って海へ出て、ひとりで巨大なマグロを仕留めるという漁師として並外れた力量と、そのマグロをみんなに大盤振舞するという気前の良さが、この島の最大の禁忌に触れたのだ。この島は全員が平等で、リーダーを認めない。そして原始社会で人の上に立つのはみんなを満腹にさせられる力を持った者。それを感じ取った「島」が彼を排除させたわけ。
首を切り落としたのは、例によって死体は生きているから。アンジは一種の思想犯なので、「いけない事を考える首と、それを実行する身体を切り離した」わけ。
生首が焼けていたのは実は単なる偶然で、落ちた首が囲炉裏の中に転がり込んでしまっただけ。「実行犯」と思えたロク(実際は居合わせた全員で殺した)が殺人に激怒しているように見えたのは、死体を焼くというタブーに震え上がっていただけ。
同じような共同体の論理で、宮司も殺されたのだが、80年間待った脱出が目の前にありながら、たかが大根1本のために殺された宮司はなんとも言えずかわいそうで、運命的悲劇を感じさせる。

それ以外にもすべての殺しの、ちょっとした細かいところにも伏線が張り巡らされていたのがわかる。たとえば瀬里沢が下村を火葬にしたのは、村人の反発を招くのはわかっていたけど、下村殺しの「犯人」をあぶり出すためだったとかね。
あいにく、やってきたのはキクで、彼女は犯人ではなく(ハナ殺しの犯人だけど)単に死体を隠しただけ。キクは下村に恋していたのだが、子供なので相手にされなかった。そのキクが下村の死体を見つけて、やっと下村を独り占めにできるチャンスが巡ってきたので、自分のものにしただけなのだ。子供が人形遊びをするみたいな感じで死体をおもちゃにしているのが恐ろしいが、キク自身は純真無垢そのものだというところがよけい怖いし悲しい。全部見抜いていたのに瀬里沢がキクに刺されてしまったのは、この時点では彼もまだ島民の本質を見抜いていなくて、相手が子供だからと油断したからか。


で、ここで終わってもすばらしかったんだけど、このマンガはまだ終わらない。だいたい★★★が付くリビューはこのパターンが多い(笑)。

殺人というものが存在しない島で、有史以来最初の殺人が同時に最後の殺人事件となる。つまりロク殺しなのだが、これだけが他の殺人と決定的に動機が違う。ここでも瀬里沢が見事な推理を披露してくれる。
これ、私は完全にだまされてた。てっきり犯人はトヨかと。夫を殺されたあとの嘆きようが普通じゃなかったし、島で唯一自我に目覚めた人間だし。てっきりアンジの復讐として下手人のロクを殺したのかと。
確かに愛のために復讐殺人ができるのは「心」を持った人間だけだけど、偽装工作までするのはトヨには不可能と見抜くべきだった。(そもそもアンジが殺された直後にロクと寝てるし。もちろん性道徳なんてないからね)
それで外部の人間でまだ生きていたのは瀬里沢と南雲の2人だけ。愛というのは何も男女の愛欲だけじゃなかったんだね。

完璧な偽装殺人のはずだったけど、南雲はアンジの首が焼かれたのは偶然ということを知らずに、そこまで模倣してしまった。それで瀬里沢に犯人は島民ではないと見抜かれたわけ。
それを指摘された南雲は「心とは厄介なものだね」と言って静かに微笑む。

船は本土に着くが、降りたのは瀬里沢とトヨだけ。迎えの役人に瀬里沢は「私の他は島の人間一人しかおりませんが」と嘘を付く。それを見て「ナグモは「シンダ」のか?」と尋ねるトヨに、瀬里沢は「トヨさんは南雲の事を忘れられないだろうな」と言う。「うん」と答えて満面の笑みを浮かべるトヨのアップで「完」。


あー、おもしろかった! この手の推理マンガ(というかミステリ全般)にありがちな、強引なプロットや、ご都合主義や、無理やりなこじつけや、「どうです、頭いいでしょう?」という見せびらかしや、卑怯な後出しがないだけでもすごい。しかしこのマンガの魅力はプロットやトリックや哲学がきっちり構成されているというスマートさだけではない。

この種のマンガでここまで描けるとは思わなかった(しかも大半は「心」のない人たちなのに)人情の繊細な機微が美しく描かれているのにも感動した。
アンジのことを殺人者だと思って死ぬほど恐れていた南雲が、わずか数日で、彼のためなら殺人も辞さないと思うほどアンジに惚れ込んでしまうのは、あらすじだけだと無理やりな展開に思えるだろうけど、読んでるとすごく共感する。というのもアンジがそれほど男らしくてかっこよく、優しくて立派な人間だからだ。

だけどゾンビなんだよなあ(笑)。アンジを見てると、「心なんかいらない」という説に賛同したくなる。哲学者の中には「人間はもともと哲学的ゾンビで心なんか存在しない」と提唱している人もいるし。
まあ、それを言うならこの漫画の登場人物、誰ひとりとして悪人はいないし、みんな純真無垢ないい人ばっかりなんだよね。殺人者だらけだけど(笑)。

虫太郎もそう。彼が出てきたときは「頭は弱いが気のいい力持ち」という、いかにもありがちな定番キャラなので、おそらく途中で死なせてお涙頂戴を狙ったキャラだろうなと思ったし、実際そうなるのだが、本気で彼に肩入れしてしまうし、死んだときは本気で泣けるのは、虫太郎がそれだけ血肉の通ったキャラクターだから。
虫太郎が瀬里沢に犬のようになつくのもかわいいと同時に切ない。瀬里沢はべつに彼に優しくしてやったわけじゃなく、単にかくれんぼの遊びに付き合ってやっただけなのに。それも下村の遺体探しを手伝わせようというもくろみで。

でも、キャラクターとしていちばん魅力的なのは瀬里沢だよなあ。表面的には冷酷そのものの、規則一点張りで杓子定規な帝国の役人に見える瀬里沢が、実はいちばん人情に厚く、人の心理をよく理解しているなんて、最初の方だけ読んでも絶対わからない。これは惚れますわ。虫太郎もある意味純真すぎるから目に曇りがなくて、それがわかって彼になついたのかもしれない。

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三白眼がすてきな瀬里沢さん

だいたい本家シャーロック・ホームズもそうだしね。絶対好み。(BBC版『シャーロック』みたいな狂ったサイコ野郎も好きなんだけど) いっそ、ちょっと抜けた南雲をワトソン役にして、日本版シャーロック・ホームズを描いてほしかったわ。
実はそれも可能性がないわけじゃなかった。というのも、4巻目の巻末には瀬里沢を主人公にした短編が入ってるんだよね。こういうマンガこそシリーズ化して、もっともっと売れなくちゃおかしいのに、そうはならずに小池ノクトは(比較的)無名のままという、私が悪貨が良貨を駆逐すると言うのはそういうことだ。


と、終わったようでいて、本当に好きなものはまだ終わらせない。まだ謎はいくつか残ってるんだよね。たとえば南雲はどうなったのか?とか。
常識的に考えれば、瀬里沢に真実を突き付けられて、観念して海に飛び込み自殺した、というのが普通だと思う。因果応報なわけだし。
でも論理的にはロクは死んでないわけだし、それでは罰が重すぎると思う。前の方で瀬里沢が「俺たちは行政官だぞ。人を裁く権利などない」とか言ってたし。
そこで見かけよりは優しい瀬里沢さんは、こっそり南雲だけ先に船から降ろして、「そんな男は知りませんね」とシラを切ったんじゃないかと思う。南雲が島に入り込んだのは偶然の産物で、公的な記録には残ってないんだし、証人は全員死んじゃったから「そんなとこ行ってません」ですむことだし。

虫太郎は島の住民であるにもかかわらず、なんで最初は宮司、その後は瀬里沢というよそ者にくっついていたのかも謎。
これは推測だが、彼は知恵遅れという障害があるために、村では居場所がなかったんじゃないか。キクが孤児だから(親の死体もないらしい)という理由でバカにされていたとあるし、まあ、「差別はいけないこと」なんていう道徳心とかない人たちですからね(笑)。

それとも、虫太郎は障害のせいで「心」を持ち始めていたのかも。そう思うと、なぜトヨだけが「心」を持ったのかという最大の謎が解けるような気がするんだよね。
いくら(通常人から見ると)変わり者だらけの村と言っても、トヨの言動は目立っておかしいし、でたらめで子供じみている。誰とでも寝ることもそうだけど。(アンジは口には出さないが、明らかにそれを快く思ってはいない)
私は彼女も軽度の知恵遅れ、または精神障害を持っていたんじゃないかと思う。狂人の村では常人がキチガイ扱いされるというあれ。と言うと、なんか夢がなく聞こえるけどね。

とにかく、何度も言うけど、これだけ短くて話の進展が早いマンガで、出てきたとたんに殺されちゃうような人々まで、感情移入できるだけの人間らしさを持っているのはすばらしい。何十巻と続いているマンガでも感情移入のかけらもないようなのが多いのに。
ここに取り上げなかった人々も含めて、名前が付いているようなキャラはすべてすばらしい。

いちばんわからないし、感情移入もできないのは表題のミツぐらいかな。まあこの子は半分神様みたいなものだからしょうがないが。ほとんどしゃべらないし、感情を表さないので、わかりようがないんだよね。むしろ生き神様ということで、もっと宗教がかった気味の悪い子なのかと思っていたが、思ったより普通だった。でも南雲と瀬里沢には別れ際に心のこもった声をかけられるし、見かけよりはいい子。何度も死にかけた二人を救ったのもミツだし、さすが神様。

絵はやや劇画よりだけどまあ普通だし上手。ミツやキクはちゃんと美少女だし、瀬里沢とアンジはかっこいいし、南雲とロクは美青年だし。
あえて文句を言うなら瀬里沢と南雲の髪型が似てるせいで、ときどきどっちかわからなくことかな。三白眼が瀬里沢で、黒目が大きいのが南雲なんだが。
あと瀬里沢のヘアスタイル(芥川龍之介みたいなの)はこの時代でもありだけど、南雲みたいなツンツン頭はちょっと時代錯誤かな。復員兵なら坊主だろ。復員兵が長髪なのは許しがたい。
あと、言ってみれば島が主役の話なんだから、もっとロングで島全体をとらえた絵が欲しかった。

話の内容からしてグロいのを想像するかもしれないけど、このさっぱりした絵柄なので、死体も生首もあまり生々しさがないので、グロ耐性ない人もたぶん大丈夫


結論

というわけで単なるホラーかと思って読んでみたら、細部まで手の込んだミステリーだった

惜しむらくは短すぎるので、スケールの大きい神話的な部分(どうやらここは本当にオノゴロ島で、この人々は太古に生まれた最初の日本人の末裔らしい)はほのめかすだけで終わってしまった。これをもっとじっくり読めたらなあとも思うが、4巻という短さだからこの密度と完成度が保てたような気もする。
だいたい諸星大二郎の壮大な物語は(『西遊妖猿伝』を除き)みんな1巻完結か、それどころか短編なんだから、長さは関係ないよね。むしろ水増しだらけの今のマンガがどうかしてるのかも。
変則ミステリや哲学がお好きな方には絶対おすすめ。

参考
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