ウェス・アンダーソン『グランド・ブダペスト・ホテル』Wes Anderson “The Grand Budapest Hotel” (2014)

♦ 『犬ヶ島』が思ったよりおもしろかったので、録画したまま放置してあった『グランド・ブダペスト・ホテル』を見てみました。
♣ これなんで録画したんだっけ?
♦ 役者がオールスターですごいと思ったからじゃないかな。私のひいき俳優だけ拾っても、レイフ・ファインズ、ウィレム・デフォー、ジュード・ロウ、エドワード・ノートン、ハーヴェイ・カイテル、ティルダ・スウィントン。あとF・マーリー・エイブラハム、 ジェフ・ゴールドブラム、ビル・マーレイ、トム・ウィルキンソンなんかも出ている。
♣ だからてっきりグランドホテル方式の群像劇だとばかり思ってたんだよね。タイトルから言っても。
♦ そう、それが第一の誤算だった。
♣ いや別に群像劇じゃなくてもいいんだけどさ。なんかもったいない感じ。
♦ 実はレイフ・ファインズ演じるコンシェルジュのグスタヴ・Hと、トニー・レヴォロリ演じるロビーボーイのゼロ・ムスタファの物語で、あとの人たちはカメオってほどじゃないけど、出番もごく短いの。

主人公のグスタフ・H(右)とゼロ

♦ 出だしがいかにもヨーロッパ小説風だったから、あー、これは登場人物も多いし、人間関係やプロット把握するのがめんどくさいやつだ、と思ったら、ぜんぜんそんなことなかったし。
♣ 原作小説ってないの?
♦ いちおうinspired by the writings of Stefan Zweigってなってるけど、原作というわけではないみたい。
♣ シュテファン・ツヴァイクって名前だけは知ってるけど読んだことないや。
♦ あんまり気にしないでいいと思う。でも第二の誤算は、舞台が東欧だし、出だしの雰囲気もいかにもヨーロッパ小説風だったので、ああいう重厚で陰気なストーリーを想像してしまったこと。

♣ 意外や、やたらと軽いコメディでしたね。
♦ コメディとしては十分笑えるし悪くないんだけどね。ただ、「この道具立てでこれやる?」と思ってしまった。
♣ お話は額縁形式で1968年の「現代」のグランド・ブダペスト・ホテルを訪れた作家(Jude Law)が、今はホテルのオーナーになっているゼロ(Tony Revolori)から、グスタヴ・H(Ralph Fiennes)の思い出話を聞くというもの。
♦ これで1968年と1932年のホテルの様子が対比されてるわけよ。それでかつては栄華を極めたホテルが、見る影もなく衰退して、今は訪れる人も少ない様子が描かれるので、当然その栄光と没落の物語になると思うじゃない。てっきりホテルそのものが主役の群像劇かと。
♣ ところがホテルはあくまで背景だった。実際に語られるのはグスタヴ・Hのピカレスク的冒険談。愛人だった貴族の老婦人(Tilda Swinton)が殺されて、彼に遺産を残したために、殺人の罪を着せられた上、夫人の息子(Adrien Brody)が放った刺客(Willem Dafoe)に命を付け狙われるんだけど、最後は身の潔白を証明して遺産を相続し、それをゼロに残してゼロはその金でホテルを買い取ったという話。
♦ 終わっちゃった!(笑) ほんとにそれだけなんだよね。

こちらは悪役二人組。エイドリアン・ブロディ(右)とウィレム・デフォー。ウィレムのいかにも悪そうな顔!(笑)

♣ 要するに『犬ヶ島』で感じたことがウェス・アンダーソンのすべてじゃないの? カメラや演出はおもしろいし、美術は超一流だけど、ストーリーはあっさりしすぎてたわいもないという。
♦ 早くも結論が出ちゃったじゃないか! だけど『犬ヶ島』は子供向けだしアニメだったから、いくらなんでもこっちはもう少し複雑な話かと思ったんだよ。
♣ 話はこっちのほうが幼稚だった(笑)。どうもこの監督は好きな役者集めて凝った絵さえ撮れれば、ストーリーにはあまりこだわらないタイプみたいね。
♦ ところが私は、漫画論のほうでも描いたように、絵よりもストーリー重視なんだよね。
♣ そのせいかなあ。見てても楽しめることは楽しめるんだけど、ちょっとイラっとするんだわ。

♦ イラっとする理由のひとつは登場人物が薄っぺらなので、まったく感情移入ができないせいだと思う。
♣ ていうか、キャラとかストーリーとか完全にマンガなんだよね。この人も日本のアニメに影響受けたとかいうんじゃないでしょうね?
♦ それは聞いてない。『犬ヶ島』見てると黒澤の影響は明らかだけど。むしろこれなんかはカートゥーンっぽい。
♣ 黒澤ってのも眉唾だなあ。黒澤は技法もすごいけど、それ以前に脚本の人でしょう。くらべるのもおこがましいっていうか。
♦ 確かにこの映画って無声映画みたいな感じがするね。あのマンガっぽいドタバタが。

♣ とにかく人物がマンガチックで生きた人間という感じがしないから感情移入ができない。そもそもこれってグスタヴ・Hがどれだけすばらしいコンシェルジュだったかを描く話のはずなのに、そのご本人がなんかすげーいやなやつだし。
♦ でも金持ちの老婆専門のジゴロだから遺産目当てかと思うとそうじゃないんだよね。
♣ 最終的には色仕掛けで遺産せしめたから、いくら財産目当てじゃないと言っても信じられないけど。だいたい、80過ぎのババアとセックスするなんて、自分がババアの私でも気持ち悪いと思っちゃう。
♦ とりあえず下半身がだらしなさすぎる。ゼロのことはかわいがってるくせに、その目の前で彼の花嫁を口説こうとするし。ただの色キチガイじゃん!
♣ 高級ホテルのコンシェルジュっていうから、絵に描いたような古風な紳士なのかと期待したら、この通りのスケコマシだし、汚い言葉は使うし、すぐ暴力振るうし、サイテーな男じゃない?

♦ まあ、そもそもそこを狙ったギャグだし、レイフ・ファインズのイメージとのギャップで笑わせようという魂胆なんだろうけど。実際彼がポーカーフェイスでとんでもないセリフを吐くのはおかしかったけど。
♣ ゼロもとぼけたところがおかしいだけで、別に魅力的ではないんだよね。
♦ なんでグスタヴはゼロが気に入ったのかしら?
♣ 戦争で家族全員殺された難民だって聞いてから態度が変わったみたい。グスタヴも天涯孤独みたいだし。だからといって、それをストーリーに活かすってこともないんだけど。

♦ 戦争と言えば、ナチスもどきにホテルを占領されたりするから、そういう時代背景も取り入れるのかしらと思って見ていたら‥‥。
♣ なーんもなし。ただの制服着たエキストラが学芸会やってるだけだから(笑)。
♦ 悪いけどほんとにそうとしか見えないんだよね(笑)。グスタヴの脱獄もマンガより簡単だし。
♣ 追いつ追われつのアクションシーンは、冬季オリンピック用のボブスレーやスキージャンプのコースをスキーとそりで駆け抜ける。
♦ マンガだな(笑)。
♣ 本当に実写でアニメやってるみたいでしたね。

♦ この二人以外の役者は?
♣ なんせ出番も少ないし、まるで印象に残らないんだわ。いちばんすごいのはメイクで老婆に化けたティルダ・スウィントンぐらいで。
♦ 私は途中までこの手の映画にアメリカ人役者を使うのは雰囲気ぶちこわしだと思って憤慨してたんだけど。
♣ マンガだからしょうがないね。
♦ ほんとそういう感じ。その意味では戯画的な殺し屋を演じたウィレム・デフォーとか似合ってはいたけど。
♣ でもこの人、どの映画でもこればっかりじゃない! エドワード・ノートンの憲兵も妙にはまり役だった。

この世のものならぬ美女ティルダ・スウィントンのこの老けメイクはすごい

♦ じゃあ、これ以上話題もないようなので、いちばんの目玉の美術の話行こうか。
♣ プロダクション・デザイナーはアダム・ストックハウゼン(Adam Stockhausen)、撮影監督はロバート・D・ヨーマン(Robert D. Yeoman)と、この名前だけ覚えておけばいいよ。
♦ というわけで、これがこの監督のトレードマークなのか?と言っていた、登場人物がすべて正面をまっすぐ向いて、左右対称の画面はここでもまったく同じでした。
♣ 古くさいところがかえっておもしろい。
♦ 美術も完璧でしょ。まず、ホテルの外見からして。
♣ まあ、チェコにある実際のホテルをそのまんまモデルにしているから、オリジナリティはゼロなんだけども。内装もいかにもヨーロッパにありがちなホテルだし。
♦ でもこの色使いは好きだわあ。砂糖菓子みたいなピンク色も室内装飾も。
♣ 確かにきれいだから見飽きないけどね。
♦ 小道具とかもすごく凝ってて、かわいいでしょ。
♣ うん、だからデザインはすべてきれいなんだけど、それは元のヨーロッパのデザインがきれいなだけ。何度も言うけど外見もインテリアも小物も、これ全部ヨーロッパならどこでも普通に見られるデザインばかりで、オリジナルなものはないんだよ。
♦ つまりパクリと。
♣ パクリというよりオマージュなんだろうけどね。ただ、おそらくヨーロッパ人が見れば『犬ヶ島』を見た日本人みたいに、リアルだけどなんか変というものが多々あるんだろうけど。

左が映画のグランド・ブダペスト・ホテルで、右がモデルと言われるチェコのホテル

♣ なんか乗らないなあ。これ傑作の呼び声も高くてあっちこっちで賞取った映画なのに。
♦ マンガだからね。
♣ マンガと言って悪ければ、この人の映画ってどれも寓話っぽい。それはいいんだけど、寓話とかこの手の映画って、アハハと笑わせておいて、あとからジーンとさせたり、深い含蓄があるからいいのであって、この道具立てでただ笑わせただけで終わりなのは、もったいないとしか。
♦ ていうか、舞台がヨーロッパだから、いやでもヨーロッパ映画、というか私の場合はイギリス映画を思い浮かべちゃうじゃない。ところが題材から予想されるようなウィットやエスプリやペーソスとはまるで縁のない世界なんでがっくりくるわけ。
♣ ウェス・アンダーソンに小粋なエスプリを求めるのは無理なような‥‥。
♦ しかもこういうホテルものの傑作映画ってすでにたくさん作られているわけで、これはちょっと身の丈に合わないテーマのような気がする。日本人が『犬ヶ島』見て抱くようなモヤモヤを、これ見たヨーロッパ人は感じそう。
♣ そういえば監督はアメリカ人なのに、ここ2作続けて外国が舞台なんだよね。普通にアメリカものを撮ればちゃんとしてるのかもよ。
♦ 私が真っ先に思い浮かべたのはイギリス映画で、やっぱり僻地の古いホテルを舞台にしたグランドホテル形式の群像劇で、いかにもイギリス映画らしく変なんだけど、すごいしみじみした後味があって好きだった映画、あれと比較してけなそうと思ったのに、タイトルが思い出せない!
♣ そういうことがあるから、リビューは書き残しておかないとだめなのよ。

♦ 結局感想も『犬ヶ島』とまったくいっしょだなあ。見ているときはすごいワクワクして楽しんで見られるんだけど、見終わると「へ? これだけですか?」みたいな。
♣ でもこういうホテル泊まりたいでしょ?
♦ 泊まりたくない。
♣ え、なんで?
♦ 私なんかが泊まるようなホテルじゃないから。こういうヨーロッパの田舎の由緒あるホテルっていうのは、先祖代々毎年使っているような人たちが、シーズンになると何か月もバカンスを過ごしに来る場所で、日本人が二泊三日とかするようなところじゃないから。その違和感がいやだから私は泊まらない。私はB&Bで十分だし、B&Bでも十分快適だしきれいだから。
♣ それはそうなんだけどね。まあ私らだとせいぜいお茶するぐらいかな。

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