【映画評】トーマス・アルフレッドソン『スノーマン 雪闇の殺人鬼』 (2016) The Snowman

またも北欧ミステリを見てしまった。私がなんで北欧ミステリが嫌いかは、『ドラゴン・タトゥーの女』のリビューに書いたので、重複を避けるためにそっちを見てください。

だからこの映画にもまったく期待はしてなかったんだが、マイケル・ファスベンダーが出てるからやむを得ず。
さらに、見る前に監督のトーマス・アルフレッドソン(Tomas Alfredson)は『ぼくのエリ 200歳の少女』の監督だと気付いて、ちょっと考えを改めた。あれはなかなか楽しめたからね。ただ、あそこにも書いたように、あれだって、原作はかなり下世話なグログロ・ホラーで、お世辞にもほめられた出来じゃなかった。(いつも言うが、★★★はリビューの出来についての評価であって、作品に対するものじゃないです)
さらに、プロデュースが毎度おなじみティム・ベヴァン(私のジョエリーの元夫でデイジーの父)のWorking Titleというところにもちょっと惹かれる。(アメリカとスウェーデン資本も入っている)。

うーん、役者・監督・制作と三拍子揃えば少しは見られる映画なんじゃない?と、ちょっと期待してしまった。ジョエリーが出ていて、監督デヴィッド・フィンチャーでもだめだった『ドラゴン・タトゥーの女』のこと)という事実はもう忘れてた。もちろん、観客にも批評家にも大不評だったという事実はこのときはまだ知らない‥‥

ちなみに原作はノルウェーのミステリー作家ジョー・ネスボ(Jo Nesbø)の人気シリーズ。映画の舞台もノルウェーだが、『ドラゴン・タトゥーの女』同様、言語はすべて英語。したがって主人公の刑事ハリー・ホーレ(Harry Hole)もハリー・ホールになっている。

そこで見ての感想は、だーっ! やっぱりあれだ! いつも通りの退屈な北欧ミステリ。主人公はいつも通り、何らかの弱みを持った鬱々とした人物で、誰ひとり感情移入できないゾンビみたいな登場人物が出てきて、なんの新鮮味も驚きもないトリックがあって、それでいてグロ描写だけはいっちょまえ、ってやつ。

ていうか、全部同じだから、リビューなんかひとつだけ書けばいいって感じ。マジでなんでこんなのが人気あるのか私にはさっぱりわかりません。
「専門」のSF・ホラー・ファンタジーに比べると、ミステリには私は点が辛くなる傾向があるけど、それでも英米ミステリの方がこんなのより百倍まし。ただ、原作はヘボくてももしかしたら映画はおもしろいのがあるかもしれないと思って、監督なり役者なりがしっかりしたのだけ見てても、これまで全敗というのはすごい。

お話は、雪の日だけに起きる連続猟奇殺人事件を主人公のハリー・ホーレMichael Fassbender)が追うというもの。被害者はすべて家庭環境に問題のある若い母親で、殺害現場には不気味な雪だるまが残されていた。
と聞いただけで、もうプロットが全部読めちゃうけどね。雪だるまみたいな子供っぽいものにこだわるのは、犯人が子供時代に発するトラウマを持っているしるし。殺されたのはすべて子を持つ母親ということで、犯人はこういう形で母親に復讐しようとしているとかね。別にプロファイラーじゃなくてもこの手の話が多すぎるんで。
という文句を見越してか、映画では(小説の方は読んでいないので知りません)最初に犯人の少年時代を見せて、そのトラウマを明らかにしてしまう。あとは誰がその少年の成長した姿か?という謎が残るだけ。しかも手がかりなさすぎて、推理の楽しみもない。

犯人とシャーロット・ゲンズブールとマイケル(いきなりのネタバレ!)

ただし、そのトラウマ自体はかなりきついシロモノ。母子家庭なんだが、この母親ときたら愛人のDV男(少年に歴史の年号を暗唱させ、間違うと「教育がなっとらん!」と怒って母親を殴る)に捨てられた腹いせに、子供もろとも凍った湖に車でダイブして死のうとするんだから。
と言うと、日本流の無理心中を思い浮かべるかもしれないが、それならまだしも(良くはないが)、男の車を見失ったとたん、「ああ、もうやめた!」って感じでハンドルから手を離してしまって、あとは何もしないのが怖い。子供はからくもサイドブレーキを引いて、沈む前に車から逃れるんだが、我が子が見ている前で、薄ら笑いを浮かべたまま黙って沈んでいく母ちゃんの表情が怖すぎる!

確かにこのシークエンスの強迫感と恐ろしさはすごいもので、そういうのが書けるからこそ人気作家なんだろうが、こういう感情がないみたいな残酷さが怖いよ、北欧って。
それで、私はこの手の小説のこういうところが大嫌い。北欧小説に限らず、この手の猟奇殺人しか売りのないミステリの多くに言えるのが、子供とか女とか老人とか身障者とかの弱いものを徹底的に痛めつける残酷描写を売りにしていること。
そうすることで怖いもの見たさの読者を引きつけることができるし、ついでに変態男の気を惹くこともできるので、商業的には一石二鳥だから流行るんだろうが、そういう姑息な手段に頼らなきゃならない作家はクズだと思ってる。児童虐待やレイプがテーマの社会派小説ならともかく、そういう重すぎる犯罪をたかが娯楽小説の客寄せに使うな!!
本物の作家なら、たとえばジョン・ファウルズの『コレクター』(映画はウィリアム・ワイラー監督)とか、ヒッチコックの『サイコ』みたいに、残酷シーンなんかひとつも見せなくても犯人の狂気のすさまじさをひしひしと見せつけて、読者(観客)をビビらせることができるのに‥‥

というわけで、この映画も残虐シーンはてんこ盛りで、そこだけは凝っている。輪切りにされたバラバラ死体とか、女の生首とか、堕胎された胎児とか、銃で撃たれて上あごから上が吹っ飛んだ死体とかは、もういいってぐらいたっぷり見せてくれる。
ホラー好きで、日頃そういうのを喜んで見ているくせに矛盾してるって? スプラッタ・ホラーなんてみんなギャグなのよ。だから笑って見てられるんだけど、こういうのはシリアスを装っているからムカつくわけ。

あと『ドラゴン・タトゥーの女』でも書いたけど、私がいくら北国好きと言っても、私はせいぜいフェロー諸島ぐらいが上限だな。さすがに北欧は寒々しすぎる。
舞台が冬のノルウェーだから一面の雪景色なのはいいとしても、北海道あたりの雪景色とはまるで違う。白い上に暗いのだ。よって画面は白と黒だけのグラデーションで、モノクロ映画っぽくなる。ひたすら冷たく暗いだけの世界はきつい。
あと、北欧はインテリアデザインに優れているというが、ただでさえ冷たい世界にあの硬質で無機質なインテリアはよけい冷たく寒々して耐えられない。と思うのは、もちろん私が英国至上主義者で、あの暖かみのあるお花やファブリックでいっぱいのインテリアが至上と思っているからだが。

確かに暗いことは暗いが、こういうシーン(ガレージの「上あごから上がない」死体なんだが)はけっこうきれいかな。この監督は確かにかなり撮れる人で、これは原作が悪いということにしておこう。

そんなわけでストーリーについては書くことは何もないから、役者の話だけする。

マイケル・ファスベンダーはいつも通りハンサムだった。が、それだけ。本当に何もないキャラクターなので何も言うことがない。

唐突ですが、このあと話は脱線しまくって、ファスベンダーの結婚の話とかジェーン・バーキンの老い方の話で大いに盛り上がってしまい、それはそれでおもしろいんだけど、映画とはもうなんの関係もないので、別の記事にしました。次の記事参照。

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