★★【映画評】男にとって理想の女性像は30年間でここまで変わった ドゥニ・ヴィルヌーヴ『ブレードランナー 2049』(2017)Blade Runner 2049 

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タイトル通り、女性観という観点からオリジナル『ブレードランナー』との30年の差を考えたリビュー、ほかに「ぷっつん女優」ショーン・ヤングの奇行を振り返ったり、ディック映画を総括したり、けっこう中身が充実しているので★★にしたけど、私はこの映画嫌いです。

というわけで、『エイリアン: コヴェナント』と並ぶもう一本のなつかしのリドリー・スコット・フィルムの続編がこの『ブレードランナー 2049』。ただしリドリーはここでは制作にまわっていて、監督はしていない。
『ブレードランナー』は私にとってはある意味『エイリアン』以上に思い入れ深い作品。というのも、『エイリアン』はリドリー・スコットのオリジナルだが、『ブレードランナー』は「私を作った作家」のひとり、P・K・ディック原作というわけで、まさに私の映画だから。
もっとも当時はH・R・ギーガーにも狂っていたから、そのギーガーが参加した『エイリアン』も同じぐらい大事な映画だったし、そもそもどっちもSFだったし、その両方を監督したリドリー・スコットもまた、かつての私の神々のひとりだった。

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『ブレードランナー』(1982)Blade Runner

『ブレードランナー』がだめだった理由

しかしこの2本の映画のその後の明暗ははっきり分かれる。紆余曲折を経ながらも『エイリアン』はまったくタイプの異なる、しかしそれぞれの分野で超一流の監督の手によって4まで作られ、その他いろんなジャンルに浸透してカルト・クラシックになった。
一方、『ブレードランナー』は一部では高い評価を受けたものの、映画界では明らかに不人気で、ハリソン・フォードという当時一流のスターが主演だったにも関わらず、続編が作られることもなかった

しかもここが皮肉なんだが、小説の方は非常に才能のあるSF作家で、ディックとの親交もあったK・W・ジーターが『ブレードランナー4』まで、ディックの小説ではなくリドリーの映画の続編小説を出している。
どれも映画の雰囲気をうまく捉えたSFハードボイルドで、とにかくSF映画は脚本がヘボくてでたらめでどうしようもないことが多い(『プロメテウス』『コヴェナント』がまさにその典型でしたね)のに、ジーターの小説をそのまんま映画化するだけでちゃんとした続編ができたはずなのだ。

ここまでお膳立てができていたにも関わらず、これまで映画化されなかったのはなんでだろう? こういうのって多分に運もあるから一概には言えないが、やっぱり映画として儲からないと思われたんだろう。
私はというと、もちろんオリジナル『ブレードランナー』には興奮したが、『エイリアン』は何度もボックスセットを買い換えてはずっと見続けているのに、『ブレードランナー』のディスクは埃をかぶっている。『エイリアン』シリーズは何度最初から見てもドキドキワクワクするのに、これはそうでもないんだよね。

理由はたぶん次の2つ。

その1は主役のデッカード(ハリソン・フォード)とレイチェル(ショーン・ヤング)があまり魅力的に思えなかったこと。
ハリソン・フォードは『スター・ウォーズ』で人気急上昇中だったけど、すでに述べたように私は『スターウォーズ』があまりにバカバカしいスペースオペラだったから嫌いだったのと、ハリソン・フォードもあの3人の中ではいちばんましとは言え、まったく好みじゃなかった。
後のプッツン女優(笑)ショーン・ヤングも、確かにこの当時はすばらしく美しかった。ただ、あのヘンテコな髪型(リドリーってやっぱり女性のヘアのセンスおかしくない?)と、変な服のせいであんまり魅力的に見えなかったのと、こういうタイプの女は嫌いだった。もちろん当時はあんなに頭おかしい女だなんて知らなかったんだけど。

ここで初めて知ったオランダ人俳優ルトガー・ハウアーは本当にすばらしかったし、ダリル・ハンナはかっこよかった(昔から大女好き)んだけど、主役の二人がこれなんでかなり冷めた。
それに引き替え、『エイリアン』のシガニー・ウィーヴァーの魅力はすでにあっちこっちで書き散らしている通り、惚れに惚れてこの年になるまで追いかけるはめになった。この違いはあまりにも大きい。

理由その2はやっぱりどうしても原作のP・K・ディックと比較してしまうこと。それでも映画の出来があまりに良かったから、他の「アレンジ」にはすべて目をつぶるとしても、いかにも取って付けたようなラストのハッピーエンドには怒り心頭。その後何十年か見るのもいやだったぐらい。(私のディックに対する思いについては、旧「ひとりごと日記」の2009年5月17日の『スキャナー・ダークリー』評に詳しい)

本当にディック原作の映画にはろくなのがない。しかも数だけはやたら大量にあるし、中にはビッグ・バジェット・フィルムもあるのに。2作しか映画化されていないJ・G・バラードはどっちも大傑作なのにと前にぼやいた通り。(3作目の『ハイ・ライズ』も超傑作だった。これはあとで書きます)

主なものだけ拾っても、ブレードランナー(1982)、トータル・リコール(1990)、スクリーマーズ(1995)、クローン(2001)、マイノリティ・リポート(2002)、ペイチェック 消された記憶(2003)、スキャナー・ダークリー(2006年)、NEXT -ネクスト-(2007年)、アジャストメント(2011年)、まだまだあるがもう飽きた。
私はこういう映画、「ディック原作」というのに惹かれてほとんど見ているのだが、『ブレードランナー』と『スキャナー・ダークリー』を除いては、どれがどれだかも覚えてないほどつまらない映画ばっかりだった。(ただしもちろん本作の脚本は原作とは全く関係のない映画のオリジナル)

とまあ、そんなわけで、この映画にも悪いけど、まったく期待していなかった。監督がリドリーならまだ別だけど。

それじゃまずは主要キャストとあらすじ。どうせ二度と見ない映画はちゃんとあらすじを書こうと言っていたが、途中で飽きたのでけっこう適当。

主要キャスト

ライアン・ゴズリング(Ryan Gosling)K(ブレードランナー)(レプリカント)
ハリソン・フォード(Harrison Ford)リック・デッカード(元ブレードランナー)
アナ・デ・アルマス(Ana de Armas)ジョイ(Kのホログラフィの愛人)
ジャレッド・レト(Jared Leto)ニアンダー・ウォレス(ウォレス社の社長)
シルヴィア・フークス(Sylvia Hoeks)ラヴ(ウォレスの部下)(レプリカント)
マッケンジー・デイヴィス(Mackenzie Davis)マリエット(娼婦)(レプリカント)
ロビン・ライト(Robin Wright)ジョシー(マダム)(LAPDのKの上司)
デイヴ・バウティスタ(Dave Bautista)サッパー(最初にKに殺されるレプリカント)
カーラ・ジュリー(Carla Juri)アナ・ステリン博士(疑似記憶作者)

ものがたり

舞台となる2049年はオリジナルの30年後。レプリカント製造のタイレル社はネクサス8型の暴走のおかげで倒産。今はニアンダー・ウォレス(ジャレド・レト)がレプリカント産業を牛耳っている。
ウォレスが売っているのはより従順でロボットらしいネクサス9型。これらのレプリカントは移植された記憶を持ち、寿命も長い。以前のように主として宇宙での労働に従事しているが、地上で人間に混じって働いているレプリカントもいる。
LAPDの捜査官K(ライアン・ゴズリング)もそのひとり。彼はホログラムの美女ジョイ(アナ・デ・アルマス)と暮らしていて、ただの映像にも関わらず、彼女と愛を育んでいる。

Kは生き残りのネクサス8、サッパー・モートン(デイヴ・バウティスタ)を「処理」しに行って、偶然、子供を産んだレプリカントがいたらしいという重大事実を発見する。
上司のジョシー(ロビン・ライト)に調査を命じられたKはウォレス社に行って記録を調べ、子供を産んだのは逃亡したレプリカントのレイチェルであること、子供の父親はブレードランナーのデッカード(ハリソン・フォード)であることを知る。

ここからこの子供を巡って三者三つどもえの攻防が始まる。
ウォレスはなぜだか知らないが、レプリカントに生殖を可能にさせた技術を欲しがっており、そのため、配下のアンドロイド、ラヴ(シルヴィア・フークス)に命じて、デッカードを捕らえて子供の居場所を吐かせようとする。
ジョシーは社会不安を避けるために、Kに命じてこの事実を(子供もろとも)闇に葬ろうとしているが、ラヴに殺される。

そしてKは調査を続けるうちにレプリカントに同情するようになり、さらにその子供とは自分自身ではないかと思い始める。Kはレプリカント用の疑似記憶の制作者アナ・ステリン博士(カーラ・ジュリー)に会い、自身の記憶を鑑定してもらうが、それは本物の記憶だと言われる。
Kは子供時代に大切にしていた木馬を手がかりにラスベガスに向かい、デッカードを発見する。彼は子供を守るために、子供を仲間に預け、ずっと隠遁生活を送ってきたらしい。
そこへラヴと同僚が襲来し、Kに重傷を負わせ、デッカードを誘拐する。

Kはレプリカント解放運動のリーダー、フレイザ(ヒアム・アッバス)に助けられ、レイチェルの子供は女児であり、自分の記憶はステリン博士自身のものだったことを知る。フレイザは子供の秘密を守るため、デッカードを殺すことをKに頼む。
ウォレスは子供の居場所を言えば、代償として再生したレイチェルを与えると申し出るが、デッカードはそれを拒否する。
その後、デッカードを乗せてエアカーで移動中にラヴはKに襲われる。Kは死闘の末にラヴを殺し、デッカードをステリンのところへ連れて行く。

ストーリーと脚本

う~ん、こういう風に書くと筋の通ったお話のように見えるが、実際は大きな矛盾や意味のわからない場面の連続である。
だいたい人間とアンドロイド、じゃなかったレプリカントって交雑できたのか?(笑) 人造人間に生殖機能まで持たせるって、どれだけすごい技術なんだ。というか、生物学的には交雑できるなら同一種なんで、レプリカントは人間だってことになって、そもそもこの物語のテーマが根底から覆ってしまう。

要するにこの映画もオリジナルも、レプリカントの定義をちゃんとやってないから、後出しで何を言われても「そうですか」としか言えない。そもそもレプリカントの寿命は4年と言っておいて、最後の最後に「でもレイチェルは別でした」なんてね。
まあ、これはエンディングに取ってつけたようにナレーションで流れるだけで、実際のエンディングは違ってたこと、会社の圧力で無理やり変えられたのは明らかだから、リドリーには同情するが。

警察がなんでそこまでしてレプリカントに子供が産めるという事実を隠匿しなきゃならないのかわからないし、ウォレスがレプリカントに子供を産ませたがる理由もわからない。この人、レプリカントを作って売ってる側なんだから、繁殖して増えちゃったら商売あがったりじゃない(笑)。
ウォレス社は私企業なのにLAPDの警官をバンバン殺してなんでお咎めなしなのかもおかしい。
レプリカントに偽の記憶を植え付ける理由もわからない。レイチェルはそうだったが、それは彼女がタイレルの娘として作られたからで、ただの奴隷に過ぎない一般のレプリカントにそんなものは必要ない。むしろネクサス8の反乱はレプリカントを人間らしくし過ぎたからなのに。
いちおう原作とは矛盾するが、オリジナルのハッピーエンドを「レプリカントも人間だ」と解釈すればわからなくもないけど、少なくとも会社の考えは違うはずだし、人間の記憶なんて邪魔なだけだろう。

子供も最初はDNAがまったく同一の男女の子供がいたと言ってたのが、女の子は死んで男の子は脱走したと言ったり、最初から女の子だけだったと言ったり、そりゃ真実を隠すために煙幕張ってただけかもしれないけど、伏線でもなんでもなくてただ人を煙に巻くだけの情報はいらない
Kが自分の記憶を持っていることをなんでステリンが知らなかったり驚いたりしたのかも謎。彼女自身がその疑似記憶を作ってる人なんだし自分で入れたんじゃないのか? とにかく情報不足すぎて、そうだと言うんならそうなんだろうとしか言いようがない。

プロットは複雑そうに見えて、実は変化のない一本道。Aに行ってBを見つけたから次はCに行ってDを見つけて‥‥という調子で、なんだかアドベンチャーゲームか、日本の(行動の選択の余地のない)一本道RPGをやっているみたいだ。
何かを見つけると言ってもそこで苦労するわけじゃなく、勝手に向こうから出てくるのでミステリー要素もない。
『プロメテウス』や『コヴェナント』の脚本を、破綻してるだの頭が悪いだのさんざんけなしたが、それでもおもしろく(あるいはどうなるのか気になって)最後まで夢中で見れたし、穴はあってもはっきり伝えたいことや表現したいことが感じられる脚本だった。これはこういう雰囲気映画にありがちだが中味が完全に空っぽ

美術と撮影

もうこういう重箱つつきをいくらやってもつまらないからやめよう。実は重箱の隅をつついて楽しいのは、ある程度データが揃っていて推理ができるストーリーの場合で、こういう雰囲気映画でやっても虚しいだけ

それより、映画が始まるなり「違う」と思った。『ブレードランナー』でいちばんすごかったのはオープニングの黙示録的LAの風景なんであって、当然そこを比較されるのは覚悟の上だよね?
『2049』はLA郊外の砂漠の中にソーラーパネルみたいなのが並んだ風景で始まる。これはこれで美しいと言えなくもないんだが、でもやっぱり違う。そして場面が酸性雨が降りしきるLAの町になったとき、決定的に違うと気付いた。

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リドリー・スコットとは空気が違う! なんというか、これはただの雨にしか見えないし、セットはただのセットにしか見えない。もちろんオリジナルの町にあった香港みたいな猥雑さもない。妙にさっぱりして淡白。もちろんうどんも食べない。
日本に侵略されたアメリカという設定は同じだが、近隣諸国から文句が出ないようにか、今回は中国や韓国もかなり入ってる。「強力わかもと」みたいにパンチ力のある看板はなく、裸の巨大女のホログラフ(これもジョイ)が闊歩しているあたりはラスベガスかと思う。

『ブレードランナー』は建物やメカもすごかったが、こちらはその雰囲気には近いんだが、表面を撫でただけという感じ。
どこも小ぎれいですっきりしてるが、『ブレードランナー』のエネルギーとテンションがない。単にもうもうとスモークたいて青いライトで照らせばいいってもんじゃないだよ! リドリーなんて化け物やはらわた撮ってもあんなにきれいだったのに!

やっぱりアメリカはダメだ、と思ったが、あんまりアメリカ人っぽくもないな。この雰囲気はフランスとかのヨーロッパ(イギリスはヨーロッパじゃない)の芸術気取りの映画みたいだ。
あと霧に包まれたLAの町は『ブレードランナー』というより今の北京に見えた。特に町の空撮は現実のLAにエフェクトかけただけじゃないのか? (メイキングを見たらいちおうミニチュアを作ってた。元祖『ブレードランナー』と違って、ミニチュアでないと作れないような景色じゃないんで、ほとんど意味ないと思ったが)

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エアカーが飛んでるところを除けば、どう見ても現代の北京だと思う

 

アクション

オリジナルはSFアクション映画だったのだが、アクションはあるものの申し訳程度。それもアクションと言うよりはほとんど意味のない暴力(笑)。
Kに会ったデッカードが理由もなくいきなり殴りかかってくるだけじゃなく、異常に長々殴り合ってるのも変。デッカードは隠れてるんだから侵入者を警戒するのは当然だが、だったら見つからないように隠れるか、銃で狙えばいいだけ。自分から出てきて正面から殴り合うって何あれ?
それで疲れると酒をすすめたりしてるから、別に敵意があったわけじゃないんだ。いや、おまえ隠れてるんだろう? 得体の知れないレプリカントには警戒しろよ。それに今さら腹の出たおっさんのファイト・シーンを見せられてもねえ。どうせハリソン・フォードを出すなら使い道は他にいくらもあるだろうに。
ウォレスの残酷さを見せたいんだろうが、商売もののレプリカントをまったく意味なく殺すのも稚拙な演出でイライラした。

キャラクターと役者について

中味がないのはキャラクターも同じだというところで役者評。これはかなり『2049』に勝ち目があるはず。というのも『ブレードランナー』はとにかく主役のハリソン・フォードとショーン・ヤングが嫌いというハンデを負っているから。もちろん例によって、見るまで『2049』の主演が誰なのかも知らなかったから、ちょっと期待していた。

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別に悪い人には見えないが、魅力的だとも思えないライアン・ゴズリング

K役のライアン・ゴズリング(Ryan Gosling)はカナダ人。『ラ・ラ・ランド』(2016)のスターだと言うが、あの映画、私は最初の30分で耐えられなくてだめだった。ミュージカルが嫌いなのに、今時臆面もないミュージカルだったので。
コモンウェルスの国だから(クロネンバーグやキアヌもいるし)私はカナダにはかなり甘いのだが、こいつはだめだ。ニコラス・ケイジをちょっとアングロサクソンっぽくしただけじゃないの? というのはあまりにひどい言いがかりだが、こういう地獄のミサワ顔(目が真ん中に寄っている)で馬面の男は嫌い。

でもなんか最近のハリウッドスターってこの手の顔の男が多いような気がするから、まあ順当な感じか。むしろディックの小説の主人公にしてはギラギラしすぎていたハリソン・フォードより、この人のほうが受け身で無気力な感じがするので、主人公にふさわしいかもしれない。たぶんそういう演技なのは、レプリカントを意識したからだろうけど。
でも同じアンドロイドならやっぱりマイケル・ファスベンダーのほうがずーーーーーーーっっっとすてきだわ! まあ、レプリカントはまったく人と見分けが付かないという設定なので、ライアン・ゴズリングはべつにロボット演技はしてないんだけど。
とりあえずライアン・ゴズリングは手堅い演技で、べつに可もなく不可もなしって感じ。でも主人公としちゃハリソン・フォードのカリスマはない。

あ、そういえば関係ないけど、『エイリアン』のアンドロイドは着々と改良が進んでいるようなのに、わざわざネクサス9は改良型だと言うなら、なんでネクサス8の最大の欠点――人間の中にまぎれ込んでしまうと見分けが付かない――を改善しなかったんだろ? おでこに大きくRと書いておくとか、頭にアンテナ生やしておくとか(笑)。

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そこでそのハリソン・フォード(笑)。もう『スター・ウォーズ』の新作で見ちゃったから、爺フォードについては特に何も感想はない。ただやっぱり年を取ってもライアン・ゴズリングよりははるかに存在感があるよな。
でも、どうせ出すならそれなりの見せ場を用意してやればいいものを、見られたのはラスベガスでエルヴィス・プレスリーのホログラフィなんか見ながらノスタルジアに浸ってるジジイと、ラヴに捕まって縛られて水の中でアップアップしているところだけなのはかわいそう。もしかしてあの殴り合いはそれの埋め合わせか。
ちなみにこのラスベガスのシーンはあまりにステレオタイプなラスベガス過ぎて鼻白んだのだが、言われてみればいかにも「外国人のイメージするアメリカ」って感じだね。

ショーン・ヤングの奇行の真実

Sean Young and Loren Peta

驚くほど本物に瓜二つの合成レイチェル

実はショーン・ヤングのレイチェルも変則的な形で出演している。ウォレスがデッカードを買収するための餌として、レイチェルそっくりなレプリカントを提供しようとするのだ。
ちなみにショーン・ヤングは続編の制作が決まってからずっと、自分を出せ出せと直訴を続けていたみたいだが、もちろん無視されて、その代わり、代役の女優が若い頃のヤングの顔を貼り付けて登場。これはさすがにイヤミっぽいが、そもそもレプリカントが年取って太った姿で出てくるのは変なので、元から彼女の出番はないんだが。
でもあくまで2Dだけど、これって人造人間なんだよね。なんか少しずつ現実が小説に近づいているような‥‥。

しかし上でも書いたが、彼女はとんだお騒がせ女優で、シガニー・ウィーヴァーが『エイリアン』に絶大な付加価値を加えてくれたのと反対に、ある意味彼女が『ブレードランナー』の価値をかなり下落させたのも事実。

ショーン・ヤングが奇行で有名で、おかげでハリウッドから干されたばかりか、完全にネタ女優扱いされていたのは知っていたが、興味もないので具体的な話はよく知らなかったので、今回改めて調べてみた。読んだのは2015年のガーディアン紙の記事で、ちょうどこの映画の企画段階で、ヤングにメールでインタビューしたもの。
なんでガーディアンかというとハリウッドの息のかかった映画ジャーナリズムは当然バイアスかかってるから、英国の高級紙なら中立だろうと思ったので。
でも読んでみたら記事はまじめな調子でかかれてるけど、笑っちゃうぐらい「ショーン・ヤングそのもの」の発言だらけだったので笑った。つまりすべては自分を陥れようとする陰謀で、自分は被害者だと言うんだけど。

彼女の奇行と言われるものをちょっと挙げてみると‥‥

映画で共演したジェームズ・ウッズをストーカーして訴えられた。これに関しては日本じゃ「交際相手」とか「元彼」と紹介されていたが、ヤングに言わせるとウッズとは寝てもいないし、もちろんストーキングなんかしていないと言う。ジェームズ・ウッズはプレイボーイで有名だから、まあ共演女優を食っちゃったらしつこく追い回されて閉口したってことだろうな、と想像が付いてしまう。

他に伝説になっているのは、『バットマン リターンズ』のキャットウーマンの役がやりたくて、お手製のキャットスーツを着てスタジオに現れ、ティム・バートンに会わせろと騒いだとか、招待されていないのにアカデミー賞のアフターパーティーに入りこもうとして、阻止した警備員を殴って逮捕されたとか(笑)。

他に初めて知ったのは、『ウォールストリート』のゲッコーの妻役に選ばれたのに、監督のオリヴァー・ストーンと共演のチャーリー・シーンとケンカして首になったとか、『ディック・トレイシー』に出演するはずだったのに、監督のウォーレン・ベイティと寝るのを断ったために首になったとか(ヤングの言い分、もちろんベイティは否定している)、ハリウッドの大物にも口説かれたけど断ったとか。
ウォーレン・ベイティも有名な女好きだし、ほとんど本当なんだろうなとは思うけど(笑)。それ以外のいわゆる「奇行」は自意識過剰な女優としては珍しくない話だと思うんだが、とにかく行く先々でトラブルを引き起こし、マスコミにハリウッドの内側のスキャンダルをペラペラしゃべったものだから、まあ干されて当然かなとは思う。リドリーも会っても口もきいてくれないと言うし(笑)。

しかもこの記事は最後のパンチライン付きで、最後のメールで記者が礼を述べて「ガーディアンは感謝します」と書いたら、ヤングは烈火のごとく怒って、「ガーディアンに載ると知っていたらインタビューなんて答えなかった! 前にひどいことを書かれたから」と言う。
記者は不思議に思って、過去記事をすべて調べたんだが、どれもほめてるのしかなくて、それらしいものは小さい日記コラムで一言彼女を皮肉ってる描写があるだけだったという。しかもガーディアンだということは最初に名乗ってるし、エージェントにも伝えているという落ち付き(笑)。やっぱり年取っても変わってないわ(笑)。

このインタビューでは「もうハリウッドに未練はないわ」なんて言ってたが、この後、出せと言ってさんざん騒いだけど、無視された結果がこれ。そしたら、今度は「私の出ない『ブレードランナー』なんて価値ないから、あの映画は見るな」と騒いでいたそう(笑)。
「あんたらマスコミはひどいことばかり書くけど、町を行く一般人に聞けば、みんな私を大好きだって言うわ」なんて言ってるが、そもそも『ブレードランナー』はそんなに一般受けした映画じゃないし、一般人はショーン・ヤングと聞けばスキャンダルしか知らないと思う。
あと『エイリアン: コヴェナント』についても、シャーリーズ・セロンより自分のほうがずっと適役だったと言っている。どこまで自信家なんだよー! かつては美女だったことは否定しないが、年を考えろ!

ただ、『ブレードランナー』って純愛ものでもあったんだよねえ。でもその相手がぷっつん女(当時の表現だが死語か)では、映画そのもののイメージが大きなダメージで、だからショーン・ヤングは汚点だというのだ。逆に『エイリアン』があそこまでメジャーになれたのはシガニー・ウィーヴァーの魅力のおかげと思うと、本当に対照的な二人だ。

ほんと、あれだけの美人だったんだから、頭さえまともなら爆発的に成功していたはずなのにねえ。実際、オファーを受けたり、首になった作品を見ると超メジャー作ばかりだし。
ただ逆に言うとハリウッドに美人女優なんて掃いて捨てるほどいるんだから、何もトラブルメーカーとわかってる女を使う必要はまったくないということで。
ちなみに今の姿はどうなってるのか見てみたら、太ったし年取ったけど、さすがに元が本物の骨格美女だけあって、まだ普通のおばさんよりはよっぽどきれいだった。せっかくの美女でも頭がおかしいと台無しだけど。

男たちの理想の女――30年間の変化

というわけで、意外や美女だらけだった『ブレードランナー』と同じく、『2049』も美女には不自由しない。その中で私がいちばん興味を持ったのがホログラフィー美女のジョイに扮したキューバ人女優アナ・デ・アルマス。(学術的興味であって好きだとは言ってない)
この名前を聞くのはどっちもキアヌ主演の『エクスポーズ』、『ノック・ノック』に続いて3回目だね。好きかどうかはともかく、あまりにも違いすぎる役柄と、確かにかわいい顔してるんで気になっていた女優さん。

何が興味深いかというと、ジョイって『ブレードランナー』のレイチェルに当たる役柄だと思うのよ。単に主人公の恋人役というだけでなく、どっちも人間じゃないうえに、男に奉仕するために作られた、男の理想を具現化した人造人間だということ。それを言ったら慰安ロボットのプリスもそうだけど、映画のプリスはそのアンチテーゼとして完全に役割を逸脱してしまった反乱分子だからやっぱり違う。(原作ではレイチェルとプリスは同タイプで瓜二つという設定)
それで、そのショーン・ヤングとアナ・デ・アルマスという二人のヒロインの違いにこの30年の女性に対する男性の視点の変化がよく現れていると思う。

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ライアン・ゴズリングとアナ

 

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こちらは元祖のハリソン・フォードとショーン・ヤング

(この際、中の人のことは忘れて)どっちも非の打ち所のない美女で、しかもかわいく守ってあげたくなるタイプってところはよく似ている。でも1982年のレイチェルは謎めいて影のある、クールでミステリアスなファム・ファタールだった。これはすごいよくわかる。確かにあの頃の男の理想の美女ってこういうタイプだったから。

それに引き替え、2017年のジョイはまったく違う。かわいらしくて家庭的で、男の世話をやくのが無上の生き甲斐という尽くす女
印象的な登場シーンも、レイチェルは無表情無言でもうもうたるタバコの煙の中に隠れ、ジョイはいそいそと料理を作っている(ふりをする)ところというのが対照的だ。
謎めいたレイチェルに対し、ジョイは何もかも開けっぴろげ。男に対する愛情や欲望を隠しもしないし、素っ裸で歩き回って男を誘惑する。そのくせ、レイチェルは生身の女とまったく変わらず、(この映画によると)妊娠までできるのに、ジョイは触れることもできない3次元映像にすぎない。

まじでこういうのが今の男性の好みなのか? だとしたらやっぱりアメリカも相当日本文化に侵略されているとしか(笑)。だってこれってほぼおたくの好みじゃない!
それと同時にそういう女を好むってことはヒーロー像もだいぶ変わってる。デッカードは(たぶん)人間、Kはレプリカントということを考えてもずいぶん違う。つまり年をとってもタフガイそのもののハリソン・フォードと、 なんか気の弱そうなライアン・ゴズリングと。

というか、これがおたくじゃなくてなんなの? 2次元美女(おっと、ホログラムだから3次元だった)とイチャイチャしてるだけで満足っていうの。しかも娼婦にジョイの姿をシンクロさせてセックスしたりするし! 変態! なのに、この二人の関係を純愛か何かみたいに描写する演出もキモい。

確かにレイチェルだってダッチワイフには違いないが、少なくとも彼女は特別な存在だったしねえ。なのにジョイは量産型で、素っ裸の巨大ジョイが町を闊歩して宣伝している。

ジョイは巻き添えで死んじゃったけど、いくらでもいるからべつにかわいそうな気もしない。また新しく買うんだろうなとしか。
というか、こういう描写があってもおかしくはないが、それがヒロインっていう映画はこれまでほとんどなかったと思う。
つまり従来のロボットとの恋愛もの(そういうのが腐るほどある)なら、元は量産型でも、どこかで人間らしさが目覚め‥‥となるもので、つまりヒロイン(やヒロインの恋人)になるのはどこか特別なロボットだった(レイチェルがまさにそのタイプだった)が、このジョイは何も特別なところはないし。その意味革新的かも。私はいらんけど。

そこでアナ・デ・アルマスだけど、やっぱり嫌いだわ、この女。これだけ違う役を演じわけられるんだから、かわいいだけでなく女優としても力があるんだろうと思うが、こういう役が似合うというだけでも気持ち悪いし嫌い。いつも手塚治虫のヒロインが「男にとって都合がいいだけの女」すぎて嫌いと言ってるのと同じで。

『ノック・ノック』のアバズレぶりにちょっと心が動いたけど、そういう娼婦性とこういう従順な奴隷性(しかも性奴隷と家事奴隷の兼任)と清純性とロリっぽさをすべて合わせ持ってるあたりが、いかにも男が好きなものを寄せ集めた感じで、そんな都合のいい女いるか!ってなる。
実際ここにいるんだけど(笑)。まあその意味でアナ・デ・アルマスが引っ張りだこになるのもわかるんだけどね。

私の印象じゃ、ラテン系「外国人」だし、『オープン・ユア・アイズ』のペネロペ・クルスと似たような感じ。ペネロペもほんとかわいかったからね。でも小さい女の子やロリが嫌いな私は嫌い。どうせラテン系だからもって数年だし(レプリカントみたい)。これならまだショーン・ヤングのほうがまし。ついでに言うとブスなおばさん好みのリドリーの趣味ともかけ離れてるね。

Jared Leto

なかなかキモかった(ほめ言葉)ジャレド・レト

『ブレードランナー』のタイレルに当たるウォレス社の社長、ニアンダー・ウォレスを演じたジャレド・レト
なんか昔からいろんな映画の脇役で見ているが(『ファイト・クラブ』、『アメリカン・サイコ』、『パニック・ルーム』とかにも出てる)、私はこの手の南方系が嫌いなので印象に残ってなかった。ヒスパニックかと思っていたが、いま調べたらケイジャンなのね。フランスはもっと悪いわ。
まあタイレルも気持ち悪かったが、この人も同じぐらい気持ち悪いので、その意味ではがんばった。
ところでウォレスのファーストネームはニアンダー(Niander Wallace)というのだが、私は見ながら「ネアンデルタール人かよ」と思っていたのだが(綴りは違うが英語の発音はニアンダーサルなので)、本当にそこからとったらしい。なんで?!

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ロビン・ライト(左)とシルヴィア・フークス

そのウォレスの忠実な部下のレプリカント、ラヴを演じたのがシルヴィア・フークス。(綴りはLoveじゃなくてLuv。ジョイもJoyじゃなくてJoiだし、今回の登場人物は変な名前が多い) 悪役だから前作のプリスの役柄か。
オランダ人の女優さんで、私はジュゼッペ・トルナトーレの映画『鑑定士と顔のない依頼人』を見て、すごいきれいな人だなあと思っていた。この映画は傑作だったので、彼女の名前も覚えていたが、良家の令嬢役だったので、こういう役ができるとは知らなかった。

彼女がこの映画のいちばんの収穫で、血も涙もない戦闘レプリカントを実にかっこよく演じる。すてき! これで背が高ければなあと思ったが、この人も175cmあって(ついでに言うとショーン・ヤングも)私より大きいのか。なんか180cm級ばっかり見てたから小さいと思ってた(笑)。
細いのに動きにすごく切れがあって(もちろん肝腎なところはスタントだろうが)アクションが似合うというのは驚き。
美人だがゲルマン系のきつい顔立ちは人によって好みが分かれるだろうが、私はアナ・デ・アルマスよりずっと好き。あと、かっこいい女に蹴り入れられるのが好きな男性にはたまらないでしょう。

美女はまだまだ続く。LAPDのKの上司ジョシー(マダム)にロビン・ライト
昔から好きな人だが、50過ぎの今でもいろんな映画に引っ張りだこなのは、ただの美人さんじゃない証拠。私としても好きなタイプのおばさんになってきたなと思っていたのだが、さすがに『エベレスト 3D』を見たときはずいぶん老けたなと思っていたんだが、ここではとてもきれいに撮ってもらって、まだまだ魅力的。

マッケンジー・デイヴィスはカナダ人で、レプリカントの娼婦マリエットを演じた。娼婦だから前作のストリッパーの役柄か。役が役だから変なメイクだが、ちゃんとすればこの人もすごい美人。他にちょい役も全員美人で、その意味男受けはいいかもしれないが、美人を揃えればいいってもんじゃないんだよなー。(ブスを主役にするのはもっと許せないが

アナ・ステリン博士を演じたカーラ・ジュリーはスイス人で、とにかく国際色豊かな美女が揃い踏み。この人はきれいだけど飾らない美しさで、事実上の主役でもあり、ラヴの次に気に入った。

監督について

というところで、もちろん見る前は知らなかったのだが、監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ(Denis Villeneuve 英語読みならデニス)というフランス系カナダ人。あー、てっきりヨーロッパ人だと思ったんだが、外れたか。でもフランスっぽいというのは合っていた。確かにこの無機的な感じはカナダかも。
犯罪映画の『プリズナーズ』とか、SF作家テッド・チャンの『あなたの人生の物語』の映画化『メッセージ』(Arrival)とかを撮っている人だそうだ。SFが撮れると思われたから抜擢されたんだろうが、私はテッド・チャンが嫌いなのでどうでもいいや。
これを見るかぎり、他の映画もこんな調子だったら見る気がしない。

上で言った通り、絵だけは一見きれいだが、個性もないし、ストーリーは盛り上がらないし、私は幕間のシーンは退屈すぎて早送りしながら見た。断っておくけど、リドリー・スコットの映画はどんなに文句を言いながらも、隅から隅まで舐めるように見るからね。

だいたいこんなに中味のない映画に2時間43分という上映時間は長すぎる。 監督本人が”the most expensive art house movie in cinema history”「史上最も金のかかったアートシアター系映画」と言ったそうだが、自分でわかってるのかい! それで私はそういうart house movieが大嫌いだし、金かけたって役者のギャラ以外どこにって感じ?

ハリソン・フォードが出てるってだけでもおそらく予算の半分ぐらい持って行かれるんだろうが、こういう映画は脇を無名役者にして安くあげるものなのに、これはけっこう名の通った俳優ばかり、それも大量に出してるから、やっぱりほとんど人件費だな。そうでなければ美術やセットの安っぽさが説明できない。それでもアカデミー撮影賞とか取ってるんだよね。けっ。私はリドリーのあとで見たからフン!って感じだけど。(リビューにはあまりちゃんと書いてなかったが、いまだにリドリー・スコットの「絵」の美しさは並ぶものがない
しかし、この脚本とか長さとか見て、制作のリドリーはダメ出ししなかったんだろうか? 前にも書いたように、彼は自作でもそういうところはシビアで、少しでも勢いが殺がれるシーンとか、流れを遮るシーンはバッサバッサと切り捨てるタイプなのに。こんなダルい流れの映画はNGのはずなのに。結果、金をかけた割りには、というかかけたぶん赤字だったみたいだし。

見終わってみると、よくあるディック原作映画そのものだった。なんか意味ありげに匂わせるだけの、雰囲気だけの映画ってところが。バカでもボケでも私はリドリー・スコットのほうがいいです。

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