★★【映画評】ショーン・エリス『フローズン・タイム』 (2006) Cashback

cashback1イギリス映画ということ以外、何も知らないまま見た。監督のショーン・エリスは、「もともと静物画の技法をファッションモデルに使い、90年代後半に脚光を浴び始めたファッションフォトグラファー」(amazon.co.jpのユーザーリビューから)だそうで、90年代から2000年代というのは私が英国ファッション誌を買いあさっていた時代だから(ファッションに興味があったわけではなく、単に当時の雑誌は写真や記事の質がべらぼうに高かったのでそれ見たさに買っていた)、きっと私も彼の写真は目にしていたはずだ。
よって、なるほど「絵」はとってもスタイリッシュできれいだ。ただ、昔から画家やイラストレーターやフォトグラファーが撮った映画はたくさんあるが、映画としてみたらちょっと‥‥というのが多いんだよね。(例外的に好きだったのはエンキ・ビラルぐらいか)

イギリス映画の良さは絵だけじゃなく音楽の美しさもだが、ラストシーンに流れるこの曲がいちばんすてきだったので、BGMにどうぞ。Bang Gangというアイスランドのバンドの“Inside”という曲。

原題は“Cashback”というロマンもへったくれもないものだが、邦題はロマンチックに『フローズン・タイム』
これは主人公のベン(ショーン・ビガースタッフ)が持つ時間停止能力のことを言っている。ほら、主人公以外、すべての時間が止まってしまうというやつ。昔からSFのテーマにもよくあるね。

それじゃ時間が止められたら何をするか? これがアメリカ映画なら、主人公は時間を止めていたずらしまくったり、女をやりまくったり、店から金目のものを略奪しまくったり、銀行襲いまくったりしたあげく、真実の愛に目覚めて、自分の行いを反省し‥‥となるし、これが日本ならhentaiポルノ(もうポルノの一ジャンルとして英語に定着している)になる。
しかし、この手のスタイリッシュなイギリス映画はひと味違う。なにしろ主人公がアートスクールの学生だから、確かに勤め先のスーパーで時間を止めて、きれいな女の子を脱がしたりはするのだが、脱がしたあとはスケッチするだけ(笑)。相手が惚れてる女の子でもそう。さすがイギリス紳士である。(これは皮肉だからね。英国男はセックスレスで有名)

だいたい、なんで彼がこんな能力を持っているのか? どういう理屈で作動するのかなどの説明や考察は一切なし。当然のようにそういうものだとして出てくるだけ。だから、時間が止まってるのになんで自動販売機は動くのかとか、ひとりだけ動いていたあの男は何者なのかとか、突っ込むだけむだ。

この異常な設定にも関わらず、話は非常に単純。お話は、彼女に振られて不眠症になったベンが、スーパーで夜勤のアルバイトを始めるのだが、そこのレジ係の女の子と新しい恋をして、絵も売れて、めでたしめでたしで終わる恥ずかしいほどありきたりのラブコメ・タッチの青春映画

あんまり長く引きずるつもりはないので、単刀直入に要点だけ書くと、確かに絵は美しい。特に若い女性の肉体を――幼少時に見た北欧のオペアガール【注】から、誕生パーティーのストリッパーまで――いくら元がいいとは言っても、これだけ美しく撮った映画はそうはないだろう。

【注】北欧のオペアガール 

イギリス男が思い描く、この世でいちばんエロいもの(笑)。日本男子にとってのメイドみたいなものか(笑)。
ただしおたくが考えるような英国メイドはほぼ幻想だが、オペアは実在するからな。オペアというのはイギリスに昔からある制度でホームステイと住み込みのメイドの中間のようなもの。
使用人ではなく給料はもらえない代わり、英語(や、昔だったら行儀作法)をただで学びたいヨーロッパの若い娘たちが、中上流のイギリス人家庭に住み込んで、家事をしながらいっしょに暮らすというもの。
という知識は昔から持っていてなんとも思ってなかったが、その家の住人である男性にとっては、いやでも気になる存在だってことは、今まで考えてもみなかったわ。片言でしゃべるウブな若い外国人の女の子と同居するんだから、その気持ちはわかる。そういやミステリでも主人がオペアとできてしまって奥さんを殺害する‥‥みたいなのよくあったわ。
特に北欧娘は顔も体もとびきり上等な上に、フリーセックスの国だからめちゃくちゃ開放的で股がゆるい(と、イギリス男は信じている)ため人気が高い。
これがアメリカだと黒人かヒスパニックの太ったおばさんだからぜんぜん夢がないね。いや、家内安全のためにはそのほうが危険性が少ないからいいのか。

ただし、有名なポスターの場面(トップの写真)はほんの刺身のツマで、この色っぽいお姉さんはここしか登場しないのであまり期待しないほうがいい。
それでも全部を脱がさず、意図的に一部だけ脱がすあたり、このガキなかなかエロスというものをわかってる。あと、こうこうと明るく無機質なスーパーの通路でというところが、逆にめちゃくちゃエロい感じがするし。
以前も書いた英国青春映画の良さ――ポップでカラフルでキュートでおしゃれで、やたら軽いノリ――そのものの映画で、その意味では私はすごくくつろげる世界。

この映画を一言でいうと、隅から隅まで「男の子」の映画という感じだ。ここで言う男の子とは50になっても60になっても変わらない男の子の部分という意味だけど。
つまり、ほんのガキの時分から頭は女とセックスのことでいっぱい。女を必要以上に神格化しているくせに、女の気持ちなんかまったく考えずに突き進むのみ。女以外では悪友とつるんで、いい年こいてバカなことばっかりやってる

その典型がスーパーの店長と同僚なのだが、MTBでスタントをやろうとして派手にコケてYouTubeにビデオをアップロードされたり、隣町のスーパーにフットサルの試合を申し込んで26-0で負けたり、できもしないのにカンフーマスターを気取ったり、とにかく暇さえあればアホばっかりやって笑わせてくれる。

スーパーのバカども。ハゲが店長、右端が主人公のベンで、ひとつおいてヒロインのシャロン、あとはすべて夜勤の従業員。しかしよくまあここまで見るからにバカって感じの役者を集めたと感心する。

だからこの映画、男が見れば「あるある!」って感じで微笑ましくて、楽しそうで、なつかしくて、ぐっとくるんだと思う。それで主人公はハンサムでもマッチョでもスポーツマンでもなく、ほとんどぼさーっとしてるだけなのに、意中の彼女をゲットして、金と名声もゲットして‥‥という、男の妄想をそのまんま映画にしたみたいな話
実際、ユーザー・リビューは日本でも「まじ?」と思うぐらい評価高いし。普通、こういう日常ものって、日本人には文化の違いでピンとこないせいか評価低いんだけどね。特にイギリスのは。評価の低い男はたいていヒロインのエミリア・フォックスが気に入らない模様。

その気持ちは私もわかるし、確かに笑えるところはないではないが、やっぱり女の目から見ると、「アホか‥‥」という感じですね。
女の裸なんて見慣れてるからべつになんとも思わないし。むしろ私は裸より、セインツベリー(このスーパーのチェーン)の店内を見ると、なんかなつかしくて「はあ~」となるぐらい。

個人的には、やっぱり主人公を演じたショーン・ビガースタッフが好みじゃないというのが痛かった。確かにかわいいし、見るからに人は良さそうだが、なんか頭でっかちの(デコも広い)童顔でアイドル顔なんだよね。(『ハリー・ポッター』にも出てたね)

逆にスーパーのレジ係をしているヒロインのシャロンを演じたエミリア・フォックス(イギリスの性格俳優エドワード・フォックスのお嬢さん)は、骸骨みたいな顔なんだが、恋をすることでだんだん生き生きと表情が出てきて、きれいになっていくあたりがいじらしい。

〈今見たら、『バタフライ・エフェクト』のヒロインを演じたエイミー・スマートがエミリアそっくりなので驚いた。名前も似てるし(笑)。ただしエミリアのほうが美人。
しかもエイミーも劇中で、生活に疲れたみすぼらしいダイナーのウェイトレスを演じているという偶然の一致。セインツベリーの夜間勤務のレジ係って、まさにアメリカだったらダイナーのウェイトレスかマクドナルドの店員という感じ。
どっちも時間テーマだし、『アバウト・タイム』のリビューで、「似たような話でも英米ではここまで違う」という話をしていたけど、これもだな〉

★★【映画評】リチャード・カーティス『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』(2013)About Time

シャロンは外国に行ってみたくてスペイン語を勉強している】んだが、ベンの絵が売れると同時に、彼女も都合良く旅行会社に就職が決まって、こっちもめでたしめでたし。
こっちの話は同じ女なせいか、なんかすごいじーんとしてしまった。

】スペインはイギリス人にとっては「夏休みだから京都行ってきた」というレベルの最もポピュラーな観光地なので、シャロンがどれだけ貧しいかわかるのだ。

関係ないけどそう言えばジュード・ロウのデビュー作『ショッピング』でジュードが飛行機を見上げながら「俺、飛行機って乗ったことないんだ」と言う場面でも泣いた。
ヨーロッパ人にとって、ヨーロッパの別の国へ行くのはビザも必要ないし、国境で止められることもないし、海外旅行ではなく隣町に行く感じなのだ。
イギリスだけはいちおう海で隔てられているから海外だけど、フランスへは海底トンネルで行けるし、西ヨーロッパはやっぱり他県へ遊びに行く感じだし、実際日本だったらそれぐらいの距離。

典型的なイギリスのスーパーのレジ係

典型的なイギリスのスーパーのレジ係

行ってみるとわかるが、ほんとこういう人って向こうのスーパーやウェイトレスには多いんですわ。何も見てない死んだ目をして、疲れた虚ろな表情で、もちろん言葉なんか一言も発しない、いつでもぶすーっとして不機嫌そうな女って。

確かにきつい単純作業だろうが、日本のスーパーのレジ係の丁重さと一生懸命さを見慣れている我々には、なんかもう人生投げてるように見えて、不愉快だし、何が楽しくて生きてるんだろうなと思っていた。
むしろあっちのスーパーのレジ係は、椅子に座ったままだし、レジを通した品物をカゴや袋に詰めることすらしないで放りっぱなしだし、あれなら疲れるはずないだろう、と思うのだが、楽だからこそつらいってのは、自分もバイトで単純作業したことあるからよくわかる。

でもこの映画を見て、あの人たちにも実はささやかな夢があって、その夢だけを生きがいに働いてるんだろうと思ったら、急に親近感を覚えて、いじらしくかわいそうに見えてきて、うるうるしてしまったよ。

そこらへんは階級社会イギリスを知らないとわからないかも。つまり、日本みたいに格差が広がってきたとはいえ基本的に階級のない社会では、スーパーのレジ打ちだろうが、ガストのウェイトレスだろうが、セブンイレブンのバイトだろうが、確かに薄給できついかもしれないが、それをやってることに対してそんなに負い目やコンプレックスはないし、それなりの誇りをもってやってるから、日本のサービスはいいと言われるんだよね。

ところがこういうのは向こうじゃ完全な底辺職だから、そこから一生抜け出る見込みはほとんどないと思っちゃうと、それこそ死んだ目にもなるし、まるっきりやる気を喪失してる人もいるんだわ。
あるいは野望達成までの単なる踏み台としか思ってないからまじめにやらないとかね。
で、そういう人たちを客はレジの付属物かなんかのような目で見ているんだけど、あの人たちにもそれぞれの人生があるんだなあと考えさせられました。

あ、でも「男の子」は違うのかも。男の子たちってウェイトレスとか店員を見て「あの子かわいい」とかよく言ってるしね。
最初にそれを聞いたときは驚いた。私は店員の顔なんて見たこともなかったし、まして美人か否かなんて、気にしたこともなかったから
べつにお高くとまって見下してるわけじゃなく、純粋に興味ないから。もちろん店員が男でもよ。八百屋のお兄ちゃんが美男でも、キャベツの値段が変わるわけじゃないからね。やっぱり男と女ってまるきり別の生き物なんだなあ、と、意外と考えさせられる映画かも。

とっても美しい雪のラストシーン

とっても美しい雪のラストシーン

しかしエンディングは美しい。雪が降ってきて、ベンは時間を止めて外へシャロンを連れ出すのだが、空中で凍り付いたように静止した雪の魔術的美しさは、これまであったようでなかった映像で、本当にきれい。アクション映画でガラスとかが割れたのを止めてみせることはあったけど、こういうのはなかったなあ。ラブストーリーは嫌いだけど、こんなロマンチックな景色は見たことない。こういうセンスはやはりフォトグラファーならではだと思いました。終わり。

せっかく絵がきれいな映画だから予告編でも、と思ったんだけど昔の映画だからか画質が悪いのしかなくて残念。これは読んだ後で見た方がすいいので最後に。