★★【映画評】リチャード・カーティス『アバウト・タイム ~愛おしい時間について~』(2013)About Time

時間テーマ第5弾はまたガラリと趣を変えて、ほっこり心温まるイギリス映画をどうぞ。

リチャード・カーティスは『ラブ・アクチュアリー』の監督で、イギリスで仕事をしているニュージーランド人。私は1本も監督作は見たことがないにも関わらず、名前と代表作ぐらいは知っているぐらい有名人。
あと、脚本家としても、『フォー・ウェディング』『ノッティングヒルの恋人』『ブリジット・ジョーンズの日記』『戦火の馬』などのイギリス映画としてはメジャー作品の脚本を書き、テレビシリーズでは『Mr.ビーン』『ドクター・フー 』などの脚本も書いている。

ただ、代表作の『ラブ・アクチュアリー』はラブコメだと聞いたし、他の作品もラブコメだし、唯一見た『戦火の馬』もすごく気に入らなかったので、完全に無視してきた監督。
イギリスのニュージーランド人ということで、当然のようにこれもWorking Title(私のジョエリーの別れた旦那の会社)の制作だが、普通ならそれだけで飛びつくのに、これは「でもラブコメだしなあ」と思って遠ざけてきた一本。
なのに、Amazon Primeに入っているのを見てふらふらと見てしまったのはやっぱり若いころのドーナル・グリーソンが見たかったから! いや、今でも若いですけどね。でも最近彼、貫禄付いちゃって。このぐらいの年の、なんか気弱そうで情けない感じのドーネルも好きなんで。

登場人物一覧

レイク家
ティム(ドーナル・グリーソン Domhnall Gleeson)若手弁護士
ジェームズ(ビル・ナイ Bill Nighy)ティムの父親、脚本家
メアリー(リンジー・ダンカン Lindsay Duncan)ティムの母親
デズモンド(リチャード・コーデリー Richard Cordery)ティムの叔父
キットカット(リディア・ウィルソン Lydia Wilson)ティムの妹

その他
メアリー(レイチェル・マクアダムス Rachel McAdams)ティムの恋人
シャーロット(マーゴット・ロビー Margot Robbie)キットカットの友人でティムの初恋の女性
ハリー(トム・ホランダー Tom Hollander)ティムの父親の友人で独身の劇作家、ロンドンでティムを下宿させてくれる
ローリー(ジョシュア・マクガイア Joshua McGuire)ティムの弁護士事務所の同僚
ジェイ(ウィル・メリック Will Merrick)ティムの友人
ジミー(トム・ヒューズ Tom Hughes)キットカットの恋人

カメオ出演
リチャード・グリフィス Richard Griffiths ハリーの芝居の俳優、これが遺作となった
リチャード・E・グラント Richard E. Grant ハリーの芝居の俳優

それで思った通りというか、不器用で引っ込み思案でドン臭いドーネルかわいいなあと思いながら見ていた。最初はてっきり彼女がヒロインと思っていた妹の友達も、スタイル抜群のブロンド美人でなかなか良かったので、これならラブコメでもありかなと思ってた。(私は金髪美人が好きなのでずっと気になっていたが、マーゴット・ロビーはその後『バービー』で一山当てましたね)

ところがティムの父親が彼を書斎に呼んで、「実はおまえに伝えておくことがある」と言い出したところで「ん?」。
なんとこの家系には男性のみ、自分の過去へ飛んで「やり直し」ができるタイムトラベル能力があるというのだ。父から子へ遺伝するというあたりも同じなので、いやでも『バタフライ・エフェクト』を思い出さずにはいられない。えええ??? そういう話だったの?!

★★【映画評】E・ブレス & J・M・グラバー『バタフライ・エフェクト』(2004)The Butterfly Effect

もちろんそんな話じゃないです。イギリス(&ニュージーランド)映画だから。
というわけで、若いティムはさっそくガールフレンド獲得のために能力を使おうとするが、過去を「リプレイ」してやることといったら、せいぜいが気まずいセリフを消したり、つまずいたものをどけたりとかいう程度(笑)。

間違っても『バタフライ・エフェクト』みたいに殺したり殺されたり、投獄されたり、売春婦に落ちぶれたり、精神病院に拘禁されたりはしない

ラブストーリー仕立てのタイムトラベルもので、設定もすごく似てるのにここまで違うのって、まさに英米の違いだと思うんだよね。
もちろんあのリビューにも書いたように『バタフライ・エフェクト』は基本的にギャグ寄りの極端すぎる脚本だったが、それでもまるっきり現実にはありえないことだったら観客の共感も得られないよね。
だからやっぱり幸せな大学生がいきなり殺人犯になったり、親友の親父がペドファイルだったりするのってアメリカではわりと普通のことなんだろうなあと思っちゃう。というか、アメリカが異常な国だってことは外から見ててもわかっちゃうし。

最近ではBlack Lives Matterがらみのデモ隊が、警察を廃止しろとか騒いでますね。こういうの日本人から見ると狂気の沙汰に見えるかもしれないけど、アメリカを知っていればそうでもない。あいつらは国民性として(特に黒人は積年の恨みがあるので)基本的に反中央・反権力なので、お上はすべて敵なのだ。自警団とリンチの時代に戻りたい奴もいるんだね。
そういう異常な国の異常な常識で作られた映画がここまで人気なのも私には理解しがたい部分。私は『ジョン・ウィック』とかも「バッカじゃねーの!」と笑って見ているけど、案外アメリカ人にはあれがリアルに見えるのかも。
私は中国も北朝鮮も同じぐらい異常な国だと思うが、その異常性を前面に打ち出した映画(たとえば天安門事件を国家視点で撮るとか)が世界的にヒットするとは考えられないが、アメリカだとヒットしちゃうんだな。

ついうっかり気色の悪いことを考えてしまったが、『アバウト・タイム』はそういう醜いものとは隔世の感がある、心温まる美しい映画なのでご安心を。

ドーナル・グリーソンとお父さん役のビル・ナイ

というわけで映画の中では事件らしい事件もなく、話は淡々と進む。ティムとメアリーが出会う→同棲→妊娠→結婚→第二子誕生→父の死→第三子誕生という感じで。
その間、大きな事件と言ったら、キットカット(ティムの妹の愛称)が悪いボーイフレンドのせいで酒に溺れて、車で事故ったときぐらい。(でも死なないし、回復不能な傷も負わない)

というかそもそもタイムトラベルというすごい超能力があるのに、めったに使わないし本当にどうでもいいことにしか使わない。あくまで話のアクセントにしかなってない。
いちおうルールとしては、未来へは行けなくて過去へしか飛べない。劇中では言及されないが、たぶん自分の過去へしか行けなくて、恐竜を見てくるといった使い方はできない。(なぜかタイムトラベルものではこのタイプが多い。要するに昔を思い出す感じなのかね)
やり方はとっても簡単で、戸棚(英国だからカップボードじゃなくてカバードね)の中とかの暗いところで強く念じるだけ。

もちろんバタフライ・エフェクトなんて聞いたこともない世界の話なので、過去を変えてもそれがどこかに悪影響を及ぼしたりしない。『バタフライ・エフェクト』のリビューで「この手のループものだと過去に干渉すればするほど前より悪くなるのは定石」と書いたが、この映画ではもちろんそんなことはない。むしろちょっとずつ良くなる
だから、いくらでも悪用できるはずだが、たとえば金儲けに使ったりした人はろくな人生にはならなかったと警告されているし、もちろんティムは良い子なのでそんなことはしない。それやって失敗しなくちゃ話にならないだろ!と思ってもやらない。

唯一制約っぽいのは、過去で何を変えようと現在にはほとんど影響はないのだが、ただ極度の偶然の産物(たとえば何億という精子のどれが卵子に着床するかとか)だけは影響を受けるというもの。
いや、偶然に頼っているものは他にいくらでもあるだろうとか、決定論ならそれすらも決定済みと言えるんだが、という野暮な突っ込みはなしで。

だから、子供が生まれた後で生まれる前の過去を変えると、子供はいなくなったりはしないものの別人に変わってしまう。自分たちの子に変わりはないんだからいいじゃん、と私は思うが、もちろんティムはそんなことは耐えられないので、これはキャンセル。
でもそれって事実上「別の現実」で生まれた子を無に返すことで、普通なら倫理的ジレンマに陥るんじゃないかと思うが、そんなことでは悩まない。

でも最後のクライマックス(?)ではちょっとだけ悩む。ティムの父は第二子誕生後に亡くなるのだが、ティムはいつでも死ぬ前に戻って父に会えるのでそんなに気にしてない。ところが、その後妻が三人目の子供を身ごもる。この子が生まれたらもう父の生きていた時代には戻れない。
でもティムも父もあっさりその事実を受け入れる。まあ前へ進んで行かなくちゃならないからね。それで妻が産気づいたとき、ティムは最後に父に会い、父の希望で「なるべく後世に影響を及ぼさないように」二人だけで海岸で遊んだティムの幼いころに戻る。

子供に戻って海岸を走るティムと父

おい!! 子供が生まれるより前には戻れないんじゃなかったのかよ!(これだと第三子はまだ生まれてないからいいが、すでに生まれている二人の子供が消えてしまう) ていうかこれができるならいつでも会えるじゃないかよ! という突っ込みを入れたい気は満々だが、まあこれはこれで感動的なシーンだった。

〈突っ込みは入れないとは言ったが、すごい不思議でならなかったので、あえて一般人の視点で考えてみた。たぶん作り手の考えとしては「単に過去に戻っただけで何も変えてない」からOKということなんだろう。
しかし、父と一緒に子供時代に戻るという過去にやっていないことをやってしまったら、それだけでパラドックスが起きるということに気付いていないだけか。
これも一般人の考え方だと、「子供の頃は何度も父と海岸で遊んだからOK」ということなのだろうが、この1回に関しては起きていない。
また、これを許すなら人生のどの時点でも好きなところに戻って父に会えることになるので、そもそもこのジレンマ自体が成り立たない

というわけでタイムトラベルものとしてはSFファン(私)が心臓麻痺を起こしそうなぐらいガバガバな作りだったが、もちろんこれはタイムトラベルものではない。タイムトラベルはほんのアクセントとして作品に彩を添えるだけ。

見終わって思い出したのは同じイギリス映画の『フローズン・タイム』(Cashback)で、あれも時間停止能力という全世界の男性垂涎の超能力がありながら、スケッチのモデルとラストの演出のためだけにしか使ってなかった。この超能力の無意味に贅沢な使い方はあれとよく似てる。

★★【映画評】ショーン・エリス『フローズン・タイム』 (2006) Cashback

ただこれをラブストーリーというのは違うと思った。宣伝も予告編も明らかにラブストーリーとして売ってるけど、実際のところ恋愛要素はティムとメアリーが結婚するまでだしね。

わかる人にしかわからないだろうが、これは英国流の理想の家族の物語だ。恋をして結婚して家族の一員になるのも家族史の一部だから恋愛要素もあるだけ。むしろこれこそ英国人の考える理想の家族像と言ってもいい。

「コーンウォールの海岸に面した瀟洒な白い家」 なんという優雅な暮らし! というか、水着で日光浴ができる(暖かいということ)だけでイギリス人にとっては天国なんだが。ちなみに南欧のビーチとの違いは、水が冷たすぎて海には入れないこと。

家はコーンウォールの海岸に面した瀟洒な白い家。本人は有能な弁護士、妻はかわいくて家庭的、お父さんは変人だけど才能のある脚本家で(っていうか、これ監督自身のつもりじゃ? 脚本家から出発した人だし)、お母さんは変人だけど強くて優しくて妹は変人だけど天真爛漫でかわいくて‥‥

変人ばっかりだって?
うん、変人が尊敬される国だからね。変人のほうがずっとおもしろいし。

その極めつけがデズモンド叔父さん。なんかこういういつも正装した、いい人だけどちょっと知恵遅れっぽい無職中年童貞の居候の叔父さんってディケンズっぽいというか、ディケンズ作品に出てなかったっけ? 『アダムズ・ファミリー』にも出てくるけど、もちろんあれはそういうののパロディ。
こういう人が出てくると、いかにもイギリス映画だなあという感じがする。それでこの人がめちゃくちゃいい人だし。

かわいいデズモンド叔父さん

だからどっちかというと主人公と妻のメアリがいちばん普通すぎてつまらない。
それでこの家族がすごい仲が良くて、遊ぶのもみんないっしょ。毎日何時間も海岸に座ってお茶するのが日課って、この世の天国じゃん。と私が思うってことはすなわちイギリス人にとっても理想の一家なのだ。

庭でお茶会の図。これも天国のような暮らしとしか思えない。ちなみになんで働いてるのに何時間もお茶ができるかというと、夏の英国は夜9時ぐらいまでこの明るさだからだ。

というところで役者評。やっぱりイギリス映画のいちばんの楽しみは役者だし。

ドーナルとレイチェル・マクアダムス

ドーナルはもちろんかわいいのでOKだが、問題は相手役のレイチェル・マクアダムスだな。映画ではアメリカ人設定だったけど本当はカナダ人の女優さん。
何が問題かというと、前述のように私は最初に出てくるすらりとしたブロンドのシャーロット(マーゴット・ロビー)がヒロインだと思って見ていたら、彼女にはあっさり振られてメアリに乗り換えたんだが、こちらは愛くるしい小柄なブルネットで、まったく私の好みじゃないからだ。

ここで見たときから好みだと思ってたマーゴット・ロビー。このあと『バービー』でスターの座を射止める。『バービー』も最初だけ見たけど楽しかった。

レイチェル・マクアダムスもかわいいことは本当にかわいいんだけどね。こういう小動物っぽいかわいさ嫌いなんだよね。そもそも小動物が嫌いなんで。
キャラも恋人時代はひたすらかわいらしく、子供ができたらいきなりただの保母さんみたいになって影が薄くなるのもいやだし。
ケイト・モスのファンというのも意味わからん。なんか意識高い系みたいなことを言っていたけど、ケイトなんてブスだしガリガリのつまらない女じゃない。
ちなみにシャーロットはやっぱりティムに未練があったようで、メアリと同棲しているときに再会して家に誘われるんだが品行方正を絵にかいたようなティムは逃げ帰る。そこで逃げちゃダメでしょ! 彼女のほうがいい女じゃん!

お父さん役のビル・ナイは年取ったなあと思ったが、代表作にしてもいいぐらいのおいしい役で、名演だった。おっかない岩みたいな顔つきで泣かせる役をやるのがいいんだよね。彼は長年地味な脇役が多かったが、『ラブ・アクチュアリー』でBAFTAの助演男優賞取ってからよく見るようになった。

でもちょっとだけドーナルのお父さん役なんだから、(実の父親で名優の)ブレンダン・グリーソンでも良かったなあと思ってしまった。これがブレンダンだったらもっと泣ける話になったと思う。
どうも実の親子とか夫婦とかってやりにくいのか、意外と映画で共演すること少ないよね。その点、ヴァネッサ・レッドグレイヴとジョエリーは共演がすごく多いってことは‥‥一卵性母子だからかな。

トム・ホランダーのハリーもすばらしかったし、他の配役もすべてはまっていて、とにかくイギリス映画は役者がすばらしい。
個人的に気になったのは、妹の恋人役をやったトム・ヒューズ。この映画の中では唯一の悪人っぽいんだが、この目がたまりませんわ。この名前は覚えておこう。

この目に一目惚れしたトム・ヒューズ。顔全体をよくよく見たら変な顔だったけど、それはそれで好きだったりする。

というわけで、小品だけど職人芸的な緻密さできちんと作られたいい映画なんだけど、なんか見終わっても期待したほどにはじわーんとこない。
『フローズン・タイム』のリビューにも書いたような「以前も書いた英国青春映画の良さ――ポップでカラフルでキュートでおしゃれで、やたら軽いノリ――そのものの映画で、その意味では私はすごくくつろげる世界」を期待して、まあ実際そうだったんだが、ちょっと地味すぎたからかな。

それと私がイギリス映画を見るときは役者のほかにも景色を見るのが最大の楽しみなんだが、この映画の舞台はコーンウォール。実は英国で唯一行ったことがないのがコーンウォールなんだが、もちろんそれなりに映画やなんかのイメージであこがれていた。それで行けばきっとそれよりもっとすてき‥‥というのは、他の場所が全部そうだったんで間違いないと思っていたんだが‥‥

ただこの景色、なんか私のセンサーにはまったく引っかからないんだわ。カメラの問題かしら? 空も海も青すぎるし、なんか全体が白っちゃけていつも褒めたたえるあのしっとりした色調じゃない
そもそも空気が違う。気になってコーンウォールの写真を調べたんだが、印象はやっぱり同じ。やっぱり南の海は好みじゃないかも。ドーヴァーやセブン・シスターズはきれいだと思ったのにね。
逆にアイルランドや北方の島々は英国領じゃなくてもいかにも英国って感じがする。やっぱり私は北の人間なのね。

その辺とイギリス映画にしちゃ「変さ」が足りないのが、映画として物足りないと感じた原因かも。ほんと、いい映画ではあるんですけどね。