★★★【映画評】春休みジブリ映画2本立て ー 風立ちぬ(2013)The Wind Rises

kaze1♣ 現実問題として、子供時代の夢を追い続けた人の末路は悲惨だからねえ。不本意な道を選んで一生後悔しながら生き続けるか、夢をあきらめきれずに息子ほどの若者に交じってセブンイレブンでバイトを続けたあげくのホームレスのどっちかじゃん。


♣ そういやこういうとき、「ヒロインは糖尿病で余命幾ばくもない」って設定はまずないよね(笑)。


♥ きれいなだけの紙芝居。おまけに演じてるおっちゃんが下手で、買ったお菓子もまずかった。という印象。

♦ どうも皆さん、今夜お集まり頂いたのは‥‥
♠ また宮崎駿! しかも全員でやるのかよ!
♥ ノリよ、ノリ。せっかくここまで書いたんだから、これもついでに片付けようと。
♣ 基本的に嫌いで、これまでずーっと無視してきたくせにね。
♠ だいたい宮崎作品はもうオリジナル脚本のファンタジーしか見ないって言ってなかった?
♥ これオリジナル脚本だし、ファンタジーだよ。
♦ 先に結論を言うな! とにかく、これは宮崎駿の遺作、もとい最後の作品だし、最後に一言ぐらい手向けの言葉、もとい感想ぐらい言ってあげようと。
♥ なんで最初から悪意に満ちた口調なんだよ?
♣ これを最後にアニメーション作りからは引退すると宣言したんだよね。ジブリももうアニメは作らないらしいし、事実上、宮崎駿のスワンソングになるのだが‥‥
♠ まあ、ある意味、あまりにも‥‥
♦ だから先に結論を言うなって! ちなみに原作は宮崎が「モデルグラフィックス」という模型雑誌に連載していたマンガなんだけど、もちろんそっちは未見なので、比較はできない。
♥ 最初からオタ向けってことで、個人的な趣味全開になるのは予想できたけど。

♠ これは公開時に話を聞いただけで見る気が起きない、っていうか、これほど見る気が起きない映画もなかったけどなあ。それを見るつもりになっただけでも驚き。
♥ まったくみじんも期待してなかった『ポニョ』が意外と良かったんで。あとやっと春休みに入って暇だったんで。少なくとも宮崎駿はそれぐらいの敬意は払ってあげるべきだと思ったんで。
♦ というわけで、これはテレビ初公開でもちろん私も初めて見る。
♠ なんで見る気が起きなかったかというと、私はブンガク屋だけど日本文学全般まるでダメなんで。
♥ しかもサナトリウム文学‥‥ぷぷっ!
♣ と思ったんだけど、実は零戦の設計者の堀越二郎の話と聞いて「???」。

♦ タイトルが堀辰雄の『風立ちぬ』だから混乱するよね。実際は堀越二郎のほぼ史実に忠実な半生記で、そこに堀辰雄の小説『風立ちぬ』を混ぜてある。
♣ っていうか、小説『風立ちぬ』自体が堀辰雄の実体験を元にしているから、本当に二人の合体したキャラ
♥ 「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」という献辞が出るし。
♠ だけどこの二人は同時代人という以外、まったくなんの関係も縁もゆかりもない。なんでこの二人を合体させなきゃならないのかさっぱりわからない。
♥ トーマス・エジソンの伝記に同年生まれのアレクサンダー・グラハム・ベルの、いや、ベルは発明家という同業者だから、ブラム=ストーカーの話をくっつけたみたいなものだわね。(エジソンと同い年の小説家で探したらストーカーが引っかかった)
♣ それでタイトルが『ドラキュラ』だけど吸血鬼は出なくて、エジソンの奥さんだけストーカーの奥さんにしたみたいなもの。
♠ 意味わかんねー!
♦ それでタイトルが『風立ちぬ』だからね。このタイトルだから、私は堀辰雄と堀越二郎が偶然どこかで出会ってどうにかする話なのかと思ったら、完全に堀越二郎の話だった。主人公の名前はそのままだし。その堀越二郎の奥さんだけを堀辰雄にした感じ。
♥ 飛行機→風という発想? 無理がありすぎ。
♣ せめて同じ職業か、関連のある人ならねえ。似てるのは生まれ年が1つ違いで名前に堀がつくというところだけ(笑)。
♠ 意味ねー!

♦ というわけで、ここだけでも突っ込みどころがありすぎなのだが、それより衝撃的なのは‥‥
♠ 戦争も零戦も最後の夢のシーンにちらっと出るだけ。
♥ なんで? この人飛行機おたくでミリオタだったんじゃないの?
♣ 堀越を悪者に見せたくなかった、戦争責任がどうのこうのという非難を避けたかったんじゃないの?
♠ 私は堀越二郎が戦争責任を負う必要があるとは少しも思わないけどさ、ラストで画面が象徴的な「戦闘機の墓場」から、きれいな青空と草原に変わって、無数の零戦が天に召されていくように見える描写は、その零戦に殺された国の人たちから見たら、やりきれないだろうなあと思ったよ。仮にアメリカが原爆開発者についてのアニメを作ったとして、ラストシーンがキノコ雲を背に美しい夕日の中に消えていくエノラ・ゲイだったら、いくら日本人でも怒るでしょ?
♦ 零戦にはある種の美しさと悲劇性があることは私も認めるけどね。だから海外の飛行機おたくにも人気あるでしょ。
♣ 敏捷性とテクニックはあるが弱くて脆いって、どこかの国のサッカー選手みたいだ(笑)。
♥ 言えてる(笑)。実に日本的かも。

♦ 戦争責任うんぬんは別として、あえて戦争を描かなかった是非については?
♥ うーん、何の映画だったっけ? 洋画で、「あえて戦争部分を全部すっ飛ばして見せたのはうんぬんかんぬん」って書いたの覚えてるんだけど、どの映画だったか思い出せないよ!
♣ どれでもいいじゃん。わりとよくあることだし。
♠ あえて銃後の庶民を描くってのは『火垂るの墓』でやっちゃったしな。
♣ 戦争前夜の不穏な雰囲気はいちおう描いてましたけどね。ドイツのシーンとか、軽井沢のシーンとかで。
♥ でも二郎は飛行機以外興味ないから全力でスルー(笑)。
♦ まさにおたく、まさに自己中って感じの男として描かれてるからね。何を見ても聞いても飛行機のこと以外は聞いてもいないし、人が話しててもボーッとしてる。むしろ関東大震災で菜穂子を助けたのとか、お腹をすかせた子供にシベリア(お菓子の名前)やろうとしたのが意外に思えるほど。
♣ たまたま目に入ったから反射的に行動しただけで、何も考えてないよ。それが証拠に菜穂子はずっとそのことを忘れてなかったのに、二郎のほうは再会するまできれいさっぱり忘れてる。

♦ しかしあれだけの未曾有の大惨事だったのに、関東大震災も戦争も拍子抜けするほどあっさり描かれてたな。どっちも町が燃えてるのを遠景で見せただけで。
♣ 関東大震災は家並みが津波のように動くところや逃げまどう人々もちょっと見せたよ。
♥ でも痛みが感じられなかった。なまじ本物(東日本大震災)を見ちゃっただけに、なんかぜんぜんたいしたことないみたいに見えて。
♣ というか当事者の二郎が無表情で平気な顔してるからよけい。
♦ 避難民の表情とかも、緊迫感やパニックがないじゃない。『ポニョ』の避難民ほど脳天気じゃないけど(笑)。
♠ それはいいけど、せめて零戦の開発過程ぐらいは見せろよと思った。彼のトレードマークなんだからさ。とにかく私は何はなくともかっこいい零戦が見られると思ったのでがっかりだ。

♦ じゃあ代わりに何が見られたかというと‥‥
♠ メロドラマ(笑)。
♦ それじゃそっちの話から行くか。二郎と菜穂子の話は、まあ確かに絵に描いたようなメロドラマだね。
♥ これについてはAllCinemaに幸村和という人が書いてた「ママゴトのような夫婦生活」という表現が実に的確だと思った。
♣ ちなみにこの人、AllCinemaで他にもいっぱいコメント書いてるけど、どれもなかなか的確でおもしろかった。
♦ 間違いなく女性ということがわかるコメントだよね。あの「夫婦ごっこ」は既婚女性ならまず全員突っ込むだろうな。
♥ 既婚未婚を問わず、結婚によっぽど甘い夢を見ている若い人以外はみんなそう思うと思う。
♠ こういうの見てるとマジで宮崎駿ってちゃんとした結婚できたんだろうかと心配になってくる。
♣ 息子いるからすることはしたんじゃない?

♠ 前に宮崎駿と手塚治虫を並べて論じたけどさ、女性像にも共通点あると思わない? 実は去年の夏、黒澤明論で手塚治虫を引き合いに出したとき、ふと『火の鳥』がまた読みたくなっちゃって、高い復刻版全巻揃えたんだよね。それで思うことはいっぱいあったんだけど、いちばん最初に思ったのは、手塚ヒロインってここまで男の理想というか、「男にとって都合のいい女」ばかりだったっけ?ということ。これは若い頃は気付かなかったけど、エロゲ以上のありえない都合の良さ!
♥ 手塚にとって女は全員女神なんだけど、自分を犠牲にしてひたすら男のわがままに合わせて、自分というものがまったくない頭からっぽの奴隷女ばかりなんだよね。
♣ 中味は動物だったりロボットだったりすることも多い。つまりそもそも人とみなされてない。
♦ 「悪女」を別としてね。悪女は逆に普通の女。
♠ 菜穂子だって「都合のいい女」そのものじゃない? 「きれいなところだけ見てほしかった」というわけで、面倒かけたり醜くなる前に自ら去ってくれるというのは(冷笑)。
♦ 男から見たら完全に「おいしいところだけつまみ食い」だもんね。
♠ 男女逆なら絶世の美少年が押しかけ婿になって、「年取ってハゲたり腹が出る前にさようなら」ってことか。
♣ 戦争を描かないというあたり、この映画全体がきれいなところしか見せてないからね。

♥ 菜穂子もありえないけど、二郎の菜穂子に対する扱いもひどいんだよな。菜穂子がサナトリウムを脱走してきたのは、一目会いたいからというだけだったのに、ずっとここにいてくれと言って死期を早めるし。
♦ これは菜穂子の気持ちはわかるよ。どうせ短い命だから、最後にやりたいことをやろうと覚悟したんでしょ。
♠ でも男がそれに乗っちゃいかんでしょ。いつか書いた地獄のミサワのギャグと同じで、たとえて言うなら、「あたしはもうだめだから、あなたひとりで逃げて」 「あ、そう。ほなさいならー」みたいなものでしょ。
♥ ほんとに愛してるなら、会社辞めて自分の夢捨てても、サナトリウムに住み込んで最後まで妻を看取るでしょ。
♣ もし二郎がそうすると言ったら、菜穂子は絶対にやめさせたと思う。男にとって都合がよくできてるってのはそういうこと。愛する人の頼みだから、良心はまったく傷つかない。
♥ 結婚しても仕事人間で、家でも仕事だし、結核の人の横でタバコ吸うし。
♦ これに切れてる嫌煙派が多かったけど、必ず出てくる擁護派の言い分は、「それは菜穂子が望んだから」。だからそういうのを都合のいい女って言うんだってば!
♥ 私、一時期だけど、まさにそういう「おままごとみたいな結婚(のようなもの)」してた時があるから、なんか身につまされたわ。私にとっては地獄でしかなかったよ。

♦ 幸村和さんの言う、女性は「ヒロイン、お母さん、子どもの3パターン」しか描けないっていう説はどう思った?
♥ 正確に言うと、清く正しく美しいヒロイン(恋人・妻)、優しいお母さん、かわいい子供の3パターンね。これも理想化されすぎててヘソが茶を沸かすわ。
♠ 逆に言うと、男は女はその三種類だけいればいいと思ってる。いや、例外や反論はいくらもあると思うよ。でもそれはきれいな建前で、本音はそれだと思う。
♣ でもこれまでの宮崎ヒロインはもうちょっと骨があったよね。少なくとも戦うヒロインが多かったし。
♥ 瀕死の病人じゃほかにどうしようもないじゃん。
♠ 病をおして男の夢をかなえにきてくれたんだから、十分強いし勇気があると言えるんじゃないか?(冷笑)
♣ 私、前から思うんだけどさ、手塚や宮崎に限らず、女性をある意味神格化して崇拝するような男って、なんで女性を敵に回すような話作るんだろう?
♦ 男と女じゃ、男女関係や結婚に対して求めるものが違いすぎるからじゃない?
♠ 男ってそういうものだから。
♥ 私の元亭主もまさにそういう男で、彼にとって私は女神そのもので、私の足元にひれ伏して拝みかねない男だったけど、おかげで私を敵に回しただけだったよ。

♥ とにかく、そういう女性差別的なものがなかったとしても、私は恋愛もの嫌い、日本小説嫌い、私小説嫌い、お涙頂戴のメロドラマ嫌い、というわけで、見ていて胸くそが悪くなるだけのエピソードだった。しかもそれが堀越二郎とはなんの関係もない、オリジナル部分だというだけで何をか言わんやって感じ。
♠ あと古すぎ。美人薄命だとか、結核は美しくてロマンチックな病気だとか、難病ものとかって、大昔のセンスすぎて付いていけない。そりゃ70のお爺ちゃんが作ったんだから当然といえば当然だけど、見るのは70代ばっかりじゃなかろう、ってか若い人が中心なのに。
♣ 「この良さはおっさんしかわからない」という意見もよく目にしたけど、おっさんどころかおばあさんの年になってきてる私でも古くてバカバカしいと思うもん。
♦ なるほど、手塚のほうがずっと年上だけど、やっぱりああいうのって昔の男のセンスなのかも。
♥ 男女平等何それ?って世代ですものね。女が奴隷なのは当然か。

♣ そう言えばさあ、こういうとき、「ヒロインは糖尿病で余命幾ばくもない」って設定はまずないよね(笑)。
♠ それ受ける!(笑)
♥ お父さんが「実はうちの娘は鼠径ヘルニアで‥‥」とか言い出したら、二郎みたいなのは「そうですか。ではさようなら」だよね(笑)。
♠ 脱腸の何が悪い! 差別すんな!(笑)

♣ タバコの話で思い出したんだけど、これの封切り時、「NPO法人日本禁煙学会」というところからイチャモンがついたんだって。「たばこ規制枠組み条約13条違反」で、大学生が「タバコくれ」と言うのは、「未成年者の喫煙を助長し、日本の法律である『未成年者喫煙禁止法』にも抵触するおそれがある」んだとよ。
♠ だったらアニメの中で人を殺すのは、日本の法に触れないのかよ。
♦ 少なくとも描いちゃいけないって法はないな。
♠ マジかよ! とうとう日本は表現の自由も許されない国になったのか!
♥ 幼女を明らかに性風俗産業を連想させるところで働かせたことについては抗議はなかったんか?(笑) ほんと日本はペド天国だな。
♣ 私はとっくに禁煙したから言うけど、この嫌煙キチガイってほんとキモいよね。ある意味、嫌韓より気持ち悪い。
♦ 私がむかつくのは、この嫌煙ブーム自体が元はといえばアメリカの尻馬に乗ったもので、アメリカは例によって行き過ぎだなー、やっぱりアメリカ人ってキチガイだ。と思って見ていたら、日本はもっとファナティックだったという‥‥
♠ 軍国主義の足音が聞こえる‥‥ってやつかな?(笑)
♥ そこまでは言わないけど、アメリカ人の健康フェチって一種のカルトで怪しさいっぱいだから。本当に健康重視ならあんなデブばっかりいるかよ。そんなのの真似してどうするよ?

♣ みんな忘れてるらしいので言わせてもらうと、この当時(どころか10年ぐらい前まで)はどこの職場でも大学でも、男はみんな(かなりの数の女性も)タバコぐらい吸ってたのに、それをすべて教育上よろしくないからと削ったら、歴史を歪曲することになるよ。
♥ すでに歪曲された歴史を信じてるとしか思えない奴ら多数じゃない。日本は喫煙者天国として有名だったんだよ。
♦ いや、慣れというのは恐ろしいもので、そういえばアニメはもとより、映画の登場人物がタバコ吸わなくなってどれぐらいたつか忘れてたよ。今ちょっと昔の映画を見るとさ、登場人物がどこでもひっきりなしにタバコ吸ってるんで驚くんだよね。
♣ でも思い返してみればそれが当たり前だったという。電車の中でも、オフィスでも、銀行でもレストランでも誰もがスパスパ吸っていた。
♥ 私は女だからさすがに歩きタバコはしなかったけど、それだと通勤途中で吸いたくなるので、地下鉄のホームのベンチで一服するのが楽しみだったって、いま自分で思い出しても信じられないよ(笑)。
♦ 地下鉄は真っ先に禁煙になったんだよね。ロンドンの地下鉄火災があったから。
♠ あんな老朽化した木の内装の電車(当時)じゃ燃えて当然なんだけど。
♦ そんな私がロンドンへ行ったら、路線バスの中でもタバコが吸える!と驚いていた。
♠ イギリスは日本以上の愛煙家天国だったのによー。裏切りやがってよー!

♥ 今の学生に、私の学生時代は教授も学生もタバコ吸いながら授業やってたと話しても信じないよ。
♣ 正確に言うと、研究室やゼミは吸い放題だったけど、普通教室は私はさすがに抵抗があった。タバコは休み時間に廊下で吸うもんで、廊下には灰皿が多数設置してあった。
♠ それにくらべ今の早稲田の喫煙者に対するいやがらせと言ったら。外の喫煙所で吸っていても職員が巡回してネチネチいやみ言いやがって。私が禁煙したのは、経済的理由だけじゃなく、こういう奴らに偉そうな顔されたくなかったという理由もあるんだ。
♦ あと、教室では先生は吸ってもいいけど、学生は遠慮するという傾向もあった。だから気の利いた先生は学生にも「吸っていいよ」と勧めてくれて、いい先生だと感激したという(笑)。

♠ だいたい、タバコ会社だけじゃなく、映画もテレビもマンガも小説も、「喫煙はかっこいい」というイメージをこれでもかこれでもかと見せつけてたんだぜ。それが時代が変わると、一転して「喫煙かっこわるい」に変わる。ほんと人間っていい加減なものだなあ。
♦ まあ「一億玉砕火の玉だ」が一夜にして「戦争は悪だ」に変わった世代ほどのカルチャーショックじゃないが、こんなことでも私はショックだわ。
♣ 記憶の風化もショックだよ。歴史ってこんなふうに捏造されていくんだろうなあと思って。
♥ これは日本に限らんけど、戦争の記憶なんかどれだけ歪曲されてるかわかったもんじゃないわ。私たちはまだ親世代がギリギリ最後の戦争体験者だったけど、戦争に行った世代はほぼ死に絶えたし、「戦争を知らない子供たち」の子供が今は主流だもんね。
♣ それどころか「20世紀を知らない子供たち」がぞくぞく育ってるんだよ。なんか嘘みたい。
♦ これも前にも書いたかも知れないけど、昭和30年代をレトロとか言って美化してるが、あんなの暗くて汚くてビンボ臭いだけで、何もいいことなかっぞ。
♥ バブルの時代だって、デブのオヤジが銀座で札ビラ切ってるだけで、我々庶民にはまったくなんの関係もなかったし。
♣ それ言ったら、ネットじゃ江戸時代の美化がすごいよ。たぶんテレビの時代劇や一部の江戸おたくの本だけ見て言ってるんだろうけど。まるで江戸が文化的で清潔で文明化された、現代よりよっぽど住みやすい理想郷みたいに書いてるスレをよく目にするんだけど。
♣ 私、考古学者だったか人類学者だったかが調べた文献を読んだけど、なにしろ病気になっても治せないし、不潔で栄養状態も悪いから、ほとんどの人が病気持ちで、健康な人でも寄生虫症やら感染症やらに苦しんでいて、おかげで短命だったし悲惨な暮らしだったと書いてあったぞ。
♦ また話が『風立ちぬ』からそれてる!

♦ あと何があったっけ? 堀辰雄の話はした。奥さんの話はした。タバコの話はした。あとはえーと‥‥
♣ かんじんのテーマは?
♥ テーマは「夢を持ち続けること」。はい、終わり。
♠ 私はこのスローガン自体、うさん臭く思ってるんだよね。よくスポーツ選手とかが言うじゃん。「夢をあきらめるな」とか。だけど、実際に夢がかなう人は、特にスポーツや芸能界では宝くじに当たるような確率であって、そんな無責任なことを気軽に言うなと。
♣ 現実問題として、子供時代の夢を追い続けた人の末路は悲惨だからねえ。不本意な道を選んで一生後悔しながら生き続けるか、夢をあきらめきれずに息子ほどの若者に交じってセブンイレブンでバイトを続けたあげくのホームレスのどっちかじゃん。
♦ またそういう極論を(笑)。
♥ 成功者の影には死屍累々ってことよね。
♠ アニメーターなんてその最たるものじゃないか(笑)。西葛西はそういうアミューズメント系というか趣味系の専門学校が多いので、そういう夢追い人がたくさんいるぜ。
♦ ゲーマー養成校だっけ? 最近話題になったあれも西葛西だよね。
♣ あれ夢追い人なの? なんかみんな死んだ目をしてるんだけど。

♥ それにくらべ堀越二郎は、何不自由ない裕福な家庭に生まれ、日本の最高学府(東京帝国大学 今の東大)の航空学科を主席で卒業し、航空機製造のトップ企業に就職してそこでもたちまち頭角をあらわすって、ちょっと庶民とはレベルが違いすぎる。おまけに(映画では)ハンサムで、美女にもてて、むしろ主人公自身が男の夢っていうだけじゃないの?
♦ ビジネス書とか、テレビのビジネス特番を見てるみたい。なんかこういうエリートの話が好きよねえ。おっさんたちって。
♠ だからこれは万にひとつの幸運で、環境と才能と運のすべてに恵まれた例でしょ。これが普通人なら、たとえば頭は良くてもお金がなくて大学なんて行けなかったとか、大学出たけど希望職種には就けなかったとか、会社には入ったけど、なまじ能力あるので憎まれて、無能な上司に足を引っ張られたり、嫉妬した同僚にいじめられたり、一度の失敗で失脚したりが普通でしょ。
♣ あの時代の男だったら、震災や戦争で死んでた可能性も大よ。
♥ だからこれ全部が夢なんだって。リアルな現実の話じゃなく、こうだったらいいなあという夢のお話。そう思えば腹も立たないよ。結局これもファンタジーなんだよ。

♣ じゃあ夢がやたらいっぱい出てくるのもそのせい? 飛行機屋版ウォルター・ミティなんだよね。何を見ても飛行機に見えるらしいし、いつも夢の中でジャンニ・カプローニ(イタリアの飛行機の産みの親)と会話してるし。
♦ あの夢シーンどうだった?
♥ 私は夢の映画大好きなんだけど、ぜんぜん夢らしくないし想像力のカケラもないのでペケ。特にラストのセリフとかベッタベタすぎてご都合主義の極致で作り物臭が半端ない。
♠ これもどっかで誰かが書いてたんだけど、黒澤明の晩年の作品そっくりだと。絵だけはすばらしく美しいけど、お話はクソだってのに全面的に同感。
♣ そう言えば黒澤も『夢』を撮ってるね。
♦ これほどひどくない。黒澤のほうが才能も段違いに上だから。
♥ なるほどね。こういうの見てると、お爺さんたちの心境がなんだかわかるような気がする。最後は夢に逃げるのか。

♣ これは意図的なうがった見方だけどね、映画の二郎を見ていたら「社畜」という言葉が浮かんだんだけど(笑)。
♦ 確かにいつでも仕事のことしか考えてないワーカホリックではあるが‥‥
♣ 二郎みたいなドリーマーは今ならおたくと蔑まれ、社会不適合者扱いだけど、それがたまたま才能があって企業の利益に合致してればこれだけ成功できますよという話としても見れる。つまりおたくの夢がかなった話
♠ そういや劇中で、「君が会社の役に立つ限り、会社は全力で君を守る」というようなセリフがあって、「うへー!」と思ったんだけどね。役に立たなくなれば捨てられるんでしょ。これが社畜でなくてなんだろう。
♣ でも実際、特高からも守ってくれるし、至れり尽くせりだよね。
♥ だからお仕事もがんばっちゃう。そうなると男ってめっちゃ使命感に燃えるんだよ。
♦ まあ、こういうおじさんたちが戦後の日本の復興や高度成長を支えてきたんで悪口は言わないけど。

♠ この人がそうとは言わないけど、男って変な使命感とか仕事への情熱に燃えちゃうことあるよね。「そんな自慢するほどの仕事かい?」とか、「仕事できたらそんなに偉いんかい?」と、私は内心で突っ込んでるけど。
♥ 男の映画だよねえ、隅から隅まで。私、フェミニストじゃないし、普段めったにそんなの意識しないんだけど、宮崎の映画見てるといやでも考えさせられる。これが女だったら必ずどこかで立ち止まって、「これでいいのか?」とか「仕事と家庭とどっちが大切なのか?」とか考える場面があると思う。でも男は思い込んだら一直線。
♠ まあそれは善し悪しだからどっちが正しいってものでもないけど、男は「自分が死んだ後は仕事しか残らない」、女は「子供しか残らない」と考える傾向はあるね。
♣ 私は?
♠ 私は死んだら何も残らないと思ってる無神論者だから、そういう人見るとなんかいらつく。無慈悲な言い方させてもらえば、「(宮崎駿や堀越二郎レベルでない限り)あんたの仕事なんか辞めて数年たてばもう誰も覚えてる人いないよ」、「あんたの子供なんか何十億人といるただの凡人のひとりだよ」と内心思ってる。
♦ それ言ったら終わりじゃん!
♠ だから言わないけど思ってるだけ。でも真実でしょ?

♦ えーとあとは何かあったか?
♥ かんじんの話を忘れてる!     庵野秀明!
♣ またかよ、って感じなんですけどね。
♠ それにしても懲りるってことはないのか、このジジイは? 声優のキャスティングについては、そこらの中学生に聞いたってこれはないって言うぞ。高校生の自主制作ならともかく、楽屋落ちのキャスティングはやめろ!
♦ いやもうそれは本人も知ってるはずだけど完全に開き直ってわざとやってる。というわけで、主人公の二郎の声は『エヴァンゲリオン』を撮った庵野秀明が当てているわけですが。
♥ 私、『エヴァ』も見てないし、庵野がどういう人かも知らないし、完全に白紙状態で見た感想を言わせてもらうと、まず最初に思ったのは、イケメンの若者(いちおう)の役なのに、なんでこんな気持ちの悪い声のおっさんを使うんだ?ということ。とにかく演技ができるできない以前に、声が不快で気持ち悪くって聞いてられない。というのは『アリエッティ』でも書いたっけ?
♠ でも下手さも相当なもんですぜ。糸井重里もひどいと思ったけど、あれより下がいたとは! これ、「いっさい抑揚のない、感情のこもらない棒読みで、30年間日本語しゃべったことがない人みたいに読んでください」って、宮崎が注文付けてるんだろうか?
♦ そうとしか思えない。そうじゃなければたとえ素人でも、少しは演技しようとするよね。
♣ ただ読み上げてるだけだよね。それでもつっかえたりしないぶんまだましって感じ。
♥ おかげで二郎が日本語のしゃべれない外国人か、障害者か何かのようにしか見えない。
♠ 学校や会社で、あんな調子で人にしゃべったら「ふざけてんのか、おまえは!」って殴られると思う。
♥ 外国人か障害者でなかったら、ロボットか人工知能のしゃべり方だよね。おかげで二郎という人間そのものが血の通わないロボットに見えてくる。
♦ 他の部分は作風だとか好みの違いで許せるけど、これはないわ、ほんとに。

♦ あと許せないのは、効果音をぜんぶ人の声でやったこと
♠ ヒューマン・ビートボックス?(笑)
♦ 私もそこまでやるからにはあれぐらいうまいと思ったのよ。
♣ ていうか、いくらなんでも人の声をシンセサイザーで変調させて、本物そっくりに変えて使うんだろうと。
♠ それでもご乱心かと思うけどね。
♥ ところが聞いたら、人が本当に「シュッシュッシュ」とか「ボンボンボン」とか「バゴーン」とか言ってるのよ!(笑)
♣ これ、笑うところなんですか? やたら笑いがいっぱいの楽しい映画ですね。
♠ やること自体もおかしいが、そもそもそれをやる意義がわかんないよ! おかげでかんじんの飛行機が飛ぶシーンが、吹き出しちゃってまともに見れない。
♥ おじさんは乱心したかボケてるんじゃないかと思うが、それをやらせた周囲の人間は何なんだ?

美しい背景。まるで浮世絵のようだ。

美しい背景。拡大して見てほしい。まるで浮世絵のようだ。

♦ じゃあ反対にいいところも書こう。ほめられるのはやっぱり絵だけ?
♥ うん。その代わり、絵はこれまでのジブリでいちばん良かったぐらいと思う。背景の書き込みがハンパない。まあ、それは以前からだけど。
♠ ジブリの背景がきれいっていうのはみんな言うし、私も同感だけどさ、しょせん背景だよね。動かないからあれだけきれいに描けるんだよね。かんじんのアニメーションがきれいとはまったく思わないんですけど。
♣ それを言うとアニメおたくがうるさいから黙ってたほうがいいですよ。

♦ あと久石譲の音楽もみんなほめるよね。
♥ あれは私は好きなのもあるけどそうでないのも。『もののけ姫』はすばらしいと思ったけど、他はあんまり印象にないな。
♣ むしろエンディングのユーミンの『ひこうき雲』がいちばん良かった。映画すべての中であの歌がいちばん良かった。私はニューミュージックとか大嫌いだったので自分でも意外だけど。
♠ 荒井由実の歌、っていうか声は個性があるからそれなりに評価してたよ。声が細くて音痴っぽいのも彼女なりの個性みたいだし。
♥ 結局毎回同じ結論じゃないか。絵と音楽はいいけど話はひどいって。

♣ 絵でちょっと思い出したけど、『ポニョ』のリビューで「ジブリの家はいい家すぎる」って書いたでしょ? 私はあれを西洋かぶれだからかと思ってたんだけど、そうじゃないなと思い直した。あれって、「お金持ち」の表現なんだね。これを見てたら菜穂子の家の応接間が、戦前なのに絵に描いたような洋間(いわゆる日本の洋室ではなく、完全にヨーロッパ風の外観)で、ああそうかと。
♥ マンガとかで金持ちを表現するとき、洋館やシャンデリアが出てくるあれか?
♦ まあ戦前にあんな家住んでるのは、華族や一部の財閥だけだったろうねえ。
♠ そう思ってみるとジブリに貧乏人って出てこないんだよ。もちろん私は「リアルな」作品はほとんど見てないから憶測だけで言ってるけど。普通に想像するよりはるかにいい暮らししてるんだよね。
♣ 少なくともこれ外人が見て戦前の日本の姿だと思われたら困る。戦前の軽井沢とか、実際にああいう感じだったに違いないけど、あんなところに逗留できる日本人はほとんどいなかったんだと知ってほしい。
♠ そのくせ二郎は「日本は貧しい」とか平気で言うからな。自分は贅沢三昧しながら何言ってるんだよと。
♦ むしろ自分が金持ちだから庶民が異常に貧しく感じられるのでは? これも二郎みたいな先人の努力で日本は豊かになったから(まだまだ貧しいけどね)、あまり悪くは言えないが。
♠ そうかあ? 日本って会社は儲かるけど、その利益が社員や社会には還元されないシステムじゃないの? 結果として市場競争力は上がったし市場も大きくなったけど、アメリカやヨーロッパとくらべると明らかに暮らしは今でも貧しいじゃん。
♥ 大学もそうだな。大学は儲かってるけど非常勤の給料安いよ。
♣ とにかく、あんな優雅なのんびりした暮らししながら、「激動の時代を生きた」とか言われてもまったく実感ないですよね。
♦ だから夢なんだって。ファンタジーなんだよ。

♦ というわけでそろそろ終わりにしたいんだが、これもかんじんの飛行機について語っていない。
♥ 私は飛行機大好き、飛ぶのも大好き。おたくでこそないけど、飛行機好きの気持ちは少しはわかる。飛行機をそこまで好きになれないのは、「自力で飛んでるわけじゃない」ということなんだが、それはまた別の話なので今はやめておく。
♠ でも私だったらパイロットになれないなら設計者になろうとは思わないかな。どんなすごい飛行機作っても自分が乗れないんじゃ意味ないじゃん。
♣ 宮崎の気持ちはわかるけど、二郎の気持ちはわからないんだな。飛行機映画としては『紅の豚』があったけど、あっちのほうがまだ飛行の楽しさがわかったし、主人公の求めるものもはっきりしていた。それにくらべて二郎は‥‥あのひどいアテレコのせいもあるだろうけど。
♠ たぶん二郎は究極の理系おたくなんだよ。計算したり図面引いてるほうが楽しくて、かんじんの飛行機はわりとどうでもいいみたいな。飛びさえすればそれで満足みたいな。
♦ 確かに飛行機おたくなら、身のまわりに飛行機関係のものいっぱい飾ったり、暇さえあれば飛行機見に行ったりするかな。
♣ 菜穂子を乗せて飛ぶシーンとかも当然ありだよね。好きな人に自分の趣味押しつけるからね、おたくは。
♥ というわけで、飛行機の魅力は(少なくとも私は)第一に空を飛ぶ楽しさなのに、そういう楽しさはあんまり感じなかった。

♦ じゃあそろそろまとめ。やっぱり失望したということでいいの?
♠ 最悪じゃない? 女性の扱いがひどいとか、戦争の描き方が足りないとか、そんなのは私はたいしたことには思えなかった。思ったのはひたすら退屈で空虚で薄っぺらな映画だってこと。
♥ 特に主人公があの声のせいもあってまったく好きになれなくて、おまけにこいつ宇宙人かというぐらい深みのない人物だし。
♣ 菜穂子も内面や人間らしさがないという意味では同じでお人形みたいだしね。
♦ やっぱり登場人物に感情移入ができないというのは致命的だな。
♠ いや感情移入は必要ないんだよ。逆に主人公や登場人物が血も涙もないモンスターでも死ぬほど好きな話はたくさんあるけど、この人たちは単純に存在が希薄なんだよ。
♥ きれいなだけの紙芝居。おまけに演じてるおっちゃんが下手で、買ったお菓子もまずかった。という印象。
♠ マジでこれ見ておもしろいとか感動したと言える人が不思議でならないわ。
♦ 工学屋ならわかるとかいう話もあるが。
♣ だって飛行機あんまり見られないじゃない。
♥ どうせ菜穂子がかわいいとか言ってる男だけでしょ。そりゃ男から見てかわいく見えるように描いてるんだから当然よ。あとはお涙頂戴が好きな女か。
♠ もともと私は宮崎とは折り合いが悪いけど、そのすべてが噴出した感じ。

♦ 実は唯一、私が共感できるかもしれない部分があってね、それがあるから楽しめるかと期待して見たんだけど。
♥ え、何?
♦ 零戦で思い出さないのか? J・G・バラードだよ。詳しくは2009年5月6日の追悼記事に書いたけど、彼は幼少時から空を飛ぶことにあこがれ続けて、良家のお坊ちゃまなのに英国空軍に入隊したほどの飛行機好きだったんだよ。そのジム少年が見上げた中国の空に飛んでいたのが零戦だったわけで、彼は零戦やナカジマにいわくいいがたい思い入れを持ってたんだ。その零戦を作ったのが堀越二郎だからと思えば、私も感無量のはずだったんだが‥‥
♠ いくらなんでもこの作品じゃ感動できない。
♣ これは堀越二郎の話じゃなくて、存在しない「堀越辰雄」の話だからと思ってあきらめることにした。
♦ やっぱり年を取るということは罪なんだろうかと思ったよ。あの黒澤明ですらだめだったんだから、当然かも知れないけど。
♠ それを思うと70代でもあれだけ最先端であれだけ過激だったバラードはすごい
♥ いや、それは作家だから。作家なら高齢でも傑作を書いた人はいっぱいいるけど、それは机に向かってじっとしてても寝たきりでも、頭さえはっきりしてれば書ける仕事だから。映画監督やアニメーターは体を使う体力勝負だから、どうしたって体が衰えれば付いていけなくなる。
♠ だったらシナリオや絵コンテだけ書いてればいいのに。
♦ あれほどの巨人のスワンソングとしては不満というのは誰もが思うはず。
♥ だけど私はわりとどうでもいいや。