♥ この映画に関しては有名すぎるし、おもしろいことは確実なので、リビューはいい加減にやろう。
♣ なにそれ。人気としては『七人の侍』の次ぐらいかな。
♥ うん。私に言わせると映画としてはくらべものにならないけどね。まあ大衆にはこの程度でちょうどいいってことかな。
♣ なんです、そのいきなり上から目線の言い方(笑)。
♥ 正直言って、いつも通り映像テクニック的にはすごいし、脚本は完璧だし、痛快な娯楽作ではあるけれど、アラがないわけではないし。
♣ だったらどこがいけないのか具体的に言わないと。
♥ だから最初に、悪口言ってるように見えるかもしれないけど、この映画の良さは十分わかった上で言ってるんだってことを断っておきたかっただけ。あと、ここで言ってることは、次の『椿三十郎』にもほぼ共通してるから。
スタッフ
監督 黒澤明
脚本 黒澤明、菊島隆三
音楽 佐藤勝
撮影 宮川一夫、斉藤孝雄
キャスト
- 桑畑三十郎:三船敏郎
- 新田の丑寅:山茶花究
- 新田の卯之助:仲代達矢
- 新田の亥之吉:加東大介
- 馬目の清兵衛:河津清三郎
- 清兵衛の女房おりん:山田五十鈴
- 清兵衛の倅与一郎:太刀川寛
- 造酒屋徳右衛門:志村喬
- 百姓小平:土屋嘉男
- 小平の女房ぬい:司葉子
- 百姓の小倅:夏木陽介
- 居酒屋の権爺:東野英治郎
- 名主多左衛門:藤原釜足
- 番太の半助:沢村いき雄
- 棺桶屋:渡辺篤
- 本間先生:藤田進
- 丑寅の用心棒かんぬき:羅生門綱五郎
♣ で、何が悪いんです?
♥ なんか全盛期の作品とくらべると、ゆるいし、ちゃっちいし、白黒はっきりしすぎて陰影がないし、マンガっぽくない?
♣ ここが全盛期という見方もあるんだけど。それにある意味、肩の力を抜けるようになったというのは円熟のしるしでは?
♥ 要するに三十郎ってスーパーヒーローじゃない? マンガやアメコミにありそうな感じの。何十人の敵を相手に斬り合っても傷ひとつ受けずに皆殺しにしちゃうぐらい強いし。
♣ 確かにリアリティーを言ったら、この時点でゼロですけどね。人を斬っても刀はピカピカのままだし。
♥ いちおうここから血が流れるようになるんだけどね。
♣ あと人を斬った音を付けたのはこの映画が最初だとか、チャンバラ映画としてはいろいろ革新的だったんだけど。
♥ それでも嘘くさいなあ。
♣ だって西部劇なんだから。
♥ あと、強いだけじゃなくて策士で頭もいいよね。もう完璧超人じゃない。
♣ どう見ても、宿場の誰より頭いいよね。
♥ それだけ強くて頭よければ、こんな地回りのヤクザ者なんて、赤子の手をひねるようなものじゃん。そんなのただのいじめじゃん。不公平じゃん。
♣ それがヒーローものだから(笑)。そのために「手強いライバル」がいるわけで、それがこの映画では卯之助(仲代達矢)なんですけどね。
♥ たぶん、この映画でいちばん不満なのがそれだな。前から書いてるように、私は仲代達矢があんまり好きじゃない上、卯之助ってキャラは身の毛がよだつほどキモいし。
♣ なんで?
♥ 目玉お化けだから。
♣ ひどいなあ。『七人の侍』ではハンサムだとほめてたのに。(通行人役だけど)
♥ だから若いうちならそうも言えたけど、だんだん目ばっかりになってきて。
♣ 妖怪みたいに言うなよ(笑)。
♥ それでいつもニターとチェシャ猫みたいな笑い浮かべてるのが気持ち悪いんだよ。
♣ 表情が変わらないんだよね、この人。黒澤の指導では三十郎は犬か狼、卯之助はヘビのイメージでやってくれということだったそうですが。
♥ 違ーう! ヘビみたいな目つきの男は私も好きだけど、こういうんじゃなくて! もっとクールな感じでないと!
♣ それで懐からニョキッと拳銃。
♥ うん、いつも拳銃持ってないと落ち着かないというのはわかったけど、なんであんな風に持たなきゃならないわけ? フロイト的な何か?(爆笑)
♣ に加えて、タータンチェックのスカーフ(笑)。
♥ 拳銃ぐらいはいいけど、あれはなんなの? あの時代にあんなものあったの? スコットランド帰りなの?
♣ なかったという証明はできないけど、違和感はすごいね。
♥ 西部劇のガンマンがバグパイプ抱えて出てきたようなものじゃないの。
♣ 想像して笑った。でもそっちのほうがまだあるよ。アイルランド移民多かったんだから、スコットランド人だっていたかもしれないし。
♥ なんかそういうもろもろが合わさって、単に頭のおかしい、危ない人にしか見えない。
♣ まあ、これはそういう役作りで、1962年の『切腹』の仲代達矢はすごいかっこよかったけどね。
♥ とどめがあの死に方。やっぱりかっこいい悪役は死に方もかっこよくなきゃならないのに。
♣ 死んだのかと思うと、むくっと起き上がってしゃべるし、やっと死んだかと思うとまたむくっと(笑)。
♥ ゾンビかよ。おとなしく死んでろよ! 未練がましいんだよ!
♣ そのタイミングが変だし、しつこすぎてギャグでやってるとしか思えないんだよね。
♥ あと、あまりにも西部劇過ぎる。
♣ それはマカロニ・ウエスタンが盛大にこれをパクったからよけいそう見えるだけじゃ?
♥ でも何から何まで西部劇の文法で作られた映画には違いないでしょ。それでサムライ・ウエスタンというもの自体がなんともパチもんっぽく見えてしまって。
♣ これは何とも言えないなあ。このあとこれをパクったウエスタンを見すぎたせいで違和感おぼえるだけじゃないの?
♥ だいたいストーリーのアイディア自体も黒澤のオリジナルじゃないんでしょ。
♣ いちおうダシール・ハメットの『血の収穫』が元ネタだってことは黒澤も認めてる。でも「ふらっと町に現れた流れ者が、対立する二大勢力を手玉にとって、両方を滅ぼす」という、同じようなプロットの小説や映画はたくさんあるみたいで、どれがオリジナルとも言い難いんだよね。
♥ 「どの場面もどこかで見たような気がする」というのは『七人の侍』でも言ったけど、これもそう。
♣ まあ、名作ってのはしばしばそういうものですけど。
♥ いや、パクリでもなんでもいいんだけどね、どこからどう見ても西部劇のシチュエーションをちょんまげでやってるから、どうしても笑ってしまうのよ。
♣ ラストの一騎打ちのシーンとかね。あれだけ間合いを取ってれば、どう考えても拳銃のほうが有利だろうと。
♣ それじゃあ、いいところも。
♥ 三船敏郎がかっこいい。
♣ このあたり(40ぐらい)から老けたなあって感じで、顔がまん丸になってきたんだけど。
♥ それでもこのかっこよさだからね。
♣ 懐手で肩をそびやかしたあのポーズは、後ろ姿でもシルエットでも三十郎とわかる、もはやひとつのフィルム・アイコンと化してますね。
♥ あと、かっこいいところだけじゃなく、拷問されてボコボコにされたところも見せてくれるし。
♣ ヒーローは痛めつけられなきゃならないというのが私の信条なので。
♥ あらゆる意味でヒーローらしいヒーロー。こういうのを演じられる俳優はもう日本にはいない。
♣ いや、アンチヒーローでしょ。強いことは強いけど、ヒーローらしからぬところがいいんじゃない。あの口が悪くてだらしなくてかったるそうなところが。
♥ でもいい人じゃん。かわいそうな百姓一家助けてあげるし。
♣ 美人の女房を悪党にさらわれたかわいそうな百姓といえば土屋嘉男でしょと思ったら、ほんとに土屋嘉男が亭主役で笑った。
♥ 『七人の侍』の二番煎じ(笑)。でも女房役の司葉子は本当にきれいだったね。例によっておばさんになってからの印象の方が強いんで、こんなにきれいな人だったとは知らなかった。
♣ なんかこの一家のエピソードだけがシリアスだったね。彼らと仲代達矢以外はほとんどコメディーやってるのに。
♥ このエピソードはいかにもお涙頂戴で、後の『赤ひげ』みたいな私の大嫌いなメロドラマを思わせるんだけど、「哀れなやつは大っきれえだ」、「めそめそするとたたっ斬るぞ!」と言う三十郎の気っ風に惚れたぜ。
♣ この頃はまだ骨があったんだなあ。確かにまったく同じシチュエーションでも『七人の侍』じゃ、あっさり女房殺しちゃうし。ほんと黒澤も年取るとだんだんだめになってきた。
♥ 殺しておけばよかったのに。せっかく助けてもらったのに、追っ手がすぐに来るという状態で、ペコペコ土下座なんかしてるから逃げ遅れるし、おまけにいりもしないお礼の手紙なんか書くから怪しまれて、結果として三十郎が捕まるはめになる。
♣ でも三十郎のミスじゃないってところで、いちおうの矜持は保った。
♥ そういえば不思議に思ったんだけど、三十郎みたいなだらしない風来坊のキャラって、いかにも女好きっぽいじゃない。なのにまるっきり女っ気がないのね。
♣ 山田五十鈴が遊女に変な踊りおどらせて気を引こうとすると、露骨に嫌な顔するし。
♥ あの踊りと音楽が変すぎたからじゃない?(笑) というのは冗談として女嫌い?
♣ 単にハードボイルドなヒーローだからでしょ。
♥ なのに、若侍にはいらんおせっかいを焼く‥‥ふ~ん? なるほど。
♣ ていうか、黒澤映画自体、男の映画で、もともと女っ気なくない?
♥ それは前から思ってた。黒澤は女が描けないとか言うけど、それ以前に女が出てこない。いちおうヒロインがいても、取ってつけたようなヒロインだったり、単なる妻や娘だったりで。
♣ セックス描写がないのはああいう時代だから当然として、そもそも恋愛要素がほとんどないね。
♥ 『七人の侍』の髪を洗うシーンとか、『隠し砦』の太腿とか、さりげないお色気描写はあるけど。
♣ とりあえず、恋愛映画が嫌いで、男臭い映画が好きな私にはその意味でも理想だわ。
♥ 実は隠れホモとか。
♣ これが海外監督なら間違いないって思うけど、日本の明治男じゃそこまで言い切れないわ。単にシャイでだめなのかもしれない。
♣ 三船以外で良かったのは?
♥ 酒場の親父の東野英治郎でしょう。なぜか年を取れば取るほど味の出てくる役者なんだけど、やっとこの辺からその味が出てきた。
♣ 卯之助のちょっと頭の足りない弟の亥之吉を演じた加東大介も忘れがたい。つながり眉毛でバカ演技が似合いすぎ!
♥ 清兵衛の女房で、女郎屋のおかみを演じた山田五十鈴は、いつもながら因業ばばあが似合いすぎるし。
♣ 『どん底』でも特異な容貌で目立ってた渡辺篤演じる棺桶屋も良かった。棺桶屋と酒場の親父って、いつもけんかしてるから仲悪いのかと思ったら、実は大の仲良しなのもいい。
♥ 番太(江戸時代に、都市に置ける夜警、浮浪者の取り締まりや拘引、牢獄・刑場などの雑用、処刑などに携わっていた人。駐在さんみたいなもの)の半助を演じた沢村いき雄は、ちょっとやりすぎでウザいが、役になりきっていた。
♣ 私は清兵衛の用心棒の本間先生(藤田進)が好きだなあ。
♥ あれは腹の底から笑った。見るからに見かけ倒しのはったりっぽいなあと思っていたら、いざ出入りとなるとすたこら逃げてく。
♣ でもぜんぜん悪びれてないので、三十郎があきれ顔をしているところとか。
♥ 丑寅の用心棒、羅生門綱五郎。
♣ 元力士のプロレスラーだっけ。2メートルを超える長身で、ヤクザどもの間にそびえ立ってる。
♥ 一目でわかる巨人症顔。ジャイアント馬場と見分けが付かない。
♣ あー、ちなみにグレガー・クレゲインは禁句ね。
♥ 日本人だって2メートル越えなんだから、『ゲーム・オブ・スローンズ』はもっとがんばれよ。
♣ 日本人じゃなくて台湾人。あれ? あのころ台湾は日本だっけ?
♥ GOTのグレガーは役者がコロコロ変わってるけど、やっぱり適役がいなかったからだろうか。
♣ そりゃ8フィート(2.4m)の役者なんて現実にはいないって。
♥ でも羅生門綱五郎は単にでっかいだけじゃなく、三十郎を子供扱いしていたぶってくれて満足。
♥ というふうに、いつもながら黒澤組は芸達者でそれぞれ見せ場を作ってくれるんだが、最後は藤原釜足が全部持っていった。
♣ クレジットにあるのに見当たらないと思ってたけど、名主(西部劇なら町長だが、ここでは悪役)の役だったんだね。それまでろくに画面に映らなかったのに、ヤクザどもが死に絶えたあと(死にそうで死なない仲代達矢を除く)太鼓叩きながら出てきて、見事なキチガイ演技を見せてくれました。
♥ ほんと、クソみたいにうまいよなあ、この人。
♣ それでその狂い顔のまま、踊るようにライバルの造酒屋の家に入っていって、志村喬を殺しちゃって、全身に返り血を浴びて出てくるあたりのキチガイぶりは鬼気迫るものがありました。
♥ 黒澤役者というと、三船敏郎と志村喬が黄金コンビだけど、私は藤原釜足を入れてトリオにすべきだと思うね。いつも脇役だけどいちばん目を奪う。
♣ なのに脇役しかやらせないのはもったいないとしか。
♥ 志村喬の出番が少なかったのは残念。悪役なのにあんまり悪いところも見せないし。
♣ というわけで、やっぱりおもしろいけど、ちょい小粒な感じもした。