★★★【映画評】クリストファー・スミス『トライアングル』 (2009) Triangle

♥ 『センチュリオン』のところで述べた英国の宝くじ映画は、なかなか秀作が多いことがわかったので、気が付くと見るようにしている。これもそうして見つけた一本だけど、まさに宝くじ並みの大当たりだった。
♣ 宝くじ映画とは、BFI(英国映画協会)が英国宝くじ基金を使って、有望な若手英国人監督に出資して作らせている映画です。
♥ これがこれまでに14のオスカーと31のBAFTAを取っているそうだ。いつの統計かわからないので、現在はたぶんこれより増えてるだろうけど。
♣ 有名どころでは『英国王のスピーチ』(アカデミー作品賞・監督賞・主演男優賞・脚本賞、他多数)、『ゴスフォード・パーク』(アカデミー脚本賞、ゴールデングローブ賞 監督賞)、『リトル・ダンサー』(BAFTA 主演男優賞・助演女優賞・作品賞)、『ラストキング・オブ・スコットランド』(フォレスト・ウィテカーがほとんどの主演男優賞を独占)などが宝くじ映画です。
♥ ちなみに例によって見る前は、一種の心理サスペンス/ホラーだということ以外は何も知らずに見始めた。
♣ とりあえず最初にこれ置いときましょうかね。あと、青字になってるのはあらすじです。
♥ どうせ全部ネタバレしてるけどな!

!!!ネタバレ注意報!!!

これはとってもおもしろい、いい映画なので、まだ見てない人は先に下のネタバレは見ないことを強くお勧めします。おもしろさは保証するので、ぜひ予備知識なしで見てください。逆に見たけど意味がわからなくてさっぱりという人には、いい解説になってると思います。

ジェス(Melissa George)は自閉症のひとり息子トミー(Joshua McIvor)と暮らすシングルマザー。映画はおびえる息子を抱きしめて、「悪い夢を見ただけよ。ただの夢なの」となだめるジェスの姿から始まる。洗濯物を取り込み、息子が絵の具をぶちまけた床の掃除をしているとドアベルが鳴る。しかし出ても誰もいない。

その後、ジェスはどこか放心した様子でヨットハーバーにやってくる。彼女は最近知り合ったグレッグ(Michael Dorman)のヨットでクルーズに行く約束をしていたのだ。

同行者は他にグレッグの昔なじみのサリー(Rachael Carpani)とその夫のダウニー(Henry Nixon)、グレッグの居候のヴィクター(Liam Hemsworth)と、サリーの友人のヘザー(Emma Lung)の計5人。 
グレッグはジェスに惚れている様子だが、サリーは彼女のことを快く思わず、自分の友達のヘザーとグレッグをくっつけようとしている。ダウニーはグレッグがヴィクターといっしょに住んでいるのでホモなんではないかと疑っている。

ヨット遊びに興じるジェスとグレッグ。下じゃ舞台がアメリカでイギリスっぽくないとか文句を言ってるが、このどこか非現実的な、くすんだ色調とか光の加減がものすごくイギリスっぽくて、アメリカ映画じゃないのは一目瞭然だと思うのだが。

♥ というわけで、『トライアングル』という題名だし、最初は三角関係の話かと思って見ていました(笑)。
♣ 実はヨットの名前がトライアングル号なんだよね。
♥ でも実はヨットの名前も三角形もストーリーにはまったく関係ないという引っかけタイトル。

♣ それよりイギリス映画なのにイギリスが舞台じゃないんで、えっ?と思わなかった? 監督もイギリス人なのに。
♥ そのどこそこ映画ってのは、単に出資者の国籍を表しているだけだから関係ないよ。
♣ これはいちおう英豪合作映画なんですけどね。
♥ 私は監督がイギリス人で、イギリスが舞台ならイギリス映画と思うことにしている。宝くじ映画は間違いなく純英国映画だよ。

♣ だからそれにしちゃアメリカ(マイアミ)が舞台なことに違和感おぼえなかったかっての。
♥ 見るからに南国の景色に最初はふて腐れたが、やっぱりこれは青い海で撮った方がいいなとあとから考え直した。
♣ それは言える。真っ青な海に浮かぶ真っ白なヨットがとにかくきれい。やっぱり英国の灰色の海じゃこうはいかないな。
♥ 私は海とお船が大好きなので、海ならどこの国の海でもいいです。船の上っていうのはある意味無国籍だし、海と船の映画だなんて知らなかったのでそこでも感動。
♣ 月並みではあるけれど、陽光あふれる美しい青い海と、血まみれの惨劇との対比もすごい。これがイギリスの海だと陰鬱なだけになりそう。

♣ でもやっぱりアメリカとは空気が違うと思ったら、ロケ地はオーストラリアで、出演している俳優もほとんどオーストラリア・ニュージーランド人でした。
♥ 完全に偽アメリカじゃねーか! だったらもうオーストラリアの話にすればよかったのに、とは思う。
♣ イデアとしてのSunshine State(マイアミがあるフロリダ州の異名)にこだわったんですかね。
♥ だいたいイギリスからオーストラリア行くよりアメリカ行くほうがずっと近いという。
♣ 出資者との関係ですかね。でもオーストラリア・ニュージーランド好きにはちょっとうれしい。

♣ 主演のメリッサ・ジョージどう思いました?
♥ もう役者評行っちゃうの?
♣ なんとなく。彼女こそいかにもオーストラリア人らしい女優だと思うから。
♥ オーストラリア人らしい女優って何? 前にワニを素手で絞め殺しそうなのがオーストラリア人男優とは書いたけど、女は何を絞め殺すの?
♣ うーんと、華やかな美人で大柄でがっしりしてて、かわいらしいけど気が強そうなスポーツウーマン・タイプってことで。実際そういう美人オーストラリアにはよくいるし。
♥ 主演のメリッサ・ジョージの名前は『クライムダウン』(2011)を見て気に入ったので覚えていた。っていうかあっちがあとなんだけど、見たのは先だったので。
♣ 「チアリーダータイプ」と評した金髪美人だけど、きりっとした意志が強そうな目つきが好き。
♥ あとおっぱい大きい。もちろんヌードになんかならないんだけど、白シャツの胸元からこぼれそうなプリプリおっぱいがすてき。
♣ グレッグ役のマイケル・ドーマンは、アルフィー・アレンによく似てたのでイギリス人かと思ってたら、ニュージーランド人だった。
♥ まあ嫌いな顔じゃないけど、正直言ってメリッサ以外は全員が殺され役であまり出番がない。

というわけで、楽しいクルーズを楽しんでいた一行だが、雲行きがおかしくなるのは、本当に雲行きがおかしくなったとき。いきなり近付いてきた嵐に巻き込まれ、ヨットは転覆、行方不明のヘザーを除く5人は転覆したボートの上に這い上がって救助を待つが、そこへ大型客船が近付いてくる。

意味ありげに光の中から現れるアイオロス号と遭難者たち

彼らはこの船に乗り込むが、船内には人の気配はあるものの、誰ひとり姿を見せない。それでいて、ダイニングには新鮮なビュッフェが用意され、まるでメアリー・セレスト号さながらの幽霊船のようである。船内には1930年代に撮られたこの船の写真があるが、そんな古い船のはずがない。そしてジェスはこの船には前に来たことがあるとつぶやく。

♣ 見るからに神経質そうで心配性そうな母親ジェスのエピソードで始まったから、これはきっとこの子が事故に遭うか、さらわれるんだなと思って見ていたら‥‥
♥ まさかの豪華ヨットクルーズから、まさかの遭難から、まさかの幽霊船へ。ちなみに船の名前は「アイオロス号」。これ試験に出るから覚えておくように。
♣ もうこのあたりの展開の早さと意外性は本当にジェットコースター感覚。しかも先の展開が一切読めないのはすごいと思った。

不気味な船内廊下

♥ でも船に乗ってからは典型的ホラー映画のパターンだと思ってたのに。
♣ 私もそう思った。トップのポスターもまさにそのイメージで作られてるし、宣伝もそういう感じでされてるし、誰だって船を舞台にした殺人鬼ものだと思うじゃない。
♥ うん、この船に何か怖いものがいて、みんなひとりひとり殺されていくんだけど、ヒロインだけが生き残って、最後は子供を抱きしめて「もう大丈夫よ。ママがついているからね」と泣き崩れて終わる、っていうやつ。
♣ なのに考えてみたらその子供がここにはいない。
♥ 明らかに母ものらしいオープニングで始まっておいて、かんじんの子供がいないのはおかしいと、勘の鋭い人ならここで気付くところだけどね。

♣ 話はそれるけど、大型船ってホラー映画の舞台としては最高だと思わない? 完全に外界と隔絶されて、逃げ場がない密室空間で、だけど隠れるところは無数にあって、迷路のように入り組んでいて、敵がいつどこから襲ってくるかわからないという。そのわりに船を舞台にしたホラーってあんまりないよね。ヘボいシーモンスターものは別として。
♥ 残念でした。『エイリアン』がある。
♣ 宇宙船じゃん!
♥ でもリドリー・スコットは今あんたが言った通りの密室ホラーとして描いているよ。
♣ そう言えば『エイリアン:コヴェナント』なんでまだ見ないの? 300円も出せば即見れるのに。
♥ もったいないからだよ! どうせディスク買うし。
♣ でも『エイリアン』サーガはDVDでしか持ってないから、いずれブルーレイでコンプリート・ボックスが出るのを待って買った方が‥‥
♥ だいたい書かなきゃならないリビューがたまる一方なのに、こうやって無駄話しているとまた遅れる!

グレッグとジェスは謎の人影を追って船内の探索を始めるのだが、ある客室のバスルームに「劇場へ行け」という血文字を発見する。

あー、字幕邪魔! Amazonだと字幕が消せないのがウザい。

グレッグは劇場へ行こうと言うが、おびえた様子のジェスはすぐに船を下りるべきだと主張し、ひとりで元いたダイニングルームへ引き返す。すると、ここで待っていたはずのダウニーとサリーの夫婦の姿はなく、先ほどまで新鮮だった食べ物はすべて腐ってしまっている。そこへ血まみれのヴィクターが現れ、いきなりジェスを絞め殺そうとする。

変わり果てたビュッフェ

♥ このあたりの展開も急すぎて目をパチクリしてしまう。
♣ 実は下手なグロよりこういうシーンが恐ろしい。ついさっきまで新鮮でおいしそうだったビュッフェの料理がすべて腐っているという。不条理すぎて頭がクラクラする。
♥ 食べものが腐って変色しているだけなのに、なぜか人間の腐ったの(ゾンビ)よりグロい。
♣ それは腐った食べ物を忌避する本能が目覚めるからだと思うな。人間はふつう食わないし。

もともと重傷を負っていたヴィクターはジェスともみ合っているうちに絶命し、ジェスはグレッグを探して劇場へ急ぐ。そこにいたのは死んだグレッグを見下ろすダウニーとサリーの夫婦で、彼らの話ではグレッグはジェスにやられたと言っていたという。弁明する暇もなく、今度はバルコニーの上から覆面の人物がショットガンで彼らを狙い撃ちにする。からくも逃れたジェスは、この人物と格闘になり、甲板から海に突き落とす。

♥ 船の中で何者かに襲われるんだろうなとは思っていたが、まさかここで登場人物全員死亡とは思わなかった。
♣ しかもこの時点で映画はまだ半分も終わっていない。みんな死んじゃってこれからどうするんだ?
♥ これってもしかしてリチャード・ケリーみたいなトンデモさん?という予感も。
♣ それぐらい唐突だし荒唐無稽な展開に思えたんだけど、衝撃の事実が!

覆面の人物は女で、死ぬ間際に「彼らを船に乗り込ませてはだめ。もし乗ってしまったら全員を殺して。全員が死ねば彼らは戻ってくる」と、奇妙なことを言い残していた。
呆然と海を見つめるジェスの目に入ったのは、近付いてくるトライアングル号の姿。その上で助けを求めているのは、死んだはずの4人と彼女自身だった。

♥ ここでやっと観客はこれがループものであることに気付く。
♣ ループものが荒唐無稽じゃないとは言いませんが、いちおうお約束の世界なので。
♥ と、安心するのはまだ早い。となればあとは、前回の教訓を活かして、仲間を助け、自分もこのループから抜け出す方法を模索する‥‥となるはずなんだけど‥‥
♣ この映画はそういう安易な予想も裏切ってくれます。

♣ ところで、全員を殺すと時間が巻き戻って生き返ってくるのはわかったけど、ひとつだけ最後までわからなかったのは、彼らが乗船するのを阻止したら何が起きるんだろう?ってこと。結局成功しなかったんだけど。
♥ 待って。とりあえずジェスとしてはここにいたらどうしようもないし家に帰りたいんだよね? それでそれにはボートが必要と。あのサイズのヨットが人力で起こせるのかどうか知らないけど、この時点のジェスとしてはヨットを直して家に帰りたかったんじゃない?
♣ だからって皆殺しにする必要ある? 最初に乗ってきたヨットはどうなったんだろ?
♥ どこかにヨットの墓場もあるに違いないけどね。でもそれは見当たらないから、新しく来たヨットの仲間を説得して戻ることができれば、この時点では「上がり」ということだったんじゃない?
♣ 戻ったところでこれよりひどいことになるんですがね。

驚き混乱しつつもジェスは仲間を捕まえて説明しようとするが誰も信じてはくれないばかりか、彼らはジェスを殺人者だと思っている。どうやら船内には3人以上のジェスが存在するらしい。(映画が最初から追っている)視点人物のジェスと、新参のジェスと、覆面の殺人者のジェスと。

ジェスに狙われるジェス

♥ これだけでも十分混乱して切羽詰まった状況でおもしろいんだが、そういう安易な展開もこの映画は拒絶する。
♣ ところでこの「変装」、船員用の大きな男物のコートを着て、頭には目の穴を開けた麻袋をかぶっただけの安上がりな変装なんだけど、まんまとだまされたよ。女とは思わなかったし、ましてやヒロインだとは。
♥ それにけっこう怖かった。変なメイクとか凝るより、こういう方がずっと怖いよね。『ミディアン』のクロネンバーグとか。ただ、こいつの正体はいなくなったヘザーかな?とはちらっと思った。
♣ そう言えばあの人どうなったんだ? あれっきり出なかったよね。
♥ 溺れたんでしょ。

もちろんジェスは生き延びようと必死の努力をする。しかし救命ボートで脱出しようとしても、救命ボートはすべてなくなっている。船を止めようとしてもやり方もわからない。
そうしているうちに迷い込んだロッカールームで、ジェスは「彼らが乗ってきたら全員殺せ」と書かれた大量のメモが散らばっているのを発見する。それはすべて同じ筆跡で、ジェス自身の筆跡だった。

♣ なぜたくさんあるかというと、メモを発見したジェスがそこにあったメモ帳に同じ文言を書いて、本当に自分の筆跡かどうかを確かめたから。それが何回も何回も繰り返されてきたことがわかる、うまいやり方。

さらにジェスは同じ部屋の床のグリッドに自分のロケット(子供の写真が入っている)を落としてしまい、拾おうとするとロケットはグリッドの隙間に落ちてしまう。のぞき込むとそこにはまったく同じロケットが山になっている。
そしてとどめが、瀕死のサリーを追いかけて甲板にやってきたところ。そこは死体の山だった。すべて同じサリーの、ただし損傷の異なる死体の山。(損傷しているのはカモメが死体を食べているからである) 彼女は毎回ここまで逃げて絶命していたのだ。

サリーたちの死体の山(真ん中のサリーだけまだ生きてる)

♥ 私もホラー映画をずいぶん見てきたけど、このシーンは「ホラー映画史に残る怖いシーンベスト10」を作ったら必ず入るというぐらいの視覚的インパクトがあった。
♣ それ以外ってたとえば?
♥ 個人的にダントツ一位は『遊星からの物体X』のNorris-Thing。2位がやっぱり『エイリアン』のチェストバスターかな。あとヒッチコックの『鳥』の死体とか、『シャイニング』の双子とか。
♣ シャイニングは美しいけど別にたいして怖くなかった。
♥ ほら、また話がそれてる! 要するになにもグロとか死体見せるだけがホラーじゃないんだよね。
♣ グロと死体ばっかりじゃん。
♥ この理不尽さと、「でもわかる」感じがすごい怖い。ていうかまた話がそれてる!

♣ あとループものというと、1回ループするとまた振り出しからというのが普通なのに(だから普通は二度目には死体は消えている)、こうやって複数の現実が重なって存在するというのが新しいし怖いし頭が混乱する。
♥ これはメモや死体だけじゃなく、ヒロインのジェスが殺人者ジェスを殺すのを、視点人物のジェスが見ていると言った、頭がおかしくなりそうなシーンもある。
♣ 以前とは少しずつ違う行動をすることでループを逃れるというのがこの手の話の定石なんだけど、ここではそれも効かない。違う行動をしたと思ったところで、それは彼女以前の大勢のジェスたちもしたことだとわかるだけだから。
♥ これってループと言うより輪唱型と言った方がわかりやすくない?
♣ 輪唱?
♥ ほら、「カエルの歌が聞こえてくるよ」みたいな。それで「カエルの歌が‥‥」が繰り返されるたびに、新しいセットの遭難者が登場するんだけど、それが少しずつダブっては消えていく。
♣ よけいわけわからんです。

そうこうするうち、ジェス(視点人物)はこの世界の論理が飲み込めてきて、家に帰って息子に会いたいという一念から、メモの言葉に従って、彼らを皆殺しにしなくてはならないと決心する。

♣ ここでようやく視点が殺人者ジェスに移り、観客にも何が起こったのかの全体像がわかる仕組み。

そしてこのジェスは最初に見た通り、仲間を皆殺しにしたあと、ヒロイン・ジェスに海に放り込まれる。しかし彼女は死なない。海に沈んだジェスは意識を失った状態で海岸に打ち上げられる。これも映画の最初の方で見たシーンだが、彼女は悪い夢だと思っていた。
通りかかった車をヒッチハイクして家に帰るジェス。そこで彼女が見るのは映画のオープニングと同じ自宅のシーンである。ただし、家にはすでにもうひとりのジェス(母親ジェス)がいた。

♥ 実はオープニングより少し前に戻るんで、あの前に何があったかがここで初めてわかるんだよね。

こっそり窓から覗いてみると母親ジェスは思い通りにならない息子のトミーにイライラして、彼を怒鳴りつけたり殴ったりしている。
それを見てかっとなったジェスは、トミーの見ている前で母親ジェスをハンマーで殴り殺す。映画のオープニングの息子をなだめているシーンはこの直後。ジェスは死体を車のトランクに入れ、トミーを乗せて走り始める。「子供を殴るようなママは本当のママじゃないの。私が本当のママよ」と息子に言い聞かせながら。

♣ ここの緊張感は半端じゃなかったな。もう絶対事故るのがわかってたんで。
♥ でもどうせトラックと正面衝突して終わりっていうんだと思っていたら、その前にまた怖いシーンが。
♣ それでもトラックとは正面衝突するんだけどね(笑)。

そこにカモメが飛んできてフロントグラスにぶつかる。おびえて泣きわめくトミー。ジェスは車を止めてカモメの死体を捨てにいく。海に捨てようとして、ふと堤防の下を見ると、そこにはおびただしい捨てられたカモメの死体。彼女はまだループから抜け出てはいなかったのだ。
呆然として車に戻るジェス。走りながらもトミーはまだ泣き続けている。彼をなだめようと振り向いた瞬間、車は車線をそれて対向車線の大型トラックに接触する。ここで暗転。

忘れられないシーン。カメラがずっと右へ移動しているのでキャプチャはボケてますが。

♣ でもまだ終わらないよ。このあとのカメラが本当に美しいんだ。
♥ カメラは海の見える道路に沿って、ローアングルでゆっくりとなめるように動いていく。集まってきた野次馬たちの姿(上のチアガールと老夫婦がそう)、トランクから外に投げ出された殺された方のジェスの死体、大破した車、そしてトミーの死体、最後にそれを呆然と見つめる視点人物のジェス。
♣ 彼女は奇跡的に怪我ひとつしなかったらしい。それから彼女は話しかけてきた運転手のタクシーに乗ってマリーナへ向かう、というところで、やっとループが閉じて映画も終わる。
♥ 蛇足だけどこれ、完全犯罪成立だよね。ドライバーのジェスの死体はちゃんとあるし、トラックにぶつかったんじゃ、実は撲殺されたなんてわからないだろうし。

♥ うーん、うまい! これは見事な脚本だ。ループものというありがちな設定を使って、その裏の裏をかくことであっと言わせる。
♣ と言ってもそんなに複雑なことじゃないんだけどね。新しいのは、上で述べたようにループが重複しているというところと、ループが何度も元に戻った(新しいジェスたちがボートで到着する場面が何度もあるので)と思わせて、実はそれ自体が大きなループの一部にすぎなかったということ。
♥ どうやらジェスはループが一巡するとそれまでの記憶を喪失してしまうらしいので、それに気付かなかったわけだ。

♣ それでも一部の記憶は残っているみたいなんで(夢で見た風景、船内の様子を覚えていたことなど)、もしかしたら何度もこれを繰り返しているうちに、息子を救い自分も救われる結末にたどり着くことはあるのかしら?
♥ いや、それはなさそうな気がする。というのも、彼女がなんでこのループに陥ったかというと(明らかにジェスがループの中心点だし)、やはり最愛の息子を死なせてしまったというショックがきっかけで、息子を助けたいと思う一念が時空をねじ曲げたとしか思えないし、でもトミーが生き返ることがない以上‥‥
♣ そもそもトミーが死んだのは彼女がループしているせいなんだよね。
♥ うん。母親ジェスがキレたきっかけって、出かける時間が迫っているのにトミーが絵の具を床にこぼしたせいなんだけど、なんでそうなったかというと、トミーが窓から覗いているもうひとりのジェスを見て驚いたからで。
♣ そう考えると、永遠にここからは抜け出せないとしか思えないね。

♥ ここで効いてくるのが船名の「アイオロス」。
♣ でもギリシア神話のアイオロスはあまり関係なくて、重要なのはその息子のシーシュポス。これについては劇中でも言及されてました。
♥ シーシュポスはテッサリア王アイオロスの息子。神々をあざむいて死を免れた罰として、例の永劫の岩運びをやらされる人。(大岩を山の上まで押し上げるのだが、頂上まで行くと岩は転げ落ちてしまい、また最初からやり直しになる)
♣ ジェスもまた、タナトス(死)をあざむいてトミーを連れ戻そうというヒュブリス(神に挑戦する傲慢)の罪を犯しているんだよね。だから、シーシュポスと同じ地獄に落とされたというわけ。うん、きれいに決まったね。
♥ 正直最後まで見るまでこれほど知的な映画だとは思いませんでした。

(と、ここで終わりかのように見せかけて、実はまだまだ続きます。この深読みが★★★リビューたる由縁)

♥ あと、不吉なシンボルとしてのカモメの使い方がうまい。もしかしてすべては最初に車にぶつかったカモメの呪いじゃないかと思うぐらい(笑)。
♣ カモメはもう至るところにいて、もちろんヨットのマストにも止まっているし、ジェスの車を追いかけるように飛ぶし、サリーとダウニーの死体は食うし、そしてもちろん間接的にだがトミーを殺すのもカモメ。ジェスの家にも大きなカモメの絵がある。
♥ タイトルも”Seagull”でいいぐらいだよね。ヨットの名前もシーガル号でいいじゃない。
♣ 確かになんで『トライアングル』なのかは最後までわからなかった。
♥ タイトルは『アイオロス』でもいいな。なんかかっこいいし。

♥ 実は私、カモメってトラウマなんだよね。私は動物全般、それも特に肉食動物が好きだから、動物の補食動画はどんなに血生臭くても平気だし、爬虫類の捕食動画を毎日見てるぐらいなんだが、その私が動物の補食動画で(あと生で見たのも)唯一見るに堪えなかったのがカモメ
♣ カモメなんて魚だけ食ってると思うでしょう? ところが奴らはものすごい悪食で、自分よりはるかに大きなアザラシとかペンギンでも殺して食べるんで。
♥ 私が実際に見たのはカモメが道ばたでハトを引き裂いて食べてるところ。
♣ ヘビとかワニを残酷だと思ってる人が多いけど、爬虫類は原則なんでも丸呑みなんで、パクッといったらそれで終わりできれいなもんだが、爪も牙もないカモメの武器はあの小さな尖ったくちばしだけで、殺される方としてはちょっとずつ肉と皮を剥がれて解体されるわけでたまらないだろうと思うと、ついその痛みを想像してしまってオエッとなる。
♥ それがカモメの生き方だからしょうがないんだけどね。

♣ でもカモメに罪はなさそうなんで、やっぱり諸悪の根源はどう見てもジェスだよね。
♥ 彼女(ループに入る前の)はトミーの父親に恨みを持っているらしいんだけど。
♣ おそらく子供に障害があることを知って逃げたとかそういうのかね。
♥ それで、その父親に似てきたトミーにいらついている。それとひとりきりで障害児の世話をする苦労と貧困に苦しみ、溜まりに溜まったストレスを他に誰もいないので、抵抗できず理解もできない無力なトミーにぶつけているわけ。
♣ 現実によくある話ですけどね。痛ましいよね。それを思うと、最後に自分を殺すジェスの気持ちもわかるなあ。というより、これらすべては神の怒りなんかじゃなく、そういう自分を罰したいというジェスの罪悪感から生まれたと考える方が自然じゃない?
♥ そのために何十回も殺される他の人たちはいい迷惑だが、でも悲劇って往々にしてそういうもんだよね。

♥ あるいは別の解釈として、そんな人々はアイオロス号同様存在しない、という解釈も成り立つ。すべては狂ったジェスの精神の中だけに存在する妄想で。そう思うとこれがいちばん筋が通っているのだ。
♣ ええー? 夢オチですか?
♥ まず、タイムループなんかあるはずがないという、根本的なことは別として、かりにそれがあったとしても、大洋の真ん中を無人のまま航行する大型客船というのは突拍子もなさすぎる。その中で起きることもほとんど超常現象。どうやらそこでは時間が止まっていることも含めて。これが現実だと思うより、夢だと考えるほうが普通じゃない。
♣ でもあの時はホラーだと思ってたから、ホラーなら超常現象は大ありだから。

♥ もうちょっと現実的な線では、見るからに生活に疲れた様子の貧しいシングルマザーのジェスが(たとえどんなに美人であるにしろ)、いきなり超豪華ヨットでのクルージングに誘われるという展開が唐突だと思わなかった?
♣ それは思ったけど、まあ美人でマイアミならあるかと思ってた(笑)。なんか場面転換が唐突すぎるとは思ったけど。暗いすさんだ家庭から、美しい海とヨットの世界って。
♥ それよりこのすべてが、「誰かすてきな男性が私を好きになって、こんなみじめな暮らしから連れ出してくれないかしら」というシングルマザーの妄想と考えた方がしっくりくる。
♣ その楽しい夢が悪夢に転じるのは、やはり彼女の罪悪感か。

車内のトミー

♥ さらに、これが始まったそもそもの原因がトミーにあるのは明らかで、ヨットハーバーに現れたジェスの様子が変だったのも、あの事故の直後だったからでしょ?
♣ うん。
♥ でも彼女は息子も連れてくるようにって言われてたんだよね。ところが、トミーはどうしたの?と言われても答えられない。
♣ そりゃ死んじゃってるから。

♥ でも彼女はその記憶ないよね? 記憶があるならこれから起こることも知ってるはずだし。
♣ 学校行ってるとか言ってなかった?
♥ それは聞かれたからとっさの言い訳でしょ。だいたい学校は休みの日だし。学校があるなら誘われたときにそう言ってたはずだし。学校じゃないとしたらトミーはどうしたのかしら?と心配しないのもおかしいのに、彼女は息子のことを考えている様子がまったくない。
♣ 部分的記憶喪失とか? 上で言ってるように、このクルージングすべてが彼女の妄想だとしたら、何があってもおかしくないじゃん。
♥ それにしちゃ、家でトミーを怒鳴ってるときから変じゃなかった? 連れて行くつもりならのんびりお絵描きなんかさせてないで、支度しろってうるさく言っただろうし、連れて行かないならどこかへ預けるとかしただろうし。
♣ うーむ、クルージング自体がなかったことならおかしくないんだけど、それにしちゃ、自分は約束の時間を気にして支度してるしな。トミー自体が存在しないとか?
♥ さすがにそこまでは言わない。それじゃ話が成立しない(笑)。

♥ だいたい、それほどトミーを愛しているジェスが、トミーが無残に死んだその足で、男と船遊びに出かけるか?
♣ だからそれこそ記憶喪失だったからじゃないの?
♥ それは言い訳にならないんだな。ジェスが心配して声をかけてきたタクシー運転手に行き先を告げるのは、息子の死体を見つめながらだから。

Triangle10

見るからに怪しげな運転手に声をかけられるジェス

♣ うわー! そう言えばそうだ。
♥ この運転手もこの世のものじゃないみたいで、言動がおかしくなかった?
♣ それは思った。彼が一部始終を見てたとしたら、いま事故車から放り出されたばかりの人に「乗ってきますか?」なんて声をかけるはずがないし、事故を知らないとしたら(傷もなく普通に立ってるジェスの後ろ姿を見ただけで)「大丈夫ですか?」なんて声をかけたりしない。

♥ これはあくまで想像だけど、私はジェスは育児ノイローゼになって自宅でトミーを殺したんだと思う。カモメがどうこうとかループがどうこうというのは、彼女の狂った頭が作り上げた妄想で。

♣ そう言えば、映画のオープニングでジェスがトミーに言ってたせりふ「ママが怖い夢を見たときはね、目をつぶって楽しいことを考えるの」がそのまんま‥‥
♥ 子殺しという悪夢から逃れるために、楽しいクルージングを想像したんだね。
♣ しかもその直前に彼女は庭でカモメを見、ビニールプールから転覆した白いおもちゃのヨットを持ち上げている! まんまじゃん! あれをきっかけとして生まれた幻想だったのか!
♥ そうやって妄想に逃れても、ジェスの中の正気の部分は自分を許せなかったんだろうね。だから彼女はシーシュポスのごとく、死んでも死んでも生き返っては自分を殺し続ける

♣ うわあああ! 二度目に見るまでぜんぜん気付かなかった!
♥ 本物のジェスはたぶん病院か監獄にいて悪夢を見続けているんだな。
♣ 泣けるよ、これは! でも悲しすぎる。そこまで考えると後味悪すぎない? 「すげえ! これ全部ループの一部だったんだ!」と感心してたときのほうが楽しかった。
♥ だからこれはあくまで私の一解釈だけどね。
♣ 確かにディスク買って監督のコメンタリー聞くと、ぜんぜん違う話だったりするしね。

♣ 私はもともと夢(幻覚や妄想含む)の映画が大好きで、それも夢から覚めたらまだ夢の中だったという映画が好きなんだけど、これはそれの多重構造版というか、めくってもめくってもどこまでも悪夢の世界から逃れられないという構図が、それこそ本当に悪夢のようで最高!
♥ 絵も美しいしね。今言ったように、ここに述べたのはあくまで私の解釈だけど、こういう風にいろいろな解釈が成り立つのが優れたホラーの特徴。しかしどれが本当にせよ、やはりジェスはこの輪廻から逃れる方法はないような気がする。怖いけどとても悲しい映画だった。
♣ 傑作だよ、これは!!!