★【映画評】デヴィッド・フィンチャー『ドラゴン・タトゥーの女』(2011) The Girl with the Dragon Tattoo

ポスターはエロいしかっこいいんだが、あいにくこんなシーンは映画にはない

何かにつけてチョロチョロ話には出てきたが、このリビューをなかなか書けなかったのにはわけがある。それだけデヴィッド・フィンチャーという監督を愛していたから。
『エイリアン3』(1992)でデビューしてから、『セブン』(1995)、『ゲーム』(1997)『ファイト・クラブ』(1999)までのデヴィッド・フィンチャーは神だった。『ゲーム』はちょっとスケールが落ちるがそれでもおもしろかったし、デビューから4本連続で(正確には『ゲーム』を除く3本だが)、私のオールタイムベスト50級の映画を撮るっていうのは、もう本物の天才か、よっぽど波長が合うとしか思えない。

アメリカ人とは思えないクールでスタイリッシュでダークなセンスも、ミュージックビデオ出身者らしい音楽のセンスも乗りの良さも、『エイリアン3』のチャールズ・ダンスとか、『セブン』のエドワード・ノートンのようなキャスティングのセンスも(マイケル・ダグラスやブラッド・ピットはいなかったことにされている)、とにかくもう何もかも好きで好きで、この監督には一生ついていこうと思っていたが、5作目の『パニック・ルーム』(2002)がクソつまんなかったので捨てた(笑)。
と言うと、ひどすぎるようだが、それぐらい期待が大きかったということ。それで『パニック・ルーム』で失望したあとは、「もう二度と見るか!」となったんだが、そのあとの『ゾディアック』はまたシリアルキラーものということで、つい誘惑に負けて見ちゃったら、「いつ話が始まるのかと思ってたらエンドマークが出た」というぐらい退屈な映画だったんで、「今度こそ絶対見ない!」となって、その後の『ベンジャミン・バトン』(2008)、『ソーシャル・ネットワーク』(2010)、『ドラゴン・タトゥーの女 』(2011) 、『ゴーン・ガール』(2014)はすべて無視してきた。

見ての通り寡作な監督で、決してよくあるハリウッドに消費されてダメになったタイプでもないし、ここまで嫌う必要もないと思うが、惚れた男に対しては容赦しないのである。
ただフィンチャー監督を擁護しておくと、今の映画界は昔みたいに監督の作家性に依存する体質じゃなく、監督なんてしょせん雇われたスタッフのひとりにすぎないのに、全部監督のせいにするのはひどいかも。それもフィンチャーが現代では稀な作家性を感じさせる監督だったからなのだが。〈すでに過去形〉
という口調でおわかりの通り、実はまだ完全にあきらめたわけじゃない。フィンチャーならなんとかしてくれるかも‥‥という淡い期待を裏切られるのがいやで見られなかっただけ。
この映画も本当は見たくなかったのだが、「でもジョエリーも出てるし‥‥」と自分をごまかして見た。

で、これが人気スウェーデン・ミステリ(スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』3部作)を映画化したスウェーデン映画のリメイクだということは知ってたので、ちょうどテレビで三部作を一挙放映したので「予習」のため録画しておいた。でも一作目の最初の20分で挫折した
やっぱり「外国」映画を字幕で見るのってつらすぎ! 最近、ほんとヨーロッパ映画って見てなかったのでよけい。それも、フランス語とかイタリア語ならまだ耳になじみがあるしわかる単語もあるからましだが(ドイツ語・オランダ語は私には異質すぎ耳障りすぎてだめ)、北欧の言葉って異質どころか宇宙人の言語みたいで頭痛くなるじゃない。なんか最初見ただけでもあんまりおもしろくなさそうだし、フィンチャー版だけ見て、おもしろそうならこっちも見ればいいやと思った。

それでフィンチャー版だが、タイトルバックの映像と音楽を見ただけで、私のフィンチャーが戻ってきた!と思ってワクワクした。なにしろいきなり『移民の歌』(Led Zeppelin)ですからね(笑)。スウェーデンも移民の流入でいろいろと‥‥というのは関係なく、この突拍子もない音楽センスに感動。
それとこのエロくてダークなCG映像にも感激。これは絶対カイル・クーパー(『セブン』などを手がけたタイトル職人)でしょ! と思ったら違ったようだけど、雰囲気はちょっと似てる。
しかも曲のアレンジがオリジナルとは違うなと思ったら、音楽は(元Nine Inch Nailsの)トレント・レズナーがやってるんじゃない! わーい! 確か『セブン』もトレントが‥‥と思ったら違ったようだけど。あれ? あれれ? 音楽にNIN使って私を狂喜させたのってフィンチャーじゃなかったっけ? 『ソーシャル・ネットワーク』以降はすべてトレントの名前がクレジットされてるが、私はどれも見てないし。(デヴィッド・リンチと勘違いしてたかも)
という風に、最初から興奮しすぎ、飛ばしすぎてエンストばかりしているあたりで、悪い予感はしてたんだが‥‥。

クリストファー・プラマー(左)とダニエル・クレイグ

あと、やっぱり役者がいいよねえ。知らない役者ばっかりのスウェーデン映画よりやっぱりこっちのほうが落ち着くわ。いきなりクリストファー・プラマーだし。テリー・ギリアムの『Dr.パルナサスの鏡』を見て惚れ直した(っていうか、若い頃はべつに好きでもなかったので改めて惚れた)人。なにしろ私の考える「イギリス人のすてきなお爺ちゃん」そのものなんだもん。(カナダ人だけど)
主演の「現007」ダニエル・クレイグはイギリス人だけど、正直言って嫌い。なんでこんなのが007なのか理解できない。そもそも背が低いし、全体に線が細くて、顔も体も貧相だし。私はジェイムズ・ボンドはショーン・コネリー以外認めないので(こればっか)、やっぱりボンドは長身で胸板が厚くて胸毛ぼうぼうでないと。

なんかいつもと話の順序が違うが、この際だからヒロインの話に行ってしまう。このオリジナルのスウェーデン版『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』のヒロイン、リスベットを演じたのが、『プロメテウス』ノオミ・ラパスで、彼女がリドリー・スコットに抜擢されたのもこの演技があったから。確かに『プロメテウス』にはミスキャストだと思ったが、『ミレニアム』のノオミは良かった。何度見てもブスだと思うが、あれだけ塗ってれば地顔なんかわからないし。

新旧ヒロイン対決。左が本作のルーニー・マーラ、右がオリジナルのノオミ・ラパス

このヒロイン対決はやっぱり目を引いたみたいで、ネットで検索すると二人の比較画像がたくさんあった。上の写真もそのひとつ。こうやってみると演技はともかく、どっちかというとジャガイモ顔のノオミに対して、ルーニー・マーラのほうがずっと顔が細く、カミソリみたいに鋭利な頬骨とか、こっちのほうがゴス少女にはぴったりだと思った。
でも、メイクを落とした素顔のルーニーは妖精みたいな美少女なのでびっくり! 女ってほんとに化粧で化けるんだなあ。あのメイクだと、お世辞にもかわいいともきれいとも言えない、はっきり言って化け物女だったのに。
まあ、この手の「小さくて細い女の子」が嫌いな私はどっちでもいいけどね。もう言うまでもなく、というかここに書いた通りで、私が好きなのは、「背が高くて貴族的な気品があって威風堂々とした美人」なので。

というわけで、本題の(本題なのかよ?)ジョエリー・リチャードソン行きます(笑)。
なのに、なかなか出てこなくてヤキモキした。もちろん主演でもないし、助演でもわりと下の方にクレジットされてるのはタイトル見てわかったから、そんなに重要な役じゃないだろうとは思ったが、こういう「身内」の女優さんの場合は、映画のストーリーなんかより、ジョエリーがちゃんと格にふさわしい役もらってるかどうかのほうが気にかかる(苦笑)。
で、結果は「よしっ!」。今日はあえてネタバレ避けるから詳細は書かないけど、「出番は少ないけど、ストーリー的には非常に重要な、ある意味主役でもある役柄」だったので私は満足。
しかし、ジョエリーも年取ったな。私も年取るはずだ。というわけで、自慢の美貌はかなり衰えたが、それでも彼女がスクリーンでアップになると、無性にドキドキして手に汗握ってしまう、というぐらい今でも好き。

でも見てて思った。こんな脇役ばっかりやってていい人じゃないのに、ジョエリーにろくな役が付かないと嘆いていたけど、監督としてみるとやっぱりこの人は使いにくいわ。とにかく(衰えたとはいえ)美人過ぎ、ゴージャス過ぎ、長身過ぎて、おまけに女王然としていて貫禄ありすぎるので、スクリーンに登場すると目立ちすぎる。脇役の中年女性なのに女王みたいな役柄って、時代劇でなければそうはないよね。
これはまだスウェーデン一の名家の令嬢(の年取ったの)だからそんなに違和感ないけど、生活苦の家庭の主婦とかはできそうにない。実はできるし、こういう人をそういう役に使うのがいいんだが、それじゃ客が呼べないし。
若い頃はとにかく美人だし、ヌードもぜんぜんOKでエロかったから、それだけでも使う価値があったけど、世間が中年女性に求める資質って、もっと慎ましやかなものだろう。それこそ往年の名女優の役とかあるといいんだけど。

というのも、痩せても枯れてもこの「映画スター」オーラは衰えず、プレミアでの全員集合写真見たら、ジョエリーが貫禄ありすぎて、他のキャスト(特に主演の二人)がなんともみすぼらしく見えてしまう(笑)。「スクリーンよりレッドカーペットの上の方が輝いてる」と私が嘆いていたのはこのこと。私はこういう女優さんが死ぬほど好きなんだが、需要ないんだろうな。
そういや、家庭的なルックスの叔母さんのリンは年取ってから引っ張りだこだったのに、美人過ぎるお母さんのヴァネッサは数々の映画賞を独り占めにした名声のわりには出演作が少なかったのも同じ理由か。あと、この人たちは本当に映画界のロイヤルファミリーなんで、下手な映画には使えないし、下手な役は付けられないという悩みもあるかも。

というわけで、おばさん好きの私には他にもボーナスが。セシリア役のジェラルディン・ジェームズも、エリカ役のロビン・ライトも、ちょうどいい感じに(しかももちろん年齢なりの美しさを保ったままで)老けてきた元ゴージャス美女で、ずばりタイプなのだ。おばさん軍団がすてきすぎて、主役のリスベットがよけいみすぼらしい小娘に見えてしまうのは誤算だった。

というわけで、すてきすぎた三魔女を並べてみました。左からジョエリー、ロビン、ジェラルディン。こうやって並べると、いやでも私の好みがわかるね。というか、左の二人は今の私と完全に同じ髪型なので驚いた。色も私は金髪でこそないけど、いちばん淡い栗色に染めてるし。

醜男だがすごく好きなステラン・スカルスガルドをはじめ、爺さん連中もすごい良くて、「ジジババばっかり出てる」と文句を言う奴もいるようだが、私としては主役の二人が余計者って感じ。まあ、それでも二人の演技は良かったですけどね。

というわけで、役者はそれなりにみんないい。次は演出だが、スウェーデン版は最初の20分しか見てないので何とも言えないが、見たかぎりではオリジナルそのまんまのシーンが続く。この辺からあれれ?と思い始めた。てっきり舞台をロンドンかどこかに移してやるのかと思ったら、舞台はスウェーデンのまんま。名前もスウェーデン語のままで、単に英語でしゃべってるというだけ。これってわざわざリメイクする意味あるの?
それでもさすがにフィンチャーの演出はメリハリが利いてサスペンスフルで、おかげで20分で退屈すると言うことはなかったけど。こういうリズムも快いし、映像はとにかく美しいし、やっぱりフィンチャーはいいなと思いながら見ていた。

だけど、(今回はダラダラ書くつもりはないから単刀直入にダメなところを言っちゃうと)ズバリだめなのは脚本だけだ。いや、脚本はどうやらスウェーデン版より原作に忠実なようだから、だめなのは原作だろう。(以下は原作読んでもいないのに勝手なことを言って申し訳ないが、たぶん合ってるはず。なにしろこの映画見たら原作は読む気が失せたので)

私はもうほとんどミステリを読まないのだが、最近よく翻訳されてるところをみると、北欧ミステリが人気らしい。そう言えば北欧ミステリが原作の映画もけっこうあったような気がする。私も何冊か読んだが、あまり感心しなかった。

私がなんでミステリを読まなくなったかというと、アメリカのミステリがすっかりだめになったからだ。どういうことかというと、やたら猟奇殺人ものが増えたから。殺人犯が異常者だったり、殺害方法が残酷だったり猟奇的だったり、被害者が幼い子供だったり、逆に被害者も精神異常者だったり、刑事や探偵役も異常者だったりするようなの。(レクター博士のシリーズとかがまさにそう)
それだって、ミステリとして、小説としてちゃんとしてれば文句ないんだけど、要するに残酷描写や猟奇的な変態性欲で読者を釣ろうというレベルの低いミステリがおもしろいはずもなく、プロットや謎解きは取って付けたみたいなのがどっと増えた。
ミステリファンのアメリカ人にそう言ってぼやいたら、まったくその通りだと言っていたからこの認識は間違ってないはず。そして映画はたいてい他のジャンルの後追いだから、映画でスプラッタだのゴアだのが増えたのもだいたい同じ頃。

ならば本家イギリスががんばらなきゃいけないんだが、英国ミステリも往年の栄光は今いずこって感じで精彩がない。(それでもミネット・ウォルターズについては書かなくちゃと思ってるんだが)
それで不満が高じたミステリファンが北欧に流れてきたんじゃないか。でも私が読んだ北欧ミステリの印象って、これはロシア文学について書いた悪口にも通じるが、やっぱり陰気くさくてだらだら長くて退屈で、そのくせやけに残酷で胸糞悪いというもの。あいにくヘボい作品は読んだ直後に記憶から抹消することにしているし、本も売ってしまうのでタイトルが思い出せないんだが、そういうのを2、3冊読んで、やっぱりダメだとあきらめた。要するにこれもアメリカ・ミステリと同じ。ただアメリカより陰気なだけ。

これもまさにそういう印象を受けた。スウェーデンいちの同族会社の経営者が、父子揃って自宅地下に拷問部屋作って次々に女の子さらって殺してるようなサディストのシリアル・キラー? ないない(苦笑)。あまりにバカらしすぎる結末に、まともに相手する気も起きない。(ネタバレなしだったんじゃ?) こんなアホらしい結末ネタバレする気も起きないってだけ。

だいたいミステリ要素はほぼ皆無。最初にヘンリック(Christopher Plummer)が、一族の住んでいる屋敷を指さしながら、血縁関係の説明を始めるから、私はてっきり「あ、これは家系図がないとわけがわからなくなる奴だ!」と思って家系図を書き始めたんだが、完全にむだだった。人はゾロゾロ出てくるが、結果としてヘンリックと、失踪したハリエットとその兄のマルティン(Stellan Skarsgård)と、実はハリエットだったアニタ(Joely Richardson)以外、関係ないじゃないか! (ネタバレなしって言ってたのに!)
同様に一族全員が孤島に住んでる必要もない。私はてっきり横溝正史みたいな話になるんだと思ったのに。
ついでに伏線って知ってる? 唯一の手がかりは観客には見えない写真に写っていたって、推理の楽しみもない。

それでもリスベット(Rooney Mara)という、精神異常者で禁治産者だけど天才ハッカーでリサーチャーのゴス少女という「絶対ありえねーよ!」というヒロインを主人公のパートナーにしたところが、おそらくこのシリーズの売りであり、また受けた部分なんだろうが、この中二病全開のキャラクター設定の時点で、まともな大人はうんざりする。そもそも、「一風変わった探偵」を出すのも今の流行りで、最近はほとんどそればっかりだし。
それでどうせ変わったヒロインを出すなら、途中で後見人のデブ男に強姦でもさせておいた方がエロ目的の読者も釣れるから、と作者が考えたかどうかは知らないが、限りなくそれに近いと思う。だって、リスベットのレイプの話は本題のハリエット失踪事件となんの関係もないもん。
それを言うなら、主人公のミカエル(Daniel Craig)が負ける実業家との裁判、あれも重要そうに描かれているわりには、事件となんの関係もなかったし、その途中から始まるから、ミカエルが何者かも知らない観客にとっては「???」で、余計でしかない。

というふうに、いかにも頭悪そうな話なんで、ジョエリーが出てるんじゃなかったら、これも最初の1時間で見るのをやめてたわ。
しかし以上の欠点は原作が悪いということにしておけば、まだフィンチャーをかばう要素はあるな。

それじゃ、そのフィンチャーらしさはというと、実を言うとリスベットのレイプシーンのあたりはなかなか生々しくて良かった。(あのガリガリの体では私はあまり興奮しないが) ついでに彼女が張り型でやるリベンジ・レイプも。この辺のエロくてサディスティックな感じは、いかにもフィンチャーという感じだったので、これなら本番(?)はどんなにか!と、ちょっと期待してしまったではないか。
あー、ただ水を差すようだけど、顔見知りレイプで相手を殺さないって、アホだよね。絶対捕まるに決まってるじゃん。まして保護司、じゃなかった後見人か、それが被後見人をレイプしちゃうなんて自殺行為でバカすぎる。
一方のリベンジ・レイプも作者のドヤ顔が見えるようだが、こういうの何度読んだかわからない。腹に“I am a rapist pig.”と刺青を彫るのも、そっくりな話を読んだか、映画で見たかしたぞ。
ついでにここでの演技がノオミ・ラパスの名を高めたんだろうと思うが(その場面は見てないのでわからない。見直そうと思ったら消したあとだった)、ここでのルーニー・マーラ(バカそうな芸名、と思ったら本名だった)もかなりの熱演。と言っても獣のように吠えまくるだけだが。
私はやっぱりちっちゃい女の子がデブのおっさんにレイプされるのを見るより、でっかいおばさんがモンスターにレイプされるのを見るほうがずーっと好きだな(笑)。

とにかく、ミカエルとリスベットが失踪事件を調べるうちに連続殺人事件が浮かび上がってくる。その被害者は全員、聖書にある「罪を犯した女を罰する方法」に従って、強姦された上で残虐な方法で殺されていた。うわー!と、私は『セブン』を思い出して大興奮。まんま『セブン』じゃありませんか。それでフィンチャーが抜擢されたわけか。
そこでそのシーンをドキドキしながら楽しみに見てたんだが、被害者の名前と殺害方法を箇条書きで読み上げるだけでおしまい。映像もちっぽけでよく見えない現場写真をちらっと見せるだけで、私の期待(?)は完全に裏切られた。はああ~? これだけ?
だいたい『セブン』の被害者は、まだそれなりに納得のいく「罪人」だったのに、こっちはペットショップに勤めてただけで「動物と交わる女」にされちゃったりで、こじつけもいいところだ。殺し方だって『セブン』の方がはるかにユニークだし、もとより比較にもならんかった。
こっちの方が話の本筋だろうが! リスベットの強姦とその復讐なんて、本筋とはなんの関係もないエピソードをえんえん時間かけて映しておいて、かんじんの被害者はこれだけかよ。まあ、これも原作がそうなっているならどうしようもないんだけど。

もうこのあたりで私は完全に白けて見ていたんだが、それでもマルティンの「拷問室」が出てきたところで、またちょっと期待してしまった。だいたい、最近のくだらないミステリでは、最後は主人公危機一髪というシーンから、主人公と犯人の一騎打ちのアクションシーンになるので、間違いなくここでリスベットが拷問されて、あわやというところでミカエルが助けに来るんだと思って。
ところが期待に反して、見られたのは鎖につながれたダニエル・クレイグのみっともない姿だけ。拷問さえしてもらえない。それでマルティンはリスベットにゴルフクラブでぶん殴られた上、逃走車で事故っておだぶつ。盛り上がらないことはなはだしい。悪役はかっこよく死んでほしいのにひどいー!

あー、ついでにもうひとつケチを付けておくと、ミステリに有名俳優を使う欠点のひとつはキャスト名を見ただけで誰が犯人かわかっちゃうことね。主人公じゃなくて、主人公に次ぐぐらいの有名俳優が出てたら確実にその人が犯人だから。
これも役者の格からいって、クリストファー・プラマーかステラン・スカルスガルドに決まってて、まさか見るからに悪役面のステランってことはないよな? と思ったらそのまさかだった。途中まではもしかしてジョエリーちゃんが犯人かもと思ったんだが、被害者が強姦されてるからそれはないしね。(強姦殺人の犯人が女だったというのは、確かルース・レンデルにあったけど)

というわけで、話題作のわりにはしょうもない映画だった。でもそれはすべて原作が悪いということにできなくもない。とまだ弁護するあたり、やっぱり一度は惚れた弱みですな。でも今後もあんまり期待はしないでおこう。

ちなみに、これがイギリス映画なら風景だけでも大興奮できるのだが、北国好きの私も北欧はいまいち。もちろんきれいなところはきれいなんだろうけど、印象としては寒々として殺風景なだけって感じ。同じ荒涼でもスコットランドの荒涼とは種類が違う。
これも映像は非常に美しいのだが、風景やストックホルムの町自体はちっともすてきに見えなかったな。

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